せかいでひとつのたからもの。




ドリーム小説
【5】





殿。お久しぶりです」

「まあ。伯言様お久しぶりでございます」

凌統が邸に陸遜をつれて来た。
久しぶりに共に夕餉をと凌統が呼んだらしい。
急な来客でもは慌てることなく陸遜を迎えもてなす。

「最近お忙しいのではありませんか?お身体のほうは大丈夫ですか?」

通された室で軽く酒を勧められ杯を受ける陸遜。
飲めるのは最初の一杯だけ、軽く口につける。
あとは杯を置き食事に集中する。いまだ強くなれない子どもな自分に苦笑してしまう。

「そんなに忙しくはありませんよ。こうしてお邪魔させていただいていますし」

本当に忙しいのならば凌統も早く帰ることはできない。

殿の美味しい料理を味わえて嬉しいですよ」

ニコリと笑む。
褒められ薄っすらと頬を赤くする。凌統は満足そうに見ている。

「子明様にもお会いしたかったです」

本当はもう一人ここにいるはずだった。
凌統は誘ってみたのだが、彼はまだ仕事があるからと断ってきた。

「子明様は兄上の心配をしてくださいましたし」

「ああ〜」

陸遜は何を心配していたのかわかるので大きく頷く。
凌統は陸遜を目で制する。
「余計なことはいうな」と。
本当に「あの人」の事となると、凌統はにひた隠しにする。
陸遜も隠しきれていることにすごいと思うが、裏ではいつまで続くのかハラハラしてしまう。
「あの人」は行動派なのだから。街でばったりと出くわす可能性は高い。
それにしてもと陸遜は思った。

「今日の殿はやけに饒舌ですね。何かいいことでもありましたか?」

「え!?」

人見知りしない性格のだが、兄の客が来ると相手が誰であれ一歩引いている。
今のは何かに嬉しそうで落ち着かないといった様子だ。

「え、え〜まあ……その」

「陸遜に久しぶりに会えたから嬉しいとか?」

凌統はからかうような口調だ。もしかしたら妹は陸遜に気があるのでは?そう勘ぐってしまう。
それはそれで正直悪くない。
陸遜は将来有望。妹の旦那にするならの第一候補だ。

「ち、違います。あ、伯言様に久しぶりにお会いできたのは嬉しいですけど」

ニヤついた笑みを浮かべる兄から顔をそらす。

「その…伯言様の仰る通りいいことがあったからです」

「いいこと?」

昼間の出来事だ。
はそれを思い出すと恥ずかしくはあるが心がくっと温かく感じる。
優しい笑みを浮かべ胸に手を当てる。
傍から見れば幸せそうだなと温かく見守ってしまう。陸遜はそうだったし。
だが、凌統は柳眉をよせる。

「あ。ご、ごめんなさい。お、お酒もってきますね」

別に追加を希望していないのだが、は顔を赤く染めて逃げだすように室を出た。

「本当。なにがあったのでしょうね。あんな顔はじめて見ましたよ」

笑顔はいつも見せてくれる。それを見ればこちらまで穏やかになる笑顔。
何が彼女にあのような顔をさせたのだろう。

「気にいらないねぇ」

「凌統殿?」

に悪い虫がついた…かもな」

「りょ、凌統殿」

陸遜の背筋が凍った。凌統の目は笑っていないからだ。

「あ、あの…そうと決まったわけでは…」

「前に言っていた野郎だな…どこのどいつだ…」

「あ、あの〜凌統殿?」

凌統は完全に妹にまとわりつく虫の排除を考えているようだ。
妹のことにしても、あの人のことにしても。凌統は突然周りが見えなくなるから困る。
何故に妹に彼氏ができたとしたならば祝福してあげようと思わないのだろう。
同じように妹が自分にいれば自然とそうなるのだろうか?と陸遜は首を傾げてしまう。
凌統が行き過ぎだとは思うし、あそこまではなりたくない。
同じ年頃の妹を抱える孫家の殿と若殿は誰でも良いからお転婆を娶ってくれと逆の態度を取っていたが。

(難しいですね…僕にはわからないや)

面倒臭いので考えるのやめる。
とりあえず、凌統が相手の男。決まったわけではないが、彼を闇に葬るのだけは勘弁して欲しいと切に願うのだった。



***



チリーンチリーン。
すでに日常の一部と化した聞きなれた鈴の音。
これが聞こえればあの人がここにいるとすぐにわかる。
戦場だろうが、どこにでもそれは当たりまえのように聞こえる。

「あ、いたいた」

陸遜は鈴の音を辿って鍛錬所に向かう。
覘けば鈴の持ち主は汗を光らせ部下たちを鍛えている最中だった。
陸遜は稽古が終わるのを待った。

チリーンチリーン。

「…あれ?」

聞きなれているはずの鈴の音なのに、今日は少し違う。
音が変とかそういうのではない。
一度気になると原因を突き止めたくなる。
陸遜は持ち主の様子をじーっと観察する。

チリン。

「ああ」

しばらく続けた観察のおかげで理由がわかった。
別にどうってことないのだが単純に原因がわかっただけで嬉しくなる。

「珍しいっていうのかな?なんだろ、気まぐれ?」

「…陸遜?…」

くすくすと笑んでしまっていた陸遜の背後にいつの間にか周泰が立っていた。
気配を感じさせずに登場したので陸遜は数歩のけぞってしまう。

「あ、ああ〜しゅ、周泰殿。すみません。邪魔でしたよね」

出入り口を塞いでしまったことを陸遜は詫びる。
周泰は気にした様子もなく陸遜の隣に立つ。

「周泰殿も鍛錬ですか?」

「…ああ。お前は?…」

「甘寧殿を待っているんです」

「…そうか…」

急に賑やかな笑い声が聞こえた。
目線をそっちに向けると鈴の持ち主甘寧たちからだとわかる。

「終わったみたいですね」

甘寧の周りはいつも人がいて笑顔が絶えることはない。
だから凌統は嫌うのだろうなと陸遜はなんとなく考える。

「お。旦那!暇なら手合わせしようぜ!」

ぶんぶんと片手を振る甘寧に周泰は頷く。

「って!僕のことは無視ですか、甘寧殿」

歩き甘寧のそばに行く周泰の後を追うように陸遜も続く。

「無視じゃねーよ。お前もやるか?」

「遠慮します。僕は呂蒙殿からの用事であなたのところに来たのですから」

「ふーん」

先に用件を済ませれば、この後時間の許す限り周泰と手合わせができるだろう。
陸遜は呂蒙からの用件を言付けた。

「わかった。おっさんに伝えてくれよ。俺が行くって」

「多分僕も同行すると思いますのでよろしくお願いします」

「おう!」

ニカっと笑う甘寧。
これを見ると嫌いになれないと改めて思う。
用事は済んだので場を去ろうと思ったのだが、周泰の一言で足を止めてしまった。

「…その鈴…」

周泰も気づいたのかと陸遜は驚く。
甘寧は数瞬間を空けるが後頭部を掻きながら腰につけた鈴に見せた。

「ほら、旦那に頼んだだろ?贈り物…あれの礼だつって昨日貰った」

照れ臭そうに鈴を弄る甘寧。
彼は腰に大きめの鈴を数個つけている。
それが戦場では彼がここにいると敵に示す証となっている。
普通ならば敵に自分の位置を知らせる愚かなる行為に繋がるのだが、甘寧の場合は違う。
名の知れた武将である彼の存在を知らせることによって敵は恐れるのだ。
彼がそれを考えてつけているのかは知らないが。

甘寧がもらったという鈴はそれらよりも小さく目立たない。
申し訳ない程度につけられた感じがする。

「…そうか。喜んでもらえたのか…良かったな…」

「ああ。旦那のおかげだ」

「…ふっ、俺はなにもしていない…」

のけ者にされたような感覚だが甘寧の表情を見ると悪い気分はしない。

「甘寧殿も何かいいことがあったのですね」

「ん?まあな。って俺もって?」

「僕の知り合いも今の甘寧殿と似たような顔をしていたのですよ」

それを思い出した。

「そっかあ。皆がそんな顔してるといいな」

「そうですね。幸せそうでしたから」

何があったとは聞かない。少し羨ましくは思うが。

「もしかしたらよ、今度はお前にも頼むかも」

「は?僕、ですか?」

「おう。旦那も頼りにしてるけど、お前も詳しそうだし」

「はあ」

何を頼まれるのかはわからないが、素直にいわれると断る気はない。

「あ。僕はこれで。お二人はこれから手合わせでしたよね。どうぞ、はじめてください」

すぐに立ち去るつもりが、少し長居してしまった。
急ぎではないが、陸遜も呂蒙のところへも戻らなくてはならないのだ。
二人に頭を下げ陸遜は小走りでその場を後にした。



***



「僕としたことが忘れ物だなんて・・・・」

邸に大事な書類を取りに戻った陸遜。
昨夜遅くまで様々な案を練り直した。それは今後のためにと思って。
肝心な時にそれを邸に置いてきてしまったのは顔から火が出るほど恥ずかしかった。
急ぎではないのでいつでも良いと呂蒙にいわれたのは救いだったが、これが周瑜相手ならば
ばっさり斬られても可笑しくない。

「まだまだ呂蒙殿に一人前と認めてもらえないのかな」

苦笑しながらも落ち込んでばかりはいられないと陸遜は気合をいれた。

足早に城へと向かおうとした陸遜の目に信じられないものが映った。

「あ…あれ?」

自分のよく知っている人が同じようによく知っている人と一緒にいた。
別に普通じゃないかと通常なら思うだろう。
だが、組み合わせが組み合わせだったので信じられないのだ。

「甘寧殿と……殿ぉ!?」

二人が楽しげに歩いている。
見てはいけないものを見た。
瞬時にそう悟った。

二人が一緒にいようが構わないはずだが、あの二人には共通のある人物が関係している。
その人物がこれを知ったらいかに思うだろうが?


「気にいらないねぇ」

に悪い虫がついた…かもな」

「前に言っていた野郎だな…どこのどいつだ…」


あの時の彼は本気だった。
陸遜だって戦場に出る武将でもある。
なまじ恐怖に戦くことはない。
でもあの時は怖かった…共通の人物凌統の目は。

「僕は見てない…何も見ていない…」

くるりと背を向け二人の姿が見えなくなるのを待った。
しばらくして消えてしまった姿を確認してから歩き出す。
怖い怖いと感じていたが、同時に少し悲しくなった。

少し前に見たの顔。
いいことがあったと幸せそうに笑んでいた。
同じく甘寧もそうだった。
あの時幸せに感じていた、あの笑みはお互いのことだと思うのだが。
二人とも、お互いのことを知っているのかなと…

「知らない、だろうな…甘寧殿は…」

素性を明かさないのか、明かせないのか、明かそうとしないのか。
普通に考えれば甘寧がの隣で笑むのは難しいはずだ。
あの人だって馬鹿じゃない。

凌統は。
彼はもし二人が一緒にいるのを見たらどうするのだろう?
これは伝えるべきか否か。

「そんなことできないよ…」

甘寧にもにも凌統にも。
何もいえない…。
陸遜は行き交う人々の中で深く溜め息を吐いた。








知らぬは当人たちで、知ってしまった第三者陸遜は辛いね。
06/05/30
13/04/02再UP