せかいでひとつのたからもの。




ドリーム小説
【12】





「あ。意外に片づいていたのですね」

凌統の邸内を見て陸遜が言ったことがそれだった。

「意外で悪かったね。しょうがないだろう。片づけする人間が他にいないんだから」

が凌統に愛想を付いて甘寧の下に走り去った。
というと語弊かもしれないが、半分あっている気もする。
そんなことになって軽く一月が過ぎようとしていた。
凌統は妹と二人暮しで使用人などは雇っていなかった。
が出て行ってしまったが、今更人を雇う気にもなれずにいた。
だから必然と家事は自分でこなしていた。
食事はほぼ外で食べてくることが多いが。

「適当に座りなよ。陸遜相手じゃ酒は無理か」

「お気遣いなく。昼間呂蒙殿がおっしゃっていた話ですが。孫権様自ら出陣なさるようです」

孫呉は今、曹魏の治める重要拠点のひとつである合肥を攻めようとしていた。

「へぇ。随分やる気になっているね」

「蜀・劉備からの要請でもありますしね。荊州三郡を返すという条件付で」

ただその条件は劉備の策だというのは誰もが思っている。

「劉備の言いなりで攻めるっていうのが俺は嫌だね」

「まあ、そういわないでください。先鋒として呂蒙殿と甘寧殿が出られるそうです」

「………」

僕らはその後ですね。と陸遜が資料として色々書き込まれた料紙を眺めながら言う。
孫呉の主力はほぼその戦に投入されるという。
長期戦に備えて万全の兵力で向かうことになっている。
その為孫権自ら指揮をとることに。

「皆行ってしまうと、殿が寂しく思うでしょうね」

「………」

「凌統殿。そろそろ会いにいかれてはどうですか?殿といつまでもこのままなのは嫌でしょう?」

この兄妹は変な所でよく似ている。
頑固な部分が特に。
はあの日以来一度も邸に寄り付かないし、凌統もならば勝手にしろと放置してしまっている。
どちらも素直になれずに日だけが過ぎていく。

「出陣してしまえば、さらに顔を会わせることはないのですよ?」

年下の陸遜に諌め諭されると妙にバツが悪い。
別にこっちだけ好きでこん状態になっているわけではないのだ。
全てはあいつだ。甘寧が悪い。

「戦ね…ぇ…」

こんな長いこと口を利かないのは初めてだ。
戦で留守にすることは確かにあるが、仲違いしてということにだ。
ああ、だからか。
喧嘩してしまって、素直に謝る方法が見つからないのだ。



***



「ま。ちょっくら行ってくるわ」

甘寧は呂蒙と共に一足先に出陣することになっていた。
久々の戦場。
曹魏との真っ向勝負。甘寧の気持ちは自然と逸る。
何も恐れることを感じていない甘寧の清々しい笑顔に、逆にが心配してしまう。

「ご近所に行くような感じがするのだけど?」

「ああ?まあ。神妙な顔は俺には似合わねえしな」

呵呵と笑う甘寧にはちょこんと袖を掴んだ。

?」

「大丈夫だとは信じているけど。無事に帰ってきてくださいね?」

不安げな眼差しを向けるに甘寧は小さく息を呑む。
すぐにそれを吹き飛ばそうと口角を上げて笑みを見せる。

「大丈夫だって。この俺様がいるんだ。パパッと曹操なんぞ蹴散らしてすぐ帰ってくるさ」

「興覇…」

甘寧はポンとの頭に手を置き数回撫でた。

「アイツも…凌統も俺らの後に出陣するんだと。今は俺のことより兄貴の心配してやれや」

「兄上…」

本心であるような本心でないような複雑な思い。
甘寧との事を真っ向から拒絶する凌統は嫌いだ。
話をちゃんと聞いてくれないのだから。
でも、顔を見たくないほど嫌悪感を露にできるわけがない。
ずっと一緒にいた家族なのだ。今ではたった二人だけ。
甘寧はもう一度くしゃりと頭を撫でる。

「んじゃ。行ってくる」

に背を向けて甘寧は邸から出て行った。



***



孫呉の勢いは曹魏に引けを取ることはなかった。
呂蒙たちによっていくつかの小城は落ち、攻略目的地である合肥城へと迫っていた。
そこに孫権が率いる本隊が合流する。
凌統は今回、周泰と共に孫権の護衛についていた。
前線で名を上げている甘寧のことを思うと苛立ちが募る。
凌統自身守りよりも攻め方が性に合っているからだ。

孫呉の勢いが良くとも、魏も手を拱いているわけではない。
名将張遼が守備を固め、幾度も孫呉陣営に奇襲をしかけてきたりした。
曹操の本隊も到着し拮抗した兵力睨み合いが続くかと思われた時。
甘寧が少数で奇襲を再度かけたことで綻びが生じ孫呉はそれに乗じて本隊も攻撃に移った。

「ま。俺も行くとしますか」

全軍突撃なんて命令が下ったので孫権の護衛は周泰に任せて凌統も進軍を開始した。

「ちぇっ、感じ悪ぃよなぁ…」

だが隠れていた魏兵に凌統は囲まれた。
もしかしたら彼らはこの隙に本陣へ奇襲をかけようとしていたのだろうか?
ならば自分がここで倒してしまえば良いだけだと相手していたのだが人数が多すぎた。
凌統はすっかり囲まれてしまう。
弱音を吐くつもりはないが分が悪すぎた。
さてどうしたものかと得物を構えるが突然その一角が崩れた。

「おらぁ!」

敵兵士が崩れる。
斬り込んできたのは甘寧だった。
甘寧の乱入に隙ができ、凌統は幾人かを蹴り倒し、そのまま甘寧と背中合わせになる。

「へっ、なんだよ?これで恩にでも感じろっての?」

「くだらねぇ。お前の親父のことを詫びる気はねぇぜ」

「何だと!?」

詫びないという言葉に凌統の胸のうちがカッとなる。
敵中だというのに、お互い周りが見えていないかのように見据える。

「敵は斬る!仲間は守る!」

甘寧は凌統の胸に己の拳を当てる。

「単純なんだよ。喧嘩ってのは」

「………」

「今の俺は孫呉にいる。お前が俺のことを憎くても、俺はお前を仲間だと思うし、お前が窮地に陥ったらどんな場所からでも駆けつけてやる」

甘寧の言葉に凌統は返答につまり目線を落としてしまう。

「気ぃ抜くな、凌統!お前がここで倒れたらが悲しむだろ!」

自分が言えた義理ではないがそう口にしてしまう。
と聴いて凌統はハッと顔をあげる。



「俺よりも、とお前は話すべきだろ?」

凌統は手に力をいれ、得物を構える。

「そんなの…アンタに言われなくたってわかってるつーの」

「おら、行くぜ!」

二人は一斉に敵に向かって行った。



***



凌統も出陣してしまって誰もいない我が家には足を踏み入れた。
自分がいない間のことが気になって。
面倒臭がりではないので室内が汚れまくっているというのはないだろう。

「マメな性格だったのか、汚れるのが嫌だったのかしら」

今まで家事を人任せにしておいた割にはやればできる人だったようだ、兄は。

「あ…違う。兄上も昔はご自分でやられていた人だった」

両親健在の頃でも凌家は使用人を置いてはいなかった。
自分たちでなんでもやる人たちだった。
幼くとも兄は母の手伝いを進んでやっていた。
風邪などで寝込んだを凌統がよく看病してくれた。
もしかしたら母よりも面倒をかけたかもしれない。

それでも完璧ではない。は袖をまくり邸内の掃除を始めた。

掃除をしながら今までのことを思い返す。
兄のこと、初めて家族以外にできた大切だと思える人のこと。
二人とも今は戦場に行ってしまっている。
無事で帰ってきて欲しいと願う。

父が戦死したと兄から聞かされた時、どうしたっけ?
嘆き悲しんだが、そう長くはかからなかった。
兄妹二人きりになってしまったことで、前へ進まねばと。

『大丈夫だ。俺がのことをずっと守ってやるからな』

『いつでも俺を頼れ』

兄だって色々葛藤があったに違いない。
初陣で目の前で父の死を見てしまったのだから。
それでも一人で塞ぎこまずに、を元気付けようといつも笑いかけてくれた。

いつだって自分のことより妹のことを優先していた。

沢山心配をかけた。沢山迷惑をかけた。
もっと自分のことを優先してくれてもいいのに。
自分だけ、好きな人を思い先走った。
「大嫌い」なんて言ってしまった。
本心ではない。
いつだって兄のことは大切で大好きだ。

戦から無事に帰ってきたらもう一度話をしてみよう。
甘寧だって言っていたじゃないか。
「何度でも話す。わかってもらえるまで話す」と。
やはり認めてもらいたい。
自分が選んだのは甘寧で。
父を斬った事実は曲げられないが、今更甘寧以外の人など考えられない。
すぐとは言わないけど。
もう一度だけでも話を聞いて欲しい。
このまま仲違いしたままは嫌だ。

だって、二人きりの家族なのだから。



***



「和睦…ですか」

「ああ。これ以上睨み合いが続いても互いに疲弊するだけだ。孫権様は和睦を申し入れようとしている」

呂蒙の幕舎で陸遜、甘寧、凌統が集まっていた。
孫呉が押しているように見えた戦だったが万事上手くいったわけでなく。
両陣営の睨み合いが続いていた。

「妥当じゃないんですか?このままじゃ劉備の思うツボですからね」

元々凌統はこの戦にはあまりいい感触を持っていなかった。

「今後は蜀の動きも見過ごせませんね。向こうには諸葛亮先生がいらっしゃいますからね」

劉備が孫権に魏を攻めるよう進言したのは諸葛亮の言葉らしい。

「まあ孫権様がお決めになったことだ。我々は従うまでだ」

その通りなんだか。はっきりとした勝敗がつかめなかったので甘寧たちの気分は複雑だった。

「そうですね。これで帰ることができるならばいいですよね」

陸遜がそんな気持ちを吹っ切るように笑顔を向ける。

「お二人のことを殿も待ちわびているでしょうし」

「「………」」

お互いに顔を見合わせてしまう。
戦の最中に何があったのかは陸遜にはわからないが、この二人の間に流れる空気が少し変わったことはわかった。
ニコニコ眩しいくらいに笑顔を向けてくる陸遜に少々バツが悪く感じてしまう。
凌統は軽く咳払いをし、甘寧は机案に脚を乗せたまま眠った振りをする。

「早く建業に帰りたいですね。ね?呂蒙殿」

「そ、そうだな」

陸遜がここまで機嫌がいいのが呂蒙には不思議だったが、呂蒙も甘寧と凌統の仲が改善されたのならば喜ばしいことだ。
だから陸遜だけでなく、呂蒙も少しばかり気持ちが建業に向いてしまうのだった。








合肥でようやく和解。
07/03/04
13/04/06再UP