せかいでひとつのたからもの。




ドリーム小説
【13】





「父上!お帰りなさい!」

「おぉ。春花。今帰ったぞ」

合肥の戦から戻り久しぶりの我が家へ戻った呂蒙を、彼の娘が出迎えた。
父親の顔を見て春花は呂蒙の胸に飛び込み、呂蒙もしっかりと抱きとめた。

「留守中、いい子にしていたか?」

「はい。春花はしっかりお留守番をしていました!」

「そうか、そうか」

ここが戦場でないにしても、呂蒙の顔は普段は見れないような甘い顔だ。
少し離れてそれを見ていた甘寧は微苦笑してしまう。

「春花。は?」

甘寧が春花に訊ねた。
一緒に出迎えてくれるものだと思ったのだが、彼女の姿はない。

お姉さまはおうちに帰ったの」

「うちに?…そうか」

「春花が呼びに行こうか?」

「いや、いいよ。ありがとな、教えてくれて」

甘寧はいまだ呂蒙の逞しい腕に抱かれたままの春花の頭を優しく撫でた。

「おっさん。俺、少し休ませてもらうわ。飯になったら呼んでくれよ」

居候にしては偉そうな態度だが、呂蒙は咎めることはなかった。
変わりに。

「いいのか?殿は」

二人を置いて邸内へ入ろうとする甘寧を呼び止める。
甘寧は振り返りもせずに答えた。

「いいに決まってんだろ。が自分の家に帰った。当然のことだろう」

「そうか」

甘寧がそれでいいのならば呂蒙が余計な口出しすることはないと、彼も娘を抱いたまま邸内へと足を踏み入れた。
久しぶりの我が家はやはりいいものだと思わずにはいられなかった。



***



「いいですね!ちゃんと殿と仲直りしなくちゃ駄目ですからね!」

なぜか陸遜に強く言われた凌統。
仲直りというのは正直どうすればいいのかわからない。
「ごめんなさい」の一言を言うだけで済むのかもしれないが、それがどう切り出せばわからない。
とりあえず、今は邸に戻って少し休もう。
戦から無事に戻れただけでも良しとして。
それには今頃同じく帰還した甘寧を出迎えているのだろう。

(うわ…ちょっと切ない…)

自分が帰る邸には誰もいないのだろうし。
埃とかあちこち被っているのだろうなと少々気が滅入る。
盗みなど入られることもないとは思うが。

門戸を潜ると人の気配を感じた。

(なんだよー昼間っから盗人?この邸にそんな大層なものないっての)

戦から戻ったばかりだから余計に勘が冴えてしまっている。
音を立てずに邸内へ。
ゆっくりと自分の気配を殺して各室の様子を窺う。
賊は何人いるだろうか?
大勢ならば仲間たちに気づかれないよう一人一人伸していくか、頭をやってしまうか。
だが、荒らされた様子はない。
寧ろ小奇麗な室を目にする。
それに大勢でもなく、感じる気配は一人だけ。

(一人?…こそ泥かよ。ま、ちゃっちゃと片づけますか)

ゆっくりと向こう側から歩いてきた暢気な賊を感じ、凌統は身を顰める。
自分の攻撃範囲内に入ったと思ったとき飛び出し自慢の脚を振った。

「キャ!?」

!?う、うわっ」

歩いてきたのは
邸内にいたこそ泥だと思ったのも。妹だった。
凌統は振りかざした脚を慌てて寸で止めた。

「………お前」

突然の出来事には驚き腰をついてしまう。

、なんで…」

「兄上……なぜと申されましても……ここは私の家でもあるのですか?」

肩で息をしながら落ち着かせる。
歩いていていきなり蹴りが飛んでくるとは思わなかった。

「兄上こそ…いったい」

「お、俺はてっきり賊でも入り込んだのかと…」

「妹の私を賊と間違えますか!?酷いです」

「わ、悪かった。大体、お前が子明殿の邸へ行っちまったから…誰もいないだろうと…」

凌統もその場に座り込んでしまった。
妹との再会。
詫びを入れろといわれていたのに、どうしようか考える前に、また馬鹿をやってしまったらしい。
凌統は項垂れながら後頭部を掻いた。

「………」

もいきなりで驚いたが、出鼻をくじかれたような気分になりどう言葉を紡げばいいのか困惑していた。
戦は終わったと呂蒙の奥方から教えられて礼を告げ帰ってきた。
いつ頃とは聞いていなかったので心の準備がちゃんとできていなかった。
兄が帰ってきたら、ちゃんと謝って、それでもう一度だけでいいからちゃんと話を聞いてもらおうと。
正直、甘寧以外の人というのを今更想うなどできない気がする。
それでも駄目だというのならば、きっと今度こそこの邸を出て兄一人にしてしまうかもしれない。

「甘寧のところに行かなくていいのか?アイツも帰ってきたんだぞ」

「…兄上。あの…でも…」

「いいよ。もう」

凌統は顔をあげ、まっすぐを見る。

「え」

「俺が何言ったッて、お前はアイツが良いんだろ?」

「兄上」

「本当は沢山言ってやりたいことあったんだけどな…一応それなりにアイツのことわかったから」

凌統はの頭に手を乗せ、何度も撫でる。

「悪かったな。のこと怒鳴ってさ」

大事な妹と揉める気はなかったのに。

「兄上…」

「いいよ。アイツのとこ行って来ても。久しぶりなんだし、会いたいだろ?」

は首を横に振る。

?」

「興覇にも会いたいですが、私は今、兄上とちゃんとお話がしたいです」

…ありがとな」

喧嘩したままなのはお互い嫌だった。
祝言なんてことがかかわっているのならば尚更に。
ちゃんと祝って挙げたいと願うのはたった一人の家族だから。
わかってもらいたいと思うのもたった兄妹二人きりだから。

「兄上。ごめんなさい…大嫌いなんて…嘘ですから…」

ポロっと零れた涙。

「なんだよ、そんなこと…わかってる。泣くなよ」

笑みを浮かべながらも、凌統も歪んで来てしまう。

『敵は斬る!仲間は守る!単純なんだよ。喧嘩ってのは』

『お前が俺のことを憎くても、俺はお前を仲間だと思うし、お前が窮地に陥ったらどんな場所からでも駆けつけてやる』

胸に当てられた拳は痛くはなかった。
だが甘寧の言葉は自分の胸に深くのめりこんだ。

わかっている。
わかっていたはずだった。
戦という場所で、何の為に剣を振るうかを。
あの時、甘寧が戦っていたのは孫呉だ。主君の為に攻めてきた孫呉を倒していたんだ。
父がその刃に落ちてしまったことに甘寧だけが悪いわけではないのだ。

でも。憎むべき矛先が欲しかった。
目の前で父を斬られた姿を目の当たりにしたら。

そんな奴に大事な妹までも奪われたと思ったら引くに引けなかった。

歩み寄ろうとしてきた甘寧を追い払い拒絶した。
何度も何度も。
いつかこの手で俺が甘寧を斬ると誓い。
でも、平気で甘寧は踏み込んできた。
それが「敵は斬る!仲間は守る!」ということなのかもしれない。
そんな性格の奴だから、は甘寧に惹かれたのだろう。

「ただいま。

「お帰りなさい。兄上」

ぎこちない笑みだったかもしれないが、兄妹はようやく笑えた。



***



「つーわけだから。来る勇気があれば、来れば」

「どういうわけだよ」

眉根を寄せている甘寧。
ふんぞり返りながら机案の上に脚を乗せている。
それを見たとき、凌統は椅子を蹴り倒してやろうかという気になったが止めた。

「今晩、飯食いに来ればって言ってんの。嫌なら来るな」

「…お前さ。俺に来て欲しいのかそうでないのかどっちなんだよ」

「さあてね」

一応と、甘寧と和解したとはいえ、そんなすぐに甘寧に対して素直になれるはずがない。

「ああ。別にアンタだけじゃないから呼んだの。子明殿に周泰殿、陸遜もいるし」

「へえ」

の未来の旦那候補なんざ、アンタ以外にもいっぱいいるっての」

ふふんと不適な笑みを浮かべる凌統。
甘寧は少々たじろいでしまう。

「な、なんだよ」

「俺的順位をつければアンタなんかドベだ、ドベ」

「あんだと〜この野郎。言わせておけば」

そのドベを選んだのはお前の妹だ。
そう言ってやろうかと甘寧は身を乗り出そうとした。
だがそこへ第三者が姿を現す。

「ちょっと聞いたわよ〜と付き合っているんですってー!やるわね、甘寧!」

バンと勢いよく開かれた扉。
良かったわね。ではなく面白い展開になっているのね。という楽しげな顔をしてやってきた孫家の姫尚香。

「姫さん…」

「姫様」

「あら。公績居たのね」

目をパチクリさせて珍しいものを見た目で二人を見ている。
いつの間にか仲良くなったの?と。

「居ましたけど…」

「あ。そうだ。前に言ったこと覚えている?」

「前に?」

尚香はニヤニヤッと笑みを浮かべながら二人に近づき、甘寧の顔をのぞきこむように机案に体を預ける。

「甘寧の付き合っている女性がだったらどうする?って話」

「…あーしましたね。そんなこと。でもあの時は」

尚香が甘寧の様子が変わった!と一人で大騒ぎしていた時の話だ。
きっと彼女ができたのよ。なんて話していたが、今思えばそれは正しかったわけで。
尚香の勘というのがすごいものだと感心してしまう。

「甘寧。公績ったらね。もしだったら…」

一呼吸置いてわざとらしく間を持たせる。
甘寧の眉間に深い皺が刻まれる。言いたいことがあるのならばはっきり言えというのだろう。

「絶対許さない。もし公績の前に連れてきたら簀巻きにして長江に沈めてやるんですって!」

「な…お、お前…」

「言ったっけかなー」

「甘寧。簀巻きにされちゃうわね〜」

「やれるもんならやってみやがれ!」

甘寧はへの字に口を結び凌統に突っかかる。
過去の話なのに、何、今言ったみたいに言ってくれるのだろうか、この姫様は。
凌統はわざとらしく嘆息し両手を広げた。

「やるわけないだろう。そんなことしたら俺がに簀巻きにされるっての」

「へ」

「ただし!は俺の大事な妹なんだぞ。相手が誰であろうとアイツを泣かした奴は本当に長江に沈めるからな」

じゃあ。夜来たければ邸に来い。
そう告げ凌統は室を後にした。
すとんと椅子に腰を下ろした甘寧。
少々呆気にとられてしまう。
でも横から尚香が甘寧の肩をバシっと叩いた。

「良かったじゃない。一応認めてもらったみたいで」

「はは…素直じゃないよな。凌統って」



***



凌家での夕食はとてもにぎやかなものとなった。
当初はほんの数人だけだったのに、呂蒙は奥方と娘も連れてきたし。
話を聞きつけた尚香が他の武将たちも引き連れてやってきた。
それは久々にこの邸から笑い声が溢れ出てしまうほどだった。

「興覇」

「んー?…すっげー騒ぎだな」

いまだ収まらない騒ぎに甘寧は少しだけ疲れ室を抜け出した。
庭で酔いを醒まそうとしていた所にが姿を見せた。

「そうね。でも楽しいから…こうして興覇と兄上が仲良くなってくれただけでも嬉しいのに」

まるで父が生きていた時のような賑やかさだ。

「凌統がよ…のこと泣かしたら長江に沈めるって」

「まあ。兄上ったら…」

「大事な妹だって言ってた。肝に銘じるわけじゃねーけど、アイツの大事なもん譲り受けるんだ。しっかり、のこと俺が守ってやっからな…泣かすなんて真似絶対しねー」

「興覇」

が俺みてーなのを選んでくれたように、俺もがいいんだ」

「はい。どこまでお供します」

は微笑んだ。
凌統にとって。
甘寧にとって。
彼女は世界で一番の宝物なのだから。





終わり。

終了〜。タイトル通り、甘凌にとっての宝物は妹ちゃんだったって話w
07/04/30
13/04/06再UP