せかいでひとつのたからもの。




ドリーム小説
【6】





先ほどから感じる視線には身震いしてしまう。
邸内のどこに行ってもそれは付きまとうので、いい加減うんざりして視線を飛ばしてくる相手に文句をいった。

「兄上!先ほどから何か御用ですか?用があるならちゃんとおっしゃってください!」

「…別に」

そう。視線の主は兄である凌統だ。
どうもここ最近、兄は自分の行動をずっと見ている。
何か言ってくれればいいものをなにも言ってくれない。

「鬱陶しいんです!」

「うっ、鬱陶しくて悪かったな」

妹に強くいわれると流石にたじろいでしまう。
は凌統の態度に溜め息をつき考えてしまう。
この分だと、外に行くにも兄はついて来てしまいそうだと。

いくら大好きな兄でも、あの場所までにはついてきてほしくない。
今日は残念だけど邸でおとなしくしていることにしよう。





同じ頃、甘寧もとある視線を感じていた。

「おっさん、これでいいか?」

「どれ…もう少し綺麗に書けんか?折角できていても読めないのでは意味もないぞ」

「ってことはやり直し?」

「やり直しだ」

「なんだよ〜」

机案仕事は苦手だ。自分の力を発揮できるのは戦場だと思っている。
かといってそれだけでやっていけるわけもないので呂蒙に頼りながらこうしてせっせとこなしているのだが。

「面倒臭ぇ…あ〜あ」

「苦手だというものを溜めて後回しにするお前が悪い」

「わかっているけどよ〜この分じゃ…」

今日はいつもの場所へ行けそうにないなと早々にあきらめる。

「………」

「あん?どうした、陸遜」

チラチラと何度か自分を盗み見する陸遜にようやく甘寧は口を開いた。
気づいてはいたが陸遜の方からいうのを待っていたのだが、ちっともそれらしきことがないので
甘寧の方が訊ねる。一応ごく自然に。

「え!…あ、いえなんでもないです」

「はあ?」

その割には何か言いたそうな顔をしているではないか。
甘寧の性格上、そういった隠し事は嫌いだからはっきり言ってくれた方がいいのだが。

「俺に用があるなら「甘寧。これもだ」

途中で呂蒙に遮られた。
他に見てらったものもやり直しを要求された。
甘寧は増えた仕事にがっくりと肩を落としながら呂蒙の所へ戻る。
それを陸遜は甘寧にわからないように息を吐いた。

(…僕が見たといったら、甘寧殿どうするかな…)

先日陸遜が街で見かけた光景。
それは甘寧が凌統の妹であると仲良さげに歩いていたのだ。
別に二人ともお年頃なわけだから、別に一緒にいようがかまわない。
単純に道を聞いて教えてあげているだけの通り過ぎた出来事かもしれないのだ。

だが、陸遜には確信があった。
この二人は普通にお付き合いしていると…。

確認したわけではないが、そうとしか考えらない気がするのだ。

付き合う分には、良かったですね〜おめでとうございます〜というところだが。
甘寧もも相手が悪い。
これを知った凌統が絶対に許すはずがないのだ。

今の所、それを知っているのは陸遜のみらしく。
いつ話が凌統に入るのかと怖くてしょうがない。
幸いなのは凌統が今日休みだということだ。



***



「あれ、じゃねーか。珍しいところにいんな」

「興覇」

城でうろついていたの姿を見つけた甘寧。
普段は街でしか会うことのできない彼女の姿を見つけて駆け寄った。
もまさかこんな所でと驚きはしたが嬉しさの方が勝っていた。

「なんかあったのか?」

「いいえ。兄に頼まれたものを持ってきたのですよ」

「へぇ、の兄貴、俺と同じで城勤めなんだ」

「あら、そうだったのね。じゃあ兄上ともお知り合いなのかもしれないわね」

はやわらかく笑む。
もし知り合いならばきっと甘寧の性格なら兄とは仲良くやっていそうだと思った。

「兄貴のところまで案内してやるか?」

「お願いしようかしら」

紹介もできて一石二鳥だ。
そう考えた。
だが。

「…あれ、甘寧殿…あ、殿!」

回廊を曲がった所で話をしている二人の姿を見てしまった陸遜。
珍しくが城に来たなと思ったが、それも一瞬でサーッと血の気がひいた。

「うわ。凌統殿」

ちょうど脇から凌統が曲がってきたのを陸遜は見た。
凌統からは、死角になっていて二人の姿はまだ見えないようだ。

「ど、どうしよう…ええい!」

陸遜は持ち前の素早い動きで二人の下に駆け寄る。

「じゃ「甘寧殿呂蒙殿がお呼びですよああ殿こんにちは急いでいますので失礼します」

甘寧の腕を掴んで物凄い速さでその場から逃げた。
風が吹いたかのように髪と着物が綺麗になびいた。

「え…伯言様?…えっと…」

取り残されたは意味がわからず首を傾げる。



「兄上」

凌統がを呼ぶ。
小走りできた兄には笑む。

「悪いな、急な頼み事しちまって」

「いいえ。私でできることなら」

「で、これかい?」

「はい」

持っていた包みを凌統に渡す。凌統は中を確認しニッと笑う。

「確かに。悪かったな、本当。俺が取りにいければ良かったんだけど」

「兄上はお忙しいでしょ?私は滅多に来られない場所に入ることができて楽しいですわよ」

いつも気を使ってくれる妹に嬉しく思い凌統はの頭をくしゃりと撫でた。





「おい、どこまで行くんだよ!おっさんの執務室はあっちだろうが!」

城の奥へ奥へと進む陸遜。
甘寧にいわれてようやく止まり手を離す。

「すみませんでした」

「なんだよ、いったい…」

掴まれていた腕を甘寧は軽くさする。
少し爪が食い込み痕を残している。

「どうしたんだよ、急に」

「えと…雨が降りそうだったので」

「はあ?」

雨が降っても室内だから関係ない。
ただ陸遜が言いたかったのは、雨は雨でも「血の雨」だ。

「よくわかんねーけど、おっさんの用事ってのは嘘なんだな」

「すみません…」

それしかいえなかった。ただ謝ることしか。
俯いてしまう陸遜。彼の帽子をとり甘寧はくしゃくしゃに頭を撫でた。
ニッと笑って。

「か、甘寧殿!?」

「別にいいってことよ。あ、あれか?お前もに惚れている口か?」

「ち、違いますよ!」

「ふーん。まあいいや、戻るぞ。こんな所にいてもしょうがねーし」

「はい」

くしゃくしゃになった髪を整え帽子を被りなおす。
そして甘寧の隣を並んで歩く。
もうはあの場所にはいないだろうと思って。

「飯でも食いにいくか?」

「あら。お忙しいのではありませんか?」

間が悪いことに、まだいた…。
何の為に隠したと思っているのだと陸遜は地団駄を踏みたくなる。
しかも兄妹揃っているではないか。

甘寧はに声をかけようと思ったが立ち止まった。
と一緒にいるのが凌統だったから。

「………」

チリン。
腰についた鈴が鳴る。
その音には反応するが、いち早く凌統が反応し素早くの背中を押した。

「ほら行くぞ。帰りもちゃんと送ってやるから」

「で、でも」

有無を言わさない兄の態度を不審に思いつつもは歩き出した。
チラッと視線をよこした凌統は強く甘寧を睨んでいた。
そして二人の姿は消えた。

「か、甘寧殿?」

凌統に睨まれたことを怒るわけでもなく。
が凌統と連れ立って去ってしまったことに何か言うわけでもなく。
ただ、突っ立っている。
そんな感じだ。

陸遜は自分よりも幾分か背の高い甘寧を覗き見る。

「あいつさ」

「は、はい」

「兄貴がいるっていってた」

「………」

知っている。
いつも妹のことを第一に考えて行動する妹思いの人。

「両親もいないって」

「知っています。殿の母上は数年前に病で亡くなったそうです」

「親父さんは…」

少し乱暴に自分の頭を掻き瞑目する。

「俺が殺った………」

孫呉に降る前の戦で。
凌統が自分を目の敵にするきっかけとなったもの。
戦なのだからしょうがないだろ?と割り切っていたが、両肩が急に重くなる。
ずしりと何かが圧し掛かる。

…知っていたのか?」

陸遜は横に首を振る。

「知らないと思います。凌統殿はあなたのことだけは殿に一言も話していませんから」

絶対に近づけさせない。
絶対に会わすものか。
絶対に許すものか。

「そっか…」

甘寧は顔を上げいつもの顔をしている。

「ありがとな、陸遜。お前がさっき俺のこと連れ出したの、アイツと鉢合わせしねーようにだろ?」

「は、はい」

偶然にも街中で二人の姿を見たことを正直に甘寧に告げた。
甘寧は声ぐらいかけろよ。などと笑った。
不気味なぐらい平常である甘寧の姿に陸遜は違和感を覚える。
なぜ、そのようにしていられるのだろうか?と。

「行こうぜ。腹も減ったし。おっさんも誘って食いに行こうぜ」

甘寧は後頭部に腕を組んで歩き出す。
陸遜は釈然としないまま彼の後を追った。



***



翌日。
凌統の執務室に甘寧がやってきた。
一瞥しただけで凌統は何も言わない。

どん!

「なんだい、いったい」

甘寧は机案を叩き凌統は睨みつける。

「安心しろよ。お前の妹には会わねーよ」

「…何、いって…」

甘寧はそれだけいって背を向け室からでていった。
それに妹って…。
昨日陸遜と一緒にいたから彼から聞いたのだろうか?
凌統は深く考えなかった。


いつもの川辺。
一緒に観た菜の花はもう咲いてはいない。
夏に向かって緑の葉が生い茂りはじめている。

は自分で作った菓子を持ってやってきた。
今日は来てくれるかな?
昨日は大して話しもできなく別れてしまったから、その分沢山話ができたらいいな。
などと思いながら。

「興覇」

いつもは先に自分が来ることが多かったから、すでに待っていてくれた甘寧を見て笑みが零れる。

「珍しく先に来ていたのね」

「………」

甘寧は笑おうともせず表情が硬い。
くるりとに背を向ける。

「興覇?…あのね。今日はお菓子を作ってきたのよ」

「……もう、ここには来ねぇ」

「え?」

「アンタとはもう会うつもりはねぇ」

「興覇?何、突然」

「アンタの親父を殺したのは俺だ」

甘寧の為にと思って作った菓子。一緒に食べようと思ったのに。
地面に落とし中身を零してしまう。

「な、にを…」

身体中を何か駆け巡るような感覚。
上手く言葉が出ない。

突然の別れ。
突然の告白。

「こう、は」

必死で声を出す。
甘寧の背に手を伸ばすが、触れると思った瞬間に甘寧は歩き出した。

「興覇!」

「俺とアンタ。一緒にいちゃいけねーんだ」

遠ざかる甘寧。
どんなに呼び続けても立ち止まる事はなかった。

一人残された
身体中の力が抜けてそのまま座り込んでしまう。

「……なんで、急にそのようなことをいうのですか……」

呆然としてしまい不思議と涙は出なかった。

顔を見せてもくれなかった。
呼び止めても答えてくれなかった。
そして何より、一度も名を呼んでくれなかった。

一陣の風が吹きぬけた。
清々しいはずの風も、今のには冷たい嫌な風としか感じられなかった。








甘寧が気づいちゃった。
06/06/07
13/04/03再UP