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拈華微笑
幸村さんに嫌われてしまって、怖くなって逃げ出した。 追われている身だけど、こんな時にまで勘は冴えてて、誰にも見つかることなく逃げられた。 こそ泥みたいな真似までして、必死で遠くまで逃げて。 幸村さんに合わせる顔がないから、できるだけ遠くに行こうと。 どこまで行けたかわからない、ここがどこなのかもわからない。 足がすごく痛くて、体も鉛のように重くて。 すごく神経使って、本当ボロボロだった。 ある日、疲れた体を少しでも休ませようと木の根元でしゃがみこんだ。 眠たいけど、眠りたくなくて。 でも、意識は朦朧としていて。 そんな時、声がした。 逃げなきゃって思ったけど、体は動かなくて。 でも、もういいやって諦めた。 【5】 「孫、孫ー。大丈夫かの?」 傭兵を生業としている雑賀孫市。 その彼にくっついて旅をしているのがガラシャという少女。 二人は旅の途中でボロボロになった少女を見つけた。 「怪我をしているようには見えないが、医者に診せるのが先だな。この先に宿場があるから、そこで休ませよう」 孫市は少女を抱える。 ガラシャを伴い、急いで宿場まで移動した。 「疲労が溜まっているだけですよ。ちゃんと栄養を取らせて休めば大丈夫でしょう」 その程度で済んで良かったと安堵する。 「旅をしているって格好でもねぇなぁ・・・・街道からそれて林の中にいるなんて訳ありか?」 「でも、孫は彼女を放って置く気はないのだろ?」 寝ている少女の側にちょこんと座り込んでいるガラシャ。 「まあ・・・俺はすべての女性の味方だしな」 「・・・・・ん」 「お。気がついたようじゃな!どうじゃ?気分の方は」 ガラシャが少女の顔をのぞき込んだ。 「・・・・えっ!?だ、誰?」 「わらわはガラシャ!こっちは孫!」 「お前な・・・・俺の名は孫市だ。どうだい、お嬢さん、気分の方は?」 「・・・・・・」 少女は体を起こすも、二人を警戒しているようでキュッと掛布を握り締める。 「どこか痛いところはあるか?腹は空かぬか?」 「・・・・・」 「待て待て、待て。そんな急かすな。今はゆっくり体を休めな、話はその後でいい」 孫市にしてみれば、少女が自分たちを警戒するのもわかる。 年の差のある、どう見ても可笑しな二人組だ。 逆に孫市は少女が何者かを疑う。 一応彼女が寝ている間に宿場で探りを入れてはみた。 人相書きが出ていないかとか、近くで怪しい出来事がなかったかとか。 この少女に当てはまりそうな事件は起きてはいないが。 夜になり、ようやく少女が名乗った。 「か。は一人で旅をしていたのか?」 「・・・・旅なんて、逃げた・・・だけ」 なんだ、罪人か?と孫市は眉を顰める。 「私のこと、捕まえようと、殺そうとする人たちがいるから・・・・」 微かに震えるの手。 ずっと一人で逃げていたらしい。 「なぜじゃ?なぜ、は追われているのじゃ?」 「・・・・・」 はそれには答えなかった。 でも、自分は悪い事はしていないと。それだけははっきりと言った。 「あの・・・薬代とか・・・・払えるお金、ないんですけど・・・・」 「いいさ。金なんて気にしなくて」 「そうじゃ。孫は女性の味方だ」 笑顔でそんなことを言うなと、ガラシャの頭を孫市は軽く小突いた。 「・・・・・」 夜も更け誰もが寝静まった頃、は体を起こした。 隣で寝ているガラシャに気づかれないように、そっと室を出る。 折角助けてくれたのだが、いつまでも厄介になるわけにいかないだろうと宿屋からも出ようとする。 だが。 「こんな時間じゃ、戸は開けてもらえないぜ?お嬢さん」 「・・あ・・・」 「宿から出られても、この宿場からは出られい。一応出入りできる時間ってのが決まっているんだ」 それすらも知らないようなに孫市は益々彼女が何者なのかと疑う。 「別に俺らはあんたを誰かに売ろうなんて真似はしない。今夜ぐらいゆっくり休みな」 「・・・・・」 「医者がそう言っていたんだ。なに、誰かが襲ってこようものなら俺が退治してやるさ」 は孫市に頭を下げた。 何も答えなかったが、ガラシャのいる室に戻っていった。 「眠れないのか?」 「あ・・・ご、ごめんなさい。起こして」 布団に戻った時にガラシャが瞼を擦りながら、を見ていた。 「ううん、気にするな。眠れないなら、こうしてやる」 ガラシャは左手を伸ばし、の右手を軽く握った。 「不安なときは人のぬくもりがあるといいものじゃぞ」 「・・・・・」 「は一人で怖い思いを沢山したのじゃろ?今は大丈夫じゃ、わらわに、孫もいる」 がどんな思いだったのか、何があったのかなど知らないはずのガラシャ。 でも何かを、すべてを見通したかのように、ガラシャはを温かく包み込んでくれている。 「こ、怖くない?私が・・・」 「?なぜじゃ?」 「もしかしたら、お金目当てとか・・・なんか・・・・・その、悪いことしていたかもしれないでしょ?」 ガラシャは笑みを向ける。 「は悪いことができるような人間ではない。わらわにはわかる」 「会って間もないのに・・・」 「でもわかるのじゃ!その人の目を見れば」 キュッと握る手が強くなる。 でも、痛みはない、とても優しい、小さな手だった。 「ありがとう」 自然と言葉が出た。 久しぶりに感じた人のぬくもりになんだか涙が出そうになった。 *** 数日ゆっくり体を休めたおかげでの体力は回復した。 孫市とガラシャはその間ずっとのそばにいてくれた。 には払えるものがないからどうしようかと思ったのだが、意外にもガラシャがこれから一緒に行こうと提案してきた。 行き先など特にない。 孫市に着いていくだけだそうだ。 自分に関わると二人にも迷惑がかかると一度は断るのだが、二人とも気にするなと言う。 元々目的地がないだから、今はそれでもいいかと二人と旅をすることにした。 「ガラちゃんはなんで、孫ちゃんと一緒に旅をしているの?」 「わらわは父に倣い見聞を広めようとしたのじゃ。だが一人では知らぬことばかり。 そんな時に色んなことに詳しい孫と出会った。孫に着いていけばいい勉強になると思ったのじゃ!」 「ふーん」 「わらわと孫はダチだからな!もちろん今はもダチだ!」 そういえば、こっちに来て「友だち」と呼べる人は初めてかもしれない。 甲斐では大人ばかりで、幸村は友だちではなかった。 守り役と信玄から命じられた存在だ。 「ダチ・・・かぁ・・・・」 「ダチじゃ!」 二人よりも少し後方を歩く孫市。 も一緒に旅をし、ガラシャと並んで楽しそうにしているのを見て。 (益々保護者っぽくなっているよなー俺ってば) と小さく笑ってしまう。 ガラシャと。姉妹に見えなくもない。 ガラシャのおかげか、最初の頃よりは笑うようになっていた。 がくるっと反転する。 「孫ちゃん。孫ちゃんは何する人?」 「俺かい?俺は傭兵だ。依頼があればどんな戦場にだって行くさ」 「戦場か・・・」 わららもダチの為に戦うのじゃ!ガラシャが拳を天に向かって突き立てる。 そんな戦う力があるように見えないガラシャが? は瞠目してしまうも、二人は一時期徳川家康の護衛をしていたそうだ。 「と、くがわ・・・」 「三方ヶ原で、武田信玄から逃す為にな・・・あの時は本当参ったぜ」 「・・・・さま・・・」 の呟きは二人には入らなかった。 縁って不思議だと思わずにいられない。 目の前の二人はあの戦にいたのだ。 「?」 「す、すごいね。ガラちゃん強いんだ」 「わらわよりも孫の方が強いぞ」 「お嬢ちゃんより弱かったら、男として情けないんだが・・・」 「でも実際はガラちゃんの方が強かったりして」 「おいおい」 3人で笑った。 人が怖いと思ったのに、やはり離れられない存在なのだろう。人と言うのは。 もしかしたらこの先、二人に迷惑がかかると思い、なるべく関わりを持たないようにしていたのだが。 自然と笑みが零れる。 自然と安らぎを得てしまう。 自然と二人に心を許してしまっていた。 そんな中、孫市の下に新たな依頼が来た。 信玄、謙信がいない今、確実に天下を手中に治めようとしている織田信長。 だが信長のやり方が気に入らないのか、一揆を起こす者たちもいる。 その一揆衆からの要請だった。 織田軍には孫市の古い友がいるそうだが、依頼は依頼。受ける受けないは孫市が決めること。 相手が誰であろうと、仕事は最後まできっちりやり通す。 「ってことで。今度は大阪だ」 目的地が決まったので、大阪に向かう。 だがは果たして一緒に行ってもいいものだろうか迷う。 「なんで?」 「だって、私何も役に立たないよ?」 「別に戦えなんて言っていないさ。それは俺の仕事だからな」 観光でもしていればいい。なんて風に孫市は言う。 誰が一揆が起こるような場所でのんびり観光せねばならいのだ。 「今の信長は畏れるものがないからな・・・今回もきつい仕事になりそうだが」 信長が天下を取ったら、世の中どうなるんだるなぁ。 孫市は歩きながら口にする。 ダチが信長に仕えているのは知っている。そのダチがこの人だと選んだのが信長だから。 こんな生業をしているのだから、いずれ敵同士として顔を合わすかもしれないと思ったが、案外早かった。 「信長は、今までの大名たちとは違って考え方から何まで新しい」 きっと新しき世にはなると思う。 だが世の中には必ず反発するものが出てくる。 今回の一揆衆もその小さな反発の一つだろう。 「織田、信長か・・・」 ですら、彼の存在は知っている。 この先のことも。 武田が滅ぶきっかけとなった戦、長篠で幸村の言った武士の世を終わらせた人。 (でも、戦はまだまだ起こるんだよね・・・・信長には天下統一できないから) 孫市の話をは素直に聞き、たまに質問を返す。 いつもならガラシャの方が沢山孫市に質問を浴びせるのだが、珍しく黙って話を聞いている。 「ガラちゃん、どうかした?」 「・・・・ん?なんでもないぞ」 「本当?・・・・なんか変だよ?」 「変などではないぞ。孫の話を聞いてわらわも沢山考え事をしていたのだからな!」 勉強じゃ、勉強。 「とりあえず、俺らが戦っている間は、お嬢さんは大人しく待っていてくれよ」 「・・・・なんか、それって嫌だなぁ」 「って言っても、戦う力もない人間が戦場になる場所なんかに居ちゃ邪魔だ」 はっきり言ってくれる。 女性に優しいとは言いながらも、こうした部分はちゃんと線を引く男のようだ。 「わかったか?」 「うん」 「よし、いい子だ」 ポンポンとの頭を軽く叩く。 「・・・・孫ちゃん、私のことお子様扱いしすぎ・・・・」 は孫市を睨む。 なぜかそこにガラシャも一緒になって頬を膨らます。 「そうじゃ、そうじゃ!孫はすぐに子ども扱いするのじゃ!」 二人に睨まれるも孫市は後頭部を掻く。 「しょうがないだろ?お前ら世間を知らなさすぎなんだから、どうしてもガキ扱いしちまうよ」 目的地までこんなやり取りが続きそうだ。 08/02/25
19/12/28再UP
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