いざよう月 




ドリーム小説
【前編】

夏も終わりを告げ。日々涼しさを増していった頃。
特にこれといって変わりもないことが続くのだと思っていたのだが、急に一大事に見舞われた。

殿」

「ユキさん。あ、もうそんな時間?」

朝餉を済ませた後には庭にて洗濯物を干していた。
涼しくなりはしたが、太陽が気持ちいいくらいに顔を出している。
きっと今日も洗濯物がよく乾くに違いない。
幸村は城へ出仕するために一言告げてから行くのが日課になっている。
縁側へと顔を出しに声をかけるとはにこやかな笑みを幸村に見せた。

「はい。今から行ってきますので・・・・殿?」

幸村はの顔がいつもより赤いことに気づく。

「ほえ?なに?」

「何って、熱でもあるのではないですか?」

「あ。あ〜少し熱っぽいかも。でも大丈夫だから」

幸村は少し慌てながら縁側から庭へと降りる。

「熱があるなら家事をせずに休んでください。医者を、源信先生をお呼びしますから」

「平気だって。ユキさん心配性だなぁ」

「心配にもなります!お願いですから、殿」

実は最近巷では流行り病が蔓延しつつあった。
幸村は日々の鍛錬のおかげか、体力的なこともあってか特に心配するようなことはないのだが。
はそうではないので少しばかり心配していた。
その矢先だ。
少し熱っぽいと言う言葉に過敏に反応してしまう。

「平気だよー」

「駄目です!」

「じゃあ、これ干してからね」

はちっとも聞いてくれない。本人がなんでもないのならと思うのだが
流行り病は馬鹿にできない。流行り病というのは伝染病のことだ。
風邪(インフルエンザ)やはしかに天然痘、労咳、コレラなど・・・。
がいた世界では治療法がいくらでもあるとしても、ここでは格段に劣ってしまう。

「それなら私がやりますから!今すぐ身体を温かくして寝ていてください。源信先生を急いで呼んで来ますので」

「ユキさん、大袈裟すぎるよ」

は軽やかに笑うが、じっとり額が汗で滲んでいた。

殿!?」

「ん。大丈夫、大丈夫だから・・・・」

幸村を安心させようとして笑うのだが、の身体がぐらりと傾く。

殿!」

幸村はしっかりを受け止める。やはりというか、酷い熱だ。少しだなんてが単に我慢していただけだ。
幸村は急ぎを抱えて室で寝かせ、その足で医師源信の下へ行った。



***



が倒れたとは本当か!」

真田邸へと伊達政宗が駆け込んできた。
どこから耳に入ったのか開口一番にそう言った。
だが、すでにそこには同じように三成や兼続たちの姿があった。政宗は彼らには一瞥もくべずにズカズカと進む。

「政宗殿・・・・はい・・・」

寝床を温かくし、すでに床についていた
源信の診断結果、巷で蔓延中の流行り病だった。
時間が経つにつれての熱は上がる一方。苦しそうにうなされ続ける

。わしじゃ」

寝ているのそばにより政宗は声をかける。
だが反応らしい反応はない。

「医師はなんていっておるんだ?」

悔しそうに唇を噛締め政宗は幸村に問うた。

「熱さえ下がればと・・・・・」

本来ならば源信についていて欲しいところだったが、彼は他の患者の元へ走った。
伝染病であるこの病。患者は一人二人ではないのだ。

「くそ」

「と、とりあえず。政宗殿。隣の室へお戻りください。うつられては大変です」

「わしは平気じゃ!」

「お願いします」

幸村と源信以外は室内への入室を禁じられた。
源信以外は入室禁止にしたいところだったが、この邸には幸村とのみ。
使用人など置いていないので仕方ない。幸村に負担がかかることになった。
嫌だ嫌だと駄々をこねる政宗に、気持ちはわからなくはないが、慶次がひょいと襟首を掴んで隣へと連れて行く。

「あんたの為だよ。我慢しなって」

「離せ!」

「いいから大人しくしていろ。誰だって殿の身を案じているのだ」

心配なのはお前だけではないと兼続が政宗を睨みつける。
だが、こうして男どもだけが残っていても何も役に立っていないのが現状だ。

「薬で何かいいものがあれば取り寄せるが時間が惜しいな・・・」

三成が扇を弄びながら呟く。

「精のつくものでも食べさせて体力をつけさせたいところだが、食べれる状態でもないしねぇ」

「薬ならば反魂丹が万病に効くと言わぬか?」

それぞれがを心配しこれがいいあれがいいと相談し始める。

「とりあえずは、もう一人看病する者が必要だな。あのままでは幸村が参ってしまう」

「それについてはねね様が自ら来られるそうですよ」

返事がないので勝手に入りましたよ。と左近が姿を現した。

「ねね様が?」

「どうやら大殿の耳にも殿が倒れたと入ったようですよ。薬なども手配するとか言ってました」

時期にねねと一緒に物資が届くらしい。
隣室ではずっとうなされるを心配そうに幸村が付き添っていた。

殿・・・・」

大丈夫だと倒れる寸前までは笑っていた。
なぜそんな風に見せるのですか?と幸村は己が情けなくなる。
いつもはそうだ。辛くてもなんでもないと笑って見せる。
弱みを見せないことを悪いとは言わないが、もう少し自分を頼ってくれてもいいじゃいないか。
辛いなら辛いと言えばいい。我慢する必要はないのだ。
心太を親御に返した時に言ったではないか。

殿。私の前では我慢することもないです。もっと私を頼ってください」

「慶次殿たちに比べたら頼りないとは思いますが、あなたを守れるような男に私はなりたい」

「だから、もっと頼ってください」

あの後、少しばかりとこじれるようなことがあったが、今また元に戻った。
だが、そこまで戻るとは・・・。

殿。私をもう少し信じてください」

幸村はの手を強く握った。



***



「ほら!大の男がこんな所で邪魔だよ!とっとと帰りなさい!」

「ちょ、ねね様!」

ねねが薬など色々なものを持って真田邸にやってきたのは日が暮れる頃だった。

「ここは私に任せてあんたたちは帰りなさい」

「嫌じゃ。が気がつくまでわしはいるぞ」

政宗は頑として動かない。それは三成たちも同じようだ。
ねねは仕方ないと溜め息をつく。こうなったら使える物は何でも使うと。

「慶次。入口の荷物を全部台所へ運んでちょうだい。中身も出しておいてね」

「お、俺かい?」

「左近は風呂を今すぐ沸かす!」

「は、はい」

「兼続は外の洗濯物を取り込んでたたんでちょうだい」

「しょ、承知しました」

「政宗は台所へ行って湯を沸かして。ついでに米を研いで」

「わしがか!?」

「手伝わない子はここに置いておくつもりはないよ」

「わ、わかった・・・」

「三成は幸村の様子を見てきてちょうだい。薬が必要ならちゃんとに飲ませるんだよ」

「わかりました」

それぞれがねねに指示されて動く。
正直やったことのないこともあってたびたびねねに叱られたりしている。

「そんなこともできないようじゃ駄目だよ!まったく・・・・」

などと。
三成は幸村に声をかける。

「幸村。どうだ?」

「三成殿・・・・」

「ねね様が来た。交代しろ」

幸村は首を横に振る。

「いえ。私はまだ大丈夫です」

「だが」

「まだ大丈夫です。殿のそばにいさせてください」

「幸村・・・・」

慶次でもないかぎり力ずくで幸村を動かすのは無理そうだ。
それ以外ではねねぐらいだろう。

「薬は飲ませたか?」

「はい。源信先生がいらした時に・・・・あ、あれから時間が経っていますね・・・でも」

薬だからとあれもこれもと無理矢理飲ませられないだろう。
熱さえ下がればいいのだ。お願いだからと幸村がの手を強く握る。

「私がもう少し頼れる人間であったら・・・・殿は我慢せずにいってくださったのに」

「幸村」

「やはり慶次殿や左近殿のような方が殿のそばにいたほうがいいのでしょうか」

今、なんでそんな弱音を吐くのだと三成は舌打ちしてしまう。
三成はの想いをすでに知っていたので、苛々してしまう。
知らぬは当人たちばかり。だからこんなややこしいことになるのだと。

「そう思うのならばとっととここから出て行け。そんな面で病人のそばにいるな辛気臭い」

「三成殿・・・」

「治るものも治らぬではないか」

「・・・・・・」

幸村は言葉に詰まる。三成に謝ろうと思ったのだが障子が開きねねが姿を現した。

「三成。もっと優しくできないの?幸村も幸村だけどね。ほら、交代だよ」

三成はスッと立ち上がり室を出て行く。
幸村は動く気配がない。まだ大丈夫と言いたいのだろう。
だが、ねねは幸村の肩を優しく叩く。

「そんなんだと。今度は幸村が倒れちゃうよ。休める時には休む。私が休みたい時には幸村に頼むから」

「・・・・ねね様」

「大丈夫だよ。が目を覚ましたら一番に呼んであげるから」

本当の母親のようにねねは幸村を諭す。幸村はの手を離し立ち上がる。

「ちゃんとご飯を食べるんだよ。奥に用意してあるから。湯浴みも済ませて休むこと」

「はい。後はお願いします」

「はいよ」

障子が静かに閉められ室内にはねねとのみになった。
ねねはのそばへと腰を下ろし額に置かれた手拭を桶へと浸す。
生暖かくなっていた手拭。まだまだ熱は下がらないようだ。
キュッと絞って額へと乗せる。布団も掛けなおしてからもう一度の様子を伺う。
熱で苦しそうだが、ねねにしてあげられるのはこの程度だ。あとは自身の体力だろう。

。頑張るんだよ。あんたのことをみんな心配しているんだからね」



***



の熱は一晩経っても下がることはなかった。
源信が他の患者たちのためへと奔走していることもあって、医師に関しては秀吉の御典医が来てくれた。
薬も一応は飲んでくれるようになったがこれからは本当に次第のようだ。
看病の方は幸村とねね。そしてまつも来てくれた。三人で交代をしながら看病をした。
本来流行り病にかからないように外へは出ないものなのだが、まつは自らが心配だからと来てくれた。

「幸村交代だよ。はどう?」

ねねが顔を出した。熱だけはどうしても下がらないので幸村の顔に焦りが出ている。
それを見てねねも渋面になる。

「今夜・・・今夜熱が下がらなければ・・・・駄目だと・・・・言っていましたよね」

「・・・・・うん・・・あ。駄目だよ、幸村悪いことを考えちゃ!」

ねねは幸村の前に座りパンと両頬を軽く叩いた。メッ!と子どもを叱るように。

「ねね様・・・」

「今夜熱が下がればいいの!言いたかないけど、もし本当にそうなったらどうするの」

ねねの一言にゾクッとした。そんなことになったなど・・・なったら怖い。
怖いで済むのか?

「ほら。少し休んできなさい。疲れているんだよ、幸村は」

「・・・・」

のためとはいえ。頑張りすぎだよ」

半ば強引に室を追い出された。だが眠ることなどできずに縁側へと足を運んだ。
ほんの数日前にはそこで笑って洗濯物を干していたのに。
夜がそろそろ明けそうなのだが、薄っすらと霧が辺りを覆っている。
噂だけは耳に入ってくる。悪い噂が。
昨日は某家の娘が流行り病で死んだとか、まだ幼い子どもが死んだとか。
次はどこだ。誰だ。か・・・・。

「くそっ」

不安と恐怖が幸村の心を締め付ける。戦でも感じた事のないこの想いが。

「駄目だ。そのような事を考えてしまっては。殿がいなくなるなど・・・そんな事は」

爪が食い込む位に拳を握り歯も食いしばる。
今夜。今夜までに熱が下がればなんとかなるのだ。
まだ丸々一日あるじゃないかと。今は信じるしかない。

チリン。

「?」

どこからともなく聞こえた鈴の音。
いつの間にか薄っすらとしていた霧が一層濃くなっている。
見慣れた庭の姿がまったく見えない。

「・・・・なんだ」

気配を探る。何かよくない妖の手繰りだろうかと。
だが。そこには姿は見えずだが、聞きなれた事がした。

「幸村さま。だらしないですよ〜」

「・・・く、くの!」






流行り病でコレラなんて書いていますが、実際コレラは江戸時代だったらしいです。
彼女の病はきっと今で言うインフルエンザなんじゃないですかね???
06/09/27
19/12/28再UP