|
花と龍と思いのカケラ。
関平が無事だった。 そうであって欲しいと願ってはいたが、どこかで「もしかしたら」と思っていた。 何も情報がなかったから、早く会いたいという思いだけが募っていた。 最悪。どんな形でもいいから・・・と。 だから、今。 静かに寝息を立てている幼馴染の顔を見ると、自然と笑みが零れる。 目を覚ましたら、何を話そうか? なんて言葉をかけたらいい? たくさん、たくさん。話したいことがあるんだよ? 「でも、今はゆっくり休んでね、平ちゃん」 目が覚める時まで、そばで待っているから。 【15】 「何っ!?それは誠か!!?」 夷稜の蜀軍本陣にて。劉備は孔明からの知らせを聞いた。 関羽の息子、関平が生きて戻ったという内容。 どう言う状況であるかは、その知らせの中にはなかった。 関羽が赤兎馬を使い、息子を逃がした。その程度。 関平がすぐに意識を失ってしまった為だ。 それでも関平が生きていた事は、劉備を安堵させるものであったし。 少しばかり凍った心が溶けたかの様な気分になる。 「雲長・・・・お前は自分よりも息子のことを・・・」 二人は血を分けた親子ではない。 関羽が養子にした子。 関平は常に父に倣い、日々父の為に修行を重ねていた。 恐らく、関平の性格ならば最期まで父と共にと願っていたに違いない。 だけど、関羽は関平に生きる道を与えた。 自分に果たせそうにない夢を、息子に託したのだろうか? それはわからない。二人の間にだけだろう。 けれど、すっとした。何かが透けていくそんな気持ちになる。 「兄者・・・」 「殿」 劉備の側に仕えていた張飛と趙雲が不安げに控えている。 関平の生存を喜んでいるだろうに、その顔には他の表情も滲ませている。 それが二人はこれからの戦に影響しないかと思うのだろう。 だが。劉備は二人に向けた顔は数日前の怒りに満ちた顔ではなくなっている。 「翼徳。趙雲。負けられぬぞ、この戦」 晴れ晴れとした、何かを吹っ切ったような顔だ。 「あぁ。もとよりそのつもりだ!兄者の仇をとるんだ!」 出るぞと劉備は歩み始める。 張飛はそのあとを意気揚々と着いて行く。 趙雲は跪拝し、二人を見送る。 「・・・・そうか。関平は無事だったか・・・・」 きっと一番にへその知らせは届いただろう。 今頃、喜び関平の側についているに違いない。 「私ではきっと無理だっただろう・・・」 こんな状況なのに、関平を羨ましく思った。 趙雲だって関平の無事は嬉しく思う。 自分より若い者が先に逝くなどそれは酷く悲しいことだ。 だが、ずっと沈んでいた。 泣きはらし、それでも涙が枯れることはなく。 出陣の折、趙雲に笑いかけてはくれたものの、いつもの自然な笑顔ではなかったから。 でも、きっと。関平がその笑顔を取り戻してくれているだろう。 「姫様。あなたの大事な方・・・殿を守ってみせますから」 勝てればいいだろうと言う戦。 敵討ちの為の、私怨の戦に大義はない。 此度の戦。趙雲にとっては主君を守る。それだけに過ぎないのだ。 これを乗り越えれば、劉備はまた一回り大きくなる。 きっとそうだと、信じたいから。 *** 関平はあれからずっと眠り続けている。 もう3日目だ。 馬超とは関平の眠る室に来ていた。 いや、はほとんどこの室につめている。 関平が目を覚ました時に側に居たいからだそうだ。 「そうそう焦ることもないだろ?関平が目を覚ます前に、お前が倒れるぞ」 そう根を詰めるな。馬超はそう言いたいらしい。 「そんな大変じゃないよ。私は」 寝台側の椅子に腰掛けている。そのそばに立つ馬超。 「だが、そんなにべったりされると、関平は逆に起きないかもな」 の念に逃げていくぞと。 「し、失礼ね!」 「色々大変だったんだ。ゆっくり寝かせてやれよ」 「わかっているけど・・・・」 どうしても期待してしまうのだ。 早く目を覚まして欲しいと。 馬超はの肩をポンと軽く叩く。 「俺。そろそろ行くな。援軍としての出陣が決まったからよ」 「本当!?」 行かずに済めばいいのと、は思っていた。 「あぁ。軍師からの指示もあったし」 本来馬超自身はすぐに出陣するのかと思っていた。 だが、先に孔明の部隊が出て、その後の出立となってしまったのだ。 どうやら、夷稜では孔明の懸念する事態になっているらしい。 「孟起・・・・」 「関平が目を覚ますのを、俺も見たかったが・・・仕方ない。時間切れだ」 カタンと椅子は音を立てる。 は立ち上がるも、馬超はいつも通りの軽いノリで室を出て行く。 「ま。もう少ししたら趙雲も帰って来るさ。それまで大人しく待っていろ」 「無茶、しないでね!」 「気遣いありがとうよ」 ひらりひらりとに手を振り馬超は遠ざかっていく。 ストンと椅子に腰を下ろす。 馬超も行ってしまう。 戦は嫌だ。 大事な人を奪うから。 でも、だからって自分に何が出来るかと言えば、何もない。 こうして待っているだけ。 尚香みたいに戦えない。 気持ちだけはしっかりと構えていなくてはと思う。 「平ちゃん。早く起きて・・・でも、起きたくないって思っているのかな?」 関羽が居ない現実に、疲れきった今を思って。 「平ちゃん。前に約束したよね?成都の街並み案内するって。 こんな形で平ちゃんを迎えるとは思わなかったけど・・・・身体を治したら一緒に行こう?」 本当は関羽も一緒ならば良かった。 けど、それは叶わないから。 関羽の死は辛い。 は関羽に娘のように可愛がってもらった。 もうひとつの。いや、劉備や張飛たちを含めての大きな家族だったから。 その欠片がひとつ零れてしまった。 けれども、関羽は関平を守ってくれた。 それだけでも嬉しいから。 「尚香とよく行くお店に、平ちゃんも連れて行ってあげる。きっと気に入るよ」 寝ている関平の手をそっと握る。 あぁ、温かい。関平は生きているんだという実感がわく。 「あ。月英さんの点心。沢山食べられるよ。きっと平ちゃんの為だって月英さんも頑張っちゃうだろうし」 寝ている側で煩い? 煩くておちおち寝ても居られない? 小言でもいいよ。 早く起きて。 「話したいこと。本当にいっぱい・・・・・あって・・・・」 視界がぼやける。 鼻の奥がツーンとしてくる。 なんで、泣く?泣くことなんかないのに・・・。 「平ちゃん・・・・」 キュッと関平の手を握る。 涙が頬を伝い、その手の上に落ちる。 「の、泣き虫・・・・」 「馬鹿平。嬉しいから泣いているの!」 「そっか・・・」 握っていた手がゆっくりと握り返される。 関平が目を覚ましたからだ。 「どのくらい寝ていた?」 「三日・・・・孟起の話じゃ、平ちゃん。ほとんど意識が朦朧としていたって」 赤兎馬の手綱を放すまいと必死で握り締めていて、それを振り解くのが大変だったそうだ。 「そうだったか・・・あまり覚えていない・・・・」 は涙を拭う。 「待ってて。今先生呼んでくる」 は手を離し。隣で控えているであろう侍医を呼びに行こうとする。 「待っ・・・!」 関平は傷の痛みを堪えて身体を起こす。 「平ちゃん!無理しちゃ駄目だよ」 慌てて駆け寄る。関平の身体を支える。 「・・・・・・・・・・」 身体を支えるに関平は腕を伸ばし、そのまま抱きしめる。 「少しだけ・・・・すまぬ・・・・」 今、少しといえども、一人になるのが関平は嫌だった。 すーっと関平の目から涙が零れる。 「父上・・・・」 男が泣くなどみっともない。そう関羽に叱られてしまいそうだ。 「それがしを・・・・共に連れていってくださらなかったのですか・・・・」 自分だけ生き延びるなど。 蜀にとって、劉備にとって、自分なんかより関羽が生き延びた方が良かったはずだ。 赤兎馬で逃げられるならば、自分が盾となって関羽を逃がしたのに。 それが叶わぬのならば、せめて最期を共にしたかった・・・。 関平の悲痛な言葉には首を振る。 さっきまでは関平が目覚めて嬉しい涙を流していたのに。違う涙が零れてしまう。 「やだ・・・いやだよ、平ちゃん。そんなこと言わないで・・・・」 関平の背中に手を回し、ギュッと夜着を握り締めてしまう。 「私は、雲兄ぃが、死んじゃったの、悲しいけど、平ちゃんが無事、だったのが、嬉しいのに」 一緒になんて言わないで。 どうしてなんて言わないで。 「雲、兄ぃは・・・平ちゃんに生きて欲しかったから、だから・・・」 「だったら、同じだ。それがしは、父上に、生きて、欲しかった!」 それこそ、共に・・・・。 「平、ちゃん・・・」 「・・・すまぬ・・・・」 二人でずっと泣いた。 涙が枯れ果ててしまうのではないかと言うくらいに泣いた。 息子を置いて言ってしまった関羽へ文句を言い合って。 それでも、行かしてくれたことを感謝して。 ずっと泣いた。 そして、ようやく。 また会えたことを喜んだ。 *** 関羽の仇討ちの戦となった夷稜での戦い。 当初は孫呉の策、火計により大打撃を食らう蜀軍だったが、なんとか孫呉の攻勢を凌ぎ。 孔明や馬超達の援軍が間に合い、押し返していく。 そして、尚香は兄孫権を追い詰めた。 得意の弓で、兄を射止める。 こんなことが起ころうとは、呉を出たときには思わなかった。 孫呉ではない、別の天下を見ると啖呵を切ったものの・・・。 「・・・・・」 「尚香・・・まさか私の志をお前に打ち砕かれるとはな・・・」 肩に傷を負い、地面に膝をつけている兄孫権。 そんな兄に弓を向ける。 矢を引く。これを放てば至近距離に居る兄は助からないだろう。 『ダメだよ。孫権様と戦うなんて!尚香にとって大事なお兄さんでしょ!?』 「っ!!」 ふと過る友の声。 『尚香。兄ぃのことお願いね。兄ぃが間違った道を行こうとするなら、尚香が止めてあげて』 『尚香も。まだ間に合うなら、孫権様のこと諦めないで』 でも、もう遅くないか? 孫権は早くやれと、覚悟を決めて反撃の構えも見せない。 「待たれよ。尚香殿!」 「え・・・玄徳様?」 身体がびくついた。 劉備が止めに入ったから。 だって、憎いだろう?大事な義弟を殺した国の者など。 仇討ちをするのだと息巻いていたじゃないか。 「斬れ!劉備よ!貴様の憐れみを受けてまで、生を繋ぐ気はない!」 孫権は強く言い放つ。 けれども、剣を収め劉備は二人の間に割って入る。 「そうやって。悲しみと憎しみを踏みしめなければ、前へ進めぬのか? 私の目指す天下は、そのような痛ましいものではない」 劉備の言葉に尚香は弓を落とす。自分もそのまま崩れ落ち地面に膝を付く。 「ありがとう・・・玄徳様・・・」 良かった。この手で兄を討つ羽目にならず。劉備に止めてもらえて本当に良かった。 「礼を言うのは私の方だ。尚香殿。そなたの悲しむ顔が、私に正しき道を示してくれたのだ」 尚香の前に片膝をつく劉備。 尚香は劉備の胸に顔を埋める。そして劉備は優しく尚香を包み込んだ。 「そなたに兄を討たせずに済んで良かった・・・・に叱られてしまう」 「・・・」 尚香の大事な人を奪うのかと泣きながら言われた。 劉備が願うのは人の思いを容れる道を往くことだから。 後日、改めて孫権と会談した。 孫権の描く天下は呉を案じ、蜀を案じ、魏を案ずること。天下という形を与えずに、各地の者で手を取り合う様だと。 それはそれでいいことだろう。 だけど、劉備はその願いを捨てさせる。 この戦いで蜀が勝った以上、孫呉は蜀漢と共に進み、これからも江東の安寧を図ることと。 「雲長・・・・これで仇討ちとさせてくれ・・・」 一人幕舎を出た劉備。空を見上げ義弟に報告する。 「兄ぃ!」 耳に入るの声。 なぜ、ここに? 振り返れば、関平の身体を支え立っているがいる。 「!関平!そなたらは・・・・どうして、ここに」 は眉根を寄せて困った顔を見せた。 「平ちゃんがどうしても兄ぃに早く会いたいって、我慢できないから・・・」 母にもお願いして、馬車でなんとかここまで来たそうだ。 先に孔明宛に文を飛ばしたので、知った孔明が護衛を向かわせてくれたのでなんとかなったそうだ。 「殿・・・・」 まだ万全ではないのだろう。 関平の額には脂汗のようなものがにじみ出ている。 「よい。関平・・・無理をするな」 は関平から離れる。 きっと一人で立とうと、劉備に頭を下げたいのだろうと。 関平は半ば崩れ落ちるような形で、地面に膝を付き頭を下げる。 「父関羽が、最期に。殿に誓いを果たせず申し訳ないと・・・・」 「雲長が・・・・」 「それがしが、父の盾となり、逃がすことができていたならば」 それは言わないで欲しい。は拳を握る。 だけど、誰がなんと言おうとも、関平には許せないのだろう。 劉備の大事な義弟だから。 「そのようなことを申すな、関平。私はそなたが無事で嬉しく思う」 「しかし!」 「もう良いのだ。雲長の思いは私に届いている。これからは関平。そなたが父に代わり、私に着いて来てくれないか?」 劉備が関平の肩に手を置き、顔をあげさせると、関平の目に涙が溜まっていた。 だが、もう良いとの劉備の言葉に安堵したのか、意識を飛ばしてしまった。 「関平!」 崩れ落ちる関平を劉備が受け止める。 「平ちゃん!」 「まったく・・・無茶をする」 苦笑交じりの劉備。 誰か関平を。そう劉備が人を呼び、関平は運ばれていく。 はそれに付き添おうと共に行くも、趙雲の驚きの声が耳に入った。 「姫様!!?」 「子龍様」 振り返ると趙雲がこちらに駆けてくる。 関平は衛生兵に任せればいいだろうと思って立ち止まる。 「姫様。なぜここに?」 陣中見舞いではないだろうが。 「平ちゃんの付き添いです。平ちゃんがどうしても兄ぃと会って話がしたいと言うから」 関羽からの言葉を早く伝えたかったのだろう。 成都で大人しくしているなどできず。 「だからと言って、あなたまで・・・」 は小さく笑う。 笑い事ではないと趙雲は眉を顰める。 戦は終わり、呉は蜀の傘下に入ったとはいえ、何があるかわからないと言うのに。 「久々ですね。子龍様のお説教」 「おせっ!?・・・・そうでしょうか?姫様に説教など、私は別に・・・」 「尚香と城を出るといつも言うじゃないですか」 「あれはお二人が護衛もつけずに出られるから」 はくすくすと笑い続ける。 説教などと言われれば趙雲も面白くはないのだが、自然と笑みを浮かべてしまう。 それはが笑うからだろう。 悲しみは消えいつもの笑みを零すから。 それに安堵する。 「やはり、関平のお蔭のようだ」 「え?」 「姫様が悲しまれておりませんので」 は瞠目するも、ややあってから目線を落とす。 よくわからないと。 関羽が亡くなって辛いし、悲しみもした。 でも関平は無事だったから、それで多少は喜びの方が勝っているのかもしれない。 同時に、この戦で沢山の兵士が亡くなり傷ついた。 私怨で兄が起こした戦に。 多くの人が・・・・・でも、孫権や凌統。見知った孫呉の武将の無事がわかると安堵している自分もいた。 どう答えていいのかわからない。 それが今のの正直な答えだ。 「それでも。ですよ・・・。私は姫様に泣いては欲しくないんです」 「子龍様・・・・」 「私との約束を覚えていらっしゃいますか?」 趙雲はの手を取る。 スッとの頬が赤く染まる。 『戦から戻りましたら、少し私に時間をくださいませんか?歩揺でも、簪でも。姫様に似合うものを私から贈らせてください』 そんな事を趙雲は言った。は頷く。 趙雲はその頷きに目を細める。 少しだけ握るその手が強くなる。 「成都へ戻りましたら、その約束を果たさせてください」 あなたに似合う物を贈りたいから。 色々あると思いますよ、色々ね。
夷稜の戦いは尚香の無双モードを元にしています。
09/03/20
13/11/02再UP
|