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せかいでひとつのたからもの。
【4】 「最近、甘寧の様子が変よね」 そんな事は別に知ったことではない。 「ねぇ、気にならない?いつも気さくに声をかけてくれるけど、ここ最近は気味が悪いくらい明るいのよ」 だから、どうでもいいんですってば… 本人に聞いたら、別にいつもと変わらないって言うけど、絶対変よ!」 本人に聞いたならばいいじゃないですか… 私が思うに、きっと甘寧に恋人でもできたのね」 そりゃあ趣味の悪い女ですね。 「どんな人なのかしらね〜気にならない?」 なりませんよ、別に。 「ちょっとぉ!聞いてる?公績!」 「聞いてませんでした」 孫家の姫君が自分には関係ないことを事細やかに突いてくる。 相槌を打つのもどうでもいいと凌統は感じていたので適当な態度を取っていた。 だが、姫君はそれが気に食わないと頬を膨らませる。 「はっきり言ってくれるわね」 「本当のことですし。別にアイツがどんな女と付き合おうが、結婚しようがどうでもいいんで」 「先を越されて悔しくない?」 「別に。ただ、その女は物好きだとは思いましたけどね」 姫君、尚香は凌統が徹底的に毛嫌いするので呆れてしまう。 尚香だってその理由はわかる。 わかるが、甘寧の性格を知るとそう邪険にするほどでもなかった。彼は彼なりに考えている人だと尚香なりに思っていたので。 「でも、その女性に対してちょっと酷いわよ?」 「素直にそう思ったんで」 「もう〜もしその女性がだったらどうするのよ〜」 「“”だったら?ハッ」 相手は姫君なのに凌統は鼻で笑った。 尚香は鼻で笑われた事に関しては別に気にしてはいないが、相手として彼の溺愛する妹の名を出したことを後悔した。 「そんなの絶対許しませんよ。俺の前に連れてきたら簀巻きにして長江に沈めてやりますよ」 拳を強く握る。 尚香には凌統の背後に炎が燃え上がっているような錯覚が見えた。 「あらまぁ。も大変ね。お兄様のお目に適う殿方じゃないと許してもらえないみたいで」 「べ、別に誰を連れてこようが構いませんよ。でも、相手があの野郎ってのが嫌なんです」 「ふーん。じゃあ幼平はいいんだ」 「……そ、そうですね。周泰殿なら別に」 「陸遜は?」 「……いいんじゃないですか?」 「その間は何?はっきり答えなさいよ」 「うっ」 「じゃあ甘寧は?」 「許しません」 「そこは即答なのね…でも、の方が甘寧を選ぶってことはあるわよね」 ピタっと凌統は止まる。 「………………はい?」 「だから、の方が甘寧を好きになることだってあるでしょ?」 「ないです。ありえない、あるわけがない、死んでも嫌です。つーか絶対認めないです」 「そう?」 「俺はにはアイツの話なんかしませんし、会わせた事もないですし、今後会わせる気もないですから」 だから、絶対にない。 凌統は言い切る。 その自信がどこから出るのか尚香は不思議に思う。もしかしたら、すでに出会っている可能性はある。 単純に凌統が知らないだけで。彼女に何も教えていないことが裏目にでなきゃいいけど。と尚香は思ったが口にはしなかった。 「だったら早くにいい旦那様を探してあげるのね」 「そ、そんな事は姫様に言われなくも…」 「はいはい、素敵な人が旦那様になるといいわね〜その前に自分が奥さん貰わないとね」 「お、俺はいいんです。俺はまだ…」 凌統は尚香から顔をそらす。 それは恥ずかしいからなのか、尚香には判断はつかないが。 「が幸せになるまで、俺のことはあとで良いんですよ」 その時の凌統の顔が少し寂しげに見えたのは気のせいだろうか? *** 「旦那に質問!」 「…なんだ?…」 鍛錬所で周泰に手合わせを頼んだ甘寧。 尚香が凌統に自分のことを吹き込んでいるなど露にも思わず。 少しばかりの休憩を入れた時に、甘寧が周泰に訪ねた。 周泰は汗を軽く拭いながら甘寧に目を向ける。 「女に何をあげれば喜ぶんだ?」 「………は?………」 「だから、何を贈れば喜ぶつーか、受け取ってくれると思う?」 何故、甘寧は自分にそんな事を聞くのだと、周泰は固まる。 「…俺に聞いてどうする?…」 「どうするって、例えば旦那は女にどんな物を贈るのかなって思ったわけだしよ」 軽く咳払いする周泰。正直そのような事答えられない。自分はそんなにまめな性格でもない。 「…すまんが、俺では役に立たない…」 「そうかぁ?俺よりは知っていそうだけどよ」 「…それは逆に俺の方がそう言いたい…」 男女問わず誰に対しても言葉が少ない周泰。 逆に甘寧は誰が相手でも動じることなく話しかけている。 人付き合いも苦手のようには見えない。 だから、その手のことも自分よりはと周泰は思ったのだが。 「俺?俺は…その〜なんつーか…」 「…今、好いている女でもいるのか?…」 「…お、おぅ。いる」 照れながらも隠しもせずに甘寧は言い切る。この素直さが少しばかり羨ましく感じる。 「…そうか…」 だからその女性のためにと甘寧は色々考えているのだろう。 「大事にしてぇんだ」 気さくで陽気な甘寧。戦で見せる顔とは当然違うが、今の甘寧は周泰でも驚くほど優しく笑っていた。 「俺と一緒にいることで嫌な目に合わせたくねーから…なんてな!へへ、恰好つけちまった」 「…いや、いいんじゃないか…」 「そ、そうか?へへっ」 相手の女性のことを純粋に好いているのだなと。 そのような顔を見せられると、何か一つぐらいは手伝ってやってもいいかと言う気になる。 「…相手が喜びそうなもの知っているのか?…」 へ?あーどうかな、菓子は喜んで食ってたけど」 「…尚香様に聞いてみたらどうだ?…」 「姫さんに?…それは最終手段にしておく。姫さん面白がっているし」 最近の甘寧は何か良いことでもあったの?としつこく聞いてくるのだ。 これで“こうだ”と答えるときっと更に煩く聞かせそうだ。 周泰にもその様子が目に浮かぶようにわかったので軽く笑った。 それだと、当然二喬に聞いても同じ事だろう。 「…陸遜あたりに聞いてみてはどうだ?…」 「陸遜か。聞いてみる。んで旦那ならどうする?」 「…お前な…」 「参考にいいじゃん。教えてくれよ」 「…文とか…」 「文?」 「…いや、なんかお前には合わんな…」 「文かぁ」 甘寧には悪いが似合わないと思ったのだが、意外にも甘寧は気になったようだ。 「…季節の便りなどたまにはいいと思う…」 「そういや、そんな事したことねーな」 でもどこに住んでいるのかわからない。 わざわざ相手にそれを尋ねるもの変ではないか?やるならさり気なくの方がいいだろう。 「…だったら、贈り物につけてやればいい…」 「そっか。うん、そうだな。それで旦那ならば何贈る?」 話がまた戻る。周泰は溜め息をつく。 「…少しは自分で考えろ…」 「わ、わってるけどよ…あ〜」 甘寧は本当に何を贈って良いのか悩んでいるようで頭を抱えてしまう。 周泰はくすりと笑い甘寧の頭をくしゃりと撫でた。 悩んでいる姿が微笑ましくて。 「…自分がいいと思ったものならばいいだろ…」 「あー酒はまずいよな?」 「…喜ぶのは孫権様ぐらいだ…」 「だよな」 *** 「!」 菜の花畑を一緒に見に行き、想いを告げて以来、自然とその場所が二人で会う場所となっていた。 流石に毎日は無理だったが、甘寧は空いた時間があれば必ず来てくれた。 は甘寧よりも自由な時間を作りやすかったし、彼が来ずともそこへと足を運ぶことは苦ではなかった。 「悪ぃ。また待たせちまったな」 「いいえ。待つのは嫌いではありませんから」 「俺が嫌なんだよ」 少し唇を尖らせる甘寧。 だが、すぐに何かを思い出したようでコロッと表情を変えた。 ごそごそと懐から何かを出し、の手にそれを持たせる。 「?」 「お前にやる」 「私にですか?」 「あぁ。他に誰がいるんだよ」 「そうでしたね」 白い布に包まれたもの。 しゅるりと中から姿を見せたのは桃色のつげ櫛だった。 「何か、なんでもいいから…いや、なんでもじゃマズイよな」 甘寧は後頭部をがしがしと掻く。 「その、に何かを贈りたくてよ…あーなんだ、気に入らないなら適当にその」 はキュッとつげ櫛を壊れないように握り締める。 「嬉しいです」 贈ってくれたのが甘寧だから。自分のためにと思ってくれたのが。 「そ、そうか?毎日使える物だしな、そう言ってくれて嬉しい」 が思っていた以上に喜んでくれたのを見て甘寧は安堵する。 「あ」 つげ櫛を包んでいた白い布。 櫛の下に一枚の料紙が。 「紙?」 「あ、あーその!とにかくだ、貰ってくれて嬉しかったぞ!」 甘寧はそれだけ言って物凄い速く走り去った。 「あ、興覇……もう」 まだそんなに時間も経っていないのに。 料紙からは墨の匂いがした。何か書かれているのだとそれで気づいた。 は料紙を取り出し開いた。 料紙には一言。 ずっと一緒だ たった一言それだけなのに、は一瞬にして顔を赤く染めた。 「興覇、知っていますか?」 は甘寧が去った方を見つめ呟いた。 「櫛を贈ると、二人の間に揉め事が起こっても、櫛が何事もなかったように綺麗にときほぐしてくれるんですって」 甘寧と喧嘩なんかしたくはないけど。 きっと何があっても大丈夫じゃないかな。 そんな気がした。 たった一言だけど、この文も一生懸命甘寧が考えてくれたのだ。 ずっと大切にします。 実際につげ櫛は縁起の良いもので贈り物としては最適なのですよ。
旅立つ相手につげ櫛を贈ると、将来必ず再会できると言われているそうですよ。
06/04/18
13/04/01再UP
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