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せかいでひとつのたからもの。
あれからどうやって帰ったのか思い出せない。 甘寧からの一方的な別れに戸惑いながらも泣きはしなかった。 まだ信じきれていないのだろうか? 明日になればひょっこり笑顔で現れ嘘だと告げてはくれまいか? だとしても、いただけない、嫌な冗談だ。 いつも通りに家事はする。 兄を見送り。 やはり嘘だったのでは?という気がしてくる。 夕飯の買い物に向かう前にいつもの河原へ向かう。 「………」 でも、待っても待っても甘寧は姿を見せない。 通りを歩いている途中にでもその姿を見るかもしれない。 そう思いながら歩くが、それらしき人はいない。 本当なのだろうか? 彼がいった言葉。 「アンタの親父を殺したのは俺だ」 その言葉を聞いて何かが凍りついたが、わからないの一言で済んでしまっている。 兄に、凌統に聞けば教えてくれるだろうか? 【7】 「旦那!少し相手してくれないか?」 孫権の護衛を終えて、休憩に入ろうかとした周泰に甘寧から声をかけられた。 別に構わないと思ったので返事をしようと思ったのだが、彼はすでにかなりの量をこなしたようで肩で息をしている。 額から汗が滴り落ちている。 「…大丈夫か?…」 「平気だ、このくらい。早くやろうぜ」 「…ああ…」 鍛錬所に向かうと驚いた。 甘寧の部下たちが所々で寝転んでいた。 疲れきって立ち上がるのも億劫というように見える。 「…これは…」 「だらしねーよな。ちょっと本気を出しただけなのによ」 「…お前が相手をしたのか?…」 「おう」 ニッと笑みを浮かべるが、どこかいつもと違う。 いくら鍛錬だといっても、彼は部下に無理をさせるようなことはない。 「旦那。本気で頼むぜ」 「………」 仕方なく周泰は木刀を手に取る。 甘寧も構える。 「おっりゃああ!」 カンカンと叩き合う音がする。 ほぼ周泰の防戦だが、別に攻められないからではない。 甘寧は無茶苦茶に打ってくる。 それが不思議でしょうがなく、黙って受けているのだ。 傍から見れば中々白熱した試合に見えるだろう。 甘寧の部下たちもすごいと目を見張っている。 ただ、周泰だけは違和感を覚える。 どのくらい時間が経ったのだろうか? まったく手を緩めない甘寧。 突っ走るのは彼らしいといえば彼らしいが、今そこまでする必要はないと思う。 周泰は隙を見つけ、木刀ではなく、蹴りを腹にいれ甘寧を飛ばした。 「………」 「はぁ…はっ…な、なんだよ、旦那…」 「…楽しくない…」 「べ、別に、楽しくなくたって……はあ……」 「…少なくとも俺はいつもお前と手合わせするのは楽しいと感じていた…」 甘寧は仰向けになっている。 周泰はそれを見下ろしている。 リンと揺れた甘寧の腰の鈴。 「…鈴…」 周泰は気づいた。 少し前に新たにつけていた小さい鈴がなくなっていた。 甘寧は顔を横に向けた。 「…振られたか?だから自棄になったか…」 甘寧は顔を歪める。 「振られた方がマシだ」 「………」 何があったとは聞かなかった。 甘寧は自分なりに吹っ切ろうと、気を落ち着けようとしたのかもしれない。 *** 「………」 は呂蒙の邸の前に来ていた。 戦で父を亡くした時の事を凌統に聞こうとは思ったのだが、何か聞けなかった。 何故?今更といわれる気がして。 それにはぐらかされそうな気がした。 だから、他に詳しく知っていそうな人物と思った時に呂蒙の顔が浮かんだのだ。 「…よし」 勇気を出す。というのも変な感じだが、ここで止まっていても始まらない。 は門を潜る。 「ごめんくださいませ」 呂蒙がいるかはわからないのに押しかけてしまった。 だが、奥方がいたので事情を説明した。 少し待てば呂蒙は帰ってくるらしい。 「殿。俺に用と言うのは?」 呂蒙は思ったより早く帰ってきた。 どうやら奥方が呂蒙を呼んでくれたようだ。 「子明様。突然の訪問お許しくださいませ」 は深々と頭を下げる。 「いい。そのように硬くならなくとも。で、何かな?」 「その…子明様。私の父が亡くなった時のことをお聞かせ願えませんか?」 「凌操殿の?」 「お願いします。私は兄からは詳しい話を聞いておりません。ただ、戦で父は死んだと…」 呂蒙は椅子に深く腰掛け顎をなぞった。 「それだけでは不満なのかな?」 「不満。ではありません。ですが、どうしても詳しく聞きたくて…」 「…その理由を聞かせてはもらえぬか?」 逆に呂蒙に問われた。 は小さく俯くが同時に頷きもした。 「私にはお慕いしている方がおりました」 「な、なに!?」 これは初耳だ。 凌統が知ったらどうなるのだろう?呂蒙は目を丸くする。 だが、は俯いているので互いにどんな顔をしているのはかはわからない。 「その方と一緒にいるととても楽しく。ずっとその時間が続くのかと…」 「りょ、凌統は知っているのか?」 は首を横に振る。 「まだ。でも、そろそろ紹介しようかと思っていたのですが…」 知らないと聞いて呂蒙は何故だが安堵してしまう。 別ににそういう相手がいても可笑しくない年頃だ。 寧ろ喜ばしいことなのだが、妹に甘い凌統を見ていると相手の男が無事でいられないなどと想像してしまう。 「その方に、先日…別れを告げられました」 「それで…」 「私の父を殺したのが…自分だと。おっしゃって…私とは一緒にいられないと」 キュッと服を掴む。 一方的に告げられたあの日のことを思い出してしまう。 「凌操殿を殺した…って、そ、その男は甘寧か!?」 呂蒙が甘寧の名を出したことでは顔をあげる。 思わず立ち上がっている呂蒙。 「そ、そうです。興覇のことです。子明様もお知り合いなのですね」 「そりゃあ、まあ…いや、でも、わかった。そうか…甘寧か…」 呂蒙は腰を下ろし、背中を背もたれに預ける。 「確かに…甘寧は元々黄祖の配下だった。戦で黄祖軍と戦った時に凌操殿を討ったのが甘寧だ」 「………」 「手柄を立てても不遇の扱いを受けてあいつは、孫権様に帰順を申し入れ、孫権様もそれを受け入れた」 「………」 「当初はあいつに反発するものなど多くいたが、元々の性格や行動で段々と周囲に認められていった。けど、凌統だけはな…父を目の前で殺されたあいつだけは、どうしてもそれが許せなくてな…」 「兄がたまに荒れていたのは」 「甘寧と揉めた時だ。揉めたといっても傍から見るとただの口喧嘩にしか見えないが」 まあ、そう感じられていることに凌統はいい気分はしないだろう。 「嘘…ではありませんよね?」 「嘘というのは」 「父を…興覇が」 「ああ。嘘ではない。誠の話だ」 甘寧本人がいったのだ、嘘なわけない。 嘘であってほしかったのか…。 「殿。どうされたい?」 「…こ、このままで、良いのでしょうか…興覇が身を引いてしまったら、私には…」 「それは俺がどうこういうことではないな。殿が考え決めることだ」 「はい」 呂蒙から見たらはもう答えがでているのではないか?そんな気がした。 呂蒙と奥方に別れを告げ、邸を出ようとしたとき、甘寧とばったり出くわした。 甘寧の方も、なぜここにが?という顔をしている。 そういえば、甘寧が以前世話になっている人がいるといっていた。 その人が呂蒙なのだろう。 「…興覇」 は思い切って声をかけた。 だが、甘寧は無表情でそのままの横を通り過ぎる。 「待って」 甘寧に手を伸ばす。 あの時は伸ばした手があと少しと言うところで甘寧は離れ掴めなかった。 でも、今は違う。 甘寧を離したくない。 「話を」 キュッと掴もうとした時、甘寧が振り返った。 そしてを強く抱いた。 「頼むから。もう俺のことなんて捨て置けよ」 「…できません。私は、興覇のこと嫌いになどなれません」 「なんでだよ。俺はアンタの親父を」 「それでも、私は」 甘寧は力を強めるが、フッと緩めを解放する。 「よく考えろよ。アンタがそうだとしても、それを喜ぶ奴はいねーよ」 ようやく見えた甘寧の顔は苦しそうだ。 「興覇」 甘寧は再び背を向ける。 歩き出し、今一度は引き止めようとするができなかった。 「興覇兄。お帰り」 「おう。ただいま」 甘寧の足に幼い少女が抱きついた。 笑顔で出迎えた少女に甘寧も笑って頭を撫でた。 少女は呂蒙の娘だ。 彼が可愛がっているのをよく知っている。 「よっしゃ、遊んでやるぜ」 「本当?」 甘寧は少女を抱きかかえ、邸の中へと消えた。 「興覇…」 は数回振り向きながらも邸を後にした。 甘寧は再び姿を見せた。 「アンタのこと嫌いじゃないから…だから苦しいんだ」 呂蒙さんは子持ち設定w
06/06/19
13/04/03再UP
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