花と龍と思いのカケラ。




ドリーム小説
「孫権様。短い間でしたがお世話になりました」

は深々と孫権に頭を下げる。
成都へ帰る日が来た。
先に劉備へは文で帰る旨を伝えた。

「とても楽しい時間を過ごせました」

「それは私も同じこと・・・・よければまたいらしてください」

孫権にはいくら感謝しても言い足りないほどだ。

「はい」

孫権に笑顔を向け頷いてから馬車へと乗り込んだ。
孫権たちに見送られて出発するたち。

(孫権様とは、もっと違う出会いだったら変わったのかな・・・・)

最初から孫呉に居たならば。
そばにいたのが、孫権ならばきっと・・・・。

(ううん・・・・)

はかぶりを振った。
そんな風に考えては自分を迎え入れてくれた家族に失礼だ。
彼らと出会えたから孫権とこうして出会えたのだろう。

(今度は私の番だ)

膝の上でキュッと拳を握った。
どんな結果になろうが、迷うのはやめだ。





【19】





「孟起。着いてきてくれてありがとう。私の我がまま聞いてくれて」

馬車と並行して騎乗している馬超に、は話しかけた。

「別に。俺は俺で楽しませてもらったさ」

「・・・・・居心地悪いとか、思わなかった?」

に向けられる目は孫権の手前そんなに悪くはなかった。
だが馬超はどうだろうか?
劉備に仕える身として、孫呉側にも知られている。
わだかまりがないと言えば嘘になるだろう。
関平が一緒に来てくれたらな。と思ったが誘えなかったのはこの辺の事情もあるから。

「ないな。よくして貰った方だと思うぜ。つーか一々気にしてらんねぇし」

他の事で頭いっぱいだったんだよ。
馬超がそう呟くが、それはの耳には届かなかった。

「孟起らしいね」

は小さく笑う。

「私の周りはいい人、優しい人ばかりだね、本当・・・・」

「あ?」

「孟起も、孫権様も優しいよ」

「お前さ・・・・・孫権殿と何かあっただろ?」

馬超は鋭い。
二人の間だけにあった出来事をいとも簡単に気づく。
いや、自分がわかりやすい顔をしていたからもしれない。
隠すつもりはなく、は頷く。

「・・・・孫権様が私を奥さんにしたいって・・・・」

「モノ好きだな」

馬超の一言には瞠目する。
馬超相手でも、これを口にするのは緊張した。
それなのに、あっさりと気が抜けるような反応。馬超らしいと言えば確かにらしいのだが。

「それ。なんか酷くない?」

はつまらなそうに唇を尖らせる。

「そう思ったまでだ」

馬超の視線は真正面を向いたまま。
彼の端正な横顔がの目には映っている。

「それでも・・・・私にしてみれば、そんな事言われたの初めてだし・・・・」

「かもしれんが。俺にしてみれば予想の範囲内だ。そんな話が沸くだろうって思っていたさ」

「・・・・・・・でも、兄ぃには孫権様は言っていないよ。私にだけって・・・・」

無理強いはしたくない。政の道具にしたくないと兄と同じ気持ちを孫権は持っていてくれた。
それは彼自身、実の妹をその道具にしてしまった事を、何かしら悔いているのかもしれない。

「それで?返事したのか?」

「うん・・・・したよ。ちゃんと・・・・孫権様に嘘はつきたくなかったから・・・・」

「そうか」

それだけで馬超には通じたらしい。
少し馬の足を速め会話を切り上げられてしまった。




は選んだってことか・・・)

予想の範囲内。馬超はそう答えてはみたものの、は一時の感情だけで答えたのではないかとヒヤヒヤした。
馬超が思ったとおり、孫権がに求婚していた。
重臣たちから薦められたからと言うわけでなく、本当に孫権個人の気持ちからのようだ。
出発間際になっても、彼ら配下からは何も言われなかったし、孫権も一言も口にしなかった。
の想いを知ったからであろう。
二人の間で、しっかりと決着をつけたのだ。

(報われるかわからない方の想いを選んだのか・・・・俺も考えが甘いな)

趙雲を拒んだ
姫としてしか見ない趙雲を。
だから、孫権からの申し出を感情に任せて受けてしまうのではないかと思ったのだ。
はそこまで浅はかでなく、しっかりと孫権に伝えた。
孫権が力を使って押し切るような真似をしなかったから、冷静になれたのだろう。
可笑しく思うが、孫権に感謝の念が沸く。

(あとはあの馬鹿次第だな・・・離れている間に変わってくれているといいんだがな・・・)

だが。馬超は小さく息を漏らした。
なんで、自分がここまで他人の色恋沙汰を気にしなければならないのだろうかと。
そこまでお節介を焼くのもどうかと思う。

(放っておけない・・・って気にさせるんだろうなぁ・・・・)

もしその気持ちが恋と名のつくものだったらどうしただろうか?
趙雲にを任せておけない。自分がを幸せにするのだと積極的に動いたかもしれない。
これからそうなる可能性はあるか?
自問自答を繰り返すもすぐさま馬鹿馬鹿しいと思った。

(そんな気最初からねーのにな)

を最初見た時、聞いていた話とは違う暗い女だと思った。
作ったような笑顔で挨拶してきたから、余計に。
だがなんてことはない。あの時は単にが関平とケンカのようなものをして落ち込んでいたからだった。
その後、趙雲と楽しそうに話すを見て噂通りの姫だと妙に納得した。
関平曰く。「趙雲殿限定のの姿」だと。
趙雲に柔らかく、優しく笑いかけたを見て見惚れることよりも、趙雲と一緒にいる姿に納得したのだ。
自分にそんな想いが芽生えるよりも、最初からの味方でありたい方を馬超も選んでいたのだ。
好きにも色々あるだろう。
馬超にあるに対する好きは前にも言った。
「友」として好意は抱いているがそれ以上はないと。
馬超には友として向ける好意だけで充分なのだ。

(趙雲に上手く届くといいな、お前の想いが・・・・)

友として、それを心から願う。



***



成都へ無事到着したたち。
は劉備や母に抱きつき帰還を喜ぶ。
元々心配してはいなかった。自分から行こうと決めた事だし、孫権に対し不安はなかったから。
それでも久しぶりに家族に会えるとやはり嬉しいものだ。

「とても楽しかったよ。孫権様がよくしてくださったし」

「そうか」

「一時期、仲違いしてしまったかもしれないけど・・・・私は兄ぃと孫権様なら上手くやれると思うから」

・・・・」

は国のこれから、兄のこれからを心配してくれている。
自分は姫ではない。そう言っても、心構えはできているのだろう。
劉備はの言葉に頷いた。

「尚香の話も沢山聞けちゃった。昔からお転婆だったんだねぇ」

くるりと反転し、尚香に顔を向ける。

「な、何を聞いたッて言うのよ!」

「兄ぃに話してもいいの?」

悪戯な笑みを浮かべるを尚香は慌てて壁際に引っ張る。

「権兄様に何を言われたのか知らないけど、玄徳様に言ってはダメよ。恥かしいじゃない」

「でもいい思い出話だと思うけどなぁ」

「まさか、それが土産ってわけじゃないでしょうね」

そんなのは尚香にしてみれば土産のうちには入らないようだ。
は小さく笑う。

「あるよ、ちゃんとお土産。でも尚香間違っているよ」

「?」

「お転婆娘の話をしてくれたのは、甘寧様と凌統様だよー」

「あ、あの二人は!!」

今度会った時は覚えていなさいと、力強く拳を握る尚香。
そして二人からの話は作り話の可能性が高いから、やはり誰にも話してはいけないと念を押された。

「じゃあしょうがないか・・・・お土産あるから行こう、尚香」

自分の室に運んであるそうだ。

「あとで兄ぃのも持ってくるからね。その時、お話しよう」

「あぁ楽しみにしているぞ」

にとって尚香は友でもあるが、家族でもある。
今は二人で楽しく騒いでいたいのか尚香と共に室を出て行った。



「馬超。今回は世話をかけた」

護衛の役目を引き受けてくれた馬超に劉備は改めて礼をする。

「殿。よしてください。命じられた事をしたまでです」

主が命じたものを何を畏まれる必要があると言うのだ。

「私自身も姫のそばで楽しませていただきました」

本当は楽しむものではないだろうが、そんなに大変ではなかった事を劉備に告げるため。
あえてそう言う言葉を出す。

「ただ、関平の事を気遣っていました」

「そうか・・・・」

周りの心配ばかりしている義妹だと劉備は苦笑する。

「馬超よ・・・」

劉備は柔らかかった眼差しを少しだけ強めた。
馬超は小さく息を呑む。

「孫権からは何か言付けはあったか?」

あえて孫権と名指しで呼ぶ。
以前は同等でも今は蜀の一部になった国だ。

「・・・・・私は別に承っておりません」

「彼の配下からもか?」

「殿、それは・・・・・・」

劉備もある程度予測はしているらしい。
馬超は知っている。から聞いた事を。
だがそれを自分が口にすべきではない。

「後ほど、姫からお聞きになられるのが良いかと・・・・」

臣下の一人として、口出す事ではない。
それにはすでに答えを出している。

「そうだな・・・・・そうしよう。そなたも休んでくれ」

再び大徳といわれる優しい眼差しを、労いを馬超に向けた劉備。
からの答えを、後で聞けるのだろう。
話をしようとは言ったから。
単純に道中での話しかもしれなくてもだ。



***



「馬超殿。無事にお戻りになられましたか」

自分の邸に帰ろうとした馬超に趙雲が声をかけてきた。

「おう。さっきな」

見た感じいつもと変わりない様子だ。
とは言っても、趙雲の考えている事など馬超自身はわかりもしない。
出発前に出した宿題に趙雲は一体どんな答えを出してくれるのだろうか。
見たままの姿だと、このままと言う線が強そうではあるが。

「随分楽しまれていたご様子ですね」

「そりゃあまぁ。別に周りが不安に思うようなことは何もないしな」

寧ろ楽で良かったと言い切る。

「おかげで私は馬超殿の仕事を回されて大変でしたよ?」

「それは俺にしてみれば良かった事だな。逆にアンタが護衛で出ていればアンタの仕事が俺に回ってくるからな」

それを思えば護衛の任を引き受けて良かったと、馬超は思わざるを得ない。
護衛と言っても、本当穏やかな毎日だったのだ。
することがなくて暇な日もあったくらいで。

「実際、馬超殿から見てどうでしたか?江東は」

「良いところだと思う。あぁあとあれだ。孫権殿は中々いい男だな」

土地柄の話をしてきた趙雲に、馬超はあえて孫権の名を出す。

「・・・・・」

趙雲が微かに反応したのを馬超は気付く。
その反応、馬超には嬉しいものだ。

「顔だけじゃないぜ?中身もいい男って話さ。あれならも嫁いでも問題ないだろうよ」

「え」

「あぁしまった。これはまだ周囲には内緒だぜ?」

馬超は趙雲の首に腕を回す。
誰にも言ってはいけないと、声音を低くする。

も孫権殿に対する印象は悪くないと俺は見た。それに向こうもだ」

「・・・・そうですか・・・・」

「見合いみたいなものだろう?二人でじっくり過ごせば互いの人となりがわかるってものさ」

「・・・・・・」

趙雲は馬超から目線をそらす。
馬超はもう一押しだと小さく笑う。

「良い話だよな?姫様にとって、最良の縁談だ。臣下の鏡であるアンタにしてみれば喜ばしいものだろ?」

「わ、私は・・・・・」

是とも否とも趙雲は口にしなかった。
ただ唇を強く結んでいる。

「今頃、殿に報告しているだろうな。の奴」

「・・・・」

「アンタも後で土産話を聞かせてもらうんだな。俺は疲れた、帰って寝る」

馬超は趙雲を解放する。
趙雲から離れ歩きだすも、少しだけ振り返る。
趙雲は黙ったままそこに立っている。

(少しは脈ありか?でも頭固そうだからなぁ、趙雲も・・・・)

あとは当人同士でやってくれ。
馬超ができるのはここまでだからと。
今度こそ本当に馬超はその場から立ち去った。








周りが優しいのだね。
09/09/06
14/02/09再UP