袖の時雨




ドリーム小説
嘘をついてほしい。
友だちに嫌なことを頼んでしまったなと思った。
自分は逃げて。
でも・・・・逃げることしか私にはできなかったから。
ごめんなさい。





【三】





あれは突然だった。
幸村の留守中に幸村の父昌幸が邸を訪れた。
年明けに会ったばかりだったが、知っている人と言うのはやはり嬉しいものだった。
何より、滅亡してしまった武田家との繋がりがある人だと思うと。
突然の来客にもすぐに対応できるようにしてある
昌幸に温かいお茶と蒸し饅頭を出した。

殿は中々気が利く方だな」

「い、いえ」

(幸村が惚れるのもわかる気がする・・・・父上も可愛がっておられたからのう・・・)

茶を啜り、体が温まりほっとしてしまう。
外は今日も雪が降っている。
昌幸自身、幸村の嫁にと思うならばは十分すぎると思うし、できればそうしたいとも思う。
だが。

殿、実はな・・・・そなたに話さねばならぬことがあってな・・・・」

「私にですか?」

「・・・・実はな」

昌幸の目が厳しいものに変わった。
そして聞かされたはその事実に深く傷つくも、何も言えなかった。
今は亡き信玄公ご正室三条の方様。
彼女の実家三条家の姫君と幸村の見合いが先日行われた。
幸村ははっきりと最初から乗り気でないと断っていたが、元主君との繋がりや三条家が
朝廷に仕える公家であるということなどから、そう簡単に断れないと。
幸村の気持ちははっきり言って無視されている。
何より、三条家の姫様が幸村にいたくご執心なんだそうだ。

「幸村はわしに勘当をしろとまで言ってきおった。それぐらいあやつの気持ちは硬い。だが・・・」

そうさせているのは幸村のへの想いからだ。
はっきりと昌幸に慕う相手がいると告げた。
幸村が「」だとは告げていないが、そんなことはすぐにわかる。
のほうはどうなのだと昌幸は思ったのだ。

「居候が居たら邪魔ですよね」

殿・・・」

厳しい目つきだった昌幸の眉間がふっと緩んだ。
の顔を見て落胆してしまった。
は笑っていた。
だがその笑顔が今まで見たものとは違う作られたものだとわかる。
必死で笑おうとしているのだと。

「ユキさんに素敵なお嫁さんが来るなんて良かったですね」

「・・・・・すまぬ、殿。殿が良ければ・・・・側室」

「私のことは構わないでください。別に私はどこかの姫様でもなんでもない、拾われた子ですから」

側室に。
なんて聞きたくなかった。

殿。では、住む邸などはこちらで」

「それもいいです。そんな気を使わなくて。昌幸様。昌幸様がそんな顔をすることないのですよ?」

息子の幸せを思うも、一番の幸せを奪おうとしていた。
それが心苦しい。
しかも、は息子と歩む道を拒んでしまった。




昌幸が帰ったあと、すぐには自室にこもった。
ずっと胸が痛かった。
大好きな人、幸村との生活にあっさり終わりが来たのだと思うと。
幸村には別の誰かを想っているだろうが、一緒に居られるだけでも良かったのに。
それだけで満足していたのが間違いだったのか、想う人とは別の女性との見合いとは。
すでに見合いも済んでおり、三条家からはぜひ幸村にと伝わっているそうだ。

「言えば、変わったのかな・・・・」

ずっと秘めていた想いを幸村に。
だけど、友だちであったあの少女を思うと何もできなくて。
今の状態で満足してしまった。
でも、もうダメなのだ。
終わったのだ、家族ごっこは。
は必死で気持ちを抑えながら幸村への文を書いた。
そして文机に置いて邸を出た。
何も荷物は持たずに、ただ今逃げる場所へ向かった。



*



雪降る中向かったのは三成の邸だった。
きっと理由を言えば嫌がられるだろうなってすぐに想像はつくのだが、頼れるのが三成しかいなかったから。

「だから・・・・なぜ、俺のところに来る・・・・」

やっぱりそうだ。
面倒臭そうな顔をしている。
だが、その顔を見ていたら笑いがこみ上げるだろうなと思ったのに、目頭が熱くなる。

「本当は左近さんの所に行きたかったの!でも、でも、左近さんどこに住んでいるか知らないから!」

「左近の邸ならば教えてやる、そっちに行け」

「でも、みっちゃんの方が嘘つくの上手そうだから、ここでいい」

「貴様・・・」

ダメだダメだと思っても、もう止まらない。
留まらせようと思っても、涙がどんどん溢れてくる。

「俺に嘘をつけと言うのだな」

「うん。嘘言って欲しいの・・・・」

「幸村にか」

「・・・・・うん」

はどこかに行っちゃいました。
遠く、遠くへ。
もう幸村の元には帰らないから・・・。
三成にそう言わせるのだ。
本当は三成ではなく左近に頼みたかった。
左近の方が抜け道を用意してくれそうな気がして。
そして抜け道使って帰るのだ、甲斐に。
大好きな御館様が眠る場所へ。
他に行く場所などないから、信玄公の側室だったあの女性の下ででも暮らせればいいかなと。
それが叶わずとも、そばでなんとか・・・。

「中に入れ。風邪をひく。馬鹿でも風邪はひくものだ」

三成もなんだかんだ言いながら優しすぎるから。
その優しさに漬け込むようで悪い気がしたが。
だけど、今だけ逃げ道に使わせてください。




「ユキさん・・・・優しいな、私のことなんていいのに・・・・」

三成から幸村がのことを探し回っていると教えてもらった。
それを三成に告げた左近に「無意味なことだ」と止めさせたそうだ。

「それは少なからず、幸村が貴様のことを想っているからだろう」

「みっちゃん」

「今までの幸村のことを思い出してみろ。あいつが誰を好きなのか、想っているのかわかるだろう」

の目が大きく見開く。
何を突然言い出すのだと。

「本当は俺の口からなんぞ言いたくもなかったがな・・・・」

「ユキさんの好きな人は・・・・いっちゃん・・・・だって・・・・」

「本当にそう思うのか?まったく間抜けな奴だ。どれだけ幸村が貴様を見ていたか・・・・まあいいんじゃないか」

三成は吐き捨てるように言う。

「どうせ幸村は三条家の姫を娶るのだからな」

グッと拳を握ってしまう。
そうだと。そうなることを知って逃げ出したのだから。

「そう・・・だね」

「貴様・・・」

「その方がユキさんの為なんだよ?私は元々ただの居候だもの」

なぜ笑う。
悔しいとか悲しいとかそういう事をなぜ隠す。
三成は歯がゆく思いながらもに本心を吐かせようとする。

「居候などと幸村が思っているわけないだろうが」

「ユキさん優しいから」

「貴様はその優しさを履き違えているぞ。もう少し・・・・奴のことを考えてやれ・・・」

本当はお互いに想いを寄せているのに。
なぜがかみ合わない。
わざとなのかと疑いたくなる。
それでも、に諦めてほしくなくて。
ちゃんと幸村を見てほしくて。
三成はただ小さく「頼む」と珍しく切なそうに告げた。



*



最近面白くない。
暴れるようなことが何もなくて。
慶次は一人町中を歩いていた。
いつもならば松風の背に器用に寝転びながらなのだが、そういう気分にもなれずに歩いていた。
きっと歩きでなければ気づかないと思ったから。

「・・・・んーいないか・・・」

が出て行ってしまったというので探しているのだ。
慶次にはまだがこの町を離れていないと妙な確信があった。
まだそんなに日は経っていないし、が町を出るのを見たという証言もなかったからだ。
これは慶次が独自で調べた結果だ。
慶次はあちこちに顔が利く。
だから聞き込みをしながら歩いているのだ。

「あんな顔見ちまうとねぇ〜」

兼続と二人で幸村の様子を見に行くと、邸には華やかな香りが充満していた。
見合い相手だという三条の姫様がすでに邸の主のような顔で使用人たちにテキパキと指示していた。
それでも幸村は姫様相手でも笑うことがなく、ただそこにいるだけのようだった。

「幸村。お前、ちゃんと食事はしているのか?」

兼続がどこか頼りない風貌へと変わろうとしていた幸村に思わず言い寄ってしまう。
幸村は姫様に笑うことはなくても友にはちゃんと笑ってくれた。

「はい。食べております」

「その割にはなんだか以前より痩せたように見えるぞ」

頬がこけているわけでもないのに、そう見えてしまう。
恐らく覇気がないのだ。

「・・・・・食べてはいますが・・・・ただ」

「はっきり言ってみろ。思ったことをよ。俺らはちゃんと聞いてやるぜ?」

三成だけはこの邸に来ていないことを慶次達は知っている。
行こうと言っても、面白くないものを目にするだけだと言って聞かない。
それどころか、仕事が溜まっているので行かないという。

「慶次殿・・・・はい・・・・」

幸村はなんだか涙が零れそうになるが、なんとか我慢する。

「何を食べても味がしなくて・・・・こんなに食事がつまらないものだと思ったのは初めてです」

「幸村」

慶次と兼続にもわかった。
の作るもの。
それらに比べたらどんなに豪華な食事だろうが、幸村にとっては霞を食べているようなものなのだろう。

「幸村。お前さん、どうしたいよ?このままでいいのかい?」

「・・・・三成殿には無意味だと言われてしまいました」

「三成がそう言ったところで諦めちまうのかい?」

「・・・・・諦めたくはありません」

「ならもがいてみな。絡まった糸だって時間かければほぐれるし、ほぐれなきゃどっか切ればいいんだ。
お前ももがくだけもがけ。絡まっちまったら、俺らが手貸してやるさ」

「ああ。お前のそんな姿を見るのは私も切ない。お前は殿の隣で暢気に笑っている方がいい」

「兼続殿」

二人の言いようにフッと笑みが自然と零れた。

「三成も・・・そんなお前の姿を見るのが嫌なんじゃないのか?」

「三成殿には散々言われました・・・でも動かなかった私が悪かったのです」

「今からでも遅くないさ。早くなんとかしようじゃねぇか。俺も嬢ちゃんのメシが食いたいからねぇ」

「・・・はい」

幸村のあの顔は以前にも見たことがある。
武田が滅亡するきっかけとなった戦。長篠でだ。
全てを諦めたような顔。言葉では逃げなくてはと言っていても、気持ちが完全に死んでいた。
慶次が助けたことになぜという目で見ていた幸村。
なんとか生きのびたあと「また会おう」と言って別れたが、久しぶりに小田原で再会した時
幸村の顔つきは変わっていた。
それから大阪での彼の暮らしを見ていれば、ああのおかげなのだとわかって安堵したものだ。
また同じ顔をさせちゃいけない。
まずは太い糸を断ち切ってやる。
慶次は邸を出る際に、はっきりと三条の姫様に告げた。

「あんた。幸村のことを好いているわりには、なんも見ちゃいないんだな。幸村にあんな顔させて平気なのかい?」

三条の姫様の返事などはどうでもよく。
聞くまでもなく慶次と兼続は邸を出た。

「慶次」

「ん?どうした兼続」

兼続は邸を出て何かに気づき駆け寄った。
そして抱えて慶次の下へ戻ってきた。

「コユキ・・・・」

幸村とが可愛がっていた、飼っていた犬だ。
体は汚れぐったりしている。

「まだ・・・大丈夫だな」

「あの姫さんか使用人にでも追い出されちまったのかねぇ・・・」

幸村もコユキにまで気が回らなかったようだ。

「コユキ。しばらく私のところで過ごそう。殿が戻るまでに元気にならねばな」

外見などは華やかでも、今の真田邸はとっても寒々しいもので心地良い場所ではなくなっていた。
それから慶次は暇があれば町を見て回っていたのだ。
コユキはなんとか元気になりつつあったし、幸村もあの後邸を飛び出してきた。
そして慶次同様兼続の邸へ居候をしてしまっている。
何度も三条の姫様の使いや昌幸の使いが来たが一切幸村は会おうとはしなかった。

「そろそろ本当に手がかり見つけないと、不味いかもしれないなねぇ。政宗辺りが嗅ぎ付けそうだ」

奥州にいる政宗に今のことが知られればコレ幸いと乗り込んでくるに違いない。
なんとか政宗よりも先に手を打ちたい所だが・・・。

「お!ツイてるねぇ」

歩いていると女性連れの左近を見つけた。

「おーい。左近殿!」

左近は慶次の呼び声に眉を顰めた。
見られたくないところを見られたと。

「どっか行くのかい?なんか旅支度のような感じもするが」

慶次は陽気に左近のところにやってくる。

「ええ。ちょっと殿に命じられて・・・・」

一緒に居る女性は菅笠を深く被っており顔が見えない。

「三成は忙しいみたいだな」

「ええ。誰かさんたちが仕事を放り出してしまっているのでね」

くつくつと笑いながら軽い嫌味をこめて左近は返す。

「しょうがないだろ?皆、嬢ちゃん探すに必死でさ」

「そうですかい。嬢ちゃんをですか・・・・・ま、気持ちはわからなくはないですけどね。
ああ、申し訳ないですが、俺は俺の仕事をしなくちゃならないんで失礼しますよ」

左近は女性の背中を軽く押して歩き出す。

「おう。どこ行くか知らねぇが気をつけてな・・・・嬢ちゃん」

立ち止まる女性。
ゆっくり振り返れば菅笠を軽く上げ顔を覘かせた。
女性はだった。

「慶次さん、なんで?」

「わかるよ。それくらい・・・・」

「・・・・・・」

「嬢ちゃん。止めるなら今のうちだ。こうして慶次殿にもバレちまったんだ」

左近はの肩にそっと手を置いた。
だがは首を横に振った。

「もう決めたから」

「・・・・そうかい」

「嬢ちゃん。俺は今から邸に戻ってこのことを幸村に伝えるぜ?隠す気はさらさらねぇ。
幸村は嬢ちゃんに会いたがってる。話ぐらいしてやってもいいじゃねぇか」

「・・・・・・でも・・・・」

「もうちっと幸村のこと考えてやってくれよ。嬢ちゃんがいないってだけで死人みてぇな面してさ・・・」

見ているこっちが辛くなる。

「みっちゃんも似たようなこと言った。でも私はユキさんの口からは何も聞いていないから」

「嬢ちゃんは聞こうとしたかい?幸村から」

聞く前に逃げた。
慶次はそれを責めている。
はくるりと慶次に背を向ける。

「私、自信がないから・・・・・」

「幸村のこと好きなんだろ?」

「好きだけど・・・・」

「だったらさ。嬢ちゃんの方から」

「・・・・最後に一つ賭けをしていいですか?」

「賭け?」

「ユキさんが私に会いに来てくれたら・・・・考えます」

だから今は逃げることを許してください。
は小走りで行ってしまう。
左近もその後を追った。

「幸村にちゃんと伝えてやるよ。迎えに来てほしいんだろ、嬢ちゃん」








07/09/19
19/12/28再UP