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拈華微笑
亡き信玄の遺言を守り、影武者を立て、家督は勝頼が継いだ。 だが、左近が危惧していた通り、信玄が亡くなったことは早々に各地に知れ渡ってしまった。 そのおかげで、尾張の織田信長が勢力を増してきた。 三方ヶ原で惨敗した徳川も着々と遠江の武田の城を攻め奪ってきた。 現在、確実に力を持った信長に対抗できるのは越後の上杉謙信だ。 手取川で攻め込んできた織田を撤退させ、彼も上洛を狙うのかと思えば。 残念ながら謙信もまた病没してしまった。 宿敵と認めた信玄が亡くなり、彼の中でどこか覇気が失せていたのかも知れない。 勝頼は父の念願を叶えようと、半ば強引に上洛を決意する。 そして、信長は長篠で徳川とともに武田を迎え撃った。 戦国最強と謳われた武田騎馬隊は、信長が用意した三千丁もの鉄砲によって大敗を喫した。 【4】 「勝頼様だけでもなんとしてでも逃すのだ!」 三千丁をも鉄砲隊を前になす術がなく、武田の兵は次々と倒れていく。 それでもなんとか一矢報いようと突撃する者や、勝頼を逃がそうと奮戦する者など様々だった。 「幸村」 幸村もこの長篠での戦に参加していた。 「伯父上!」 この戦には真田の家督を継いだ、伯父の信綱と昌輝も出陣していた。 「お前は勝頼様をなんとしてでも逃すのだ。そして生きよ、我らの分も」 「ま、待ってください!私は」 お互い満身創痍。 傷ついた体を庇いながら対峙する。 「真田のことは昌幸に任せる」 「お前達がおれば真田も安泰じゃ」 死にに行くようなものだとわかっていても、甥に対して笑顔を見せた伯父たち。 「私も。このままでは」 「言ったであろう、誰が勝頼様をお守りするのだ」 「早う行け。お前自身も危ない」 「伯父上!」 二人は騎乗する。 「我らでなんとか食い止める。行け、幸村」 「さらばじゃ」 幸村の手は届かず。二人は駆け出した。 雨のように降ってくる鉛の玉に幸村は倒れる。 致命傷は受けてはいないものの、心がもう折れそうだった。 『・・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・』 なぜ、謝るのですか?あなたが。 『あの娘が、奇妙なことを言い出しおったのが始まりじゃ』 『お館様が倒れられたのも、あの娘がかけた怪しい術に決まっている!』 そんなはずはない。 それに、お館様は・・・彼女をとても大切にしておられた。 『真田殿!なぜ、貴殿が匿われる!お館様の命を奪った者ぞ!』 『・・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・』 『あの娘が来てから・・・武田の命運も尽きたのだろうな』 パンと響いた銃声に幸村は気がついた。 どのくらい気を失っていたのだろうか。 だが、見ていた夢がやけに鮮明で気絶していたのかは、自分でもわからなかった。 少し先に自分の得物である十文字槍が転がっている。 馬防柵の向こう側に鉄砲を構えた織田の兵士の姿が見える。 「・・・・次の発砲までに・・・・・逃げねば・・・・」 勝頼はどうしただろうか? 伯父たちの姿も見えない。 いや、自分が倒れる寸前に散っていく姿を見てしまった。 果たして自分も今、生き残る意味があるのだろうか? 信長は武田を根絶やしにするつもりだろう。 だが、伯父たちの願いを、最後の願いをせめて叶えたい。 勝頼を逃がさねば。 必死で十文字槍に手を伸ばす幸村。 それでも、心のどこかでもう諦めてしまっていた。 *** 長篠で大敗した武田。 勝頼はなんとか甲斐に逃げるも、織田・徳川は追撃してきた。 まだなんとか体勢を直そうとする勝頼だったが、一部の家臣の裏切りにあい、自害してしまう。 「・・・はあ・・・ここまで、来れば・・・・なんとか・・・」 「・・・・・幸村さん」 の手を引いてなんとか甲斐を脱した。 これから信州上田にいる父昌幸のもとへ行こうとしていた幸村。 を連れてなんとか追っ手は巻いた。 というのも、生き残り、織田・徳川に寝返った家臣がを狙い始めたのだ。 何か怪しげな術でも使われたら困るとか、今後の憂いを失くす為だとか理由をつけて。 左近の機転により、それらからなんとか逃げる事はできたのだだ。 「だ、大丈夫・・・・ですか?」 まだ長篠での傷が癒えないのだろう、幸村の姿も随分ボロボロだった。 「私は平気です。でも幸村さんが」 「私など、このくらいは・・・・さあ、折角左近殿が作ってくださった道、進みましょう」 を気遣う幸村だったが、それは振りのようにしか感じなかった。 幸村はの手を掴み歩いてはいるが、一向に顔をに向けない。 「あの、幸村さん・・・・」 「・・・・・」 「幸村さん!」 足がもつれそうになる。 幸村はまったくのことなど気遣っていない。 ただただ真っ直ぐに進む。 掴れた手がすごく痛い。 「あ!」 木の根に足が引っ掛かりは転んでしまう。 繋いでいた手は離れる。 「大丈夫ですか?・・・すみません・・・・私が」 は立ち上がりもせずにしゃがみこんでいる。 肩で息をし、呼吸を整えている。 に酷い負担をかけていたことに幸村は気づく。 「・・・・・んで・・・・」 「?」 「なんで、何も言ってくれないのですか?他の人たちみたいに・・・・思っていること、言えばいいじゃないですか」 幸村も自分のことを、きっと・・・・。 「わ、私は、別に」 きっと味方だと思えたのは左近だけなのだ。 それでも、この人が好きだった。という想いから、嫌われたくなくて。 離れることもできなくて。 でも、もう向けられる事のない優しい笑顔に心苦しさを感じる。 「幸村さんも、思っているんでしょ?お館様が亡くなったのも、戦で負けたのも、武田が滅亡したのも」 「・・・・・・」 「全部、全部・・・・私の所為だって」 なんとか言葉を吐き出している感じの。 いつもの幸村ならば「そんなことはない」と否定するのに。 何も言ってくれなかった。 が顔をあげると、酷く冷めた幸村の顔がある。 「ゆき「何度も・・・周りがなんて言おうと違うと否定しても、何を信じていいかわからない」 が来てから、楽しいこともあったはずなのに、何故か嫌なことしか思い出せない。 信玄が亡くなったこと、戦で大敗したこと、味方に裏切られ自害した勝頼のこと。 すべてが悪い方向に向かってしまって。 「あなたの所為だと・・・・あなたがいたから」 「・・・・・」 「お館様が上洛を果たせず・・・・。あなたが、あなたがあんな夢を見るから!」 思っていたんだ。 やっぱり・・・・・。 「私だけ、生き延びてしまった。武士の時代ではなくなった今、私はどうすれば!!」 そばに生えている木に幸村は拳をぶつけた。 は初めて見せた激昂する幸村にビクついてしまう。 「お守りするはずの勝頼様も亡くなって・・・・」 それでもに手を上げる真似はしなかった。 反転し、に背を向ける。 「それが・・・幸村さんの本心、ですか?」 はふらつきながらも立ち上がる。 「・・・・・・」 「私がいると・・・不幸になっちゃうんですね、みんな・・・・今まではそんなことなかったのに・・・・」 ただ勘がいい。 運がいいとでも言うのだろうか? ただそれだけだった。 周りが疑うような術など使えないし、単に危険を察知する、なんか嫌な感じがするな。 その程度だったのに。 の存在そのものを危険視されている。 「そうですね。あなたがいたからかもしれませんね・・・」 「・・・っ!?」 独り言ぐらいの声音だったが、しっかりの耳に届いた。 幸村の言葉は酷く、強く心に突き刺さった。 こう・・・・胸の辺りが痛くて、なんとか痛みを拭おうとしても息を吐き出すのが精一杯だった。 幸村にも嫌われた。 一緒にいたところで、幸村に辛い思いをさせるだけなんだ。 そう思ったら、自然と幸村と距離を取り始めていた。 危ないとわかっていても、来た道を戻ってしまう。 幸村から逃げ出した。 「・・・・・・」 ものすごく心が痛いのに、涙が不思議と出なかった。 好きになった人に嫌われた。 それだけでも泣きたいことなのに。 ただただ、胸の痛みだけが残った。 「・・・・・あ」 ハッと我に帰った幸村。 今、自分は何を口にした? 「殿」 辺りを見回すもの姿はどこにもない。 「殿!!」 言ってはいけないことを口にした。 冷静でいられなかったことはわかる。 わかるが・・・・。 「・・・・・私は・・・・」 それでも、誰かの所為にしたくて。 どこにぶつけていいのか、抑えた方がいいのかわからなくて。 考えれば考えるだけごちゃごちゃと混乱してしまった。 『幸村。のことを頼むよ。しっかり守ってやってくれ』 在りし日の信玄の言葉が蘇る。 「・・・・申し訳・・・・ございません。お館様・・・・」 守り役を命じられた頃には何も思わなかった。 信玄の命を遂行するだけだとしか。 なのに、今はその言葉が酷く重く圧し掛かる。 直接的に奪ったわけじゃないのに、信玄の死をの所為だと思ってしまったのは事実だ。 彼女がいたから、武田が滅んだ。 何か悪いものを引き込んでしまったのでは。 そう思ってしまった。 そして、にそう口にしてしまった。 「幸村!」 「・・・・・あ、兄上・・・・」 先に知らせを出しておいたのだが、兄信之が数人の共を連れて幸村を探しに着てくれた。 「良かった、お前だけでも無事で・・・さ、父上も心配しておられる」 戦でどれだけ傷ついたのだろうか。 兄は単にそう思ったのか、幸村の無事を喜んだ。 確かに主家や伯父たちを失った悲しみはあるが、これからやることがまだまだあるのだ。 「行くぞ。ぐずぐずしていられないだろう」 「あ、兄上!ま、待ってください。私はまだ」 消えてしまったのことがある。 だが、信之に強引にその場から引き離されてしまった。 「この分じゃ、天下は信長のものだろうな」 気持ちいいくらい晴れ晴れとした空を背に歩く傭兵が一人。 「戦国最強の武田も滅んじまったしなぁ・・・・」 「世の中はまだまだ広いと言うことじゃ、孫!」 ニコニコ笑顔でその隣を歩く少女が一人。 「そりゃそうなんだろうけどよ」 「で、これからどうするのじゃ?孫」 「さあてね。今の所仕事の依頼もないしな・・・お嬢ちゃんはどうしたい?」 「わらわは孫と一緒に行くだけじゃ!どこでもいいぞ」 もうちょい彼女の年齢が高ければ良かったのに。 女性から言われる台詞と思えば嬉しいものだが。 いかんせん相手は子どもすぎた。 「ま。とりあえずは、そうだな〜」 気ままに進むしかないだろうか。 見聞を広める為に旅をする少女。 しばらくはその少女の見聞を広める旅にでもしてみようか。 「なあ、これから」 傭兵が少女に話しかけたとき、少女の姿は隣から消えていた。 「おい!」 辺りを見回すと、彼女は道から外れて林の中に入っていく。 「孫!まーご!」 少女が何か見つけたようで、彼も林の中へ足を踏み入れる。 「どうした?・・・おい、大丈夫か?」 木に背を預けて膝を抱えてしゃがみこんでいる少女がいた。 彼女の所為なわけないのになぁ…
08/02/21
19/12/28再UP
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