花と龍と思いのカケラ。




ドリーム小説
「もう・・・・ってば何をしているのよ・・・・」

一通り鍛錬を終えたのだが、夢中になりすぎてもう昼前だった。
尚香は待てどもやって来ないの様子を見に戻る。
確かに自分も鍛錬に夢中になりすぎていたのだが、いつもならば声をかけてくれるはずだ。
だが他の者に聞いても、鍛錬所には姿を見せていないそうだ。
昨日江東から戻ってきたことで、まだ疲れているのだろうとは思うが。
流石に寝すぎではないかと思って。

?」

扉を軽く叩く。

「ねぇ、どうしたの?」

返事はないものの、人の気配は感じる。
尚香は不穏な動きが起きているのかもしれないと、用心しながら扉を開けた。
室内の様子を慎重に窺う。

「・・・・・・!」

不穏な事は何もなく、が居ただけだ。
ただ、何事もなく。とは言い切れなかった。
寝台の上で膝を抱えて泣いている彼女がいたから。

「どうしたの!?何があったの!?」

尚香は急いで駆け寄る。

?」

顔をあげた
鼻先も目も真っ赤。
長い時間一人で泣いていたのだとわかる。

「しょ、尚香・・・・・私、もう、だめだよ・・・・」

・・・・なに?ダメって・・・・」

「っ・・・・・う・・・・・」

ボロボロ涙が流れ落ちる。

「し、子龍様は、私のこと・・・・見てくれない・・・・」

「子龍・・・・趙将軍?・・・・・」

詳しいことはわからないが、簡単な話、趙雲がを泣かせるような事をしたのだろう。

「そう・・・・・ほら、涙吹きなさいよ。顔ぐしゃぐしゃよ?」

「・・・・・」

涙を拭うようにに言うが、そのまま横にならせた。

「寝ちゃいなさい。泣くのだって体力使って疲れるでしょう。城下へ遊びにいくのはまた今度でいいわ」

「・・・・・・」

母親ではないけど、母親みたいにしてしまう。
はゆっくりと目を閉じる。
尚香は掛布をかけて、が眠るまで側にいた。





【21】





「趙将軍!」

勢いよく彼の執務室の扉を開けた。
居るのはわかっているのよ!と追い詰めたかのような物言いを尚香はしてしまう。

「なんだ?奥方様?」

「・・・・・・」

ただ室内にいたのは趙雲だけでなく馬超もいた。

「どうかされましたか?」

「どうかもなにも!・・・・あなたに何をしたの!!あんなに弱ったを見たのは初めてよ!」

?」

趙雲は目線を下に落とす。
孫呉との戦いで関羽が死に、関平が行方不明だと知らされたときもは弱った様子であったが。
尚香の前では決して泣かなかった。
辛い状況でも自分を励ましてくれた。
兄との戦を絶対にやめるべきだと、この手で討つべきではないと言ってくれた。
尚香にとっては義妹でもあるが、親友とも思える一番の友だ。
だから、彼女があんなに泣く姿に酷く衝撃を受けた。
なんとかしてあげたくも思った。

「おい・・・・あんたまたに何かしたのか?」

「・・・・」

趙雲は答えない。
それが余計に尚香の癇に障ったらしい、趙雲を睨みつけてツカツカと進んできた。

の何が気に入らないわけ!?」

「奥方様、あの・・・・」

馬超が珍しく仲裁に入るも尚香は聞かない。
趙雲は机を前にしただ俯くだけだ。
尚香はバンと音が室内に響くくらいにその机を両手で叩いた。

は、あなたがの事を見ていないって言ってたわ。何がしたいのよ、あなたは!」

今までのそばで彼女を見て、色んな話を聞いてきた尚香だから。
まったく報われる様子がないことが腹立たしい。
趙雲だけが悪いとは言い切れない。
にも悪い所はある。
けど、やっぱり友だちよりの考え、に味方してしまうものだ。
それに尚香から見て、二人はお似合いだと思うし、何も遮るものはないと思うのだ。
兄の劉備が二人を、いや、の想いが趙雲に届けばいいと思っているのだ。
誰が邪魔をするのだろうか?
趙雲は劉備の臣下としてとても素晴らしい人なのは尚香も知っている。
劉備が信頼し、民も彼を慕う。仲間たちだって彼の人となりを知っていて頼りにしている。
もそうだ。
なのに、なんでその彼女の想いが報われることがないのだろうか?
が江東に居る間、趙雲に変わった様子は見られなかった。
だけど、趙雲の方も何かしらに感じているような風に見えたのだ。
お節介かと思ったが「頭で考えるより、重要なのは自分の気持ちじゃないかしら」なんて口にしたのだ。

「奥方様、話がよくわからないのですが。その肝心のは?」

馬超が訊ねた。
尚香は一度唇を噛んだ。

「泣きつかれて寝ているわよ・・・・私が寝かせたの。よっぽど苦しかったんじゃないの?すぐに寝てしまったわ」

「・・・・」

「あんた、またを泣かしたのかよ・・・・」

馬超が呆れたようにため息を吐く。

のことを姫様、姫様って世話を焼くのに、なんで一番あなたがあの子を泣かせるのよ!」

「いい加減学習しろよ、あんたさ・・・・」

二人して趙雲を責めるような目を向ける。

「一体、どうしたいわけ?」

「俺は言ったよな?どうしたいのか考えろって」

黙ったままの趙雲。
その態度のままでは余計に尚香が腹を立てそうなものだが、それは長く続かず一転した。

「私だって、どうしたらいいのかわからないんですよ!」

それまで黙っていた趙雲が声をあげた。
机を拳で思い切り叩いて。

「姫様の事は私がこの手でお守りしたいと思っております。泣かせたくないと・・・・
なのに、私が何度も姫様を泣かせて・・・・ですが、姫様に縁談が来ているならば臣下の私ができることなど・・・・」

何もないではないですか・・・・。
趙雲は独り言のように吐き捨てた。

「「・・・・・」」

尚香と馬超は黙った。
だけど、二人共きょとんとしたような面持ちだった。

「どうしたらいいって・・・・あんた、そりゃあ・・・・」

「ねぇ?」

馬超と尚香は顔を見合わせた。

「「名前で呼んであげればいいだろ(じゃない)」」

「え?」

趙雲は顔をあげた。
声をあげた時の趙雲は苦しさに抑えこまれていたような感じがしたが。
今の一言に見せた顔は意味がわからず困惑したような感じだ。

「だからさ。あんたが何を躊躇してんのかわからんのだが、のこと名前で呼んでやりゃいいじゃん」

「そうよ。ずっとはそれを願っていたんですもの」

「で、ですが!私は臣下としてそのように」

「じゃあ俺はなんだよ。俺だけじゃねぇ、他の奴らもを名で呼ぶ」

趙雲に比べれば馬超は新参者だ。
だけど姫と呼ぶのは公式の場だけで、普段は名前で呼ぶ。もそう願うから。

「・・・・・」

「他の人たちと違って、趙将軍は名前で呼ぶきっかけがつかめなかったのかもね」

「意固地になってたんだろ?あんた」

「良かった。趙将軍はのこと嫌ってないのね。大事に想ってくれているのね」

趙雲の顔が赤くなる。
今まで護衛役のような立場でを守るような素振りしかみせなかった。
けど、趙子龍と言う一人の男性の本音が聞けたから。

「わ、私は、別に姫様を嫌ってなど、おりません・・・・」

「なら我慢すんなよ」

「ですが、馬超殿は孫権殿と姫様の縁談が上手くいったとおっしゃったではないですか・・・だから私は」

に祝福の言葉を述べてしまったのだ。
結果に酷く怒られ、泣かしてしまった。

「・・・・・・あんた、それ本気か?」

「ちょっと!権兄様との縁談って何?私は聞いていないわよ!?」

馬超は手で顔を覆う。
尚香は聞いていない話だったと馬超に詰め寄る。

「あーそれはですね・・・・・その話、嘘なんで・・・・」

「え?」

「嘘?」

馬超は頭を乱暴に掻く。

「まぁあながち嘘ってわけでもないんですけどね・・・・孫権殿がに求婚したのは本当ですし」

「まぁ兄様ったら〜」

「けど、は断りましたし。この話、当人のみとうちの殿しか知らない話だから・・・・。
ちょっとこいつを炊きつけようと言ってみただけで・・・・まさかに向かってめでたいとか言うとは思わなかったんで」

趙雲の顔を見れば、先ほどよりも顔を赤くしている。
それは恥かしさからなのか、馬超に対する怒りなのか二人からは判断つかない。

「なぁ趙雲。他所の国じゃあ、主君の妹君に対して敬う態度をしなきゃいけねぇだろけど。
この蜀。劉備殿の治めるここではそう堅苦しくなくていいんじゃねぇのか?殿にしてみれば、家臣も民も。
みんなが家族って感じだろ?俺達はそんなあの方に天下を取って欲しくてついていっているだろう」

「そうよ。別に名前で呼ぶからって蔑ろにしてるわけじゃないもの。
みんなの顔を見れば玄徳様も、も民に慕われるのがわかるわ。そんな民達にしてみれば。
きっと、が誰の隣に居るのが一番幸せなのかわかってくれると思うけど?」

誰のそばでならば、あの子が笑っていられるのか。
それを二人は趙雲に気づかせる。

「奥方様・・・あの」

趙雲は尚香の前に立ち、拳を握った。

「姫様は・・・室に、いらっしゃるのですよね?」

「そうよ。今一人よ・・・・そっとしておいてって周りには言ってあるから」

「・・・・・失礼します」

趙雲は尚香に頭を下げ執務室から飛び出していった。

「やっと収まるか・・・・まったく世話の焼ける奴らだ」

馬超が苦笑する。

「あら。馬将軍の世話の焼き方が到らないからこうなったんじゃないの?」

「手厳しいことをおっしゃりますね・・・・けど、確かにこうなったのは俺の誤算でしたよ」

馬超は肩をすくめる。
馬超が考えるには、の婚姻が決まったと聞かされて趙雲も少しは焦って動くのではないかと思ったのだ。
けど、趙雲は祝福する側に回ってしまった。

「俺らの思っている以上に頑固なんでしょうね、趙雲は」

も頑固だと思うけどね、私は」

「あーそれは言えていますね」

趙雲が行ってしまったので馬超は仕事にならない。
仕方ないから自分の執務室に戻るかと馬超は室を出る。
尚香も劉備の様子でも見に行こうと室を出た。



***



が自分に向けてくれているものに、気づいたのはいつだったか。
「あんたは鈍い」そう馬超に何度も言われて。からかわれて。
でも、それに答える事を躊躇った。
口にするのが嫌だった。
本当にその答えは正しいのかがわからなくて。

わからないから、考えるのをやめて知らない振りをした。

そして、忠実な臣であることに徹した。
でも徹すれば徹するほどとの関係は悪化していき、とうとう拒絶されてしまった。
泣かせたくないと思っていたのに自分が泣かせた。
を泣かせる自分には、彼女を守る資格はないと思った。
孫権との婚姻が上手く行ったならば問題ないと決めつけて。

「あんた、またを泣かしたのかよ・・・・」

のことを姫様、姫様って世話を焼くのに、なんで一番あなたがあの子を泣かせるのよ!」

「いい加減学習しろよ、あんたさ・・・・」

「一体、どうしたいわけ?」

「俺は言ったよな?どうしたいのか考えろって」

二人からあれこれ言われて、心底うるさいって思った。
自分の気持ちを知らないでいるのに、好き勝手に言うなと。
でも、二人みたいにはっきり言えるようなことがなくて、何をどうしたらいいのかわからなくて。
苛々して、言われっぱなしで悔しかった。
悔しくて、思わず口に出していた。

「私だって、どうしたらいいのかわからないんですよ!」

は劉備の妹だ。
臣として彼女をずっと守りたいと思っていた。
泣かせたくない存在だと・・・。
けど、ただの臣がそこまで想うのは何か違うと改めて気づかされる。

(これは私の本心だ)

劉備に仕える一人の武将ではなく。
の側にいたいと願う一人の男としての想いだ。








ようやく、動いたか!長かった・・・・。
まぁ馬超や尚香のおかげなんですけどねー・・・ってなんだ、趙雲も好きだったんじゃんってツッコミはなしで(笑)


10/01/15
19/12/22再UP