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花と龍と思いのカケラ。
「姫とお見受けするが?」 関平の寝ている幕舎を出たとき、はそう呼び止められた。 「姫?なんだそれは」は眉を顰めてしまう。 恐る恐る振り返れば、趙雲と違う、荒々しい感じで髪を結っている男がいた。 赤を強調した衣装。所々の衣装に細工された刺繍が他の者とは造りが違うように見えた。 肩からでた逞しい腕が武人なのだろうと想像がつく。 「こうしてお会いになるのは初めてですね。孫仲謀と申す」 「あ。孫権様ですか!あ、あぁすみません、私ったらボケッとして」 しかも誰だ?って不審たっぷりの目を向けてしまった。 「不躾で申し訳ございませんでした。劉備の妹、と申します」 「いや、私の方こそ突然呼び止めてしまったのですから、こうして直接お会いになろうとは・・・」 それはそうだ。 少し前まで、蜀と呉は戦をしていたのだ。 蜀が勝ったことにより、呉は蜀の傘下となった。 そうした話し合いも無事に行われた後ではあったが、がここにいることが可笑しいのだから。 「いえ、そんなことは・・・」 関羽の仇である孫呉。 だけど、は憎みきれなかった。 尚香の故郷、以前届けられた孫権からの文と贈り物、その時にあった武将凌統。 彼らのことを思うとそう悪くは思えなかった。 自分が政や戦とか関わりある場所にいないからかもしれない。 甘いと言われても、馬鹿だと罵られても反論はできない。 「劉備殿から妹君が来ておられると話してくださったので、一度お会いしたいと思っていました」 うん。悪くない。 やっぱり、尚香の兄、妹を心配する優しい兄なんだ孫権は。 そんな風に感じた。 「わざわざありがとうございます。言ってくだされば私のほうからお伺いいたしましたのに」 「そのような手間を姫に取らすわけには参りません」 「あ」 は少しだけ面白くないような顔をしてしまう。 「孫権様。私は姫ではございません。姫などとは呼ばれませんようお願いします」 「しかし、あなたが劉備殿の」 「妹ではありますが、兄ぃも他の皆も私を姫扱いはしません。私はそんな高尚な存在じゃないですから」 一部どうやっても姫扱いする御仁がいるのは腹立たしい。 何度言っても姫と呼ぶ。 「次、姫と呼ばれても、私は一切返事をしませんから。孫権様がお相手でも」 孫権は面食らうも、無視されるのは敵わないので了承する。 「孫権様。以前贈ってくださった歩揺ありがとうございました。とても素敵な贈り物で嬉しかったです」 「いえ。結果あのような形になってしまったことを思うと、なんだか申し訳なく・・・」 「それでも。お礼をちゃんと言いたかったので。尚香のこと大事になさっているのも文面から感じられましたし」 孫権は少し頬が染まる。 直前まで敵だった相手に、なぜこのような態度を取れるのだろうか?彼女は。 「尚香は私にとって義姉ではありますが、一番の友達なんです」 「これからも、妹をよろしくお願いしす」 「はい」 それに関しては異論などあるはずもない。 「落ち着きましたら、一度江東にもおいでください・・・あ、別に人質とかそんなことは絶対にしませんから」 「嫌ですよー、孫権様。そんな風に言って。ぜひ一度遊びに行かせていただきます」 の返事にどこか安堵したような孫権。 「お時間がありましたら、どこか案内してくださると・・・あ、孫権様はお忙しいですし、立場的に無理でした」 江東を治める者として、ほいほい遊びになど出られぬだろうと。 だが孫権は笑う。 「いえ。ぜひこの私に案内させてください。城からの抜け道を知っておりますので」 「あはは。孫権様ったら」 二人して笑ってしまう。 だがすぐに孫権の表情は真摯になる。 「孫呉は蜀と共に進みます。江東の安寧を図るのを改めてお約束します」 「孫権様・・・・」 「またすぐに戦になりましょうが、劉備殿の天下の為、我ら孫呉も力を尽くしましょうぞ」 「ありがとうございます」 この人のこと、嫌いじゃない。 はそう感じた。 【16】 「姫様・・・」 が孫権と談笑している姿は趙雲の目に止まった。 誰に対しても優しい眼差しを向ける。 きっと孫権もに対し、好印象を持つだろう。 だがどこかで趙雲にはそれが心苦しく感じる。 『に孫呉からの縁談の話が来たら、そなたはどう思う?』 あの時はこれと言って深く考えなかった。 相手が孫権ならば、蜀にとって喜ばしい事だと答えた。 だが、劉備にはあまり喜ばしいとは思えなかったようだ。 『私は、を道具のように使いたくない。たとえ甘いと言われようとも・・・』 心優しい兄しての顔。民を思う君主の顔。 二つの顔を持つ劉備は、この先そんな話がくれば悩みに悩むだろう。 孔明たちを始めとする重臣はきっとその話を喜び、何を悩むのだと劉備に是と返事させるようにするだろう。 あの時もどうやら話の出所は孔明だったようだし。 だが劉備も言っていた。 『きっとも同じことを思うだろうな・・・・』 兄が悩むのを良しと思わない。 悩む必要などない、劉備に命じられればきっと素直に頷くだろう。 尚香も言っていたらしい「兄様に命じられたから行くわけじゃないの。私は私の天下を見に行くの」と。 劉備のもとへ嫁ぐのは自分の意思だと。 きっとも同じような気がする。 今の孫権との姿を見れば。 孫権に悪印象を抱いていない今なら、自分から嫁ぐだろう。 兄の悩む姿を見たくなくて。 いつかは訪れる話だ。 今回の戦で、孫呉が傘下に入ったとはいえ、きっとその関係を強める為にを嫁がせようとするかもしれない。 自分はただ、に笑っていて欲しいだけ。 その微笑みを守りたいと思っている。 臣下としてできるのは限られる。 「できる限り、お守りはしたいと思う・・・・」 なんだか、との別れが近いような気がして寂しかった。 *** 「残念だね。平ちゃんはお留守番だって」 楽しげに笑うを見て、関平はバツが悪そうに、いや拗ね気味に顔を背けた。 「嬉しそうに言うな。仕方ないのはわかっている」 身体の傷が癒えないのだ、戦などできぬだろう。 素直に成都で傷を癒していれば良かったのだが、無理を押して夷稜まで来た。 その結果、また寝台の上の住人となってしまったのだ。 孫権も言っていたのだが、このまま本拠地へは戻らず、両軍進軍することになった。 曹魏を攻める為に。 関平も本当なら多少の無理はしてでも、出陣したかった。 孫呉が義父の仇ではあるが、いつまでも彼らに憎しみを向けても仕方がない。 劉備が憎しみを向けずにいるのだ、自分までもが捕らわれてはいけない。 それにあの戦は魏が仕向けたことでもあるのだ、ならばそれを魏にぶつけてしまいたい。 だが、結果的には劉備に安静にしていろと言われてしまった為に、出陣を許されなかったのだ。 「次の戦ですべてが決まるわけじゃないもの。平ちゃんにも出番はあるよ」 その前に身体を癒そうねとに言われてしまう。 しばらく夷稜でゆっくりしてから、改めて成都へ戻ることにはなっている。 「当たり前だ。父上に代わり、殿をお助けすると決めた。だから早く傷は治す」 「その意気だ、平ちゃん」 笑うを見て、関平はポツリと呟いた。 「すまない、・・・・この前は泣き言を言って・・・」 何故自分を置いて逝ったのか。 何故自分を生かした。 などと・・・。 だけど、は関平が生きていたことを喜んでくれた。 そんな風に卑下する関平を怒った。 劉備に会って改めて、生き残れた事を喜べた。 「ううん。いいよ、別に。でも、また同じ様なことを言ったら・・・今度は殴るからね」 「それは勘弁だ。治る怪我も治らなくなる。の馬鹿力ではな」 ニッといつもの関平らしい笑みを浮かべて。 はそれに合わせる。 「あー。酷い、平ちゃん。か弱い私に向かって言う事かなー」 「本当にか弱い奴は、自分で言うわけないだろう?」 明るい笑い声が室内に響く。 関平はもう大丈夫だなって安心できた。 「それより、」 「んー?なに?」 お茶でも飲もうかと思って茶器を用意する。 「あれから、趙雲殿とはどうなんだ?」 「し、子龍様?別に、どうって言われても・・・・」 文でのやり取りでは「子龍様は鈍い!」とか「何か悩んでいる様子で・・・」なんて事が書かれていた。 自分のことがあったこともあって、今の今まで話題には出なかったか。 ふとどうしたかな?と気になった。 趙雲と馬超が見舞いに来てくれたとき、ちょうどは席を外していたし。 「何かいい報告はないのか?」 「いい報告・・・・あ。あのね。孫権様に歩揺を頂いたの。とっても素敵なものでね」 「おいおい」 がっくり肩を落とす関平。 聞きたいのはそんな事ではない。 関平を気遣ってか、あまり孫権の話題には触れないようにしていただが。 その事から、が孫権に好感を持てているのはなんとなくわかった。 だけど、今それを言うか? 自分は趙雲のことを聞いていると言うのに。 「話聞いてよー。まだ続きがあるの。そしたらね、子龍様も今度、私に似合うもの、下さるって、言ってくれた」 一瞬で破顔する。 聞いたこっちが恥かしいくらいだ。 「それは良かったな。けど、なんで急にそんな話になったんだ?」 「あ。そっか、すっ飛ばしちゃった・・・・出陣前に言ってくださったの。私、ずっと泣きっぱなしだったから」 関羽と関平のことで。 義兄たちは敵討ちだと勇んで、尚香の立場も危うくて。 そんな中で何もできずにいる自分はただ嘆くことしかできなくて。 「励ましてくださったのかな?って思うけど、そう言ってくださっただけでも嬉しいから」 また出陣となってしまい、結果約束は果たされないのだが。 以前と違って、関平にそう報告できてようやく本当の嬉しさが沸いたような気がしたのだ。 「その日が楽しみだな、」 「うん」 「拙者も、何かにお礼をした方がいいのだろうか?沢山心配かけたしな」 「え。いいよー。私は平ちゃんが無事だっただけで充分だもん」 嬉しい事を言ってくれる。 「まぁすぐにってわけには行かないけど、一応な」 *** 改めて出陣する劉備たちを見送る。 その護衛として、月英らが残ってくれているが、やはりこの光景は何度見ても寂しく感じる。 「」 劉備のそばにいた尚香が駆け寄ってきた。 「どう?関平殿の様子は」 「うん。大分落ち着いているよ。早く治さなきゃって意気込んでいるし」 それは良かったと尚香も満足げだ。 「尚香も行くンでしょ?」 「私?ううん。今回は私もお留守番。月英殿たちと一緒にたちの護衛をするのよ」 「え。そんなに大事にしなくても・・・・あ、そうか。違うね。兄ぃは尚香が心配だから」 戦場よりも待っていて欲しいと願うのだろう。 だからたちが帰還するための護衛が必要なことに、これ幸いと・・・。 「もう心配しすぎなのよ。玄徳様は。一緒にいた方がもっと安心できるのに」 「まぁまぁ。今回だけは護衛お願いね。私はともかく平ちゃんは早く成都で休ませてあげたいんだ」 「任せておいて」 ポンと胸を叩く尚香。 「そういえば、権兄様と話をしたんですって?」 「うん。いいお兄さんだね、孫権様って」 「あら。惚れちゃった?ダメよ?には趙将軍がいるんだから〜」 「しょ、尚香!何言って」 孫権は確かに素敵な人だと思うが、別に趙雲とは何もない。 綺麗さっぱりしたものだ。 「趙将軍と話せた?しばらく会えないんですもの。ちゃんと話した方がいいわよ」 確かに。 趙雲との約束が果たされるのがまた先延ばしになっただろうし。 は辺りを見回すも、趙雲の姿は見当たらない。 「尚香。私、ちょっと子龍様を探してくる!」 「うん。いってらっしゃい」 は趙雲を探しに走り出した。 「尚香殿?はどうかしたのか?」 義妹の後姿を見つけて劉備は尚香に問う。 「ちょっと趙将軍に用があるみたい」 「趙雲にか、そうか」 これ言っていう事はないのだろうか?だが劉備のその顔はどこか嬉しそうだ。 「玄徳様・・・・嬉しそう」 「ん?まぁ・・・以前からが趙雲を慕っているのは知っていたから」 「寂しくない?大事な妹が離れていく事に」 劉備は呵呵と笑う。 なぜ笑われたか意味がわからないと尚香は軽く拗ねる。 劉備はそんな尚香の頭を優しく撫でた。 「寂しくないと言ったら嘘になる。だが、趙雲がどういう男が知っているから」 「ふーん。趙将軍なら玄徳様も安心ってことね」 「そういうことになるな」 だが、肝心の趙雲はどうなのだろうか?それだけが劉備は心配だった。 趙雲はどこに居るのだろうか? もうすでに出陣した後? 会う人に趙雲を見なかったか?と聞いても、誰も知らないと首を横に振る。 もう無理かな?と諦めかけた時に、人気のない茂みからガサガサと音がした。 「え?」 何かの獣か? そう思ったときに、野犬にでも襲われたらどうしようと不安がわく。 気付かれないように退散した方が無難だ。 だが茂みから影が飛び出す。 「っ!!?」 思わず肩をすくめて目を瞑ってしまう。 「姫様?」 「え?・・・・子龍様!」 恐る恐る目を開ければ目の前にいたのは趙雲だった。 「どうかなされたのですか?」 野犬かと思ったのは趙雲だったのか、安堵の溜め息を吐いてしまう。 「もう・・・びっくりしました。子龍様だと思わなくて・・・」 「驚かせてしまったのですね。すみません」 「何をなさっていたんですか?兄ぃたち準備を終えていますよ?」 しまったと趙雲は息を呑む。 「その・・・・探し物をしていました」 「探し物?なにか無くされたのですか?」 「いえ。そう言うわけでは・・・・姫様にこれを」 スッと趙雲が差し出したのは花だった。 淡い桃色をした百合が数本。 「え・・・・私にですか?」 「姫様との約束が果たせず申し訳なくて・・・・せめて少しの間でも何か代わりになるものでもと」 そう思って花を探していた。 単に花ならば、どこにでも咲いているの見かけた。 だけど、に似合いの花がいい。 そう思ってどんどん陣営から離れて行ってしまった。 そこで見つけたのは姫早百合。 百合にしては淡い色の花弁がなんとなくのように思えた。 「そんな。気になさらなくても・・・・これから出陣なさる身の子龍様の方が大変なのに・・・」 変な気を使わせたとは俯いてしまう。 「そ、そんなことはないです!私が勝手にしたことで・・・・姫様、そのような顔をなさらないで下さい」 花を受け取ってもらえないのだろうか? 「姫様は笑っておられる方がいいです」 「子龍様・・・・」 「約束は必ず果たします。それまで待っていてください」 この花が誓いの証だと言わんばかりに。 「ありがとうございます。子龍様・・・・」 は花を受け取る。 「その日を楽しみにしていますから。だから・・・・子龍様もご無事で・・・あれ」 の視界がぼやける。 「姫様!?」 「泣いちゃ可笑しいですよね・・・でも、涙が止まらなくて・・・・子龍様、絶対、帰ってきてくださいよ?」 兄ぃたちと一緒に。 そう零した。 急に不安になったのだろう、は。 知らぬ間に関羽はいなくなり、関平までも失うところだったから。 もうあのような思いはしたくないと。 今回の戦で改めて、戦場を目にした時、色々思うことがあったから・・・。 「大丈夫です。必ず姫様のもとへ・・・・」 臣下として、これ以上の線は越えてはならない。 そうは思ったが、自然と趙雲は手を伸ばしていた。 渡した花を潰さないように、をそっと抱きしめる。 それが引き金になったのか、は思わず花を落としてしまい趙雲の背中に腕を伸ばした。 「絶対、絶対ですよ?子龍様・・・・」 「はい。約束です」 この人のことは、自分が守りたい。 震えるこの細い肩をこれ以上不安にさせないように。 息がつまりそうになるくらい、趙雲は力を込めた。 趙雲が探した「姫早百合」ですが、「乙女百合」とも「笹百合」とも言います。
だけど、日本のごく一部でしか咲いていない様子です。
なのに、使ったのは、見た目と花言葉が「私の心の姿です」ってのが気に入ったからです。
09/05/03
13/11/02再UP
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