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その声が聞こえますか?
「おーい、嬢ちゃん。待ってくれないか」 走り出してからすぐに左近に呼び止められた。 いとも簡単に左近に追いつかれた。さすが戦場を駆ける武将様だと思わず笑った。 「左近さん。どうしました?」 「殿と幸村殿に頼まれてね、嬢ちゃんを追ってくれとさ」 「もう〜・・・・私一人でも大丈夫なのに」 「まあまあ。二人とも嬢ちゃんが心配なんだよ」 折角体を治したばかりだからなと左近は言いながらの隣に並んだ。 追ってくれとは言われたが、連れ戻せとは言われなかったので一緒に着てくれるようだ。 「左近さんたち今日はどうしたんですか?やっぱご飯ですか?」 「いや。殿が幸村殿の体調を気にしていたのでね」 とは素直に三成は言わないだろう。 恐らく、普通に「今日も幸村の邸で夕餉を食う」と澄ました顔で言ったに違いない。 「みっちゃんが心配するってことは相当具合悪いんだ、ユキさん・・・」 「熱はないようだけど、声が出ないだろ?それでな」 「ですよねぇ・・・・誰だって心配しますよ、あれじゃあ。それなのにユキさんってば・・・」 の頬が軽く膨らんだ。 「嬢ちゃんのことを思ってだろう?(多少過保護すぎだとは思うがね)」 「私はもう大丈夫なのに!」 はぐぐっと強く拳を握りしめる。 そんな時にふいによぎった幸村の言葉。 『もういいです。どうぞお好きにしてください。私は一切口出ししませんので』 は拳をつきたてる。 「好きにするんだから!」 「ちょっと落ち着こうな嬢ちゃん」 周りの視線が痛いからと左近はを宥めた。 【後編】 お客人で幸村の様子を見に来た三成なのに、幸村に茶を淹れてもらいのんびり腰を落ち着かせている。 幸村は別に気にすることもなく同じように向かいに腰を下ろしている。 「伊達に拗ねた結果がこれだとは中々面白いな」 湯飲みを置いて三成の一言に幸村は慌てふためる。 声が出ないので反論もできず、かと言ってわざわざ筆談をするのもどうかと思って。 「ぼやぼやしてると、とんびに油揚げだぞ」 「?」 「伊達のような奴がまた出てくるかもしれんという話だ。それに」 政宗のようにを娶りたいという男が現れるかもと言う話か。 ないとは言い切れないだろう。 少しばかり視線を落とした幸村に三成の涼しげな目が向けられる。 「俺がを貰ってやってもいいがな」 (え・・・) ちくりと胸に痛みが走った。 「ご、じょ!ゴホゴホッ」 ニヤリと口角を上げて笑む三成に声を出して反駁しようとしたが咳き込んでしまった。 「冗談だ。のことでお前をからかうのは面白いからな」 くつくつと笑う三成だが、幸村は呼吸を整える。 「ユキさーん。ちゃんと寝てるー?」 が戻ってきた。左近と一緒に源信を連れて。 室で寝ていない幸村にが急いで背中を押す。 「なんで寝てないのよー!みっちゃんの馬鹿!ユキさんのことお願いって言ったのにー」 「だから相手はしてやったぞ」 しれっと茶を啜る三成にはキツク睨んだ。 源信に診てもらう。 結果はわかりきったことで風邪だ。しかも咽喉は腫れている。 人それぞれ風邪の症状が違うというのがよくわかる。 熱が出ないのが幸いだ。 それでもに室に布団へと強引に寝かされた幸村。 咽喉だけなのだからと幸村は起き上がろうとするががそれを許さなかった。 何度かの攻防ののちに幸村が諦め素直に従うことにした。 「はい、生姜湯」 ほんわり湯気の出ている湯飲みを幸村に手渡す。 「くずに擂った生姜汁いれたんだ。温まっていいよ」 ありがとうと幸村は軽く頭を下げた。 幸村が生姜湯を飲んでいるのをがじっとみる。 夕餉もわざわざ運んでくれて、幸村の室で食べた。 幸村の声が出ないでが一方的に喋るだけだったが、なんとなくそれだけでも楽しかった。 久しぶりだから。 「明日には声も出るようになるといいね」 (本当に早く声が出て欲しい・・・・) 筆談など意思の疎通を図る方法がいくらでもあるが、やはり話せないと言うのは不便だ。 それに不安だった。 今、何も言えない自分が何一つ気持ちを伝えられなく情けない。 三成が冗談と言った。 『伊達のような奴がまた出てくるかもしれんという話だ。それに』 『俺がを貰ってやってもいいがな』 あれは洒落にならない。 と言うより、政宗がを嫁にと言ったときより衝撃は走った。 あの時も情けなく石のように固まってしまったが、早くに自分の気持ちを政宗に表した。 も早々に断ったいうのもあってそんなに危惧していなかった。 だが、三成相手では話が違う。 には好いている男がいる。 それが三成ではないかと過去何度か思った。 三成が相手ならば引き下がってしまうような、いや自分の気持ちを押しとどめてしまいそうな気がする。 も三成とは早くに打ち解け仲良くしているから。 くずは甘く咽喉を通っていくのに、擂った生姜の所為で時折ピリリとする。 痛い。 小さくズキズキする。 棘が刺さって中々抜けずにいるような小さいけれど深い痛み。 風邪で痛めた咽喉よりも心が痛い。 この痛みがなくなるのはいつだろうか? (一緒にいるだけで満足しているのだろう、きっと・・・・) が病で倒れたとき、このまま何も伝えられないのが嫌だと思った。 思ったのに、峠を越すと安堵しただ回復だけを祈った。 それからいくらでもに想いを伝えるだけの機会はあったのに。 (まるで、何かが私を縛り付けているようだ) 声を出させない、気持ちを伝えさせないように。 「ユキさん?」 じっと湯飲みを見つめたままの幸村を不審に思いが声をかける。 「私の話聞いていなかった?もうー」 どっぷりと自分の心に、深い場所へと浸かっていたようだ。 の話を聞いていなかったのは本当なのですまないと表情だけでなんとかわかってもらうようにした。 それはに伝わったのか微苦笑している。 「耳まで聞こえなくなったら困るよ、本当」 それはの声も聞こえなくなるということ。 (あなたの声が聞こえないのは本当に嫌だな・・・・あれは心臓に悪い) 「早く治してね、ユキさん」 はそう言ってから室を出た。 幸村は生姜湯のおかげで体がポカポカ温かくなってきたのですぐに横になった。 そして目を瞑る。 (殿の声だけは聞こえていて欲しい・・・・な) 早く元に戻りたい。 棘もスッと抜けて晴れ晴れできればいいのに。 *** 咽喉の腫れも治まり痛みも消えた。 出なかった声もすんなりと出た。 「おはようござます。殿」 朝一番ににそれを教えたくて、起きてすぐに台所へと向かった。 朝餉の準備をしていたの背中に向かって言うと、はバッと振り返った。 「あ、あは・・・おはよう。ユキさん!」 声が出るようになったんだとは喜ぶ。 「良かった。ユキさんの声聞けて」 「はい。私もです」 こうして話ができて。 「ね、他は?どこも悪くない?痛いところない?」 少し前と立場が逆転してしまったようだ。 しきりにが問うて来る。 「大丈夫ですよ」 「本当〜?」 疑いの眼を向けてくるに苦笑する幸村。 「信用ないようですね、私は」 「そ、そういうわけじゃないけど・・・・」 「殿こそ、大丈夫ですか?」 「もちろん。私は平気だよ」 自分の風邪がにうつったらと危惧していたが大丈夫のようだ。 「でも、ユキさんは源信先生にちゃんともう一度診てもらってね。それからじゃないとダメだからね」 「わかりました」 「じゃあ。ご飯食べよう」 「はい」 朝から気分は良かった。 の笑顔が見れて。話すことができて。 仕事が溜まっていたから城でずっとそれを処理して風邪をひいてしまったわけだが 今回も少し休んでしまったのでまた滞ってしまっていたらと少し不安だった。 だが。 「ああ。左近が処理した。そんなに多くもなかったしな」 三成に迷惑をかけたと思い謝りに行ったらそう言われた。 「すみません。三成殿、左近殿・・・」 「全部じゃないですよ。幸村殿に目を通してもらわないと困るものもありましたしね」 「じゃあ、それはすぐにやりますから」 「急ぎじゃないのだろ?案ずるな」 「は、はあ」 パチンと弄んでいた扇を閉じる三成。 「無理をされてまた休まれたら困るしな」 「も、もう大丈夫です」 「殿。俺は蒲生殿のところへ行ってきます」 「ああ。頼む」 「幸村殿、ごゆっくりどうぞ」 「はい」 左近は書翰の束を持って室から出て行く。 「兼続殿を最近見ませんが」 「ああ。あれも珍しく風邪をひいたそうだ」 「兼続殿が!?」 意外だ・・・。 珍しくと三成が言うのもなんとなくわかる。 「兼続殿だと、熱が出ても這ってでも仕事をしそうですね」 「俺もそう思う。だから前田によく見ておけと伝えた」 「流行っているのですね、風邪・・・・」 流行り病が一時期蔓延したあとなのに、冬へ向かおうとしている冷たい風の所為で 風邪を引いてしまったのだろうか? 「三成殿は大丈夫ですか?」 一番見た目的にも病弱っぽく見える。 幸村や兼続の方が体力的にありあまってるように思えるわけだし。 「俺も問題はない」 「そうですか。でもお気をつけてくださいね・・・病に罹ると色々不安になります」 自分がそうだったから。 それに大事な人が苦しんでいるのを見てもそうだった。 「そうか。幸村は不安だったのか」 「そ、それは・・・・」 「俺のことは案ずるな。だが・・・礼は言っておく・・・・ありがとう」 そっぽを向く三成に幸村は小さく笑った。 嫌いになれない、この人を。 がもし三成の下へ行ってしまっても、なんとなくこの人ならば良いかと思えてしまう。 「用がないならもう帰れ」 「あ、まだ少し仕事が」 「明日でもいいだろう」 三成は幸村を追い立てる。 「少しは不安の素を無くしておけ。が待っておるぞ」 「三成殿・・・」 三成なりに冗談で言った一言を気にしたのだろうか? *** 「あ。お帰り、ユキさん。早かったね」 「ただいま戻りました」 庭でコユキと遊んでいた。 そういえば、コユキとも最近遊んでいなかったなと思いだす。 「殿。この後のご予定は?」 「んー特にないよ。買い物も済んだし、夕餉の準備はまだ早いし」 「ならば私とどこか出かけませんか?・・・・あ、いえ。コユキの散歩でもしませんか?」 二人でというのもいいが、コユキに留守番をさせておく気にならなかった。 は行くと頷いた。 川辺を歩いていると遠く離れた山々でもその色が紅や黄で染まっているのがよくわかる。 風は確かに冷たくなっていくが、今は心地良さを感じる。 こんな風にと一緒にいるからだろうか? 「久しぶりだね。こういうの」 「そうですね」 コユキは二人より前にいる。止まったり歩いたり興味深いものを見つけるといじってみたり。 「あの日」 「んー?」 「政宗殿と二人で出かけてしまったことですが・・・・少し面白くありませんでした」 「え」 前を見てコユキを見ながら話す幸村。 目を離してしまうと何をしでかすがわからないからだろう。 は幸村へ視線を向ける。 「私も色々考えてはいたのですよ。殿が全快したならばどこかへお連れしようと」 それなのに、政宗に先を越されてしまった。 「いつでも良かったわけですがね・・・・どこかで私が最初にと言う気持ちがあったのかもしれません」 が誰を想っているのか自分は知らない。 だから少しでも彼女の気を止めたくて・・・。 「こうやって。今日、一緒にいられるだけでも良しとします」 まずはそれだけでも。 「今度どこかへ行きましょう。三成殿たちも誘って紅葉を観に行くのもいいかもしれません」 甲斐の山々とは違うだろうけど。 ここらの紅葉も綺麗だから。 「あ!コユキ!」 面白いものを見つけたのか駆け出したコユキに幸村が慌てて走り出した。 「わ、私も!」 「え?」 幸村の背中に向かって叫んだ。 思わず幸村は足を止めて振り返ってしまう。 「ユキさんの声が聞けて良かった。嬉しかった。ユキさんの声好きだもん」 幸村の声音は心地良いから。 落ち着くから。 いつまでも耳に残るから。 「え、あ・・・殿」 声でも。好きだといわれて幸村の顔が赤くなる。 「あ・・・・その・・・・・私もですよ、殿」 目を細め柔らかく笑う幸村。 まだ照れ臭いものはあるが。 「あなたの声、私も好きです。どこにいても聞こえていてほしいと・・・」 「ユキさん・・・・」 言ってしまおうか。 この先、もっと大事なことを。 言えるのではないか、ずっと秘めていたものを・・・・。 「あ、こら。ダメだって」 「「え?」」 「ワンワン!」 「やめろ、コユキ。ばれる」 土手から聞こえてきた声に二人は駆け寄った。 「け、慶次殿!」 「あーコユキ・・・」 「よ、よう・・・お二人さん」 寝そべっていた慶次にコユキがじゃれていた。 バツの悪そうに慶次が髪を掻く。 「急にコユキが走り出したのは慶次殿を見つけたからなんですね」 「あーそのーすまん。色々と」 「い、いえ。け、慶次さん。暇ならご一緒しませんか?」 の申し出に遠慮したかったが、コユキが離れないので仕方なく慶次は了承した。 先ほどの告白まがいの雰囲気はもうどこにもなく。 たちは楽しそうに笑っている。 「コユキーお前さん、わざとじゃないだろうな・・・・」 折角の好機を逃がしたことに慶次は頭を痛めた。 大きな溜め息をつくが、この調子ならもう少しだろうからいいかと思った。 「次は邪魔しないようにしないとねぇ」 慶次はくつくつと笑った。 私もその声が聴けないのは嫌だなぁ。
06/11/18
19/12/28再UP
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