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梅雨晴れ間の不機嫌な空
答えは最初から決まっていたのだ。 【4】 「政宗殿、少しよろしいでしょうか?」 「なんじゃ、幸村」 先ほどまで秀吉と会っていた政宗は張り詰めていた緊張が解けてホッとした所だった。 ようやく区切りがついたことで奥州へ帰れる。 ついでに奥さん候補のあの子をもう一度口説いていかねばと思っていた。 そんな時に幸村から声をかけられた。 疲れていたために少し面倒臭そうに聞こえたかもしれない。 「その・・・・政宗殿と殿のことで」 「ああ、あれか。もう一度のところへ行こうと思っていた」 幸村はくっと噛締めるがまっすぐと政宗を見つめる。 「先日、政宗殿は私に殿の保護者として彼女を迎え入れたいと仰いました。 保護者として答えるならば、結構なことだと、喜ばしいことだと受けたと思います」 「思います?と言うことは反対と言うことか?」 「保護者と答えるなら反対などしません。ですが、私個人は・・・・・反対、です」 「ほう。理由は?兼続みたいにわしが気に入らないからと言うか?」 政宗の背丈は幸村より低い。 それでも下から戦で見せるような強い目が光っていた。 怯むことなく幸村も真っ向から見据える。 「あなたが気に入らないからではありません」 幸村は軽く息を吸い込む。 ちゃんと、はっきりさせたい自分の気持ちを。 今は目の前にいるこの男を牽制させる意味もある。 「私が殿をお慕いしているからです」 「・・・・」 「だ、だから。素直にお二人の仲を認めることはできません。 ですが・・・・殿ご自身の気持ちを優先させるべきだと思うので」 「がわしと来るといえばお前はそれで諦めるのか?」 「・・・・・わかりません」 「お前にとってはなんだ?」 「とても大切な人です。私が今ここにいるのは殿がいるから・・・・・ 三成殿と兼続殿に出会え友となれたのも、慶次殿と再び出会えたのも殿のおかげだと思っています」 武士の時代は終わった。 そう感じたあの時。もう槍を持つこともなく静かに暮らすだけだと思っていた。 だが、が。彼女が押してくれなければ自分は北条攻めに参加することはなかった。 きっと今の生活はなかったと思う。 「政宗殿こそ、まだ数えるほどしか会っていない殿のどこを気に入られたのですか?」 まして嫁にしたいとまで言った。 今度は政宗が答える番だと幸村は問う。 政宗は誇らしげな顔を幸村に向けた。 *** 左近がと話してから、三成のところに戻ってきた。 「嬢ちゃんにばれてましたよ」 「何がだ?」 「みっちゃんに言われて来たのでしょう・・・と」 背筋をピンと伸ばし、仕事のものだろう、難しそうなことを清書している三成。 左近は縁側に腰掛ける。 三成は見向きもせずに筆を動かしている。 「俺が行くよりお前が行った方が良かっただろう。俺より左近の方がのことを知っている」 「それほど知りはしませんよ」 幸村に好いているなどと思った事もないし、彼女が勘違いをしている幸村が好いている相手が 見知った忍びだとは先ほどまで気がつかなかった。 三成のほうが詳しいと思うのだが。 「殿には敵わないと思いますけどねぇ」 小さく三成には聞こえないように左近は笑った。 「それで」 「気になるんですかい、結局」 「煩い。俺の楽しみが減るかもしれないという心配をしているだけだ」 「はいはい。どう転ぶかはわかりませんけどね、嬢ちゃんは答えが出ているとは言っていましたよ」 その後にも政宗のところに返事をしに行くと言っていたことを伝えた。 「そうか」 「どうなると思います?」 「俺にそれを聞くのか?答えなんぞ、考えるまでもないと思うがな」 「そうですね」 きっと望む答えが同じならばいいと思う。 左近はもう一つ三成に問うた。 「殿。今夜は夕餉をお呼ばれしに行かれますか?」 やはりと言うか、三成は顔を向けることも、手を休めることもなく淡々と答えた。 「俺は忙しい。そんな暇はない」 「そうですか」 ま。今夜ぐらいはねぇ・・・。 が幸村にちゃんと報告するだろうし、いつも邪魔をしているのだ。 今夜ぐらいはと言う気持ちになるだろう。 *** 政宗が滞在している邸へ行った。 果たして会ってくれるか、中へ入れてもらえるか不安だったが、片倉と言う人物に話が伝わり中へ招き入れられた。 「す、すみません。突然お邪魔して」 「いえ。若からあなたのことは聞かされていましたし。それに前に一度お会いしましたよね?」 「へ?」 「河原で」 「あ・・・・あー政宗君を探してた」 政宗と出会った時、行方をくらましていた彼を探していた人で、に声をかけた人物だった。 「あの時は何と言うか・・・・」 「いえ。こちらこそお恥ずかしい所を見られまして」 片倉は軽く微笑む。 「若。殿が参られました」 「わかった。入れ」 片倉にスッと障子が開けられると、政宗は横になっていた。 「小十郎。お前は下がっておれ」 「はい」 二人きりになった。 政宗はが何をしに来たのかわかっているのだろう。 身体を起こし胡坐をかいた。 「も楽にしろ」 「うん」 政宗の向かいに腰を下ろす。 「返事。しに来たよ」 「そうか。して」 「政宗君が私のことをってのは嬉しいけど・・・・・お断りします」 「・・・・・」 兼続と言い合うのを見た時、結構気性が激しい御仁なのなか?と印象受けた。 だから怒ったりするのかと思ったが、政宗は意外にも落ち着いていた。 「理由は?」 「その・・・・・私、好きな人がいるから。その人に気持ちを伝えたわけでも付き合っているわけでもないけど」 寧ろその人には好きな人が別にいると思っている。 「それは誰かと聞いてもいいか?」 「え」 は息を呑む。 素直に言うべきか迷うが、わかってもらう為にはとこくりと頷いた。 「ゆ、ユキさん」 「ユキ?・・・・幸村か」 政宗は腕を組み、口を曲げる。 なんだ、結局の所・・・・・。 「私が殿をお慕いしているからです」 先ほど自分にそう言いきった男が思い浮かぶ。 二人は好きあっているではないかと呆れてしまう。 「あのね!でも、ユキさん他に好きな子がいるから、私なんか相手にされていないと思うのだけど」 「・・・・・・・」 「いつか、ユキさんに自分の気持ち言えたらいいなとは思ってる」 「今夜にでも言えばいいだろう」 言ってさっさとくっつけ。 「で、できないよー」 は着物をギュッと掴んで首を振る。 「でも、そうか・・・・幸村は別の女子を好いているのか」 「うん」 「そうか・・・・・なら、わしもまだ諦めるのは止める」 「へ」 「わしのもまだ望みはありそうだしな。一旦奥州へ帰るがまた来るぞ」 「私、きっと政宗君には振り向かないよ?」 「先のことはわからんだろ?いいんだ、今は。わしは幸村に比べてまだ分が悪い」 戻ってきた時は遠慮なく二人の間に入ってやると決める。 二人が想いあっていることを知り呆れ、諦めようと思ったのだが が幸村の気持ちにまったく気づいていない。これは好機だ。 だから、幸村が来たことなどに教えてあげない。 意地悪だが、少しはいいじゃないかと。 「あのね、政宗君。政宗君はなんで私のことお嫁さんにしたいって思ったの?」 打ち解けるのは早かったが、そんなに仲良しというわけでもない。 お互い知らない事のほうが多いのに・・・・。 「なんだ、またその話か」 幸村にも聞かれた、似たようなことを。 政宗はごろりと横になった。 *** 政宗の邸から出ると、空に雲が広がっていた。 ここ数日は梅雨明けをしたと思われるくらいに晴れ暑い日が続いていた。 でもまた今にも降りだしそうな感じがする。 急いで帰ろうと駆け出す。 「あ。降ってきちゃった・・・・」 パラパラと雨粒が落ちてきたかと思うと、それはどんどん強くなってきた。 は仕方なく近くのお店の軒下へと移動する。 「どうしよう」 邸までにはまだ距離がある。 空を仰ぐとすぐには止む気配はない。 このまま走って帰ろうか、いつまでも店の前にいるわけにもいかない。 は走り出そうとした時、呼び止められた。 「殿!」 「ユキさん!」 傘を差した幸村が駆け寄った。 「良かった、お会いできて。邸に戻ったら殿がいなかったので、雨も降り出しそうだと思って迎えに来ました」 「あ、ありがとう」 だがすぐに幸村は困ったように頭をかく。 「傘は二本用意していたのですが、途中で同じように雨宿りをしているおまつ様にお会いしたので」 「おまつ様に傘、貸してあげたんだ」 「はい」 まつ程の人を濡らして帰らすわけにはいかないと。 「良かったじゃない。おまつ様が風邪を引かずに済んだと思えば」 「そうですね」 「私はユキさんの傘に入るから。これで十分」 は軒下から傘の中へと移動する。 ゆっくりと歩き出す。 幸村がこんなに近くにいるのは久しぶりのような気がする。 同じ邸内でも至近距離でいることはない。 「あのね、ユキさん。さっき政宗君に返事をしてきた」 「そ、そうですか・・・・」 幸村の心が震える。 夢のようになったらどうしようと。 「断っちゃった。勿体無いけど」 「断る?断ったのですか?」 「うん。中々できないことだよね、罰当たりのようにも思うけど」 「そうですか・・・・・」 気持ちが楽になった。不安だった想いがじわじわっと溶け出して安堵している。 が断ったのが嬉しかった。 「良かった。またあなたの美味しいご飯が食べれます」 幸村はへと目線を移す。 「本当に美味しいって思ってくれる?」 「本当ですよ」 「なら良かった。あのお邸に置いてもらえる理由になるかな」 「そ、そんな理由がなくてもいいんです」 「うん。ありがと」 政宗が言った。 先のことはわからないと。 だから、今はまだ幸村のそばにいたい。 いずれ別れが来るかもしれないのなら。 雨は当分止みそうになかった。 まだまだ梅雨は明けていないようだ。 でも、二人の気持ちには晴れ間が広がっている。 「わしがを気に入っている理由?」 普段は生意気そうな笑みを浮かべるが、珍しく柔らかく優しく笑んだ目を見せる。 「時間の長さなど関係ない。一緒にいて苦にならない、気を張る必要がない。 だがお前は好いた瞬間にこいつだって思わないか?どこに惚れたとか、こういう所がいいなんていうのは後から勝手につけられる」 なんで誇らしげに言うのだろう。 自分が理由をいくつが挙げたのが格好悪く思える。 「がいいと思った。勘みたいにな。それだけだ。お前だってそうは思わないか?」 好きになった時に、理由とか置いといて、単純に思わなかったか?と。 確かに。 矢に射られたような、一瞬の感覚があった気がする。 好きなんだな、本当に。 |