袖の時雨




ドリーム小説
ずっと、ずっと続くものだと思っていた。
友と笑いあい、愛しき人がそばにいて。
だが季節と同じで心に冷たい風が吹き荒れた。





【ニ】





「え、縁談!?わ、私がですか!」

新年の挨拶の為に大阪に訪れていた父昌幸。
昌幸に呼ばれて別にある真田邸へと向かった幸村に父がそう告げた。
なぜ突然と思いながらもそのような話は幸村には最初から受ける気はなかった。
だから即座にその話はなかったことにと断りを入れる。
だが父は頷かなかった。

「なぜですか!?私にはその気がない・・・・相手の方にも失礼です。どなたが持ち込んだ話かは知りませんが」

「先方の心配ならばせずとも良い。話を持ち込んだのは先方だからだ」

「は・・・・?」

「何かの縁としか思えぬな・・・・」

昌幸はそっと腕を組む。

「ち、父上。私は」

「三条家の姫君がぜひお前と、と申してくださった」

「さ、三条家・・・・」

幸村にも三条家と言われて覚えはあった。
その姫君にも。
偶然賊に襲われた一行を助けたことがあったのだが、その時その姫様がいたのだ。
幸村の武勇をいたく感心し、気に入った姫様はそれ以降、何かあれば幸村を護衛にと指名してきた。
秀吉を通じてのその命に、別に幸村自身深く考えていなかった。
大きな戦というものがない。己を鍛える一環としてちょうどいいぐらいにしか思わなかったのだ。
実際、護衛任務を受けてもそんなに何かに襲われるなんてことはないのだが。

「ですが、父上!私は、私には以前から慕っている方がおります。その方以外とは」

「幸村。そう簡単には断れぬのだ」

昌幸にも幸村の言いたいことはわかる。
わかるが、相手が悪すぎた。
三条家は幸村たち真田家にとって、嘗ての主君武田家とも繋がりのある家だった。
信玄公の正室三条の方の実家でもあり、清華七家の家柄である。
朝廷に仕える公家の家柄からの申し出を無下に断ることができようか?
それは天下統一をなした秀吉ですら頭を悩ませたことでもある。

「すまぬな、幸村」

「父上!」

だからもう、彼女を諦めろ。
そう昌幸は言っている。

「私はそのようなことでできません!」

「ならば側室として娶ればいい」

「っ!」

ダンと強く畳に拳をぶつけた幸村。
やり場のない怒りというものだろう。

「幸村」

「私にはそのようなこと・・・・彼女以外の人など・・・・・」

果てしなく後悔した。
こんなことは始めた。悔しさも湧き出てくる。
政宗が彼女へ求婚した時、他の誰にも盗られたくないと思ったことなのに。
他の誰に盗られる以前に自分が別のものを受け入れなければならなくなった。

『だから、言ったのだ。ぐずぐずしているからそうなったのだ』

三成にはそういわれてしまいそうだ。

『さっさと棘を抜かなかったお前が悪い』

ええ、まったくもってその通りです。
だけど、譲れないものは譲れないのだ。

「父上。真田のことを思うのならば、私のことを勘当でもなんでもなさればいい。
幸村はもう死んだとでも・・・・私は最初からこの話は乗る気ではありませんので」

元々跡継ぎなど問題ない。幸村には兄がいる。
兄信之は本多忠勝の娘稲を娶った。何も問題はない。

「幸村!」

幸村は昌幸の言葉には耳も傾けることはなかった。
背を向けて、最早勘当されたものと同じだと躊躇せずに室から出て行った。
昌幸は息子の言葉と信念に頭を抑えこむ。

「馬鹿者。真田家のことなど最初から関係ないわ・・・・・姫様はお前自身を欲しておるのだ」

だから勘当したところで関係ないのだ。





邸へ戻ると、鼻先に食欲をそそるような匂いが掠めた。
温かみのある落ち着く瞬間だ。

「ただいま戻りました、殿」

「お帰り、ユキさん!昌幸様のご用事済んだの?」

台所へ顔を出せば夕食の準備をしているがいた。
昌幸の用事と何も知らないが口にしたのが、少しばかり幸村には心苦しい。
だが幸村は何事もなかったように平静を装う。

「ええ。大したことではありませんでした」

「そ?じゃあそろそろ夕食にする?」

「はい。いただきます」

幸村はこの時間が、と共にいる時間が一番いいものだと改めて感じた。

「はあ、この寒さにはとてもいいですね。体が温まります」

沢山の野菜を具材にした味噌汁をすする幸村。
それを見ても同じように味噌汁へと手を伸ばす。
今日は珍しく二人きりだった。
いつもならばやってくる三成たちは仕事だとかで今日は来ていない。
先日、三成が仕事を溜めすぎたと愚痴っていたのをは思い出す。
兼続も何かと忙しいらしい。
二人きりの夕食はいつもに比べれば寂しいと思えばそうなのだが、実際、二人だったら二人で
それなりに穏やかに時間が進む。

「ユキさん、具材が多い味噌汁でも平気だよね」

「はい。別に問題はないと思いますが?」

「お芋を具にしても平気だよね」

「はい。それがどうかしましたか?」

「ん?んー男の人ってイモ類をおかずだって思わないらしいのを思い出したから」

幸村はそんなことはないと首を傾げる。
なぜ?と。

「まあ、一般論?そうだってのを聞いたことがあったから」

「そうなのですか。私はそうは思ったことないですけど。お芋も具材たっぷりの味噌汁も好きですよ」

「私もー大好き」

食い意地が張っていると思われたら恥かしいのだが幸村なら平気だろう。
は小さく笑った。

「今度、皆呼んで鍋やろうよ。冬はやっぱり鍋料理だし」

「はい、三成殿たちも喜ばれると思います」

その時が楽しみだね。
なんて話をした。

「あの。殿」

「なに?」

ふと過ぎった不安。
自分ではすでに終わった話だと思っているあのこと。
だが、どこか不安が残る。
だからと言うわけではないが、なんとなく・・・。

「次の休みの時にどこか行きませんか?少し距離がありますが京などに・・・・」

「京?・・・・あ、そういえば京の都ここ着て一度も行ったことないね。うん、いいねそれ」

断られることもなく、が承諾してくれたことが嬉しかった。
思わず口許が緩む。

「桜満開の京の都も見たいなって思ったけど、雪降る京の都も乙だよね〜」

「桜の時期になればまたお連れいたします」

「本当?約束だよ」

「はい!」

その時のの笑顔がやけに印象的だった。



*



「はあ・・・はあっ・・・・は・・・・・はあ・・・・殿!」

薄暗い。
日も暮れ始めていた。冬の間は日が沈むのがとても早い。
雪も降っている。走るのに少々手間取る。
だが幸村は足を止めなかった。
大事なものを探していたから。

殿ー!」

邸から消えてしまった彼女。
自分のせいだ。
自分が彼女にそうさせてしまった。
約束したことが果たされることことなく。

「・・・・・殿・・・なぜ、あなたが・・・・・」

グッと歯を噛締める。
強く強く、爪が皮膚に食い込むくらいに拳を握る。
幸村が断ったと思った縁談は消えてはいなかった。
昌幸に一度でも先方と会えと言われて、仕方なくというより半ば強引に連れていかれた。
何度もお会いしている姫様。
確かに綺麗で、気のつく優しい人だと思う。
幸村に対して微笑みを絶やさずにいる。

「幸村様・・・・私のことはお嫌いですか?」

こんな寒い日に会うなど。
雪がちらつくその日。どこかのお大臣の邸でのこと。

「嫌いとかそういうわけでは・・・・姫様には私よりも素晴らしいお方と」

普通に考えれば幸村の選択を馬鹿だと嘲笑うかもしれない。
秀吉が治めているとはいえ、朝廷でも権力のある大臣家の娘との縁談を破談にしようとしているのだ。

「幸村様より素晴らしいお方?」

小さく笑う姫様。
柔らかい笑みで幸村を見つめる。

「謙遜なさらずとも・・・幸村様は素晴らしいお方です」

埒が明かない。

「姫様。私には・・・私には想う方がおります。だから姫様との縁談。申し訳ございませんがお断りさせていただく」

幸村は姫様にはっきりと告げる。

「この話、姫様のことを思えば、姫様から断っていただいた方が」

「そうですか・・・」

「・・・・・」

姫様が自分をと申し出てくれたのはとても光栄だと思う。
だけど幸村にはずっと心に決めた人がいるから。
本当に申し訳なく思うが、こればかりは・・・・。

「な、なぜ。姫様がここに居られるのですか!?」

数日後、邸へ帰ればいつもの温かみある邸内ではなかった。
居るはずのの姿はなく、居るはずのない姫様とそのお付の者が数名いた。

「お帰りなさいませ、幸村様」

深々と幸村に向けて頭を下げ出迎える姫様。

「姫様!」

「幸村様のおそばに置いてほしく、わがままをいい来てしまいました」

「や・・・あ、あの・・・来てしまったとは・・・・」

そのまんま言葉の通りらしく、姫様はにこりと笑う。

「・・・・・・あ、あの・・・・殿は・・・」

殿?私がお邪魔したときには、どなたも居りませんでしたけど」

幸村は妙な胸騒ぎを感じ姫様を置いての室へ向かった。

殿!」

返事はない。
失礼なこととは思いながら障子を開ける。

「・・・・殿?・・・・・・あ」

静かな室内。誰の姿もない。
目に付いたのは文机の上に追いかれたもの。
「真田幸村様」そう書かれたものが。
考えたくないことが脳裏を過ぎる。
恐る恐る手を伸ばし、が書いたであろう文を読む。


    −今までありがとう。楽しかったです。


文とは呼べる代物ではなかった。
だが、その一言だけでわかる。

殿。私はっ」

くしゃりと文を強く握る。

「幸村様?」

「姫様。失礼いたします!」

を探しに行かねば。
邸を飛び出す幸村。どこにいるのか、どこに行ったのかわからないが、を探すのだ。
姫様の縁談など自分にはもう終わったことだ。

「私は、あなたのことが。あなただけがっ・・・」



*



「幸村殿」

走り回っても何の手がかりも得られず、だが邸へ戻ることもできない幸村を呼び止めた者がいた。
番傘を差しゆっくり幸村の前に立つ男。

「左近・・・殿」

息が乱れる。なんとか整えようとする。
左近は番傘の中へ幸村をいれる。

「嬢ちゃん。見つかりませんか・・・」

「・・・・・」

左近とは邸を出た際に、が出て行ってしまったことを伝えた。
左近も探してくれるといい別れたきりであったが。

「もう邸へお帰りなさい」

「左近殿、しかし」

「殿からの伝言です無意味だ≠サうですよ」

「・・・・三成、殿。それは・・・・」

無意味だといった三成。
それはどういう意味だ。
それではまるで。

「三成殿は殿の居場所を知っているのですか!?」

「・・・・・」

「左近殿!」

「さあ?俺も嬢ちゃんの姿は見ていないんですよ。だがお疲れでしょう?あんたが倒れでもしたら困るでしょうに」

幸村は左近の両腕を強く掴む。

「左近殿!私は、私は殿に・・・・殿でなければ」

胸が詰まった。
嗚咽を漏らす。
自然とこみ上げてくるもの。
みっともないと思いながらも色々な感情が入り混じる。

「幸村殿・・・・だからって自分を傷つけちゃいけないよ」

左近の腕、着物についた赤いもの。
左近はその手を取り手巾で巻く。

「悔しくてしょうがないって顔だな」

「・・・・左近殿・・・・色々思うことはありますが、殿が私に何も聞いてくださらなかったのか悔しいです」

「・・・・・そうかい」

肩を落とし項垂れる幸村の頭を左近はポンと軽く触れた。

「あんたの気持ちが変わらなければ大丈夫さ。きっとな」








姫様は、信玄公の正室三条の方様のご実家の人設定。
07/09/12
19/12/28再UP