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袖の時雨
二人で寺の境内に戻ると左近が満足そうにしていた。 幸村はなんだか照れ臭い。 だが、左近に向かって一礼する。 自分は何もしちゃいないよ。などと左近はいい、立ち上がった。 左近から政宗がすでに寺を離れたことを聞かされる。 「わしはもう身を引くが、を悲しませる真似をしおったらただでは済まさんとな」 左近から政宗の伝言だと聞かされた幸村は、しかと受け止めたと 照れ臭いと笑っていた顔を引き締めた。 左近もぼちぼち帰ると言い出し、引き止めるも 「殿が仕事を溜めてやしないかと心配なんですよ」 と言って彼もまた帰っていった。 幸村にはしばらくゆっくりしてていいですよ。などと付け加えて。 確かに、ここまで来るのに馬で駆けてきた。 自分はともかく馬に大分無理をさせた。 なので、出発は少し先だ。 【六】 左近と政宗が去り、数日後。 幸村とは大阪に向けて出発した。 幸村が乗ってきた馬に二人で。 最初は幸村が歩きながら手綱を引き、が揺られているといった具合だが。 それでは帰りが遅くなるからと、幸村にも乗ってくれとが頼んだ。 少しぐらい乱暴でも大丈夫だからと。 軽く走らせる感じで進んでいく。 その馬上で、ふとは幸村に訊ねた。 幸村はを落とさないように大事に後ろから抱え込んでくれている。 「ねえ、ユキさん。なんでその姿なの?」 「えっ!?・・・あ、それは・・・」 「戦へ出るときの姿だよね?」 赤い甲冑を身につけ、額には真田の家紋六文銭が刺繍された鉢巻を巻いている。 しかも得物の十文字槍まで持ってきていた。 「戦へ行くようなものだと・・・・私にとって今まで一番手強い戦でしたから」 「・・・・」 「あ、あの殿?」 「そんなに手強い戦だったのかなー・・・」 は苦笑してしまう。 幸村からの想い。 自分はそんなに受け取らないように見えたのだろうか? 「殿?」 「なんでもない。あ、そういえばさ。私馬に乗るの初めてだよ?」 「そうなのですか?」 「うん。だって甲斐にいたときはユキさんがダメだって言っていたし、大阪来て、慶次さんの松風に 乗せて貰う約束はしたけど、色々あってまだ乗せてもらっていないし」 そういえばそうだった。 松風に乗せてやると慶次が言っていた。 幸村の許しがあったらな。なんてその時は答えていた慶次だったが。 コユキを拾ったことなどもあり、すっかり延び延びとなっていたのだ。 「わ、私はただ・・・危ないからと・・・」 「でも今は危なくないよ?」 「そ、それは・・・・」 「じゃあいいもん。今度慶次さんに頼んで松風に乗せてもらおう」 幸村はうっと返事に詰まる。 小さく溜め息をつくのがの耳に入る。 「ユキさん?」 「・・・・あ、いや、その・・・」 「言ってくれないと私はわからないよ?」 は幸村のほうに顔を向けた。 に見上げられて幸村の頬に少し赤みが増す。 「その・・・・慶次殿は信頼できる方ですが・・・・あなたが他の方と仲良く乗馬を楽しむ姿は見たくありません」 今、思うと。 いや、今だからわかることなのだが、幸村は意外に嫉妬深いのではないだろうか? ヤキモチ妬きというのか。 まあでも、このくらい普通なのかという気はするが。 「じゃあしょうがない。松風に乗るの我慢する」 「い、いえ。我慢なさる必要は」 「ユキさん、どっち?」 思わずくすくすと笑ってしまう。 「松風はとてもすごい馬ですから。そう簡単に触れることができませんし。 殿は松風にも好かれているようですから・・・・機会があるのならばいいかなと・・・・」 「武人としてユキさんも松風に憧れるんだ」 「・・・かもしれません。でもなんだか複雑で」 微苦笑する幸村。 「・・・・・・」 「あの、殿?」 ここ数日。旅立つまでの幸村。 以前と変わりなく接してくる。 「私の!つ、妻になっていただきたくて!」 と言っていたのだが、その辺今も変わらないのだろうか? ま、それを伝えてくれたとき、が少々意地悪をしてしまったので仕方ないと言えば仕方ないのだが。 だがこのままうやむやにしてしまったら、また元通りになってしまう気がする。 幸村はどこか「想いを伝えただけで満足」というような感じもするし。 こうしての方が強引に聞き出さないと幸村は言ってもくれない。 (ユキさんは優しすぎる。っていうか、甘い?・・・・無理強いしたくないんだろうなぁ) あのことにしたって、ただ「大阪に帰ろうか」しか自分は口にしていない。 幸村には自分の気持ちはどう伝わっているのだろうか? なんとなく伝わっていない気もするが。 はじっと幸村を見ている。 見つめられたままで幸村の方が妙に心臓が早鐘を打ってしまい気が気ではない。 「ユキさん」 「は、はい!」 「好き」 「・・・・へ?」 「・・・・・・私もユキさんが好きなの。ちゃんと気づいてもらえている?」 走らせている馬の速度が段々ゆっくりになり、ついにはその場に止まってしまう。 「殿・・・」 「私をユキさんの奥さんにしてください」 その言葉に幸村はを力強く抱きしめる。 「殿っ!」 だが、馬上で少々暴れすぎたのか、馬が嘶き前足を上げてしまい二人は落ちてしまう。 「きゃあ!」 幸村はをしっかり庇い自分が下になる。 「ユ、ユキさん?」 抱え込まれたまま幸村の安否を気遣う。 それでもしっかりその腕がを離すまいとしている。 「ユキさん、大丈夫?ねえ!」 「・・・・・あ、あはははははっ」 「ユキさん?」 笑い出す幸村には逆に心配になる。 幸村は腕を離しを解放する。 寝転んだままの幸村。 どこか打ち所が悪かったのだろうか?は幸村の顔をのぞきこむ。 「いえ、大丈夫です。それよりも嬉しくて」 「ユキさんの馬鹿」 幸村は体を起こす。着ていた甲冑のおかげで怪我することなく済んだようだ。 「殿。本当に、本当に私の妻になってくださいますか?」 「はい。ユキさんの奥さんにしてください」 「ありがとうございます」 幸村はを抱き寄せた。 約束と言わんばかりに幸村はに口づけた。 * 「ですが、実のところ、私は殿が好いている方は三成殿や慶次殿ではないかと思っていました」 大阪に戻ってきて、再び真田邸でのんびり暮らし始めた頃に幸村がそんなことを言い出した。 帰ってきた二人を三成たちがようやく治まったかと内心安堵していたのを二人は知らない。 以前と同じような生活に戻ったからだ。 昌幸にも改めて二人で会いに行った。 昌幸の方からに「幸村を頼む」と頭を下げられ恐縮した。 コユキも元気になり、兼続が連れてきてくれた。 ほったらかしにしてしまったことに罪悪感が湧き、コユキに嫌われても仕方ないと思ったが。 の胸に尻尾を千切れんばかりに振って飛び込んできた。 本当に元通りに戻ったようだ。 「慶次さんはともかく。なんでみっちゃん?」 「な、なんでと申されても・・・三成殿の所に駆け込んだようですし・・・」 「最初は左近さんのところに行こうと思ったけど、左近さんの住んでいるところ知らなかったから」 幸村の前から綺麗に姿を消すつもりだったから、三成ならば綺麗な嘘をついてくれるかと思ったのだ。 「でも、意外にみっちゃん友情を取ったよね・・・・誤算だった」 「殿っ!」 「冗談、冗談」 ああ、そうだ。 元通りに戻ったが、一つだけ変わった。 昌幸が大阪にいるうちにと、早々に二人は祝言を挙げたのだ。 正式にが幸村に嫁いだことになる。 二人の祝言を見届け、昌幸は信濃に帰っていった。 小さい、身内だけのものとなったが、三成や兼続たちが見届けてくれたし。 秀吉やねねも祝いに駆けつけてくれたのだ。中身は十分濃いものだったろう。 「殿は、御館様のこともあったので、大柄な方が好みかとは思っていました」 慶次や左近など。 「まあ・・・・嫌いじゃないけど。私は最初からユキさんが好きだったわけだし」 「そ、それはどうも」 夫婦になっても、根本的な部分はかわらないようだ。 照れる幸村に笑みが零れる。 「私の方こそ、ユキさんの好きな人はいっちゃんだとばかり思っていたけどね」 そう言われて幸村にしては珍しく顔を歪めた。 何か変なことを言っただろうか? 「・・・・正直、あれを女子だとは思ったことないですよ、私は」 「うわっ、ひどい、ユキさん!」 「しょ、しょうがないじゃないですか!幼い頃からずっと一緒だった所為もありますし」 何より、服を脱ぎ散らかして脱出するような子だったので。 忠実な部下というより、妹、娘。いや、悪く言えば弟みたいな感じだった。 「いっちゃんか・・・今、どうしているのかな・・・・」 「なにをしているかは知りませんが、きっと気ままに過ごしていると思いますよ」 が流行り病で死に掛けた時、助けてくれたのは彼女だ。 でも姿を見せずにまた消えてしまった。 何か理由があるのだろうが、元気にやってくれているのならばいい。 「あ。今日はみっちゃんたちが来るって言ってたよね」 「はい。皆で温かい鍋でもと材料も用意してくださいましたし」 「じゃあ、すぐできるように準備しないと」 「手伝います」 今日の夕食は楽しくなりそうだ。 * 一年で一番寒い時期かもしれない。 それでも、この邸の中は外とは関係なく温かかった。 三成、兼続、左近、慶次がやってきて、皆で鍋を囲んだ。 お酒も用意し、今日は一段と賑やかだ。 「いやー温まりますねぇ」 一際酒に強い左近と慶次は鍋もいいが、酒だといわんばかりに機嫌よく飲んでいる。 「嬢ちゃんには・・・・あ、もう嬢ちゃんじゃ悪いか?」 慶次と左近はのことを「嬢ちゃん」って言う。 だが、もう幸村の奥さんであるわけだし、ちゃんとした言い方があるだろうと思う。 「別に。今までどおりでいいですよ。二人から見れば私はまだ嬢ちゃんでしょうし」 「いやいや、そんなことはないって」 「別に怒っているわけじゃないですよー。その方がしっくり来ますから」 「そうかい?」 がそういうならば当分は「嬢ちゃん」のままだろう。 「、おかわりだ」 「はいはい」 三成がに茶碗を差し出す。 「言い方を改めるのは、お前じゃないのか?三成」 兼続が三成を諌める。 「そんなものか?」 「はい、みっちゃん」 「ん」 から盛られたご飯を受け取り、食べる三成。 普段はそんなに食べない三成でもここでは自然とおかわりをしてしまう。 「ユキさんと兼続さんはおかわりしますか?」 「あ、お願いします。殿」 「私はもう遠慮しておこう、すまぬな殿」 幸村は茶碗を差し出す。 「はい、ユキさん」 「ありがとうございます」 何気ないこの風景。 やはりおかしいと兼続は唸る。 「どうかしたかい?兼続」 「こう言ってはなんだが・・・・・幸村よりも三成のほうが我が物顔だなと思ってな」 「俺が?どこかが」 「呼び方だ。相変わらず幸村は殿≠ネのに、お前は呼び捨てだ」 どっちが夫婦だかわからん。 兼続は呆れてしまう。 「そんなことは俺ではなく、幸村に言え。こいつがビシッと言えば済むことだろう」 自分は別に態度を変えるつもりはないらしい。 「び、ビシッととは?」 「お前がと呼べばいいだろう。その言葉遣いも改めろ」 「え、い、いや。私は・・・このままで・・・・」 「あれじゃないですか?二人きりの時は亭主関白とか?」 左近が茶化す。 「違うな。普段からかかあ天下だ。秀吉様みたいにな」 笑ってはいけないと思いつつもその場に笑いが溢れる。 噂された二人は今頃くしゃみでもしているかもしれない。 「あ、あの・・・」 どうしたらいいのだろうかと幸村がうろたえるが、が幸村の右手を取る。 「いいよ。今までと同じで。これからゆっくり変えていけばいいから、ね?ユキさん」 「殿・・・はい」 ほんわかした空気が二人の間に流れる。 「お〜当てられちゃったねぇ」 「見ているこっちが恥かしいですね」 「良いではないか。これで我らの肩の荷が下りたことだし」 「遅すぎるのだ。まったく・・・・俺はかなり苛々したがな」 それぞれすき勝手に言う面々。 幸村は照れ、は軽く頬を膨らます。 「だったら、早くみっちゃんたちも奥さんもらいなさいよね」 幸村以外は独り者なのだから。 「言われちまったねぇ〜でもそれは難しいな」 慶次自身は誰かを娶るなどとは考えていないのだ。 「我らが娶るのが先か、幸村に子ができるのが先か。どちらだろうな」 「そんなの考えるまでもない。幸村が先だ」 「でしょうねぇ」 「も、もうその辺で勘弁してくださいっ!」 慌てる幸村。 何も変わらないものだな。なんてなんとなく思う面々だった。 だがそれも悪くない。 この雰囲気。いまだ暫く共にしていたいのだから。 07/10/16
19/12/28再UP
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