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咲かせよう、花。
【6】 自分との結婚の話が持ち上がったけど、幸村はそれを断った。 ちょうどそこへ出くわしてしまったはショックと同時に自分のことを思えば納得した。 その翌日。 朝餉の仕度もできて幸隆に幸村が席に着く。 も少し遅れてやってきた。 「おはようございます」 いつもの笑顔で二人に挨拶をして腰を下ろす。 二人は夕べの具合が悪いと言う事を気にしていたので、元気な姿に胸を撫で下ろした。 ただ・・・ 「殿、身体の具合はどうだ?まだ気分が優れないなら医者を呼ぼうか」 幸隆の申し出には明るく振舞う。 「ご心配おかけしました。もう大丈夫ですから」 「そうか。幸村と二人で心配しておったのだよ」 「・・・それはありがとうございます」 『幸村と』って言葉には一瞬目を伏せる 小声で答えてしまう。 「夕べ殿の作った煮物、美味しかったですよ」 幸村はそれに気づかず話しかける。 「あ、あは・・・たいしたものじゃないですから・・・」 「そんなことないですよ」 顔は伏せたまま。 と言うか、幸村のほうは極力見ないようにしている。 その後も話はするが顔は終始伏せたままだった。 「では、いって参ります」 「うむ、気をつけてな。今日はわしも館の方に顔を出すからな」 「はい・・・・・」 出仕の時間。 珍しく幸隆が見送ってくれる。 だがの姿はない。 「どうした、幸村?」 「あ!いえ、なんでもありません。では」 朝から少し様子が変だなと思った。 まだ身体の調子が良くないのでは?ぐらいにしか思わなかった。 ここ最近一緒にいる機会がぐーんと増えたのに、急にぱったりと減った。 は日中、館にいることが減り、幸村とも顔をあわせることが少なくなった。 話しかければ答える程度で、何がなんだかわからない。 「姉、どうした?最近元気ないぞ」 「え?そんな事ないよ?」 村の子どもたちといつものように遊び、最近では畑仕事の手伝いもするようになった。 今日は良太のうちのお手伝いをしていた。 「元気ないって、絶対。疲れているなら無理して手伝いなんかしなくてもいいんだぞ?」 「無理してないし、疲れてないよ」 「そうかぁ?別にいいけどな、姉と一緒にいるの俺は楽しいし」 良太は歯を見せて笑った。 「良太くんは、気持ち悪くない?」 「は?なにに?」 「だから・・・・私と一緒にいるの」 突然のの言葉に一瞬きょとんとするも、次第に顔を真っ赤にさせて怒った。 「誰がそんなこと言ったんだよ!」 「誰ってわけじゃないけど」 「俺は一度もそんなこと思ったことないぞ!」 「本当?」 「本当だよ。俺だけじゃないよ、兵吾だって平蔵だって、おはなだってみんなそうだよ。 姉と一緒に遊ぶの好きだし、楽しいって思う」 自分が気持ち悪いって言われたわけでもないのに、自分のことのように良太が怒ったのがは嬉しかった。 でも、それと同時に良太たちも自分が別の世界から来たものだと知れば考えが変わってしまうかもしれないとも思った。 「誰だよ、姉苛めたの・・・・大人か?」 「あ、別に苛められてないって」 慌てては否定する。 「元気ないのって、それのせいじゃねーの?」 「違うよ、うん。違う、違う」 「・・・・」 それでも納得してない良太だが、多分がずっと否定し続けるだろうからとこれ以上は何も言わないでいた。 「おーい、、良太」 兵吾たちがやってくる。 「手伝い終わったか?みんなで昼飯食おうぜ」 「そうだね、行こうか、良太くん」 「うん」 いけないなと反省する。 子どもにあんなことを言うなんて。 良太が心配するのは当然じゃないか、それにきっと兵吾の耳にも入るだろうなと は苦笑いしてしまう。 『違う、そんな事ない』と言われても、今のは素直になれずにいた。 悪意のない当たり前の普通の言葉にも裏の意味があるのではないかと疑ってしまう。 正直、今、人といるのが辛い。 今までいい人たちと思っていた人全てを疑ってしまう。 それでも離れようとしないのは、独りになるのが怖いからだった。 戦の起きる気配がなかったのだが、同盟国の北条家から援軍の要請を受けた。 信玄本人は動かず、弟の信廉に出兵を任せる。 幸村もそれについていくことになった。 「気をつけてな、幸村」 「はい・・・・あの、おじい様・・・」 「ん?なんだ?」 やはり姿の見えない。 彼女はどうしたのかと祖父に訊ねようと思ったが止めた。 「いえ、なんでもありません。行ってまいります」 おそらくのことだろうなと幸隆も気づいた。 ここ最近、二人が一緒にいる姿がない。 喧嘩でもしたのか?ぐらいにしか思わなかったのだが、あまりに急な変化に可笑しいと思い始める。 に訊ねようとも、彼女は何も聞かないでくれと言うような雰囲気を出しているので聞くに聞けなかった。 喧嘩ならば本人たちでなんとかするものだろうし。 馬に跨り館を出た孫の背中を見て幸隆はぽつり呟く。 「何をしているのだ、あやつは・・・・」 「お姉ちゃん、お姉ちゃん!ほらみんな出発してる〜」 子どもたちと野原で遊んでいた。 その中の一人が戦に向かう行列を見つけ指さした。 信廉を先頭に厳つい鎧兜を身に纏っている武将たち。 信廉のすぐ後ろには赤い甲冑をつけた幸村がいた。 「戦か・・・あんなのなければいいのにな」 「父ちゃんたちがいないと困ることも多いし」 「兵吾くんちのお父さん戦に出ているの?」 「あぁ、うちだけじゃないけどな」 農民は足軽として参加するのが普通だった。 (このまま戦が続けば、兵吾くんも良太くんも出なくちゃいけなくなるんだろうなぁ) 長く続く列をそんな事を考えながら見ていた。 「あー幸村さまだ!」 「ゆきむらさまー」 子どもたちはいつも遊んでくれた相手の姿を見つけ声を出して手を振る。 幸村は声のした方に、自分が呼ばれたことに気づき離れた場所だが手を振った。 「幸村さま、かっこいいよな」 「ねー」 幸村は子どもたちの中にの姿を見つける。 何日かぶりにまともに見た気がする。 (殿・・・・) 思わず口元が緩むがは顔をと言うか背を向けてしまった。 (え・・・なぜ、ですか・・・・殿) チクリと胸に痛みが走る。 この所、様子が可笑しいのが自分の所為なのか? 急に遠くに行ってしまったに幸村は寂しく感じる。 理由もわからず避けられるのは辛い。 だから、掴まえて話をしたいと思うのだが、今はできない。 戦がどの程度のものでいつ帰れるかもわからない。 そんな中で、このまま行ってもいいのかと言う気持ちもある。 あれこれ考えるうちに、いや子どもたちの姿は小さくなっていった。 *** 「あらあら〜?幸村さまへーんなお顔しちゃって、どうしました〜?」 「・・・・別になんでもない・・・くのいち?」 「はい?」 「お前、いつの間に」 確か彼女は信玄の命を受けてどこぞに偵察に行っていたはずだが。 「もう大変でしたよ〜駿河行って、甲斐信濃素通りして越後行って、戻ってきたら相模へ行けですからね」 北条と上杉の小競り合いが続いていた。 くのいちも任務終了後にそちらへと回されたようだ。 「ご苦労だったな」 「いえいえ〜」 大変だったと言うわりには疲れた様子も見せずに笑うくのいち。 そこが彼女らしいと言えば彼女らしい。 「幸村さまってば、戦でと離れ離れなのが寂しいのでしょう?嫌ですよ〜本当」 にゃははと笑って彼をからかうくのいち。 だが、幸村からはいつもみたいな反論はなくただ黙っていた。 「幸村さま?」 くのいちは幸村の顔を下から覗きこむが、幸村はキッと口を結んだかと思うとくのいちに背を向けて行ってしまった。 「ん?ん?なんだ?なんだ〜?もしかしたらなんか地雷踏んじゃった?」 自分が任務で国を出る際に、には『告っちゃえ〜』などと煽ってはみたが、幸村を見ると 別に告白された様子はない。 自分がいない時になにか修羅場でもあったのか! 「うわ〜何があったか、気になる、気になる〜」 持ち場を離れて勝手に甲斐に戻るわけにいかないが、何があったか好奇心の虫が疼きだす。 「新しい男出現?いやいや、幸村さまに許婚現る!とか」 ちょっと面白がってみたものの、幸村があーなのだから、きっとのほうも何かあるに違いないと思う。 「、元気かな?なんもなければいいけど・・・」 自分が留守中にあの子は崖から転げ落ちたし・・・ あの時は幸村がを助けたとは聞いたが、今は幸村も戦に出てしまっている。 「無茶しないでよ、」 くのいちは空を見上げ、留守番しているであろう友だちを心配するのだった。 「いっちゃん?」 なんとなく自分を呼ぶような気がした。 先日くのいちが任務から戻ったと思ったらすぐさままた出て行ってしまった。 忙しいのだなと、友だちを見送った。 話す暇もなく、今のこのモヤモヤ感をなんとかしたいと思ったが。 出立した幸村を見たとき、せっかく彼が笑ってくれたのにも関わらず、は背を向けてしまった。 あの時、幸村はどんな顔をしただろうか? 優しく笑んでくれたのに、避けたことに心が痛んだ。 好きになってしまったのだから、そう簡単に嫌いにはなれなかった。 でも、あの話を聞いて以来、幸村の優しさが全部嘘のように思えて 自分がここにいるべき人間ではないとさえ感じてしまっている。 「全部夢だったら良かったのに・・・」 朝起きたら、いつもの自分の部屋で。 慌しく着替えて洗顔して、母の軽いお小言を聞きながら朝食を食べる。 テーブルには父と自分のお弁当箱が並んでいて、父は暢気に新聞なんか読んでいて・・・ 『いってきます!』 って玄関を出れば、早くから玄関前を掃除している近所のおばさんから挨拶されて・・・ 学校に行けば、友だちがもう来ていて音楽雑誌だ、漫画をみんなで囲んで読んで。 自分もそれに混ざろうとしたら、宿題をやり忘れているのに気づいて慌てて友だちからノート借り写している。 普通だった。 いつも何も考えないで過ごしていて、将来のこととかはまだ漠然としていて 卒業までにはちゃんと考えようとは思うが、今はそんな事より友だちと遊んでいるのが楽しかった。 けど、今の自分はそんな家族や友だちとも離れて遠い世界へと来てしまっている。 最初は戸惑う事も多かったし、自分の存在を不審に思う人もいた。 けれど、過ごしていくうちに友だちはできたし、周りの人たちも自分を可愛がってくれた。 中でも幸村は、最初はとっつきにくいと感じ話しかけられても緊張して会話らしい会話もできなかった。 少しずつ、ゆっくりと第一印象とは別の顔が見えてきて、いつの間にか一緒にいるのが苦痛ではなく楽しかった。 人に言われたとは言え、幸村に対する想いも芽生えていたし。 幸村の態度に、どこかで期待している自分もいた。 だから、余計にあの一言はきつかった。 これが夢ならば早く目を覚ましたい。 それで学校で友だちに『こんな夢けどさ〜』って笑い話にでもしたい。 でも 「夢じゃないもんね・・・・」 現実だ。 が今いる世界では天下を取ろうと国同士で争っている。 教科書、歴史上での流れと違う時間の進み方をしている。 だから、誰が天下を取るのかまだわからない。 この甲斐はいまでこそ平穏そのものだが、敵国から襲われたらどうなるのだろうか? いつ、どこで、なにが起きるかわからない世界なのだ。 「なんで、ここにいるのかな・・・」 何も接点もないはずの世界になぜにいるのか不思議に思う。 でも答えをくれる者はいない。 「殿」 「幸隆様・・・なんですか?」 ずっと庭先を眺めていたの隣に幸隆がいつの間にか立っていた。 「幸村と何かあったのか?」 「・・・・・・別に」 「その割には二人の様子が変だとわしには見えるのだが・・・・殿は幸村が嫌いか?」 「き、嫌いじゃないです」 「なら」 幸隆は言葉を続けようとしたが、はずっと呟いている。 「嫌いじゃないです・・・・嫌いじゃ・・・」 薄っすらと涙を溜めている。 本当に何があったのかと思う。 幸村の様子じゃ彼自身もわかってないし、が何か誤解しているようにも見える。 「殿、だったら早く仲直りでもしてくれ。二人がそんなだとわしは寂しいぞ」 「幸隆様・・・」 「もうじき幸村は帰ってくる。だから、な?殿」 幸隆に言われても素直に頷くことはできなかった。 *** 上杉と北条の争いは大した被害が出ずに終わった。 互いにけん制しあっているだけで。 そこへ武田の援軍が来た事で上杉は撤退していった。 なので長引く事もなく甲斐へ戻る事ができた。 幸村はまっすぐに館へ戻る。 戦の間中はのことは気にしないでいようと務めた。 集中せずにいればの会う前にお陀仏になってしまうし。 なので無事に甲斐へ戻る事になり向かっている間、ずっと考えてばかりいた。 幸村が決めたのは、と話をする。 逃げられてもしつこいかもしれないが、放っておくことはできない。 せっかくと仲良くなれたのに、このままは嫌だと思った。 多くの者に出迎えられ、無事の帰還を喜ばれた。 幸隆にのことを聞くと、彼女は自分の部屋にいると言う。 廊下を意味もなく早足で駆けてしまう。 だがすぐにを見つけた。 彼女は部屋ではなく廊下で何かを見つめていた。 一瞬声をかけるのを戸惑った。 何を見ている? 「・・・・・」 は庭先で木刀を振るっている若者たちを見ていた。 鍛錬でもしているのであろう。 時には真剣を構えているし。 は彼らを見ていてふと思った。 自分も武芸の一つでも覚えるべきなのだろうかと。 だが、は元々武術、格闘など習っていない。 己の手を何度もまじまじと見つめる。 「木刀を振る練習から始めようかなぁ・・・・」 「何故ですか?」 「!?ゆ、幸村様!」 幸村はの隣に並ぶ。 久しぶりに見たに変に緊張してしまう。 また避けられてしまうか? いや、今度は逃がすものか。 「あなたが刀を握る必要なんてないでしょう?」 「・・・・」 は案の定、段々と顔を下へと下げてしまう。 「殿・・・あの」 「自分の身ぐらい、自分で守らなきゃって思ったから」 「そんな大丈夫ですよ、ここが戦場になることはないです。それにあなたのことは私が守ります」 普通ならば聞けて嬉しい言葉。 あなたを守るなんて、普通は聞けない言葉だ。 だが、は幸村が何故そう言うのかわからなかったから突っぱねてしまう。 「無理してそんなこと言わなくてもいいです」 「無理だなんて思っていません、何故急にそう思うのですか?」 「・・・・私の事、気味悪いとか、異質だとか思っているくせに・・・」 から放たれた言葉に幸村は息を詰まらせる。 そんな事は一度も思ったことないのに、何故。 「思ってない!」 「いいです、今更」 「今更って・・・私は、私の手であなたを守りたいと思っている。 急に私に対して態度を変える意味がわからない・・・でもできれば」 「だからできもしないこと言わないでください!」 「何故」 「守るも何も、戦になれば幸村様はそばにいないじゃないですか!」 「そうかもしれないが、だが甲斐にここに戦火を広げないようにすることはできる。 直接的ではなくてもあなたを守れる」 奇麗事に聴こえるかもしれないが、色々な形で守れると思う。 戦になれば確かに自分はそばにはいない。 守る事もできずに逝く事になるかもしれない。 でも、それでも守りたいとは思える。 だって、自分はのことが・・・・ 「信じてもらえないのですか?」 いつの間にかは顔を上げている。 だが、彼女の目は自分に対する不信感を募らせているように取れた。 「殿・・・」 「幸村様なんか嫌いです!思ってもないこと言わないでください」 触れようとしたらその手を払われてしまった。 |