梅雨晴れ間の不機嫌な空 【2】




ドリーム小説
「はあ・・・・・飲みすぎた」

昨夜の失態を思い返して何度も溜め息が出る。
幸村は身体を起こしたくても起きるのが億劫で布団の中にいた。
あまり遅くまで寝ていればが起こしに来るかと思えば、その気配はない。
普段から起こされるような生活はしていないので、は幸村を起こそうとは思わないのだろう。

「・・・・・・」

室の中に薄っすらと光が入ってきている。
はとっくに起きているのだろう。雨戸はとうにしまわれている。
障子一枚の向こうはいい天気のように見える。

昨夜はに何一つ知らせを入れないままの遅い帰宅をしてしまった。
最初から廓に行くなど思ってもみなかったのだが。
あそこまで飲む羽目になるとは。
泥酔して慶次に送ってもらって。
は機嫌を損ねてしまった。

「怒っていないもん。別にユキさんがどこに行こうが気にしてないです。ユキさんの自由なんだから」

「私一人であれこれ考えて馬鹿みたい」

「どうせだったら泊まってくればいいのに、そういう場所なんですよね」

やはり連絡の一つくらい入れれば良かった。
今からでも昨夜のことは謝って・・・・
そう考えていると、障子が少し開いた。

タタタタッ。ポム。

「ん?」

「ワン!」

コユキが幸村の上に飛び乗った。
尻尾を振って上から見下ろしているコユキ。

「コユキ?」

「おはよう、ユキさん。今日はお休み?」

「え、あ、殿。おはようございます。あ!」

スーッと開いた障子からが笑いながら顔を覗かせる。
幸村が慌てて起き上がったのでコユキが布団から落ちる。

「すまん、コユキ」

落ちたコユキはそのままに抱きかかえられる。

「ごはん食べられる?一応用意したけど」

少し乱れていた夜着の合わせを調えかしこまる幸村。

「は、はい。少しぐらいなら・・・・」

「いっぱい飲んでたみたいだし、しょうがないか。じゃあお茶漬けにしてあげる」

「は、はい。お願いします」

はコユキを連れて行ってしまう。
ぽつんと取り残された幸村。
昨夜は怒っていたと思ったけど。
幸村は安堵し室を出る。



幸村の調子はお見通しなのか、すでに用意されていた朝食。

「はい。どうぞ」

本当は昨夜出すはずだったのだろう白身魚の切り身が茶碗の中でほぐされていた。
胡麻がかけてあり梅干がちょこんと乗って。

「ありがとうございます」

茶碗を受け取り自分で茶をかける。
さらさらと流し込むように食べる幸村。
はすでに食べおえていたようだ。
どうも自分はゆっくり寝すぎたらしい。

「ユキさん、布団はまだ畳んでいないでしょ?あとで干すからそのままでいいよ」

「え」

「今日も天気いいみたいだし。それにお酒の匂いが残っているだろうし」

「あ・・・・お願いします」

は幸村の室に向かい布団を干しにいってしまった。
コユキが幸村のそばでモノ欲しそうな顔をしているがあげられるようなものはない。

「すまん。なにもないぞ、コユキ」

わかっていないのか小首を傾げるコユキを見て幸村は笑う。
飼い始めた頃はの興味が全てコユキに向かって少し面白くないと思っていたが
今ではそんな気持ちもなく、自分も可愛がっていることに気づく。
子犬に嫉妬していたなどと思うあの頃が恥ずかしく思う。

食べ終わりコユキと遊んでいるとが戻ってきた。

「ユキさん今日は出仕しないの?」

「昼過ぎに一度行く予定です」

「ふーん。そっか」

「あ、あの殿」

折角機嫌が戻ったというのにぶり返すのは些か気を引くが、やはり謝るべきだろうと思った。

「昨夜はすみませんでした。遅くなるようなら知らせの一つでも入れるべきで」

幸村はに向かって頭を下げる。

「別に気にしていないよ?」

その言葉に頬が緩み顔をあげる。
は本当に怒ってはいないようだと安堵する。
だが。

「ユキさんがどこで何しようが自由なんだから、私に気を使うことないよ」

「え。あの殿」

「ユキさんのお好きにどうぞ」

「・・・・・・」

「さあて。片付け、片付け」

は幸村の膳を持って台所に引っ込んでしまった。
幸村はがっくりと肩と落とした。



は茶碗を洗いながら、幸村の態度を思い返していた。
昨夜のことには、確かに腹は立った。
慶次が自分たちの所為だからといってはいたが、どうしても怒りの矛先は幸村に向いてしまう。
でも。
よくよく考えれば自分が怒る必要はないのだ。
別に幸村と自分はなんでもないのだから。
幸村に片思いの自分。幸村が遊廓に遊びに行った。綺麗なお姉さんたちと仲良くしていたのだろうと言うのが気に入らないのだ。
それと先日の幸村の行動を一人であれこれと考えていたから余計に気持ち的にわからなくなった。
だったら。

「考えるのやめーた」

そこでは打ち切った。
確かに自分は幸村の食事のしたくなどをしてはいるが、奥さんでもないから強く言える立場ではない。
幸村がどこに行こうが自由なのだ。
これ以上悩むと余計に誰かに八つ当たりとかしそうなので考えるのを止めた。
あの行動も、もう考えない。

「最初からわかっていることだよ・・・ユキさんは・・・・・いっちゃんが」

幸村も自分を家族と思ってくれてるならそれでいい。
居候の自分だけど。
今はそれでいいのだと。



***



幸村は遅くなりながらも出仕した。
にはわかってもらえたようで、わかってもらえていないことに落ち込みはしたが
執務を疎かにするわけにはいかず城に向かった。
それでも何度か溜め息をついていたのだろう、三成に扇で頭を叩かれた。

「み、三成殿?」

「鬱陶しい。なんだ、いったい」

「べ、別に」

「昨夜のことだろう?の機嫌が悪いと前田から聞いた」

「・・・・・殿は普通でした」

「ならば良いではないか」

「・・・・・・・私の好きにすればいいといわれました」

「・・・・・・・・・ほぉ」

三成は扇で口元を隠す。
の気持ちを知っている三成としてはの行動を考えてみる。

(大方なんでもない振りをしているだけではないか?・・・にしてもの一言でコロコロ変わる奴だな)

戦ではそんな姿見せたこともないが。
の行動、言動一つで幸村はただの情けない男に成り下がっているような気がする。

「好きにしろといわれたなら、好きにすればいいだろ?」

「は?」

「お前の好きにしろ。一々気にするな、みっともない」

パチンと扇を閉じる三成。
フッと笑みを浮かべる。

「昨夜の詫びもこめて、お前の邸にいい魚を送った。今晩食べようではないか」

「三成殿」

昨夜は、三成は何もしてない。
そう何もしてない。慶次と左近が幸村相手に飲み比べをしてるのを見ていただけだ。
少しぐらいは止めてやるべきだった。
だから、今、幸村はに相手にされないのだろう。
ちょっとした詫びだ。

「そろそろ届いているはずだろう。まあ、いつものように馳走になってしまうわけでもあるがな」

「三成殿。はい、今晩楽しみにしています」



夕方、幸村は三成と兼続と連れ立って邸に戻った。
すでにが夕餉の仕度をしているのだろう、いい匂いが邸に入ると漂ってくる。

殿。ただいま戻りました」

「お帰りなさい。いらっしゃい、みっちゃん。兼続さん」

が出迎えてくれた。

「みっちゃん、お刺身ありがとう。びっくりしちゃった、急に届くから」

「昨夜の詫びだ。気にするな」

「別にお詫びされるほどでもないけど・・・・ま、いいや。どうぞお上がりください」

「ああ、殿。これは私からなんだが。花茶だ、飲んでくれ」

「わ〜兼続さんまでありがとうございます」

兼続から茶筒を受け取る
二人からの貰いもので喜んでいるを見て、幸村は小さく声を発した。
自分は何も用意していないと。
俯く幸村に気づく三成。

「お前は・・・・・気にしすぎだ。その後ろ向きな考えは捨てろ。のこととなると、本当に・・・・」

「み、みふなりどの」

三成は幸村の鼻をキュッとつまむ。

「俺と兼続には深い意味などないのだからな。わかったか」

「は、はひ」

パッと手を離し三成は奥へと進む。
と同時に先に進んだ兼続の声が急に上がった。
なんだと思って進むと用意された膳にすでに手をつけているものがいた。

「な、なぜ。貴様がいる」

「あ?お前らこそなんだ」

「やっぱ知り合いなんですね。政宗君と」

。今度はどこで拾ってきた」

「なんだ、わしを犬猫みたいにいいよって」

一人でバクバクと食べているのは伊達政宗。
何故彼がここに?と以外は思っている。

「政宗殿。どうしてここに」

がここに住んでいると聞いたから来た」

「この前河原で知り合ったんだよね。さ、ユキさんたちも立ってないで座って食べましょ」

に言われて彼らは仕方なく腰を下ろす。
食べ始めたのはいいが、いつもみたいなほのぼのとした空気はない。
どこかギスギスした感じがあるのだが、それは兼続から政宗に一方的に注がれているようである。

ある程度食べ終えた時に政宗が満足げにいった。

の飯は美味い。益々気に入った」

「ありがとう。でも今日のはみっちゃんから貰った刺身があったからね」

「みっちゃん?・・・」

こいつのことかと政宗は三成を見る。
三成はそ知らぬ顔を通している。政宗も別に深く追求するつもりはないようだ。

「幸村がの保護者なのか?」

「は?保護者ですか・・・私が」

「そうなのかな?」

幸村とはお互いを見る。

「そうではないのか?まあいい。一応礼儀を尽くさねばな」

政宗は茶を軽く啜り湯飲みを置く。

「幸村。をわしにくれ」

「・・・・は?政宗、殿」

「なんだ意味がわからんか?をわしの嫁にしたい。だからお前に良いかと尋ねておる」

ぽかーんと時間が止まったかのような空気が流れた。
三成ですら少し口が開いたままである。

「・・・・・・・・殿を政宗殿の嫁に?・・・・・」

ビシっと石のように固まる幸村。
はキョトンとするが軽く笑い飛ばす。

「やだ、政宗君。急に何言ってんの?政宗君ちゃんとお嫁さんいるって聞いたよ〜」

愛姫だっけ?と政宗の言葉を真に受け止めていないようだ。

「いるが、も欲しい。駄目か?」

「え。欲しいといわれても・・・・その」

笑い飛ばされたことを怒ることもなく政宗はに迫る。
は急に恥ずかしくなり顔を赤くしている。

「駄目だ、駄目だ!そなたに殿はやれん!」

立ち上がってビシッと言い切ったのは幸村。ではなく兼続だった。

「なぜお前に反対されねばならん」

「反対だからだ」

「・・・お前に反対されてもわしはを貰うぞ」

「認められんな」

睨み合いを始める兼続と政宗。
三成もようやく頭を働かせ始める。

(・・・・・兼続が言い切ってどうする・・・・ま、今の幸村じゃ無理か)

チラリと横目で幸村を見るが彼はいまだに固まったままだ。

(しかし、これは意外な展開だな。幸村以外にもに惚れる男が現れるとは)

しかも、幸村とは違って最初から気持ちを前面に押し出している。
幸村には別に好いている者がいると思われているのだから彼は分が悪いような気がする。

「駄目か?

「え、あの、駄目かとかいわれても・・・急にそんな・・・・ねぇ」

「駄目に決まっておる!」

「貴様などには聞いておらんわ!」

急に降って湧いたの嫁入り話。
さあて、どうするのでしょうか?
各々の気持ちとは裏腹に外では満月が綺麗に輝いている。









06/06/26
19/12/28再UP