花と龍と思いのカケラ。




ドリーム小説
緊張はあった。
いくら蜀の傘下になったとはいえ、周りからいい目で見られないのではないかと。
けど、孫権自ら出迎えてくれた事で杞憂であると感じた。
むしろ最初から上手く行く方が可笑しいかもしれない。
少しずつでいいから互いのわだかまりのようなものがなくなればいいと思った。





【18】





が江東へ行って半月は経った。
孫呉に不穏な動きなどは見られず、の言うように孫権が何かをしようと言うわけではないようだ。
趙雲はそれでも浮かない顔をしていた。
に拒まれてしまったことを今もずっと気にしていた。
ただ、には笑っていて欲しいと。
いつか離れてしまうのならば、その日まで自分がお守りしようと誓った姫。
けど、は「姫扱いしないで」と言う。
最初はつまらなそうに、軽く拗ねた様子だったのに、最近は違う。
懇願するかのように嫌がった。

(それでも姫であるのは変わりないはずだ)

何も趙雲だけが姫と呼んでいるわけではない。
前君主に仕えていた者たちはを同じ様に「姫」と呼んでいる。
昔からの、劉備旗揚げ当時の古参の者達が親しみを込めて名を呼んでいるくらいだ。
民からすれば、やはりは姫であるはず。
何も自分だけではないのだ。

はアンタの所為で泣いた。何でだと思う?何でアンタの所為で泣く?」

はいつもどんな風に、どんな目でアンタを見ていた?」

それを考えれば、答えはもう出ている。
鈍いと馬超にはからかわれるが、ここまで言われ考えれば答えなど簡単に出る。
けど、口にしたくない。
本当にその答えでいいのか?と自信がなくて・・・。

「趙雲殿!」

関平に呼び止められた。

「お暇のようですね。馬超殿ももいませんから」

「それは関平もそうではないのか?」

「拙者はそうでもありませんよ。と離れていた時期がありますから。なれています」

明るい笑顔を見せる関平。

「本当は・・・・拙者も同行できれば良かったのですが・・・・・」

明るい笑顔が雲に隠れてしまう。

「拙者はほど、割り切る事はまだできないです・・・・理由はどうあれ、父上が亡くなったのは・・・」

「焦るな。誰だってそうだ」

ポンと関平の肩に手を置く趙雲。

「何か私に用でもあったのか?」

関平に悲しい顔をさせたくない。
孫呉に対し誰もが友好的でないのはわかっている。
けど、劉備の妻尚香はその孫呉の出だ。
戦において、兄に弓を引いたが彼女だってあっさりと切り替えられたわけではない。
多く悩みぬいた結果、兄ではなく劉備についた。
それでも故郷を思う気持ちはあるだろう。
こちら側だけではない、向こうにしても蜀を快く思わないかもしれない。
そう思うと、の護衛に自分が外された事に不安が拭えない。
そばで守る事ができないのだから。

「用って程ではないのですが、お暇なら拙者に稽古をつけてくださいませんか?」

「あぁいいぞ」

関平にとって一番の手本は関羽だった。
関羽の為に、関羽の役に立ちたくて強くなろうとしていた。
その父が自分を生かした事を思えば悔しさもあるが、その思いを継ぐ事にした。
今度は自分が劉備の役に立てるよう、父に代わって守るのだと。
関平の心意気を感じ取り趙雲は出来るだけその力になろうと決める。
自分より年若い者が戦に出るのはあまり好まない。
仕方ないと言えば仕方ない。
だったら、戦場で生き残る術を教えたいのだ。



***



「妹は元気でやっていますか。それだけで私は充分です」

孫権に誘われて出かけた川下り。
大きな船でゆったりと移動する。贅沢だなと思う。
船から景色を眺めながら孫権と話をしていた。
馬超や、孫権の護衛である周泰が少し離れた場所で二人を見守っている。

「母様の事をよく見てくれるんです。私なんかより。私も尚香に頼りっぱなしで」

「そうですか」

当初は敵地へ嫁がせたような感覚が孫権にはあった。
同盟を結んでいたとはいえ、政略結婚みたいなものだったから。
だが、妹からの文やから直接聞く事で杞憂であったと知らされる。
戦に発展した時、妹は自分ではなく劉備を選んだ。
ここを出るときも言っていた、「自分の意思で嫁ぐ」「私は私の天下を見る」と。
妹が選んだのは劉備なのだと。

「文にも殿の事はよく書かれていましたよ。妹にとってもあなたは良き友であると」

義姉妹という関係になるのだろうが、それも踏まえて一番の友であると。
尚香がそう思ってくれるのが嬉しい。
自分は当初、その尚香に嫉妬していたようなものだし。

「尚香にそう思ってもらえるのは本当に嬉しいです」

安堵した笑みを浮かべる
その隣で孫権も優しい眼差しでを見る。

「なぁ・・・一つ聞いてもいいか?」

離れた場所にいる馬超が周泰に問う。
一緒にいるものの、一言も喋らない周泰に馬超は暇でしょうがないのだが。
今も問うても答えてくれるのか疑問だ。

「・・・・・なんだ?・・・・」

周泰からの反応があったことに少し口元が緩む馬超。

「孫権殿は奥方や、心に決められたような方はおられるのか?」

「・・・・・・・」

「あ、まぁ・・・・部下の身で余計な事は言えないのはわかるけど、少し気になってな」

「・・・・孫権様はまだどなたも迎えていない・・・・」

「へぇ・・・・」

馬超は焦りにも似たものが沸く。
この状況、少々不味くないか?と。

「まだって事はいずれ・・・ってことだよな・・・・候補とかいるのか?」

「・・・・・・」

さすがにこれには周泰は答えなかった。
なんとなく凌統なら答えてくれるのではないかと思ったが、生憎彼は居ない。

(俺の考えすぎならばいいんだが・・・・・その候補にが入ってんじゃねぇだろうな・・・・)

孫呉にしてみれば、今は蜀の属国になってしまった。
主君の劉備の正室が孫権の妹尚香であるのは先を思えばいい事だろう。
だがさらに繋ぎを持とうとするならば、いまだ一人身の孫権の妻としてを迎えたいと思う者もいるかもしれない。
孫呉の確実となる安泰を願って。

(殿がどうお考えかわからないが・・・・呉に限らず、政事の駆け引き道具としてははいい手だからな)

この先決着をつけねばならないのは、全面対決になるのは曹魏だ。
完全に滅ぼしてしまうまで戦うのか、呉のように属国にさせるのかはわからない。
その時、を曹操の一族の誰かに、息子などに嫁がせるという手もある。

(今のじゃ、妙な矜持や意地で嫁ぐ可能性もあるよな・・・・)

馬超は小さくため息を吐いた。

「あの馬鹿・・・・今どうしているんだか・・・・」

あの馬鹿とは趙雲の事だ。
と離れてみて何か感じるものがあればいいのだが。



***



ある日、昼餉を食べ終えると、孫権が一人でのもとへやってきた。

殿、少しよろしいか?」

「はい。なんでしょう?」

「少し私と出かけましょう」

特に考えずにその誘いに乗った。
ただ孫権には周泰などお付の者が誰もついていない。
しかも、城から隠れるように抜け出した。

「孫権様?」

「たまに一人になりたいと思うときに、こっそり抜け出すのですよ」

その抜け道を教えてくれたのは亡くなった兄孫策だと言う。

「危なくないですか?孫権様が狙われるような事にでもなったら・・・」

「多少は私にも武の心得はあります。殿をお守りいたしますゆえ」

「そうじゃないですよ。私の心配はいいんです。孫権様に何かあったらって話で」

「私は平気ですよ」

そんなに危機感を抱いていないようだ。
だが、そういう気持ちはにもある。
城を尚香と平気で抜け出すのだ。
尚香はともかく自分は護衛なんていらない。と言うように。
いつも趙雲を困らせていた。

(護衛をお付け下さいって・・・・あ・・・・)

趙雲の事をなるべく考えないようにしていた。
けど、いつも一緒に居たから。自分のそばにいてくれたから。
思い出す事が多い。

殿?」

「なんでもありません、どこまで行くのですか?」

勤めて明るく笑う

「もう少しです」

城の裏手、林を抜けると小高い丘にでた。
目の前に広がるのは孫権の治める街だ。

「わぁ・・・・」

清々しいと感じる光景。

「疲れたとき、悩みがあるとき、ここへ来ては亡き父や兄を思い出し初心に帰ります。
父と兄から私が譲り受けた土地ですから。お二人の為にもここを守っていきたく・・・」

「そんな大事な場所に連れてきてもらえるなんて・・・・いいんですか?」

「誰にも邪魔されずに、殿と話がしたくて」

話なら頻繁にしているのだが、邪魔もされる事はないと思っている。

殿・・・・これは私個人の思うことです」

「は、はい」

優しいけど、真剣な眼差しには緊張する。

殿。私の妻になっていただけませんか?」

「・・・・・・・・!?」

は目を丸くする。
妻?自分が?

「出会って、お互いを知らない事が多い。けど、頂いた文や、こうして時間を過ごした間の事を思うと。私はあなたに惹かれております」

ただ・・・。
孫権は目線を城下へと向ける。

「孫呉が蜀の属国となった時、重臣たちにあなたとの婚儀を薦められました。孫呉を守る為に地盤を揺るがないものとする為、この先の安泰を願って・・・・」

今回を呼び寄せたのも、半分はその意味合いがあるらしい。
重臣たちの狙いというわけだ。

「私は無理強いをしたくない。だから、誰にも邪魔をされずにこの話をしたかった」

当然、劉備にもその話を知らせてはいない。

「国のことなど関係なく・・・・」

「孫権様・・・・」

「だから、断ってくれてもいいんです。国のことなどは考えずに、殿の気持ちを聞かせてほしい」

も孫権の事は嫌いではない。
単純な好き嫌いで考えれば。
いい人だと思う。
けど、想い想われるようなことを正直今は感じない。
の心を占める人が別にいるから。
この話が、に直接ではなく劉備を通してきたものならば。
きっと、義兄がそれを必要とするならば自分は喜んで嫁いだだろう。
けど、孫権は周りの言葉よりものしたいようにと言ってくれている。

(孫権様は優しいお方だ・・・・私みたいな子に、そこまで想ってくれて・・・・)

自分を尊重してくれる。

「私は・・・・」

嘘は吐けない。
吐いてはいけないんだ。



***



「趙将軍」

回廊を歩いていると、尚香に呼び止められた。

「奥方様」

趙雲は立ち止まり一礼する。
見れば尚香は機嫌が良いようで笑顔だ。

「さっき玄徳様に知らせが届いたのよ。もうすぐが帰ってくるって」

「姫様が・・・・」

何事もなく戻られるのは良い事だ。
だが心から笑えない。

「そうでございますか」

「お土産は何かしらね。今から楽しみだわ〜」

尚香は趙雲の変化に気付いていないようだ。
変に気付かれるのも趙雲としてはあまり好ましくない。

(あれから色々考えた・・・・だが、私は・・・)

馬超にはじっくり考えろと言われた。
じっくり考えれば考えるほど旨が胸が痛くなるような気がした。
自分で敷いてしまった線を越える勇気がないから。

「趙将軍」

「は、はい。なんでしょうか」

「頭で考えるより、重要なのは自分の気持ちじゃないかしら」

「え?」

尚香は趙雲の前で反転する。
後ろ手にして、目線は上に。

「私なんかは特にそうだけどね。ま、あなたと私じゃ違うかもしれないわね」

尚香はまだ好きに出来たから。
趙雲はきっと立場とかを考えてしまうだろう。
の想いを知っている尚香としては、少しお節介をしてしまいたくなったから。

「奥方様、何を・・・」

「ただのお節介よ」

尚香はそう言って趙雲を置いて歩いていった。
残された趙雲は頭を掻いた。

「参った・・・・奥方様に気付かれたようだ・・・」








周りが優しいんですよ。
09/08/21
13/11/02再UP