その声が聞こえますか?




ドリーム小説
「・・・・・」

「あ、あのね。ユキさん。もう寝ていなくても大丈夫なんだよ?」

「・・・・・」

「なんじゃ、幸村。がもう大丈夫だと言ったのだから問題ないだろう」

室内で背筋をピンと伸ばし胡坐をかいている幸村。
拱手しじっくりと目を瞑っている。

「寝厭きちゃったし、体も動かしたいなぁと思ったし」

「・・・・・」

その少し離れたところからと政宗が幸村の背中に向けて色々声をかけている。

「体調を崩さすような無理はさせておらん」

面倒臭そうな政宗になんとかしようと必死の

「ユキさんってばーそんなに怒らないでよー」

「怒ってなどいません!」

(怒ってるじゃん・・・)

(怒っておるな・・・だが・・・・)

幸村の怒りはそう簡単には納まらなかった。


【前編】


が流行り病にかかり生死を彷徨ったのは先日のこと。
すっかり残暑はひいて秋特有の彩が街並みを綺麗に見せていた。
春に観た桜並木も華やかで綺麗だったが、紅や黄の葉っぱも中々見事で捨てがたい。
は熱も引いてこれでもかと言わんばかりの看護もあってすっかり体はよくなっていた。
だが、過保護すぎる幸村がまだ安静にしていろとを室内から出すのを嫌がった。
幸村と同じように看護してくれたねねも同様にだ。
ねねは幸村ほど酷くはないが。

だが毎日寝ているだけの生活には飽きた。
医師の源信にももう大丈夫だと太鼓判を押されたのにも関わらずすっかり籠の鳥状態。
飽き飽きしすぎて退屈で死にそうだと大袈裟な考えも浮かび始めた時に政宗がやってきた。
寝飽きたというを外へ連れ出してくれたのだ。
それに彼はもうすぐ奥州へ帰るというので、少しばかり遊びたかったのだ。

政宗がご馳走してくれた菓子は美味かったし、色んな話もできたので楽しかった。
楽しかったが邸に戻ってみると幸村が帰宅していて、黙って室内で腰を下ろしていた。
何を話しかけても無言を貫く幸村。
相当お怒りの様子で政宗も帰るに帰れなくなっていたのだ。

「政宗君、もうすぐ奥州に帰るっていうし」

「ならば一言何か書き残してくれてもいいじゃありませんか・・・黙って行かれて・・・」

「あーそれは・・・」

口ごもるに幸村の眉がピクリと動く。

「私が小うるさいとでも思ったのですよね、殿は」

ここ最近ダメだ、ダメだの一点張りだった幸村。
だから反発でもしたくなったのだろう、もう大丈夫だという主張を込めて。

「そ、そんなことはないよ」

「もういいです。どうぞお好きにしてください。私は一切口出ししませんので」

すくっと立ち上がると幸村は室から出ていった。
ピシャリと閉められた襖には肩を竦ませてしまう。

「そんなに怒るほどのことか?」

色々言い訳をしたに対して政宗は悪びれた様子もなく堂々としていた。
実際、政宗自身は何も悪いと思っていないのだ。

「でも・・・・何かメモでも残せば良かったんだよね・・・」

は大きな溜め息をついた。
まさかあの言葉を言われるとは思わなかった。

『ユキさんがどこで何しようが自由なんだから、私に気を使うことないよ』

『ユキさんのお好きにどうぞ』

以前自分が幸村に言った言葉。
酒で酔って帰ってきた幸村に勝手に腹を立てたときだ。
あの時とはまた少し違うとは思うが。

「好きにしろと言われたのだ。別に良いではないのか?」

「政宗くーん。それはちょっと」

「まあ、幸村のあれは怒っているというより・・・」

小声になる政宗に聞こえないとは耳を傾ける。

「いや。別にいい。そのうち幸村も機嫌を直すだろう。わしは帰る」

政宗も立ち上がり室を出ようとするのでは外まで見送ることにした。
夕餉を食べていけばいいのにと言ったが、家臣に探されては煩いからと断られた。
それに奥州へ帰る前にも色々行かねばならぬ用事もあるようだ。

「政宗君、春になったらまた遊びに来てね」

「ああ。必ず来るぞ。それまでも達者でな」

「うん」

政宗は真田邸を後にする。
は自分の姿が見えなくなるまで手を振ってくれているのがこそばゆい。
でも嬉しい。いつか毎日こんな風景を送ることができたらどんなに嬉しいだろうか。

(それを毎日してもらっている、あやつが少しばかり腹がたつな・・・)

は幸村が勝手に出歩いたことに怒っているのだと思っている。
だが政宗から見れば、単に自分と内緒でどこかに出かけたことに拗ねているのだろう。
そう思う。

「幸村。春までに方をつけねば・・・・わしはもう遠慮はせんぞ」

本人がいるわけではないが、政宗は口角を上げて自信たっぷりに言うのだった。



台所からいい匂いがしてきた。
今日もねねが仕度をしてくれたようで、は台所へと顔を出した。

「ねね様」

「聞いたよ〜。あんた幸村に黙って邸を抜け出したんだって?」

「ぬ、抜け出したって」

菜ばしを軽く振って楽しそうにいうねねには慌てる。
幸村にとも言えるが、ねねにも黙って言ったことになるから。

「あ、あの!ねね様。その・・・」

が元気になったならばいいよ。そろそろここの台所はに返さないとね」

が臥せっている間、ねねとまつが。
まつが帰ってからもねねが家事全てをしてくれていた。

「返すだなんて・・・」

「ああ、でも。当分の間はまだ一緒にいようか?」

「はい?」

「幸村、当分の間城から帰れないそうだからねぇ」

「え・・・・」



「変わってやりたいのは山々なんだがねぇ」

とある一室にて、文机に向かいせっせと筆を滑らせている幸村の後ろで暢気に横になっている慶次。
幸村は顔を向けずに慶次に言う。

「別に変わってもらおうなどとは思っていませんよ、慶次殿」

「そうかい?」

「これは私に与えられている仕事です。溜めてしまった私の責任なのですから」

幸村のすぐそばには溜まった書状や書翰が山のように積んである。
幸村が邸に帰れない理由はこれだ。
の看病をしていて仕事を止めていたのだ。
ほぼ毎日付っきりだったのだからしょうがない。
久しぶりに出仕した時にそれらを見た時に苦笑しかでなかった。

「でも、手伝ってくれーと言えば手伝ってやることはできるぞ?」

「そうも参りません」

「頑固だねぇ」

頑固というより真面目なのだろう。
自分のことは自分で。というのは幸村の性格なのだ。

「お心遣いはありがたく受け取りますから」

「ま。あとでなんか美味いもの持ってきてやるよ」

徹夜になりそうなのが見てわかるから。

「無理して体壊すなよ。そんなことになったら嬢ちゃんが心配するしな」

「・・・・」

「?」

普段なら素直に頷きそうなものだが、今日の幸村は違った。
反応せずに筆を走らせている。

「別に怒ってなどいませんよ・・・・」

「なんだって?幸村」

漏れた呟きに慶次が聞き返す。
だが幸村は慌ててなんでもない振りをする。

「いえ。なんでもないです」

今は仕事だ。溜めてしまった仕事を処理しなければ他の方にも迷惑になる。
幸村はスッと背筋を伸ばした。



***



幸村は三日後に邸へ戻ってきた。

「おかえりーユキさん!」

すっかり回復した。顔色も悪くない。
幸村を出迎えてくれたが、幸村は小さく頷いただけですぐさま室へと向かってしまった。

「ユキさん、まだ怒ってるのかな・・・・」

小さく肩を落としてしまう。
いつも笑顔でいてくれる人だから、こんなに距離があるのは初めてで正直辛い。
好きな人だから余計に。
いつもは自分がふて腐れていたから逆に受けるとは。
早く機嫌を直してもらいたい。
だから今晩の夕餉は幸村の好物を揃えよう。
腕によりをかけて頑張るのだ。



(まずい。非常にまずい・・・)

幸村は邸へ戻ってから室内にこもりっきりだった。
が出迎えてくれたにもかかわらず厚意を無下にしてしまった。
だが、仕方ないのだ。今自分の現状を思えば。

「ユキさん!ご飯の仕度できたよ」

障子の向こうからが自分を呼んでいる。
さて、どうしようかと悩む。

「ユキさん?・・・・えっと、まだ怒ってる?」

少し声が小さくなる
幸村は慌てて障子を開けた。もしかしなくても誤解されていると。

「ユキさん?」

「・・・・・ど、の。あ・・・・の」

パンと音が出るほど両手をの前に合わせた幸村。

「ユキさん?」

文机から料紙を持ってきてそこに幸村は一言書いた。

『声がでないので返事ができません』

と。

「え、えー!なんで?どうしたの?」

どうしてと言われてもと困惑気味の表情を浮かべて幸村は筆談を続ける。

『熱はないのですが、咽喉をやられてしまいました』

「・・・・風邪ひいちゃったんだ」

『だから、しばらく私に近づかないでください』

「なんで?ユキさんの看病・・・」

『看病されるほどではありません。熱はありませんので。でも殿にうつしでもしたら大変です』

またぶり返してしまうかもしれないからと。
幸村は城で溜まった仕事をこなしてはいたが、夜中にうとうとして文机に突っ伏してそのまま寝てしまった。
それが原因で朝目が覚めて咽喉に痛みを感じた。
熱は出ていないからいいやと高を括っていたら、声が出なくなっていた。

幸村はを押し返して障子を閉めてしまった。
すまないとは思いつつ、流行り病からようやく回復しただ。
自分がきっかけでまたと思うと居た堪れない。
明日にでも源信の所へ足を運び診てもらえばいいだろうと。

「そんなことできるわけないでしょーが!」

「!?」

スパーンといい音がした。
が勢いよく障子を開けたのだ。
ずずっと幸村に迫る。幸村はのけぞってしまう。

「私が寝込んだ時に、ユキさん寝る間も惜しんで看病してくれたのに、その逆はダメって可笑しいよ!」

「あ・・・の」

声を絞り出す。だが上手く言えないし、筆談では追いつかない。

「私のこと心配してくれたのはいいけど、私だってそんなユキさん心配だよ!」

は襖を開けて布団を引っ張り出す。

「とっとと寝て!私、今から源信先生呼んでくるから」

幸村が割り込むことなどできぬように、はパパッと布団を敷き、幸村をそこに座らせる。
そしてドタドタと音を立てながら廊下を走っていく。

(って!もう陽も暮れるじゃないか!)

一瞬押し込まれて呆気に取られるが、幸村は急いでの後を追う。
外に出ようとしたの腕を掴み引き止める。

「な、なに?ユキさん」

(危ないです、殿)

ふるふると首を横に振る幸村。行くなと言っているのがわかる。
には行く必要がないと思われたようで余計に意地がでる。

「だって、源信先生に診てもらわないと」

(私は大丈夫ですから・・・だから)

腕に力を込める。行かなくていいと。

「やだ!絶対呼んでくる」

二人のやり取りは平行線を辿る。
一方が喚いて、一方が無言なので少々変な風景だが。
だが、天が味方してくれた。

「何しているんだ、お前たち・・・・」

「みっちゃん、左近さんも」

(三成殿!)

三成と左近の姿に幸村は安堵する。
思わず腕に込めた力が緩む。するとはこれ幸いと走り出した。

「っ・・・あ!?」

突然走り出したを避ける三成たち。

「みっちゃん!ユキさんのことお願いねーユキさんも寝ててね!源信先生呼んでくるから!」

「・・・・・忙しない奴だな」

思わず見送る三成。

(三成殿!)

「な、なんだ」

三成の上着を強く掴んで揺らす幸村。

(お願いします!殿を!殿を)

「ゆ、幸村・・・・わ、わかったから揺らすな・・・・左近。頼む」

「嬢ちゃんを追えばいいんですね。わかりました」

三成に頼まれ左近は苦笑しながらの後を追った。
それを見て幸村は手を離し、その場にしゃがみこんだ。









06/11/18
19/12/28再UP