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夕虹見たら百日日和
静かな店内。 かかっている音楽は確か月の光だったかなと記憶を手繰らせる。 「が止まっているぞ。それとここ間違っているぞ」 コツンと頭を軽く叩かれた。 「え?どこ?」 「ここだ」 間違いだと言われる箇所がわからずジッとノートを見つめていると 骨ばった男性の指で教えてくれた。 「…あ」 「しっかりしろ受験生。こんな初歩的なミスしてどうする」 「すみませーん」 「俺に謝ってどうする。受験するのはお前だろう」 「うっ」 はバツが悪そうに間違えた箇所を修正する。 「なんでちゃんと問題が解けているのに解答欄に間違った答えを書くのだ」 「ほら、暑いから。集中力切れちゃった」 「お前な。この冷えた空間でソレを言うか?だったら最初から家でやれ」 店内の冷房は28度。 にも関わらず薄手のカーディガンを着ていないと少し寒いと思える。 開店直後からはずっと店にいるのだ。 人の出入りの激しい店ではなくのんびりした時間の流れの店なのでクーラーはしっかりと利いている。 「あーごめんなさい。嘘です。だから追い出さないで」 は向かいにいる相手に向かって手を合わせて謝る。 相手は面倒臭いと言いながらも追い出す素振りは見せない。 「わざわざここに来てやることもないと思うのだがな」 「そんなこと言わないでよ〜お父さんたちもお兄ちゃんの所ならばいいって言うし」 「これで受験に失敗したら俺の所為になりそうだな」 目の前にいるのはの兄である夏侯惇元譲。 その兄が経営しているカフェ・重逢のカウンターの一角をは陣取っているのだ。 それは受験勉強をする為に。 「そうしたら、ここで雇って」 「駄目だ。別に人を雇うほどでもないしな」 「えーバイトいらないの?」 「いらん」 受験終了後、ここでバイトをしようかと考えていたのに残念だ。 ここならば確実にと言うある思いがあるのだが。 「。そろそろ昼だがどうする?一度家に帰るか?」 「帰らないよ、ここで食べる」 の返事に夏侯惇の顔が渋っている。 「昼ぐらい家に帰ってやれ」 「夕飯は家で食べるからいいの」 「しょうがない奴だな…」 「だってお兄ちゃんの所がいいわけだし〜」 「嘘をつけ。お前はアイツを待っているのだろう?」 アイツと言われての頬が赤く染まる。 「当たりだな」 くっと笑う夏侯惇には隠すわけもなくへらっと笑う。 「お前が思っているほど、アイツはここに来ないぞ?」 「いいじゃん。別に。第一の目的は勉強なんだから」 そう言っては参考書で自分の顔を隠す。 夏侯惇は笑うのを止めないまま、冷蔵庫の中を覗く。 の昼食を作ってあげようとしているのだろう。 「なんでもいいか?」 「好き嫌いは言いません」 「よろしい」 歳の離れた兄妹だが仲良くやっている。 夏侯惇は10年も前に家を出ているので家で一緒に過ごした時間は短い。 数分後にの前にはペペロンチーノが出される。 「珈琲と紅茶どっちがいいんだ?」 「オリジナルブレンドのアイス!」 「我がままだな、本当に」 「でも作ってくれるんでしょ?」 否定できない夏侯惇。 だから特別。 そんな感じ。 この店はデザート系以外の食事は基本的に出さない。 あってもサンドウィッチぐらいだ。 「食べたら少し散歩でもしてこい。ずっと冷房に当たったままだと身体に悪いからな」 「はーい」 がもう少しで食べ終わると言う頃にドアが開く。 兄の顔が店の人の顔に変わる瞬間だ。 「いらっしゃいませ……」 だが、その顔もすぐに戻った。 「相変わらずですな、元譲殿は」 その声にの肩がピクリと動く。 食べるのを止めて入り口へと視線を移すと兄の学生時代の後輩だと言う張遼が立っている。 暑いのにビシッとスーツを着ている。 「お前を客だと思ったことはないからな」 「酷いですね、売り上げに貢献しているのに」 張遼は中へと進み、の姿にも気づく。 「おや…お久しぶりですね、殿。私のこと覚えておられますか?」 ニッコリと笑んでくれる張遼には照れながらも頷く。 「もちろん覚えています。逆に張遼さんの方が私のこと覚えていたのがびっくりです」 だって最後に会ったのはいつだっただろうか? その頃の自分はまだランドセルを背負っていたぐらいだった気がする。 「忘れませんとも。それにあなたのことは元譲殿からよく聞かされていましたし」 「お兄ちゃん、何言ったの」 「別に何も言っておらん」 なんか余計な事を話されていたらと思うと恥ずかしい。 は軽く夏侯惇を睨むが彼は怯むことなく軽く流してしまう。 「お隣よろしいですかな?」 「はい、どうぞ」 張遼はの隣に腰を下ろす。 「席なら他にもある。あっち行け」 「いいじゃないですか。久しぶりに殿に会えたのですからお話ぐらいしたいですよ」 ね?とにも同意を求めてくる。 にしてみればようやく会えた人。 ここに入り浸る要因の一つなので拒否することはない。 「で、何にするんだ?いつものでいいか?」 「私も何か食べたいですね〜殿と同じモノがいいですな」 「同じものなんかないぞ。客に出すものじゃないしな」 「おや、私のことを客だと思ったことはないのでは?」 「うっ…」 「美味しそうではないですか、これがいいですな」 「食いたきゃ他所に行け。単なるインスタントだ」 でも食べたいと大人なのに駄々をこねる張遼に夏侯惇は渋々作り出す。 元々勉強しに来るのために別で用意していたものだ。 他の客には出せないのであまり広めたくないのだ。 しかし張遼は飲み物まで同じが良いと言い出す。 「オリジナルブレンドのアイスは店で売っていませんでしたよね?」 「売ってない。こいつの我がままだ。これはホットが美味いんだよ」 そのように配合したものだ。 「でも美味しいよ」 「味オンチ」 「そんな事ないもん」 兄妹のやりとりをクスクスと笑いながら張遼は見ている。 張遼が食べだす頃にはは食べ終えてしまう。 散歩に行けと言われたが、構わず居残る。 「殿とご一緒すればお昼はメニューにないものを食べられるわけですね」 「たまたまだ」 「でも作ってくれるのでしょう?次からは私もご一緒させてもらいましょうか」 「どうぞ、どうぞ」 「お前が言うな。それに文遠も好き勝手注文するだろうが」 「そうでしたかな?」 そうだと夏侯惇は頷く。 メニューにないピラフとか何度か出してあげた事がある。 「でもあなたは出してくれますし」 ちゃんと用意してくれるから甘えてしまうのだ。 売り上げにはならないのにと自分で愚痴を零しながらも用意してくれるのが夏侯惇だ。 と張遼は先ほども言ったように最後に会ったのがランドセルを背負っていた頃。 年数にするならばもうすぐ二桁にまでなりそうだ。 張遼は忘れていないと言ってくれた事に関しては嬉しい気持ち半分、悔しい気持ち半分だ。 自分の容姿はあの頃からさほど変わっていないと見える。 それとも張遼の目には“やはり”子どもにしか見えないのだろうか? その事は別として。 久しぶりだったにもかかわらず緊張などもせずに比較的楽しく話せた。 それは夏侯惇のおかげかもしれない。 「では殿は毎日ここで?」 「はい。塾に通っていなくても、お兄ちゃんに教えてもらえるし」 「昼食もおやつもついているし?」 「そうそう」 「あまり居座るなら金取るぞ」 「嫌。だって学生の小遣いじゃここの珈琲ちょっと高いもん」 「学生専用じゃないからな」 嫌なら缶コーヒーを自分で買えと夏侯惇は言う。 でも結局から金はとらないだろう。 「さてと、私はそろそろ社に戻らないと。おいくらですかな?」 「どれもメニューにないからな、今日はいいぞ」 「そうですか?ではお言葉に甘えて」 財布を胸元から出すがあっさりとしまう。 「ご馳走様でした。殿、勉強がんばってくださいね」 「はい。張遼さんもお仕事頑張ってください」 「はい」 ニコリと笑んで手まで風降って張遼は店を出た。 夏侯惇は張遼の食べ終えた皿やコップを片付けようと手を伸ばした時。 「アイツ…代金はいらぬと言ったのを…」 「ん?なに?」 いつ出していたのだろう。 隣で話していたのに気づかなかった。 五千円札が一枚、皿の下に置いてあった。 「高いお昼代だよね、これじゃあ」 「の分も入っているのではないか?」 「それでも高いよね」 「まぁな」 夏侯惇は微苦笑しながらレジではなく貯金箱のようなものへ五千円札をいれた。 「なんで?レジじゃないの?」 「こう言うのは売り上げにするつもりはないんだ。今日のはメニューにない奴だしな」 「ふーん」 「…どうでもいいが散歩にでも行ってこい」 「あ、行きます」 張遼が来たからとずっと居座っていた。 軽い運動がてら散歩でもしてこよう。 戻ってきたらまた勉強を再開させねばならないのだから。 店を出た時、看板に目がいった。 【重逢】 この店の名前なのだが、確か中国語で再会と言うような意味だったと夏侯惇から聞いた。 確かに店の名前通りに張遼と今日、再会できた。 偶然と言うより、張遼がたまにここに来ると調査済みだったので少し意味は変わりそうだが。 にはそれでも良かった。 なぜならずっと。 ずっと逢いたかった人なのだから。 「今日もご一緒してよろしいですかな?」 翌日の昼頃。 張遼が来た。 夏侯惇はまたかとぼやいていたが、には嬉しい事だ。 「どうぞ。隣はいつも空いてますから」 たまたま二日連続でかと思いきや 張遼はその次の日もさらにその次の日もやってきた。 空白の数年間がこの数日であっという間に縮んだような気分になる。 まだ夏休みは始まったばかりだ。 にとって長くて思い出深い夏になりそうだった。 夕花さんへのリクで、夕花さんの誕生日にちなんでのお話でした。
なので、夢主のデフォが夕花さんです。
05/08/17
13/04/29再UP
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