袖の時雨




ドリーム小説
頼む。
自分でも驚くほど弱々しい声だった気がする。
でも本心であるのは確かだ。
俺はに幸村のことをもっと考えてほしいと思った。
人の心など脆く移ろいやすいものだと、鼻で笑ってしまうような俺がだ。
そうだと思っても、幸村を見ていると・・・。
いや、今まで見ていたから。
あんなにもをずっと想ってきたことをなんとかしてやりたいと思ったのだ。
最初はからかったり、いい暇つぶしだと思ったが。

だが、そんな人の気持ちを知ってか知らずが、あのバカは・・・・。






【四】





「嬢ちゃん・・・・」

三成に呼ばれた左近が目にしたのは、キュッと唇を強く結び正座しているだった。
少し鼻の頭が赤くなっている
三成の顔を見ようともしていない所を見ると、二人は左近が来る前に喧嘩でもしていたに違いない。
口で三成に勝てる人なぞ、ねね以外にいるはずもなかろうに。

「左近。このバカを遠くに捨てて来い」

「・・・・・は?」

「ああ、違った。行きたい場所があるそうだ。お前が連れて行け」

「殿・・・今は」

「バカが望んだことだ。俺は知らん」

「っ・・・バカバカ言わないでよ・・・・」

「ふん」

相当機嫌が悪いと見える我が殿に左近は頭痛がしてしまう。
その原因を作っているのはであろう。

「正直な話。その役目、この左近が引き受けねばならぬのですか?」

「ああ。お前に拒否権はない」

そんな・・・。
左近にはわかっている。三成の言い方が悪いがこの事は他の誰にも任せることができないのだろう。
兼続、慶次にはもちろん。当然幸村の耳に入れるわけにも行かずに。
幸村がをずっと探していると三成に伝えたとき、彼は「無意味だ」と答えた。
確かに無意味だったろう。
目的のは三成の邸にいたということだから。
その間幸村に会わず、をかくまい続けたのはがそう願ったから。
三成はなんとかしようとを他へ行かせまいとしていたのだろう。
それでも、もう・・・。
はここを出ることを決めてしまったようだ。

「嬢ちゃん・・・」

「左近さんに嫌な役目お願いしてごめんなさい。でも私はもう決めたから」

ここには居られません。

「はー・・・・わかりました。左近が嬢ちゃんを目的の場所までお送りしましょう」

勝手に一人で行かれても困る。
左近は三成との申し出を受けた。
それからすぐに、は三成の邸を出た。



*



「わしは、春まで待とうと思った。幸村が春まで何もせんかったら、もう遠慮はしないとな」

春まで待とうと思った。
春に再会しようと思った。
だけど、仕入れた情報での現状を知った政宗は、いても立ってもいられず奥州から出てきた。
あっさりのいる場所を見つけた政宗の登場に苦笑しかでなかった。

「なんか、それって・・・・政宗君もユキさんが・・・」

のことを好いておるのは知っておったわ」

自分から言うのは恥かしいが、人づてに言われるのも恥かしい。
奥州と比べてここの冬はどうなのだろうか?自分的には奥州の方が厳しい冬という感じがする。

「・・・・・」

「わしが最初にに求婚した時、あやつは反対だとわしに言ってきた」

「ユキさんが?知らなかった・・・」

その時のことをは思い出す。
幸村には別の誰かを想っていると思いながらも、幸村の側を離れるのを嫌がって。
いつか自分からこの想いを伝えられたらいいなと願い、政宗からの求婚を断った。
だが実はその裏で幸村も政宗に対し行動を起こしていたのだ。
幸村は保護者としてならば、政宗の申し出は嬉しく思うが、一人の男とするならば反対すると。

「はっきり言って馬鹿馬鹿しいと思ったわ。二人して何言ってるんだとな」

なんてことはない。お互いがお互いを好いていただけの話だ。

「だ、だって・・・・ユキさんの好きな人ってずっといっちゃんだと思っていたから」

それは甲斐にいた頃から思っていたことだ。
彼女に対してだけは幸村の態度・言動は違っていた。
あの幸村が頼りにしていたほどの人だったのだ。
互いに心から信頼している。そんな風に見えた。

「それは相手を部下としてではないのか?」

「・・・・・」

「まあ。そんなことはどうでもいい。。わしがここへ来た意味はわかるか?」

唯一光る政宗の左目。
まっすぐに見つめる竜の目。
恐怖などはまったくないが、真摯なその目から視線を外したくなる。

「さっきも言った。春まで待とうと。だがもう待つのはやめだ。待つ意味がない」

幸村が本当に三条家の姫を娶れば、最大最強の壁がいなくなるのだ。
それに自身が幸村の元を離れた今が好機なのだ。
奥州でぬくぬく待っているなど勿体無い。
もし幸村が姫を遠ざけても、今のうちに彼女を貰い受けてしまおう。

「政宗君。私は」

「一人でこんな寂れた場所にいてなんになる。幸村のことを延々と想うだけならきっぱり止めてしまった方がいい。
わしは。わしならにそんな想いさせんぞ。幸村のことを忘れさせてやる」

政宗にそんな言葉を言わせるのはすごいと思う。
光栄なことだろう。

「だけど・・・私は政宗君に、そんな風に言ってもらう価値ないよ・・・」

「そんなものなどどうでもいい」

「まさ」

「元々わしは今日まで我慢して待ち続けた。本当はあの時さっぱり諦めるつもりだったのだがな・・・・」

あまりに馬鹿らしくて、その機会を失ってしまった。

「わしはそなたが欲しい。だからもう待たぬ」

「私の気持ちは・・・・・そんなすぐには・・・・」

変わらないだろう。
幸村のことを嫌いになったわけではないのだ。
幸村が三条の姫様と結ばれるのを見たくなくて逃げ出したのだ。
二人の邪魔をするのは嫌です。
なんて昌幸には映ったかもしれない。
でも昌幸がを尋ねてきた理由はそれだろう。
幸村と姫様の縁談の邪魔をしないで欲しいと。
側室でならばと言いかけた昌幸を遮っては逃げ道を選らんのだから。

「わかっておる。それはわしも一緒だ。わしもそう簡単に諦められん」

真摯な眼差しだった政宗の眉間がふっと和らいだ。
急かしているようで、その実政宗も無理強いはせずに待ってくれているのだ。

「・・・・・賭け」

「ん?」

「賭けをしたの・・・・」

は外へと目線を外す。
音もなく降り続ける雪。
あたり一面は言うまでもなく真っ白い。

「ユキさんが・・・・・私に会いに来てくれたら・・・・って」

三条の姫様との縁談よりも自分を選んでくれたならば。
周りではなく幸村の言葉で聞かせてくれたならば。

「・・・・・自分勝手な賭けだけどね・・・・」

の横顔に見入る政宗。
今まで見ていた彼女とはどこかが違う。
幸村の側にいないだけでこうも別人のように見えるのだろうか?

「そうか・・・・その賭けにわしも乗ろう」

「え?」

「あやつがここに来たならば、にちゃんと告げるならば。わしはもう本気で諦める」

ずるずる引っ張ったのだから。
これもいい機会なのかもしれない。



*



「幸村。俺を殴れ」

唐突に兼続の邸にやってきた三成。

「み、三成殿!?」

殴れと言っている割には、座っている幸村を威圧しながら見下ろしているとしか兼続には思えなかった。

「三成」

「本当はお前を百発ほど殴りたい気分だが・・・俺はお前に殴られるだけのことはした。だから俺を殴れ」

三成の言葉にきょとんとしてしまう幸村。
殴られても可笑しくない理由が三成にはあるらしい。
だがその前に言った「百発ほど殴りたい」が引っ掛かってしまう。

「三成。まさかとは思うが、殴ったから今度は俺に殴らせろとか言うのではないだろうな・・・」

「そんなわけないだろう」

三成は鼻息荒くたくし上げたままその場に腰を下ろした。
しばし沈黙流れる。
三人だけというのは久しぶりだ。
だが何かを語らうような雰囲気はしない。
殴れと言った理由を三成は言わないし、幸村も何も言わない。
兼続も黙って書物を読んでいる。
そんな空気を破り慶次が登場する。

「おー寒い。外は寒いなあ、やっぱり。お、三人で何してんだ?」

さっきまで一人で町へ出ていたという慶次。
一人だけ明るい雰囲気にようやく三人も機能し始める。
兼続が茶でも入れようと動く。

「あんた。仕事が忙しいようだったが、片づいたのかい?」

「・・・・ああ。誰かがやらん分が俺のところへ回ってきたからな」

「み、三成殿」

「心配するな幸村。やらないのはお前だけじゃないからな」

それもどうかと思うが。

「左近殿も忙しいみたいでどこかへ行ったようだしな」

「左近殿が?」

「・・・・ああ。特別にな」

兼続が戻りそれぞれに茶を出す。

「幸村。俺はさっき嬢ちゃんを見たよ」

「え!ほ、本当ですか!?ど、どこで」

幸村思わず身を乗り出す。
慶次は鼻を掻きながら小さく笑う。
やっぱりいいよなと感じる。
幸村のこういうところ、嫌いじゃない。
のことを想いすぎている。それがちょうどいいと重苦しいと感じない姿が。

「左近殿と一緒だった」

「・・・・え?」

幸村は慶次ではなく三成の方を見る。
三成は湯飲みをそっと置く。

「左近殿は忙しいと・・・・特別に・・・・」

「だから俺はさっき言ったではないか。俺はお前に殴られるだけのことをした・・・・と」

「三成。お前は」

はずっと俺の邸にいた。お前が懸命に探している時、ずっとだ」

幸村は黙って三成を見ている。
表情が暗くなるわけでも取り繕うわけでもなく、無表情だ。

「あいつはお前に縁談が来た時に、俺のところへ逃げてきた。それをお前に知られぬようにな。
だが、いつまでも居られないとある場所へ行くと言いだしてな・・・・一人では危ないだろうから供に左近をつけた」

「供っていうより、居場所を確認するためだろ?」

そうとも言う。

「幸村。どうする?俺は嬢ちゃんにこの事をお前に伝えると言ったが」

「・・・・・な、なぜ殿は三成殿の・・・・私から逃げるのですか・・・・」

「幸村っ」

殿のお気持ちがわかりません。私のためにと言われても・・・・・」

幸村の視線は畳へと注がれる。
なんだか涙が出そうになる。
やっぱりの好きな人というのは三成なのではないだろうか。
急に色んなものがぐるぐると渦を巻き始める。
自分の前から消えたを、どこかに行ってしまったを追いかける意味はあるのだろうか?

「幸村っ!」

パンと乾いた音が室内に響いた。
幸村は目を丸くする。
ヒリヒリする両の頬。
その頬を叩いたのは兼続で、今もまだ幸村の頬にその手はそえられている。

「かね、つぐ殿・・・」

「弱気なことを言うな!お前はまだ何もしていないんだ。殿に自分の気持ちをぶつけたか?
していないだろう?言ってもいないうちに弱気になるな!今まで動かなかった自分が悪いと言ったではないか。
今動かないでどうする!何もしないうちに諦めることを私は許さないぞ!!」

どちらかと言えば、三成が叱咤し兼続はそれを抑える側であったはずだ。
だがその兼続が幸村を叱咤している。
しかも強く両の頬を叩いた。

「お前がそんなんだと、どこかの山犬に殿を盗られてしまうぞ」

兼続は手を離しふっと笑う。

「もしかしたらもう動いているかもしれんな」

「三成!余計なことを言うな!縁起でもない!」

「お前言っていることがさっきと違うぞ」

「ははははっ。いいね、いいねぇ」

慶次は一人は手を叩き笑い出す。
三成は改めて幸村と向き合う。

「幸村。隠してた、黙っていたことは詫びる。さっきも言った俺のことを殴れ、気の済むまで」

だが幸村は首を横に振る。

「三成殿を殴るなどできません」

「幸村」

「私が、何もしなかった自分が悪いのです。三成殿はいつも私に行動を起こせと言ってくれたではありませんか」

そうだ。何もしなかったのは自分。
が想い慕っている誰かの存在を気にして何も出来なかった。
あのままの生活でいいのだと願ってしまったから。

「だから。今度こそ私は殿にちゃんと・・・ちゃんと自分の気持ちを伝えますから」

「よく言った、幸村ぁ!」

「いっ!け、慶次殿」

バシンと力強く背中を叩かれる幸村。

「嬢ちゃんはお前に迎えに来てほしんだよ、本当はな」

二人の縁談を喜ぶことができず、目の当たりのするのが嫌だったから。

「俺が嬢ちゃんを見つけたとき、幸村の話を聴いてやれと俺は言った。
嬢ちゃんは賭けを・・・・お前が会いに来てくれることに賭けた。嬢ちゃんの最後の賭けだそうだ」

慶次が勝手に、幸村がを・・・・という話はあえて黙っておく。
三成も言ってしまったのだが・・・・。

「賭け・・・・」

「勿論会いに行くだろう?幸村」

「はい」

力強く幸村は頷いた。

殿・・・・会いに行きます、あなたに・・・」









二人の周りが優しいんだよ。
07/10/08
19/12/28再UP