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せかいでひとつのたからもの。
がっくりと肩を落とした。 説明しなくても、彼と彼女の姿を見て呂蒙はがっくり肩を落とした。 「甘寧…お前は〜」 「悪ぃ、おっさん。しばらくこいつも置いてやってよ」 両手を合わせ頼み込んでくる甘寧に呂蒙の眉がぴくりと動く。 「しばらくっていつまでだ」 その声には怒りが多少含まれているように感じる。 「あ、あ、あ〜わかんね」 この状況について何も考えていないのか、考えるのを止めてしまったのか甘寧の言葉に盛大な溜め息をつく。 「おっさん」 「いや、いい。追い出すなんて真似はせん。寧ろ俺の手の届く所に置いておいた方がいいだろう」 「へへっありがとな、おっさん」 「子明様。申し訳ございません」 は深々と頭を下げた。 呂蒙は頭を掻きながら微苦笑する。 「姉さま。あっちで一緒に遊びましょう」 幼い呂蒙の娘がの手を引き二人は室から出て行った。 父親が彼女の滞在を認めたために嬉しくなってのことだろう。 甘寧以外にも遊んでくれる人ができたと。 【11】 二人きりになった室で呂蒙は深々と椅子に腰掛け体を預ける。 甘寧は椅子ではなく床へとそのまま腰を下ろした。 がいた時とは違う、明るいチャラけた顔ではなく後悔を滲みだしているそんな顔を見せている。 「おっさん…俺」 甘寧は何度か首を横に振った。 「俺はよ、俺なりにケジメつけようと思ったんだぜ。好きな奴の親父を斬ったのが自分だってわかってよ」 「甘寧…」 「あいつは俺なんかのそばにいちゃいけねーんだって。凌統に言われなくたって、んなことはわかってんだよ」 でも、別れられなかった。 彼女が、が純粋にまっすぐに自分に目を向けて、父親を手にかけた事実からも背けずに受け入れてくれる。 「あいつがわかってくれたから、凌統の奴にもきっと…そう思ってんだけどよ」 実際、凌統にはボロクソに言われた。 いや、それはいい。そう言われるだけのことはした。凌統にはその資格はあるだろう。 だが。 『私は兄上の…兄上の道具じゃないんです!私のことは私が決めます!』 『もう兄上に認めてくださらなくて結構です!』 『……兄上なんか…大嫌い……です』 あんな言葉を大切にしていた妹に言わせてしまった。 そうさせてしまったのは自分の存在。 「凌統と喧嘩させちまった。すっげー仲がいい兄妹なんだろ?それが俺の所為でよ…」 あれがの本心ではないとわかっている。 わかっているけど、嫌いだと言われた凌統が酷く傷ついたのが一目でわかった。 「全部、悪いのは俺なんだよな…今更だけどよ」 二人の父をこの手で斬らなかったらこんなことにはならずに出会えただろうか? 凌統と毎日口喧嘩しないで笑いあっていただろうか? とも穏やかに過ごせていただろうか? 「どうすりゃいーんだろうな。大丈夫だって、わかってもらえるまで何度でもぶつかってやるって…そうにも言った。そうするつもりだ。けど、けどよ…わかんねーんだ。本当にそれでいいのかって」 強気で、根がまっすぐな甘寧が相当へこたれている。 ただの兄妹喧嘩だとは甘寧には思えないようだ。 「とここに来る前、一瞬でもあいつ連れてどっか行っちまおうかって思った」 誰にも文句を言われないような場所に。 でもそれでは何も解決しない。 きっと凌統は自分への憎悪を更に増幅させるだろう。 二人だけ、自分たちなら幸せになれても、いつかきっと綻びが生じるだろう。 誰かを犠牲に、不幸にして得た幸せなどきっと長くは続かず自分たちに帰ってくるはずだ。 「俺…俺の所為で、あいつら傷つけんのすっげー嫌だ」 手で顔を覆う。指と指の隙間から見える甘寧の表情は苦悶に満ちている。 「俺が口を挟むことでもないのだろうが。お前は殿を選び、殿はお前を選んだ。 そう簡単に全てが丸く収まるわけがない。時間はかかるが二人で頑張るしかないだろう」 くしゃくしゃとゴツイ手が甘寧の頭を乱暴に撫でた。 そんなことをされるとは思っていなかったのか甘寧の目が瞠目する。 「お、おおおおおっさん!?」 「ははははははっ。まったくしょうがない悪ガキどもだ」 その悪ガキというのは甘寧だけでなく、凌統のことも含まれているらしい素振りだ。 「殿の前でそんな顔するなよ?俺に言われずともわかっているか」 「ああ」 呂蒙は甘寧の顔を見て安堵する。 甘寧は大丈夫だと確信し呂蒙は室を出ていく。 「すまんが少し出かけてくる。お前でさえこんなんだ、もう一人心配な奴がいるんでな」 「…あ、ああ。わかった」 一人になった室で甘寧は思いっきり自分の両頬を叩いた。 「よっしゃ」 少し両頬が赤くなるが、気合は十分入った。 *** 『私は兄上の…兄上の道具じゃないんです!私のことは私が決めます!』 あの言葉は強く胸に突き刺さった。 誰もいない邸。 誰もいない室に一人でいる凌統。 一緒に暮らしている妹はこの世で一番憎んでいた男とともにどこかへ行ってしまった。 「………」 何をしたらいいのだろうか? 全てが面倒臭くて一向にやる気が起きない。 庭を眺め一人で肘枕をして横になっていた。 「俺が…俺が悪いのかよ…」 素直に二人の仲を認めろと? いつかは来ることだとは思っていた。 自分がに相応しい男を連れて紹介するのが先か、が付き合っている男を紹介するのが先か。 すぐではないが、いつかは来るとわかっていた。 そうなったら寂しいだろうなとは思っていた。 いたけど、その相手が甘寧だとどんな皮肉で嫌味だろうか。 嫌味なんてものではない。考えたくもない。 「なんだ…いるじゃないか。灯りくらいつけろ」 すっかり辺りは暗くなっていた。 今夜は月も雲に覆われてその姿を見せていない。 「?」 「飯は食ったのか?まだなら一緒に食わんか?酒もあるぞ」 「子明殿…」 呂蒙が酒瓶を掲げて笑みを浮かべていた。 飯と言ってもほぼ酒のつまみ程度のものしか呂蒙は持ってきていなかった。 いや、普通ならば凌統がもてなすべきなのだろうが、それが自分にはできなかった。 呂蒙は気にせず凌統に酒を注ぐ。 「あの、子明殿…何もお構いできずに申し訳」 「いや、気にするな。そんなことだろうと最初から思っていたさ」 「は?」 「今、俺の所に殿が来ていてな。わかるだろう?甘寧がつれて来た」 「………」 凌統は無言で酒をぐいっと飲む。 一気に飲みきったその眉間には深い皺が刻み込まれている。 「子明殿は知っていたんですか…あいつとのこと」 「…ああ。少し前にな、殿から直接聞いた」 「そう…ですか…」 空になった凌統の杯に呂蒙は再び酒を注ぐ。 どうもと小さく凌統は頭を下げた。 「いつかは」 「んん?」 注がれた酒にうつる自分の顔を見つめ凌統はぽつりぽつりと呟く。 「いつかは、にだって好きな男ができるぐらいわかっていましたよ。 それでも俺があいつのことを幸せにできる、俺が選んだ男をと思っていましたけど」 思いのほか早くて、最悪だと思える結果だった。 「俺が何を言おうと、あいつじゃなきゃ嫌だって…」 「凌統」 「嫁に行くな。なんて言いませんよ、俺だってそこまで馬鹿じゃない…でも」 杯を持つ手に力が入る。 酒が波立つ。 「なんで、あいつなんだ…父上を斬った奴なんかが…」 歯を強く食いしばる。 「あいつは…また俺から大事なものを奪うんだ…くそっ!」 力いっぱい杯を卓子に叩きつけた。割れることはなかったが酒は見事に零れ凌統の手を濡らす。 「凌統」 しょうがない奴だと、布巾で濡れた卓子を拭く呂蒙。 「なあ。苦しいのはお前だけじゃないぞ」 「………」 「当の本人たちが一番苦しんでいる」 別に甘寧だけを庇うつもりはない。 だが、甘寧の姿もちゃんと見てやって欲しいと思う。 「大事な妹ならば、どんな道を行くのであれ、見守ってやれんか?」 「………」 「すぐにとは言わん。頭ではわかっていても気持ちの整理が簡単にいかぬことぐらい俺にもわかる」 濡れた自分の手を拭く凌統。 「子明殿。すみません」 「ん?何をだ?」 「………」 凌統は答えなかった。 自分で酌をし酒を飲む。 凌統が答えないので呂蒙は深く追求はしない。 「おいおい、飲むのはいいがちゃんと食うもの食わぬとあとが怖いぞ」 せっかくつまみだって持ってきたのだ。 呂蒙は火で焙った魚を苦笑しながら食べる。 「まあ殿に作ったものと比べたら食べる気はせんか」 「そ、そんなことないですよ」 「安心しろ。うちにちゃんといるから」 普通ならば安心する所だが、凌統は面白くなさそうなだ。 「なんだ?」 「子明殿の邸ってことは、あいつもいるんじゃないですか」 「そうだな。居候だからな、あいつは」 だがきっと凌統が想像しているような仲睦まじい様子ではないと思う。 呂蒙の娘がと一緒のようだし。 「数年もすれば」 「ん?」 「子明殿だって俺の気持ちわかりますよ、きっと。春花が男を連れてくればね」 「ぶっ!」 思わず酒を噴出しそうになる呂蒙。 器官にも入ってしまったようでゴホゴホと咳き込む。 「りょ、凌統。お前は〜春花のことなどまだまだ先だ!」 「どうですかねぇ。春花は奥方に似ていますしねー」 苦虫を潰したような顔になる呂蒙。 「お前の気持ちなど、一生わかりたくもないわ」 大事な娘が巣立つ時のことなど。 「いやいや、その辺の先輩としてたーんと教えて差し上げますよ」 「ったく。さっきまでグチグチしていた態度はどこへ行った」 矛先を自分へと向けるのだから。 ブツブツ文句を言いながら酒を飲み干す呂蒙に今度は凌統がお酌した。 (俺だって、まだまだそんな思いしたくなかったですよ…) 当分は素直に喜べない。 きっとそれが本心だ。 でもいつかは認め、許す日が来るのだろうかと思うと怖い気もする。 (の幸せを誰よりも望んでいたのは俺なのにな…) 呂蒙さんはみんなのパパですw
06/12/26
13/04/06再UP
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