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花と龍と思いのカケラ。
船で孫家が治める領地へ向かう途中。 は忙しなく動いていた。 「まだ痛む所はありますか?」 「ありがとうございます。大丈夫です」 何艘も船はあるが、その船には劉備軍以外に劉備を慕う民も乗っている。 は傷ついた民たちの世話をしていた。 「我慢しないで言ってくださいね」 立ち上がって今度は別の者のところへ行く。 泣いている幼い子どもと母親に気づき。 「どうされました?」 「あ、いえ・・・すみません。煩くて」 「そんなことないですよ。どこか怪我でもしたのですか?それとも・・・」 「お恥ずかしいのですが・・・お腹が空いたようで・・・」 でも荷物らしい荷物はない。曹操軍から逃げている時に放り出してしまったようだ。 「食糧の心配はいりませんよ。今用意していますから。それまで・・・」 はごそごそ袖の中を漁る。 「あった。はい。これでも食べて元気だそうね」 にっこり笑って、子どもに食べ物を与える。 「あ。ありがとうございます」 母親がに何度も頭を下げる。 「良いんですよ。みんな苦労するとわかっていて、兄ぃに着いてきてくれたんですもん」 「そんな・・・私たちは劉備様の天下を見たいと思ったからですよ」 「私も。見たいです、兄ぃの天下」 民が慕う兄の天下。すぐに成し遂げられるものではないだろう。 でも、兄ならばきっとできる。そう信じたい。 「!」 「なに?平ちゃん」 「手伝えることはあるか?」 関平が駆け寄ってくる。 母子の側を離れ、関平のそばに行く。 「そうだなぁ。何ってことはないけど。とりあえず、みんなの様子を一緒に見て回ってくれるといいな」 「ああ」 疲れているだろうに。苦しいこともあるだろうに。 劉備に着いて来た民。 全ての人に手を差し伸べられるわけじゃないが、今、できることはしたいと思った。 【3】 と関平の様子を見ていた者がいた。 「趙雲」 趙雲に声をかける劉備。 「劉備殿・・・いかがなされました?」 「いや。別に何もないが・・・そなたこそ、どうしたのかと思って」 突っ立ている趙雲。どうかしたのかと思ったらしい。 「あ。いえ・・・私はただ・・・・殿の妹君と関平殿のことを見ていただけです」 「と関平?」 趙雲はええと頷く。 「彼らも疲れているのに休まず、ああして人々のことを気遣っていて・・・」 「ああ。よくやってくれている」 「特に姫様は笑顔を絶やさず、きっと民たちの気持ちも大分楽になったと想います」 劉備は思わず、返答につまった。 趙雲の言っていることに非難否定をするのではなく、ある部分に。 「ちょ、趙雲」 「はい」 「姫様というのは・・・のことか?」 「はい。そうですが」 それを聞いて劉備は声を出して笑った。 「と、殿!!?」 「いや、すまぬ。が聞いたら変な顔をするだろうと思って」 「は?」 「名で呼んではくれないか?あれはそんな柄ではない」 姫様と呼ばれることだろう。 だが趙雲は自分が仕える人の妹なのだからと、それに同意する事はなかった。 劉備が漢王室の流れを組むものだから余計にそう考えるのだろう。 趙雲の頑なな性格に劉備は苦笑するしかなかった。 自身がどうにかするだろうと思いながら、劉備は先ほどのことを思い返した。 「あ、あの!先ほどはありがとうございました!」 長坂で曹操軍の兵士に襲われていた所を、趙雲に助けてもらった。 関平から趙雲が以前から聞いていた噂(?)の青年であることを知った。 趙雲に礼を言わねばと、は声をかけた。 「先ほど?・・・ああ、いえ。危ない所でしたね。私の方こそ間に合って良かったです」 一瞬何のことかと首を傾げそうになるも、彼女の姿に趙雲は理由がわかった。 「本当・・・もう駄目かと思って・・・・ちょっと諦めちゃったんですけど」 趙雲は張飛と共に殿(しんがり)を務めていた。 だが長坂橋にかかった時に、張飛に先に行けといわれて向かった。 その途中途中、曹操軍の兵士に襲われている民を幾人も助けつつ劉備に合流した。 関羽が待つ船着場に到着するも、まだ油断はできないと引き返し民を先導した。 その矢先に襲われている少女と子どもたちが目に入った。 咄嗟に趙雲は駆け出し、彼女たちを救ったのだ。 その彼女が誰とかというのはその時は考えもしなかったのだが。 「お一人であんなに沢山の兵士を相手にして・・・すごく強いんですね」 「い、いえ。私などはまだ・・・・」 「兄ぃがあなたが来てくれたことをすごく喜ぶのもわかるかなって」 「あ、兄?・・・あなたは」 「」 劉備がやってくる。その後ろには関羽と張飛も一緒だ。 「兄ぃ。今ね、こちらの方にお礼をしていたところ。さっき危なかった所を助けてもらったから」 「そうか。私からも礼を言おう趙雲」 「い、いえ・・・」 「が危なかったと関平から聞いてはいたが・・・どこも怪我はないか?」 関羽がの頭をなでる。 「やっぱり兄者と一緒に居れば良かったんだよ。あまり心配かけるな」 張飛が軽くの頭を小突く。 「ごめんなさい。心配かけて」 彼らのやり取りを取り残された感じがしながら見ていた趙雲。 そうか、彼女が劉備の言っていた妹かとなんとなく思っていた。 「趙雲。以前話した妹のだ」 「です。改めて、ありがとうございました。それとこれからよろしくお願いします」 「こ、こちらこそ。趙子龍と申します」 が笑んだのを見て、花のような。自分とは違う人だと趙雲は思った。 妹が柔らかく笑うのを見て劉備は小さく頷いた。 (うーん・・・・の方は趙雲を気に入ったと感じたのだが・・・) 趙雲がを姫扱いするのはどうだろうか? 今、とても大事な大変な時期なのに、妹のおかげで少し心に余裕が持てた。 こんなことを考えられる余裕が。 まあ諸葛孔明という優れた軍師や趙雲のような立派な武人を得られたということもあるだろう。 「殿?」 「あ、いや。すまぬ。と仲良くしてやってくれ、趙雲」 「は、はい」 その劉備の顔は主君というよりも、兄の顔だった。 *** 孫呉領に入り、一行はある城に迎えられた。 借り物ではあるが、しっかりと休める場所だと思うと少しは気が楽だ。 「孫権様ってどんな方なのかなー平ちゃん知ってる?」 関平が鍛錬している所にがそばで見ながら話をしていた。 律儀に彼はちゃんとの相手をしている。 「会ったことも見たこともない」 それはその領地を治める方だから仕方ないだろう。 「だが、若くして父である孫堅殿、兄である孫策殿を亡くしてこの地を治めている方だから立派な方だろう」 「そうだよねぇ・・・あ。子龍様」 その側を通りかかった趙雲。 「姫様、関平」 は少し唇を尖らせる。 「なんで、平ちゃんだけ呼び捨てなんですか?」 「え。そ、それは・・・」 「拙者がそうお願いしたからだ。趙雲殿、お暇なら拙者に稽古をつけていただけませんか?」 「あ、ああ。いいだろう」 趙雲は関平が用意していた模擬棒を借り構える。 二人が真剣に稽古を始めてしまったのでは面白くない。 かと言って、邪魔をする気にもなれないので黙ってみている。 (なんで、私のこと姫様って呼ぶかなー・・・平ちゃんばっかりー) 関平と違って、自分は武術などできないので共通の話題がないのは確かだ。 もうすぐ曹操軍との戦もあると聞いている。 (なんかつまんなーい) もう兄は自分を一緒に戦場には連れて行ってくれないだろう。 しかも反董卓連合の時は仕方なしだった。 確実に戦場となる場所にはは行かなかった。 「・・・・あいつ・・・しょうがないなぁ・・・・」 どのくらい趙雲に稽古をつけてもらっただろうか? 零れ落ちる汗を拭いながら関平は、不機嫌な顔をしている幼馴染を見て呆れてしまった。 関平は度々時間が空けば色んな人に稽古をつけてもらっていた。 父関羽や張飛。中でも趙雲は厭きもせずに相手をしてくれるので、関平としても楽しかった。 「関平は力任せに槍を振るう癖があるな。それでたまに隙ができるから気をつけるんだぞ」 「あ。はい!ありがとうございました!」 「いや。私の方こそいい時間を過ごせた」 趙雲は清々しい笑顔だ。 関平と違って趙雲には疲れた様子も、汗を掻いた様子も見られない。 この辺がまだまだ趙雲との力の差だろうと痛感してしまう。 「だけど、そのおかげでが拗ねてしまいました」 「え」 「趙雲殿の所為ですね」 「わ、私の所為か?」 「ええ。ですから、今からでもの相手でもしてください」 関平は疲れた体をほぐそうと軽く伸びをする。 そして不機嫌なままの幼馴染を呼んだ。 「」 「なに。平ちゃん」 「これから趙雲殿が遊んでくださるそうだ」 「か、関平!」 すっと眉間によっていた皺が消える。 だがすぐに素直に喜ばない。 「遊んで。ってなによ。私そこまで子どもじゃないもん」 「今まで拗ねていたから子どもだろう?じゃあお願いします、趙雲殿」 関平は趙雲に強引にを押し付け行ってしまった。 「もう!平ちゃん!」 聞こえないと振り向きしない関平にはぶつぶつ呟いてしまうも、少しだけ感謝していた。 「すみません。子龍様」 「い、いえ・・・・ですが私が相手で良かったのですか?関平との方が・・・・」 「問題ありませんよ〜?あの武芸馬鹿は恐らく今度は雲兄ぃのところに行ったと思うので」 なにせ。彼の目標は父だ。 「武芸馬鹿って・・・はは」 思わず笑ってしまう趙雲。 「では。どこか行きましょうか?お供いたします」 「お供とかって言わないでくださいよー。堅苦しいです」 「はあ」 なんだろう。まだまだ趙雲と打ち解けるのは無理なようだ。 時間をかけなければならないのか。 「お腹空きません?何か食べに行きましょうよ」 一緒に食事をすればなさそうである。張り詰めた緊張は解けるかもしれない。 先ほど関平と稽古をして多少腹は減っているだろうとは思った。 「ええ。では参りましょうか」 趙雲は同意してくれた。 じゃあ何を食べようか。 趙雲ともてた時間に心弾ませてしまうだった。 食べに行こうと誘ったものの、この周辺のことは詳しく知らない。 あまり遠出はできないだろうというのが趙雲の考え。 を連れて自分が護衛の役目を果たせばいいのだが、危険に巻き込むわけにはいかないと。 それでも出かけようとした途中で月英と出会い、彼女が弁当とまでは行かないが 二人で食べてくれと蒸したての肉まんを数個持たせてくれた。 「風が気持ち良いですね!」 サーッと風が通り過ぎる。 長坂で趙雲に助けられた時にも風を感じた。 拠点とした場所が町ではない場所だった為に、賑やかさには欠けるものののんびり過ごすには ちょうどいい草原が広がっていた。 「天気もいいし」 「そうですね」 趙雲の一つに結い纏めた髪も揺れている。 今誰にも邪魔されることはない、ゆっくり話ができるだろうと思って趙雲に質問してみた。 「子龍様は・・・・なぜ、兄ぃの元に来たのですか?元々は兄ぃの兄弟子さんにお仕えしていたって聞きましたよ」 船上で劉備の大志を支えたいとは言っていたが、それだけで主を変えるものだろうか? 趙雲は急にそんなことを問われるとは思わず、少々面食らってしまう。 だが誤魔化すことなく、曖昧に避けることもなく答える。 「前の主も素晴らしい方だと思います。ただ・・・あの方は武の力で天下を得ようとした。 私は天下を導くのは力ではないと思っています。優しき仁の心ならば・・・・」 「それでも、兄ぃでも戦はするよ?今までも何度も戦をしてきたもの」 手厳しいことを言ってくれると趙雲は苦笑してしまう。 だが、この少女見た目よりもずっと芯がしっかりしているのかもしれない。 「それはわかっています。願うものの為にはどうしても力に頼る部分もあるでしょう。 ですが、あなたも見てきたはずです。殿を慕う多くの人々の心を・・・・」 身近な所で関羽や張飛の義兄弟たち。 長坂で辛い道のりとなるのをわかって着いて来た民の姿。 新たに劉備に惹かれ集う武将たち。 「兄ぃの築く天下を見たいってこと?」 「ええ」 趙雲は力強く頷いた。 その時見せた顔がとてもいい顔をしている。 「いい目をしている」 「?」 「兄ぃが子龍様のことをそう言っていたの。なんだかその意味私にもわかるな」 「そ、そんな私など・・・」 はパンと手を合わせた。 「難しい話は終わり!月英さんが作ってくれた肉まん食べましょうよ!お腹空いちゃった」 「はい。いただきましょうか」 少しは距離も縮んだだろうか? でもあまり深く考えなくてもいいような気がした。 まだ知り合って時間は短い。 趙雲が劉備の元にいると言うならば、これから長く一緒にいることになるのだから。 でも。できれば名前で呼んでもらいたいものだ。 まだ堅苦しい関係。
08/01/26
13/10/29再UP
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