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梅雨晴れ間の不機嫌な空 【3】
「をわしの嫁にしたい」 突然の訪問者は家主よりもくつろぎ馴染んでいた。 そして言った言葉がそれだ。 の作った飯を美味そうに食い、満足した後にそう言った。 「駄目だ、駄目だ!そなたに殿はやれん!」 突然の申し出に頭ごなしに反対だと怒鳴りつけたのは家主・・・・ではなくその友。 情けないことに家主は訪問者の言葉に石のように固まってしまった。 それからのことは正直覚えていない。 それが家主の記憶だった。 *** 「まあ。政宗君って将来有望だし?奥州は寒いけど、甲斐でもそこそこやっていけたわけだし」 は両手を腰につけ立っている。 ニコっと笑い言った。 「政宗君のお嫁さんになるのもいいよね」 いとも簡単に言い切った。 「ユキさん。今までありがとう。沢山お世話になっていてなんだけど、結婚祝い期待してるから」 「え。殿」 「政宗君、私のこと幸せにしてくれるよね?」 の隣に現れ、彼女の肩を抱く政宗。 「当然じゃ。わし以外にを幸せにできる男などおるわけないだろ?」 「ま、待ってください、殿!」 「今までお世話になりました。祝言の日取り決まった教えるから奥州まで来てよね」 「案ずるな、幸村。そなたの変わりには大事にしてやる」 くるりと背を向け歩き出す二人。 二人とも楽しそうで嬉しそうで幸せそうで。 どうやっても止めることはできないのか? いや、今の自分には止める権利などあるのだろうか? でも、一言だけでもちゃんと言いたい。 自分の気持ち。今まで想っていた言葉を。 「殿。待ってください。私はあなたが!」 ふわっと身体が浮いた。 いや、足元に大きな穴が開いた。 「う。うわー!」 幸村は深い深い闇の中へと落ちていった。 「殿!」 ガバっと身体を起こした。 寝ていたのだ、自分は。 それでも肩で息をし、額には汗が滲んでいる。 嫌な夢だ。 が政宗に嫁ぐ夢など見ようとは。 「・・・・・・・・・」 朝と言ってもまだ日が昇りきっていないようで薄暗い。 もまだ起きていないのだろう、邸内は静まり返っている。 幸村は夢で良かったと思うと同時に、もしかしたら正夢になるかもしれないと項垂れる。 だが、突然奥の襖がスパーンと開いた。 「煩い!」 夜着姿の三成がすごい形相で睨み立っている。 そしてツカツカと入り込んだと思ったら手にしている扇で頭を殴られた。 「み、三成殿」 「唸っていたと思ったら急に叫びおって!眠れないではないか!」 「す、すみません」 「三成・・・・・お前も煩い」 少し眠そうな顔で三成を落ち着かせているのは兼続だ。 「あの・・・・私は唸っていたのですか?」 「私は三成が言うほど気にしてもいない。と言うよりそんなに聞こえなかった」 「お前の神経は図太いのだろう。俺は繊細なのだ」 「も、申し訳ないことを・・・・あの、まだ早いようですし、寝なおしてください」 「寝れるか!もう目が覚めきった」 もう一発扇で頭を殴られた。 どかっとその場に三成は胡坐を掻く。 兼続は少し眠そうではあるが、寝に戻りはしないのだろう、同じように腰を下ろした。 「唸るような悪夢でも見たか」 「うっ・・・・・」 「見たのだろう。の名を叫び呼んだぐらいだしな」 「そ、そうなのですか!?私は叫んでいたのですか!」 「幸村。気がつかなかったのか?・・・・・まあ寝ていたのだからしょうがないだろう」 幸村は忘れてしまいたいという気もあり、夢の内容を二人に話した。 二人は笑い飛ばすこともなく黙っている。 顔を見合わせたかと思うと兼続が口を開いた。 「幸村。昨夜のことも覚えていないのか?」 「昨夜?ですか・・・はい、政宗殿がど、殿に求婚していたまでは覚えているのですが」 「石のように固まっていたしな。特にこれと言って何かがあったわけではないが。 伊達の相手をしていたのは兼続だしな。二人で言い争っていた」 は暴れられたら困ると、さっさと御膳を下げ片付けるために台所へ行ってしまったという。 しばらく小競り合いがあったが、政宗は泊まることもなくあっさり引き上げて行った。 三成たちはいつも通り、泊まった。 幸村の様子が気になって。 それでも、ぎこちない動きはしつつも一人で湯浴みを済ませ、寝床に入ったので大丈夫だろうとは思っていた。 「・・・・・あの。それで、殿は政宗殿に・・・・・」 そこまで言いかけるが、政宗の言葉に動揺し何もできなかった自分には聞く権利がないと思い黙ってしまう。 「返事はしていなかった」 「幸村。伊達などに殿をやるつもりはないのだろう?ビシッと断れ」 「わ、私には・・・・」 「はお前に好きにしろと言ったのだろう?だったら好きにすればいい」 「三成殿」 「が奥州に行ってしまっては、ここで飯が食えなくなる」 フンときっぱり三成は言い切る。 三成も兼続も幸村を思って言ってくれるのだろう。 だが、幸村には二人の気持ちがありがたく思いつつも素直に頷けなかった。 *** 政宗の爆弾発言より数日。 梅雨明けはしたのだろうかと言うくらいに空は晴れきっていた。 幸村は出仕しており、邸にはとコユキのみ。 洗濯物が溜まることはなくていいのだが、の気分は晴れない。 政宗の言葉に動揺している自分はいるのだが、幸村がどう思っているのか気になる。 政宗は「の保護者なのだろう?」とではなく幸村に言ったのだ。 幸村は政宗に何かを言うこともなく黙っていた。 変わりに兼続が反対だー!と政宗と言い争っていたが。 「はあ」 洗濯を終えて縁側に腰を下ろす。 雨が降らないのは、洗濯をするこちらとしては嬉しいのだが、自分の気持ちとは逆の天気に苛立ちを覚える。 幸村はあの話をどう感じたのだろうか? 何も言ってくれない。 政宗の言うような保護者の立場としても言ってもくれない。 朝晩飯時に交わす会話も少しばかり減った。 でも、あの話はしてくれない。 「自分で決めろってことなのだろうけど」 自分が幸村に言った言葉を思い返す。 「ユキさんがどこで何しようが自由なんだから、私に気を使うことないよ」 「ユキさんのお好きにどうぞ」 そこまで言い切った自分。 だから幸村も「あなたのお好きなように」と思っているのではないか? 「私とユキさんってどんな関係なんだろう」 甲斐の武田にいた頃は、保護者と言うならば信玄公がそうだった。 幸村は信玄公に命じられ守り役みたいにそばにはいてくれた。 今は、幸村の稼ぎで世話になっている。 居候と言う言葉が正しいのだろうか? 幸村のことは好きなのだが、彼には別に想う人がいる。 だから・・・・ 「嬢ちゃん。何、呆けているんだい?」 俯いた視線の先に入る影。 パッと顔をあげたら左近がいた。 「左近さん。どうしたの?みっちゃんなら来ていないよ?」 「殿を探しに来たわけじゃないよ。殿は城にいるからな」 「じゃあ、どうして?」 左近は手に籠を持っていた。 その中から何かをひとつ取り出しに向かって放った。 「わ!・・・・桃?」 「よく冷えているからな。美味いぞ」 「左近さん・・・・」 「なんか知らないけど、沢山桃が届いてな。食べきれないから分けて周っているんだ」 だから、嬢ちゃんもらってやって。と左近は籠の中に入った沢山の桃を見せた。 縁側で桃を食べることにした。 左近が丁寧に皮をむき、実を食べやすい大きさに切り分けてくれた。 いとも簡単にこなす左近の手つきには驚く。 「意外だなあ。左近さんならそのまま食べちゃいそうなのに」 「それもいいけどな。桃は汁が出る。手が汚れるのは好きじゃないんだ」 「それが意外だよ」 はクスクスと笑い、左近はくつくつと笑う。 切ってもらった桃を食べると、よく熟れていた桃はあっという間に口の中に消えてしまう。 よく冷やされていたので口の中には冷たさと甘さが残る。 「殿に聞いたよ。伊達の坊ちゃんが面白いことを言ったんだってな」 「みっちゃん、酷い。面白いことって」 「物好きだとも言っていたな」 「くぅ。みっちゃんめ。今度うちに来たときはみっちゃんだけ麦飯にしてやる」 それで幸村たちとは白米を食う。 おかずも三成の嫌いなものばかり用意してやるとは力む。 「まあまあ。あれで殿も嬢ちゃんを気に入っているんだよ」 「可愛くなーい。素直に言って欲しいもん」 「殿が素直になったら、俺としても色々大助かりなんだけどね」 三成の言葉の真意を理解するのに、付き合いの薄い者は一苦労する。 理解されないまま敵を作る事のほうが多いのだ。 「それで、嬢ちゃんは伊達の坊ちゃんのところへ行くのかい?だとしたら寂しくなるね」 「さ、左近さん。私、行くとか決めてないよ」 「そうなのかい?」 「だって・・・・・・」 左近は桃を一口食べる。 横目でをチラリと見ると、は困ったような泣きそうな顔をしている。 「幸村殿に何か言われたのかい?」 「言われない。ユキさん何も言ってくれない・・・・でも、私が悪いわけでもあるし」 「ほぉ」 「自分のことだから自分で決めなきゃいけないって思うし」 「だったらいいじゃないか」 「左近さん・・・・左近さんはいっちゃんのこと覚えている?」 「いっちゃん?・・・・・・ああ、あの幸村殿に仕えていたくのいちか。あ、あーそうか」 左近は気づいた。 以前が言っていた幸村の好きな人ということが。 左近も少しだが面識があった忍びのことだ。 「いっちゃんがどこに行ったか調べられる?」 「そりゃあ、同じように忍びでも使えば探せるだろうけど・・・・・でも難しいな」 「・・・・・」 「探してどうする?今の話とは関係ないだろ」 「ない。よね・・・・・ただね、いっちゃんが今もいてくれたらどうなってたかなって思って」 自分は彼女のようにはなれない。 彼女にしかできないことが多くて、いつも羨ましいと思っていた。 彼女みたいになりたくて、彼女のように見て欲しくて。 「ユキさん。きっと私のあの話はどうでもいいだろうと思っているだろうし」 「嬢ちゃん。幸村殿は関係ないだろ。重要なのは嬢ちゃんの気持ちだ。 嬢ちゃんが伊達の坊ちゃんに嫁ぎたいと言えばそれで済んでしまうことだ。嬢ちゃんが決めたのなら、周りはとやかく言うことはない」 「・・・・・」 「寂しいとは思うけど。このご時世、自分の気持ちで決めることができるっていうのはすごいことだ」 結婚など、上から勝手に決められること、親に決められることの方が多い。 政宗が秀吉に言って頼めば、秀吉もそれを了承し気に入れば決まったも同然なのだ。 でも政宗は直接言いに来た。 だから、まだ自分で考えることができた。 「一生もんのことだから、答えを出すのに苦労するだろうけど、人間素直が一番だ。嬢ちゃんがうちの殿に言うようにな」 「素直にか・・・・」 「幸村殿だって、どうでもいいとは思っていないさ。あの真面目な御仁が薄情な人ではないって嬢ちゃんが一番知っているだろ?」 左近は丸くなってしまっているの背中をポンと軽く叩く。 「ま。自分のことになるとわかっていないって事だな」 「は?」 「悩みな。そして好きにしたらいい」 「うん」 「ほら。もう一個食べるかい?」 「食べる」 左近から桃を一切れ貰い食べる。 「甘いなぁ」 「だろ?」 「左近さんが。みっちゃんに何か言われたんでしょ?」 「さあね」 左近も桃を食べる。 「私の好きなように、なんてさ。そんなのもう答え出ているし」 「そうかい」 「後で政宗君のところに行ってくる。で、返事してくるね」 「一人で行けるかい?」 「うん。平気」 悩んでいたけど、それは違う悩み事。 結婚に関しては、答えは最初から決まっていたのだ。 06/07/10
19/12/28再UP
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