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拈華微笑
今日もは例の賭け事をやっていた。 しかも、相手は信玄公。 今回は幸村、左近と四人でやっていたのだが、早々に幸村は脱落。 左近も途中で脱落し、信玄との一騎討ちになっていた。 「はい、次はお館様の番ですよ」 「もう残りわずかだな。こりゃ今回も嬢ちゃんが勝つんじゃないですかい?」 いつもなら若武者たちが周りを囲っているのだが、ここは信玄の室。 四人しか室内にはいない。 「左近殿!お館様が負けるはずありません!」 「あんた、嬢ちゃんの応援はいいのかい?」 「え!い、いえ。別にそういうわけでは」 幸村の語尾がしぼんでしまう。 それをはくすくすと笑った。 「いいですよ、別に。幸村さんはお館様第一なので。左近さんが応援してくれればいいです」 「おう。俺は嬢ちゃんを応援してやるからな」 「さ、左近殿!殿!わ、私は別に」 「はっはっはっ!でも、悪いけどわしは負けないよ」 残り二つ。 もうどちらかがハズレの薬草入り団子だ。 信玄が引いた時点で勝ち負けが判明する。 一応決まりとして最後は同時に食べることになっている。 「わしはこっちを貰おう」 「はい、じゃあ私はこっちで・・・・せーの」 パクッと同時に団子を口に含んだ。 すると。 「ん〜・・・・・に、にがーい!左近さん、これ、苦すぎ〜苦いっていうか、まずいですよー」 はお茶を飲み干す。 「おや。信玄公の勝ちですかい?」 「はっはっはっ!言ったじゃろ、わし負けないよって。うん、美味いのう」 「さ、流石です!お館様!」 連戦連勝、無敗を誇っていたの記録が破られた。 ちなみに信玄とこの賭けをやるのは今日が初めてだ。 「はぁ。お館様に負けちゃった。でも、本当すごいです」 誰とどんな時でも、この手の賭け事には負けたことがないから。 「いやいや。わしはただ、ハズレがどれかじっくり観察していただけだよ」 「観察?」 「人の手で作るものだ。完璧でない部分がある。これは左近が台所で作らせたものじゃろ?」 「えぇ、そうですが」 「色とか微妙に違いが出てくるもんじゃよ。ハズレは大方幸村が引くだろうから、よく見ていただけじゃよ」 おぉと感嘆の声をあげてしまう。 遊びの中でもそれを見抜く観察力はすごいなと思った。 にはどれも同じに見えたし、ほとんど勘に頼っていたから。 「まあ、でも。最後に物を言うのは己の直感ではあるだろう」 「勘が鈍い人もいるようですがねぇ」 左近の言葉にそれが自分だと幸村は思ったようで、言葉につまった。 「ふふ・・・」 こうして信玄たちと楽しく過ごせるのも後わずかだ。 彼らはもうじき京へ上洛するために出立してしまうのだ。 寂しくなる、本当・・・。 【3】 夢を見た。 モヤのような、いや真夜中にテレビをつけた時みたいな砂嵐?あれに近いような。 灰色の世界が広がっている。 そこに信玄がいる。 のほうを振り返ったかと思うと歩き出す。 (お館様!待ってください!!) なんか気持ち悪かった。 そっちに行ってはいけない。そんな気がした。 だから必死で追いかける。 (お館様!!!) ゆっくり歩いているはずの信玄なのに、それに中々追いつかない。 (ダメ!そっちは!) そっちはなんだ?何があるのだ? わからない。 わからないのに、信玄に進んで欲しくなかった。 足が重い。枷でも付けられたかのように動きが鈍い。 (・・・・おや・・・・かた・・・さま・・・・) 足がこれ以上進まなかった。 信玄にはの声が届かなかった。 「!!」 目が覚めた。 ぶるぶる震えが止まらない。 布団を被って、身を縮める。 「なに・・・今の夢」 怖い。ただ声が、手が届かないだけの、追いかけても追いつかないだけの夢なのに。 とても怖かった。 それにどこか信玄の影が薄く感じた。 「・・・・こんな夢・・・見たの、初めて・・・・」 もうじき上洛する為に出立する信玄たち。 左近の話では、その途中で徳川の軍勢が待ち構えており、戦になるだろうなどと言っていた。 まさか、その戦で信玄になにかあるのでは? そう感じてしまった。 「あ。殿。おはようござい・・・・殿!?」 幸村が躑躅ヶ崎の館に出仕すると、廊下をずんずんと歩いてくると出会った。 幸村が声をかけてもの耳には入っていないようで、通り過ぎていく。 「殿?」 何かあったのだろうか? 幸村はの後を追う。 途中、信玄に仕える重臣馬場信房と鉢合わせ、彼は信玄の下へ行くのだといい、方向が同じなので共に進んだ。 「・・・殿は確か・・・・」 「行き先は同じのようだな」 祖父と変わりない年齢の馬場。 老いたと言っても、気性の激しさは変わらずで、威厳たっぷりの風貌だ。 隣にいると幸村でも緊張してしまう。 「お館様とお話でも」 信玄の室から聞こえてくる信玄との声。 だがいつもの楽しげな様子は感じられない。 珍しくが声を荒げているのだ。 「お願いします!上洛はやめてください!」 「「?」」 「それはできぬよ。もう準備は済んでいる」 「でも!わ、私はお館様に行って欲しくない・・・です・・・徳川と戦するかもって左近さんに聞いて」 はこれから信玄が行おうとしていることを反対しているようだ。 家臣たちの誰もが信玄の上洛を望んでいる中でだ。 案の定、幸村は隣にいる馬場の顔を窺うと、険しい表情になっている。 「戦のことならなんも心配はせんでいい。戦をする為に行くんじゃないからの」 「それでも・・・・なんか・・・・嫌な感じが・・・」 「それもおことの勘かね?」 「勘というか・・・・」 昨夜見た夢のことを正直に話すべきか迷う。 だけど、言わなければ信玄は考えを変えてくれないだろう。 は夢の内容を信玄に話す。 だからって、確実に何かが起こるとは限らない。 でも初めてだったのだ。 そんな不安になるような、目覚めた時に震えてしまうようなことに。 「・・・・あの娘は何を言っておるのだ」 不機嫌極まりないとう面になっている馬場。 このままでは彼は怒鳴り込むのではと幸村はハラハラしてしまう。 だが同時に、今までも第六感が冴えているというが、起こりそうな危険を察知した事実はある。 また今回も何かあると言うのだろう。 信玄の身に・・・・。 今までのことは何かが起こってから感心したり、安堵したものだが、今回は性質が悪くないだろうかと感じてもしまう。 「わしの身を案じてくれるのだろうが、やはり今更上洛を止めにするなどできぬよ」 「お館様!」 「これでも遅い方なんじゃ。今回を逃すと、次にいつ上洛できるかわからん」 「・・・・・」 今が好機だと思ったから。これを逃しても次がいつ、などとは勝手が許さない。 「すまぬな。・・・・だが嬉しいよ。わしのこと思ってくれてのことじゃろうからな」 「お館様っ・・・・ごめんなさい、朝から変な話して・・・」 信玄がの頭をなでる。 怒りもせず、話をちゃんと聞いてくれた信玄。 「いいよ、いいよ。逆に身が引き締まる」 「・・・・・お館様ご上洛の報告・・・・楽しみに待っていますから」 だから、もうこの話はしない。 信玄の帰りを、吉報を待つことにした。 「ああ。そうしたらすぐにおことも来ればいい。その時が楽しみじゃな」 呵呵と信玄は笑った。 馬場と幸村は信玄の様子に自分達が口出すことではないと静かにその場から離れた。 *** 信玄たちが上洛を果たす為に出立してから、やはりと言うか、三河の徳川軍が立ちはだかったという。 だが、元々軍略に長けた信玄には小国の徳川など目ではなく次々と城を落としていった。 三方ヶ原では家康が逃げ帰ったということまで知らせが届いた。 武田の快勝。 あと少しで上洛。 そんな時に、武田は急遽兵を引き甲斐へ戻ってきたのだ。 「え?・・・・いま、なんて?」 侍女から聞かされた事実。 徳川軍を打ち破ったものの、信玄が倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまったという。 「うそ・・・」 は戻ってきた者の顔を見て本当なのだと痛感する。 「嬢ちゃん」 「さ、左近さん、あの」 「ああ、言いたい事はわかる。だが、口にしちゃいけないよ」 左近は口元に指を当てた。 「詳しく話すよ、ちょっとおいで」 左近の後を着いて行く。 とある室で左近が話してくれた。 「信玄公はかなり前から病に侵されていたらしい。だがそれを押しての上洛。 徳川を打ち破ったまでは良かったが、しばらくして倒れちまった。回復する兆しがないまま・・・な」 「・・・・・」 「ただ、そのことを他国に知られてはまずい。3年間は影武者を立てて信玄公が亡くなった事は隠すことになった」 それが信玄の遺言だそうだ。 ただ、家督は長男がすでに亡くなっているので、弟の勝頼が継ぐそうだ。 叔父である信廉が影武者となる。 なんとかこれで他国に漏らさないようにとしてはいるものの、恐らくすぐに知れ渡るだろうと左近は危惧している。 「ああ。彼らの顔を見りゃわかるさ。どいつもこいつも意気消沈しちまってなぁ」 「・・・幸村さんは?」 「表面上はそうは見えないが・・・一応彼なりに公の遺言を真っ当しようとしているのだろう」 だからと言って、慰める真似はするなと左近はに釘を刺す。 左近はできればに室から顔を出さない方がいいと言い出したのだ。 「え・・・なんで?」 「俺ができる限り協力はする」 「意味わからない・・・左近さん?」 左近はの肩をグッと掴んだ。 「公が亡くなった後に、馬場殿が皆の前で嬢ちゃんの名を出したんだ」 「私?」 「ああ・・・・公が亡くなったのは嬢ちゃんの所為だと・・・」 「わ、私。何もしていないよ」 単純に毒を盛ったなどという想像をはしたらしい。 だが、も信玄も知らなかったのだ、夢の話を外で聞かれていたことに。 その時馬場と幸村が聞いていた。 その夢の話を集まった家臣の前で馬場が喋ったのだ。 「う、そ・・・あの話・・・」 「たかが夢だと俺は思うけどね。勿論幸村殿だってそうさ。嬢ちゃんのことを庇っていたさ」 でも幸村がいくら信玄に信頼されていたとはいえ、重臣である馬場の意見の方に皆耳を傾けてしまう。 それはきっと左近も同じだろう。 軍議などに顔を出せるとはいえ、左近はあくまで軍略を学びにきた客将。 口を挟める身分ではない。 武田は信玄の父信虎から仕えている者が多い。 若輩だ、新参者の言うことなど。 ましては信玄の一存で保護していた子。 しかも妙に冴えた勘の良さに、家臣の中では色々疑う者まで出てくる始末。 信玄がいたから今まで反発することがなかったのだ。 「左近殿。こちらにおられますか?」 障子の向こうから幸村の声がした。 は伝えられた事に怖くなり、馴染みある幸村の声でさえビクついてしまう。 「ああ」 スッと障子があく。思わずは左近の影に隠れてしまう。 幸村もの姿を捉える。 だが、まともに顔をあわせられないのは彼も同じだったようだ。 少し目線をそらされる。 「この館に殿を置かれるのは、少々危険なようです」 「ああ、だろうな。だから今、嬢ちゃんに話していたところだ」 「私の・・・真田の邸にお連れします。今、あの邸にいるのは私だけですので・・・」 元々は幸村の祖父幸隆の邸だった。 真田は幸隆の代から武田に仕えている。 幸隆はが来る少し前に亡くなった。跡目を継いだ伯父は信州の方にいる。 だから邸には幸村しか住んでいない。 「そうだな・・・その方がいい。俺が匿うよりもいいだろう」 「暫く我慢してください。皆少々気が立っているだけなのです。落ち着けばきっと」 人目を忍んでは真田邸に移動した。 だが、幾人かの者たちが邸に押しかけてきた。 幸村と左近が応対し直接が会うことはなかったが、酷いものだった。 大声での所為だと言いはる。 妙な術でもかけたのだろうなどと。 余所者に厳しい風習というのか昔ならばよくある話だろう。 だろうと思っても、怖かった。 は何もしていないのに、ただ怖い夢を見ただけなのに。 話がどんどん大きくなって、すべてがの所為にされていく。 まだ幸村と左近がいるからいい。 なんとかなると思えるが、そのうち彼らにも庇いきれなくなったらどうなるのだろう。 怖い。 このままここに居てもいいのだろうか? 何より幸村に多大な迷惑をかけてしまったのが嫌だった。 「殿」 「・・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・」 幸村には謝るしかできなかった。 逃げることも出来ない弱虫に、幸村に縋ってしまう自分がとても嫌で。 「・・・・誰も何も悪くないですよ。酷い話ですが、きっと誰かの所為にしてしまいたい・・・そう思っているのでしょうね」 「・・・・・・」 「私の方こそ、守り役だと命じられながら、あなたを守ることができず申し訳ないです」 だけど、には幸村の声がいつも以上に固いことに気づいた。 きっと幸村もその一人なのだろう。 誰かの所為に、の所為にしたいのではないだろうか? そうしてしまえばいいのに。 そう・・・なった場合を恐れている自分もいるのだが。 08/02/19
19/12/28再UP
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