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せかいでひとつのたからもの。
「俺は許さないぞ。絶対に、誰がなんと言おうが。こいつだけは認めない!」 「兄上!」 誰がお前なんかに大事な妹を渡せるか! 強く少し乱暴に妹の手を取って凌統は歩きだした。 甘寧が追ってくる気配はない。 今だけだ。なんかの間違いだ。 妹が父の仇を好きになるなんて。 なにかの間違いだ! 少し落ち着けばきっとわかってくれる。 そう思った。 思ったのに。妹は自分の手を振り払った。 【10】 「…?」 急に振りほどかれて凌統は歩くのをやめる。 の顔を見ればキュッと口を結んで目に力を入れて自分を睨んでいる。 何故、そんな顔をする? 俺が全部悪いのか? 「話を。一度でもいいからちゃんと話を聞いてください」 「………」 「兄上!」 すごく気持ち悪い。 胸の中がちくりちくりと痛んで、吐き気がする。 「…さい」 「……」 「うるさい!話を聞いたって、俺はこいつを認めないね。お前にはもっと相応しい男がいるだろ」 凌統の言葉に甘寧は顔を背ける。 ほら、見たことか。甘寧自身がこちらの言葉を聞いてはいられない。自信がないようじゃないか。 「相応しいって。それは兄上が決めることですか?」 「俺が決めて何が悪い」 「兄上…」 「父上がいないんだ。俺がお前を守って、お前に相応しい男を選んで…それのどこが悪い!」 ましてや父を殺した男に、大事な妹を取られてなるものか。 「私の意志は無視ですか?見知らぬ方となんて…今更」 少し前までなら、それもあるだろうとは思っていた。 だが甘寧と出会った今、できることならば一生を甘寧と、好きな人と共にと願ってしまう。 「嫌です。私は興覇でなくては…」 興覇、興覇と仇の名を連呼されて凌統は歯をギリリと噛む。 面白くない。 いつの間にか二人は出会っていて、いつの間にか二人は恋仲になっていて。 いつの間にか二人は互いを必要としていて、いつの間にか自分だけ蚊屋の外にいた。 『本当のことですし。別にアイツがどんな女と付き合おうが、結婚しようがどうでもいいんで』 『先を越されて悔しくない?』 『別に。ただ、その女は物好きだとは思いましたけどね』 『もう〜もしその女性がだったらどうするのよ〜』 『“”だったら?ハッ。そんなの絶対許しませんよ。俺の前に連れてきたら簀巻きにして長江に沈めてやりますよ』 孫家の姫との会話が思いだされる。 あの時すでに二人は自分の知らないところで出会っていたのだ。 自分だけ気づかないでそんな会話をしていた。 『でも、の方が甘寧を選ぶってことはあるわよね』 『だから、の方が甘寧を好きになることだってあるでしょ?』 姫様の言うとおりになってしまいました。 自嘲してしまう。 そんなことになった俺をあざ笑いますか? 「とにかく認めない。どの面下げて俺からこいつを奪おうってんだ」 再び凌統はの腕を掴んだ。 「行くぞ。とっとと中に入れ」 「兄上!」 「………」 甘寧は何も言わない。 ずっと言われっぱなしで悔しくないのか?その通りだと諦めたか? それはそれで、妹に対する想いが軽いものじゃないかと苛つく。 矛盾した話になるが…。 「どうしても認めてはくださらないのですね、兄上」 「お前こそ。どうしてもこいつじゃなきゃ駄目なのかよ」 「駄目です」 「ハッ…即答か…」 妹がそこまで甘寧に惚れる気持ちがわからない。 他にもっといい男はいるだろ? 周泰や陸遜。高望みするならば孫権様にもらってもらえたら万々歳だ。 「とにかく。少し頭を冷やせ」 「それは兄上です」 「なに?」 「もっとちゃんと興覇のことを見てください。兄上だってわかってくださ「うるさい!」 見た。 沢山見た。 色んなことを。目の前で父を斬られたところなど。 周りは簡単に甘寧に気を許すのが嫌だった。許せなかった。でも何もできない自分がもっと嫌だった。 孫権の命令を破って闇討ちだろうが、果し合いだろうが、仇をとろうと思えばできたはずなのに。 何もできない自分が嫌だった。 自分に恨まれていると知っていてもかまってこようとする甘寧が鬱陶しかった。放っておいて欲しかった。 自分からは極力近づかないようにしていたのに。 いとも簡単に壁を壊してやってくる。 壊した挙句、大事な物を持っていかれた。 「お前は黙って俺の言う事を聞いていればいいんだよ!」 「…兄上」 の瞳が揺らいだ。甘寧の肩がびくりと動いた。 吐き出したの息は震えていた。 静かに何度も呼吸と繰り返す。 「私は…」 「おい、」 後ろから甘寧が声をかける。 だが誰も彼の声は届かない。 「私は兄上の…兄上の道具じゃないんです!私のことは私が決めます!」 「…」 そんなつもりはなかった。 いや、始めからそんなつもりはない。 大事に大事に育ててきた妹だ。誰よりも幸せになってほしいと願っている。 自分よりも…。 「もう兄上に認めてくださらなくて結構です!」 またも振りほどかれた。 こんな短時間に二度も。 は凌統に背を向ける。 「……兄上なんか…大嫌い……です」 「なっ」 は駆け出した。 「おい!」 甘寧はを追いかける。 取り残された凌統は呆然と突っ立ったままだった。 *** 「おい。!待てって」 駆け出してどこに行こうというのだ。 甘寧はすぐに彼女に追いついた。 肩を掴んで振り向かせると、の目には沢山の涙が溜まっている。 「…」 「興覇」 甘寧は黙ってを受け入れる。 強く優しく彼女を抱く。 その大きな懐に堪えていたものがぷっつり切れては泣き出してしまう。 何度もしゃくりあげる彼女の頭を甘寧は優しく撫でる。 「馬鹿だな。悪いのは全部俺だ。お前が嫌な思いしてどうするんだよ…」 「ち、違う。興覇…だけが悪いんじゃない…です」 「兄貴に絶交宣言してどうするんだよ。大嫌いだなんて言ってよ…兄貴が大好きなくせに」 「………」 「後悔してんだろ?凌統にあんなこと言っちまってさ」 温かい。 甘寧の腕の中。 こんなに大きな人なのに。どうして兄はわかってくれないのだろうか? 兄の言うとおり自分はこの人を好きになってはいけないのだろうか? 「でも、似てるよ。お前ら兄妹は」 「興覇?」 「お互い気が短いでやんの」 くつくつと笑いながら。 「どうするんだ?あいつ一人にしてよ」 「……」 「戻るなら途中までは着いていってやるよ。俺が中まで行ったらまた喧嘩になりそうだしな」 「帰りません。兄上は少し頭を冷やすべきなのです」 「手厳しいな」 「興覇!」 「悪ぃ」 自分のことでもあるのに、甘寧はどこか凌統を庇護するように見える。 「しゃーね。一緒におっさんち行くか?」 自分用に与えられた邸はあるが、あそこはほとんど手付かずだし、行けば凌統が更に怒るかもしれない。 二人きりにさせるか!とか。 だが今の自分の住まいは呂蒙の邸。一部屋借りてのんびりしたものだ。 甘寧に言われては頷く。 きっと行けば呂蒙は目を丸くするに違いない。 「おっさん。なんて言うかな〜」 「もし駄目だとお叱りを受けたらどうしましょう…」 「そん時は旦那か陸遜の所にでも二人で転がり込もうぜ」 ニッと先ほどの出来事など嘘みたいに甘寧は笑う。 行くかとを解放しそのまま彼女の手を引いて歩き出す。 日が暮れ始めていて辺りは薄暗い。 こんな時間に出歩くなどほとんどなかった。 一人ならば怖いと思えるが、今は甘寧が一緒で繋がれた手を通して安堵してしまう。 「このままよ…」 「?」 「このまま二人だけでどっか行くか…」 前を向いたままで表情がよく読めない。 明るい声音ではなく低く呟くような声音。 「え」 「誰も知らない。誰も文句なんか言わせない場所までさ…」 「興覇」 甘寧がキュッときつめに手を握る。 すぐさまに顔を向けるが、いつも通りの笑顔だった。 「嘘。冗談だ。んなことしたら俺、本当に凌統にやられちまうな」 「…興覇…」 凌統だけじゃない、呂蒙や陸遜にも。嫌味で済めばいいが、彼らもを昔から知っている仲だ。 きっとキツイお叱りを受けてしまうだろう。 周泰に至っては無言の責めを受けるような気がする。 「まだ大丈夫だ」 「………」 「まだなんとかなるって。さっきはどうにもできねー情けねーところを見せちまったけど。 今度は大丈夫だ。俺はもう迷わないって決めたしな、あいつにもわかってもらえるまで何度だって話すさ」 「興覇」 「だから、さっきの話はナシだ。俺の戯言だ…」 大丈夫。 まだ大丈夫。 第一ラウンドは痛み分け。
妹から突き放されるのは予定通りだったんですよ。元ネタ提供ってことだったので、当時。
そのあとの流れも元ネタ様の予定通りなんだよね。
06/10/17
13/04/05再UP
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