袖の時雨




ドリーム小説
私の想いはあなただけに。
この先何があろうとも。ずっと変わりはしません。
殿。
今、あなたに会いに参ります。





【五】





が幸村を待っている。
幸村が会いにきてくれることに賭けていると慶次から教えられた。
今まで何もしなかった自分。
しようと思っていても、現状に甘えて何もしなかった。
その時その時、悔いたこともあったのに。
でも今度は違う。
今、に全てを伝えねば、きっと彼女は遠ざかる。
伸ばした手がもう届かないようなことにならないように。
手遅れにならないように、今ならばまだ。

幸村は最初に昌幸の下へ行った。
彼はまだ信濃には帰らず大阪に留まっていた。

「父上、私は」

今まで昌幸が何度も呼びかけても頑として聞こうとしなかった幸村。
それが逆に姿を見せた。

「いい。もう言うな」

「父上」

「お前のことだから、どうせ親子の縁でも切ろうとか言うのだろう」

これから先のことを考えて。

「・・・・・」

「もうわしは何も言わんよ。お前の好きな通りにしろ」

家のことをと思ってのことだろうが、最初から家など関係ない。
姫様が欲したのは幸村自身なのだから。
現に三条家からは何も言われていない。

「信之がしたのならば、まあ勘当も仕方ないと思うがな」

冗談交じりで昌幸はいう。
そんな兄は本多忠勝の娘を娶って信濃にいる。

殿を連れ帰ってこい。お前の嫁には彼女が一番似合いじゃ」

「父上・・・」

「いや、違うな。お前のような奴には殿がしっかりとついてもらわないとダメだな」

幸村は昌幸に深々と頭を下げた。



その脚で今度は自分の邸に戻った。
三条の姫様は出て行ったようで誰もいない。
姫様に対して一番無礼を働いたのだが、仕方ない。
幸村は自分の室からある物を取り出す。
そして一つ一つ丁寧に身につけていく。
最後に六文銭の刺繍が入った鉢巻を額に巻いた。

「・・・・戦にでも参るのですか?」

誰もいないと思っていたのに。
幸村が振り返ると三条の姫様がいた。

「はい。私にとっては大一番の戦でございます」

「行くなと、どんな手を使ってでもお止めしたら?」

「どんな手を使ってでも私は先へ進みます」

幸村の決心は本当なのだろう。
自分の得物までもしっかり握った。
姫様は小さく笑った。

「姫様?」

「もっと早くにあなたと出会っていれば良かった・・・・」

「それは・・・きっとそうでも私の気持ちは変わりません」

「最初から私などには振り向いてくれぬと?」

「姫様は素敵な方です。ですが、私にとって、姫様よりも大事なのは殿なのです」

はっきり言ってくれる。
だが、そうなのかもしれない。
もう認めるべきなのだ。

「あんた。幸村のことを好いているわりには、なんも見ちゃいないんだな。幸村にあんな顔させて平気なのかい?」

前田慶次に言われた言葉。
何も見ていなかった。
ただ、自分を見て欲しくてやっただけのことだ。
幸村の目は最初から自分などには向いておらず、卑怯かもしれないが、家のことを持ち出しなんとか留まらせようとしていた。

「それでもあなたは最初から関係なかった・・・」

「姫様」

「行ってらっしゃいませ、幸村様。もう私とは会う事はないでしょう」

姫様はそう言って幸村の前から去った。
周りが皆優しすぎる。
だがその厚意、今は無駄にはできない。
幸村は行かねばならぬのだ。愛しい人のもとへ。
自分の想いを伝えねばならぬのだから。



*



「幸村が出立したようじゃな、三成」

「そのようで・・・」

秀吉が頭を悩ませていたことは、あっさり消えたそうだ。
三条家の方から身を引いてくれたようで。

「だが、あちらさんに悪いことをしたな〜」

「まさかと思いますが、その姫を秀吉様が娶ろうとでも?」

三成の鋭い睨みに、秀吉は首をめいっぱい横に振る。

「ば、馬鹿なこと申すな!そんなことをしたら、ねねに怒られる」

怒るだけで済めば良いのだが、実際秀吉には側室が数人いるわけだし。

「なんなら、お前さんが名乗り出ればいいじゃないか?な?おーこれは中々いい考えじゃ!」

三成は盛大に溜め息をついた。

「それこそ、お断りいたします」



*



「島左近。貴様なぜ、ずっといるのだ」

外は寒いが、日当たりのいい場所でのんびり腰を下ろしていた左近に政宗が問いかける。
左近はこのまま頭にカビが生えてしまうのではないかというくらいのんびりしていた。
三成の側では忙しいのが日常ってくらいに働いていたので。
何もしていない今、何をしてもいいのかわからずとりあえず、日向ぼっこをしている。

「帰るつもりでしたが、あんたが来たので帰るに帰れないんですよ」

「わしのことなど気にするな。さっさと帰れ」

「そう言われましても・・・・・このまま帰れば俺は叱られてしまいますからね」

「・・・・」

「ま。あと少しだけのんびりさせてもらいますよ。そろそろ来る頃でしょうから」

その言葉に政宗は左近の隣にどっかり座り込んだ。

「・・・・来るのか?」

「来るでしょうな。ここへ来る前に慶次殿に見つかっていますからね」

それに三成も黙っていないできっと全てを話すだろう。

「だとしても、ここがわかるのか?」

「あんたもわかったじゃないですか」

政宗は己の忍を使って調べ上げたことだ。
聞けばはどこへ行くとは誰にも言ってはいないらしい。

「それに、ここは二人にとって大事な場所ですよ。きっと幸村殿にはすぐにわかると思いますよ」

「そんなもんかの・・・ここが」

ただの寺じゃないか。
政宗はふんぞり返る。
左近は苦笑する。
その寺ででかい顔して居座っているのは誰だと。
ここは二人にとって忘れられない人物の墓がある寺。
大阪暮らしになる前に二人が世話になっていた場所だ。
その時一緒にいた尼僧も健在しており、がきたことに快く迎えてくれた。

「して、はどこだ?」

「嬢ちゃんなら・・・・ああ、来たようですな」

「・・・・・ちっ・・・・本当に来おったわ」

赤備えの若武者の姿が二人の目に映った。



*



は大好きなお館様の墓前で手を合わせていた。
彼が亡くなってもう何年経つのだと思い返す。
楽しかった武田での生活。
ずっとずっと続くと思っていたのに。
にとって信玄公は父のような人だった。
いや、他の武将たちも皆そうだったかもしれない。
皆が皆を娘のように可愛がってくれた。

「でも・・・もうね・・・・」

今は一人だ。
新しく手にいれた場所を自分から飛び出した。
幸村が来ることに賭ける。そんなことを言ってはみたものの、正直願っていない。
来るはずがないと思っている。
真田家のことを考えれば三条家との繋がりは大事だ。
たかだか娘一人。のような者の為に家をダメにするようなことをして欲しくなかった。
いや、そんなのは建前で。
自分が幸村に選ばれなかったら、さよならを言われたらと思うと怖かったから。
だから物分りの良い振りをして自分から逃げ出したのだ。

「それは少なからず、幸村が貴様のことを想っているからだろう」

「もうちっと幸村のこと考えてやってくれよ。嬢ちゃんがいないってだけで死人みてぇな面してさ・・・」

のことを好いておるのは知っておったわ」

思い出される彼らの言葉。
はぶんぶんと首を横に振る。
そんな筈はない。
そんなわけがない。
幸村は確かに自分に優しかった。
だが、きっとそれは信玄や幸隆などから命じられたからで。
彼の好きな人は自分の友だちだったあの子で・・・・。

「・・・・・・あれ」

そんなことを考えていたら、視界がぼやけてきた。
違うと否定することに切なく胸が痛くなる。

「幸村にちゃんと伝えてやるよ。迎えに来てほしいんだろ、嬢ちゃん」

来ない。
来るはずがない。
来なかったら、自分はどうすればいいのだ?
来て欲しいと願っても、幸村が来なかったら?
いつまで待てばいい?
春まで?
一月後?
一週間後?
明日?
今日?

は泣き出しそうになるのを堪えて涙を拭い立ち上がる。
そろそろ昼の準備をしなければならないだろう。
ここでお世話になっている以上手伝いをせねばならない。
今はここまで一緒に来てくれた左近だけでなく、政宗もいるから。
それに料理がまったくできなかったの上達振りを喜んでくれている人がいるから。

「また来ますね。お館様」

墓前に向かってニコッと笑った。
さあ、行こう。戻ろうとしたとき、赤い甲冑が目に入る。

「・・・・・え・・・・・なん、で・・・・」

少々肩で息をしているが、笑顔でこっちを見ている幸村がいた。
目を丸くし驚いている
だが、幸村は一歩一歩近づいてくる。
そしての前に立ち。

殿。お迎えに上がりました」

の腕を引き己の懐に抱きこんだ。

「ユ、ユキさん!!?」

ようやく捕まえた。
ようやくこの腕の中に。
想いが先走ってしまい、力加減ができなくなってしまう。

「ユキ、さん」

「あ、す、すみません!」

慌てて幸村は力を緩めの顔を窺う。
ハタと目が合う。

「・・・・・え、えっと・・・その・・・・」

言わなくては。伝えなくてはと思うが、なにをどう言っていいのかわからない。
ここに来るまでの間、色々考えたのに、いざという時言葉が出てこない。

殿。あ、あの・・・・その・・・」

周りがじれったく感じてしまう。
そう周りが。

「ふん。やっておれんわ」

「おや、見届けないのですかい?」

政宗は面白くないとその場から去ろうとする。

「もう見ているだけ無駄だろう?貴様もしばらく放っておけ」

それはそうだろうと左近もその場を後にする。
先ほどのんびりしていた場所でまたまったり待つのもいいだろうと。
だが政宗はそこにも戻らず寺からも出て行こうとする。

「政宗殿?」

「わしはもう奥州へ帰る。いい加減小十郎たちを待たせておくのも悪い」

ふもとの村で待機させている部下達。

「幸村に伝えておけ。わしはもう身を引くが、を悲しませる真似をしおったらただでは済まさんとな」

左近は肩を竦める。

「ご自分でお伝えになればよろしいかと」

「嫌じゃ。戻ってくる奴の顔を見るのも腹立たしい」

きっとではなく、絶対に二人が幸せそうな顔で戻ってくるに違いないからと。

「賭けはの勝ちじゃ。だからわしはさっさと帰る」

今まで延び延びにしていたのだ。もういいだろう。
それだけ言うと政宗は今度こそ寺から出て行った。
左近はとりあえず、二人が戻ってくるのを待つかと日向ぼっこを再開させた。

「あの、ですね・・・・その・・・・」

なにをやっているのだと自分でも思う。
何のためにここまで来たのだ。
はっきりさせねば、言わねばならぬというのに。
しかも尊敬するお館様の墓前で何をしているのだろうかと思う。
信玄公が見ていたならば、幸村のだらしなさに苦笑しているだろう。
沢山言いたい事はある。
もう三条の姫様との縁談はなくなったこと。
勝手にいなくなった理由も聞きたい。
何より、自分の気持ちを言いたいのだ。
カッコイイ言葉などもあろうが、今、今口から出るのはたった一言。

「あなたが好きです。殿」

ようやく言えた。
前触れもなく言ってしまったことだが、それしか思い浮かばなかった。
好きです。
この言葉を言うのに、どのくらいの時間が過ぎたのだろうか?

「あなたが、好きです」

それでも何度でも。何度でも言える。今なら。

「だから、私と一緒に・・・・またあの邸で暮らしませんか?あなたの作ったご飯が食べたいです」

「ユキさん・・・」

殿がいなくなって、食事がこんなにつまらないと思ったのは初めてです。なにを食べても美味しく感じなくて。
また、あの邸であなたの作ったものを食べたいです。これからずっと私の為に作ってくださいませんか?」

今は寂しさで包まれている邸にまた明かりが欲しい。
三成も兼続も、慶次も左近も。きっとが作る食事を楽しみにしているだろう。
二人で食べる時間も好きだが、友と一緒に食べる時間も悪くない。

殿・・・・」

言われたの方は、直前まで幸村は来ないだろうと思っていたから嬉しく感じてしまう。
だが、少しだけ意地悪を言いたくなる。
幸村の言い方、今までの自分だったらきっとこう解釈してしまおうだろうなと思って。

「それって」

「?」

「ユキさんの食事を作るって・・・・お手伝いさんってことで?」

言い切ったに幸村の目が点になる。
だがすぐさま違うと慌てて否定する。ムキになって否定する幸村に思わず笑いがこみ上げてくる。

「私の!つ、妻になっていただきたくて!だ、だからお手伝いさんなどとではなく、あの」

「妻?」

「は、はい」

「奥さんってこと?」

「はい」

「私が?」

殿が」

「ユキさんの?」

「私の」

「・・・・・」

「ダメ・・・でしょうか?」

急に不安がこみ上げてくる幸村。
好きです。そう言葉にしたのに、なんらに伝わっていないではないか。
いや、待て。
考えてみれば、が別の人を好いているのならば、これは全てダメになるではないか。
幸村の腕が力なくから離れる。

「・・・・・」

口を結んで俯いてしまう幸村。
流石にそれを見ても少しやりすぎたなと罪悪感が湧いてくる。
元々幸村がこうして来てくれただけでも嬉しいのに。
増して、自分に想いを告げてくれて・・・。

「ユキさん。帰ろうか、大阪に」

幸村の腕に触れる

「ありがとう。ユキさん」

殿・・・・」

ありがとう、本当に。
私みたいな子を好きになってくれて。









最後意地悪しちゃってごめんね。って感じ。
07/10/13
19/12/28再UP