|
せかいでひとつのたからもの。
【3】 破落戸に因縁を吹っかけられて困っていた所を助けてもらった。 その礼と言って街を案内してあげたら、逆に土産を貰った。 聞きたいと思っていた名は聞けなかったが、字らしきものは聞けた。 残念ながら本人の口からではないが。 “コウハ”と。 でも、代わりに自分の名前は伝えられた。 今はそれだけでもいい。 次に会える時が楽しみだ。 とは思いつつも、そう簡単に再会できるわけもなく。 日が過ぎていく。 向こうだって忙しいだろう。 あの時、偶然会えたのがすごいのだ。 でも、自然と街に出ると彼を探してしまう。 最近の自分…。 「まぁ、無理だとわかってはいるけど…」 夕餉の買い物に来ていた。 必要なものは全て買った。 だから、後は家に帰るだけ。 帰るだけなのだが、つまらない。 今日も会えなかったと言うことに。 軽く溜め息をつきながらも歩き出す。 だけど、神様はいたようだ。 「どうした?背中丸めてよ」 恥ずかしいと思ってスッと背筋を伸ばす。 だが、聞こえてきた声にゆっくりと顔を向ける。 「よっ、久しぶりだな、」 手を上げてニッと笑んでいる男。 がずっと会いたいと思っていた人だ。 はふわりと笑む。 「コウハ様。お久しぶりです。お元気でしたか?」 「あ?なんだよ、それ」 男はあからさまに眉を顰める。 何か気に触ることでもしたのだろうか?は焦る。 「興覇様ってなんだよ」 「え、先日そう呼ばれていたので、違うのですか?」 「いや、興覇つーけどさ。その、興覇様って様付け、なんとかなんねーか?」 そう言う呼ばれ方は慣れないと後頭部を掻く。 「では、なんてお呼びすれば」 「普通に興覇でいいんじゃねーの?」 「え、でも…」 「ま、好きに呼べよ。あ、様付けは禁止な」 はどう呼べば良いか悩むが、少し照れながらも呼んでみた。 「コウハ」 「お、おぅ、なんだ?」 「呼んでみただけです」 「そっか」 少し二人で歩いた。 コウハって字は興覇と書いて、自分で考えたとか。 そして姓は甘、名は寧。 少しずつ、彼の事を知ることができて嬉しく感じる。 「では、今はお一人で暮らしているのですか?」 「そうだけど、ほとんど世話になっているおっさんのトコに転がり込んでる」 「そうなのですか」 「おっさんも好きなだけいてもいいって言ってくれたし、その代わり、たまに難しい話聞かされたりしてよ」 それがなければ、住み心地は抜群だそうだ。 「は?前に兄貴がいるって言っていたな」 「はい。兄上と兄妹二人で住んでいます。両親は亡くなってしまったので」 「そうか…」 「あ、お気になさらないでくださいね。もうその生活にもなれましたし、私にはまだ兄がいますから」 にっこり笑む。 と言う子はパッと見おっとりしていて、少し抜けているかと思えば、心はしっかりしているようだ。 「…あぁ、そうだ。菓子美味かった」 「豌豆黄と椰皇蘋葉角ですね」 「それそれ。皆美味ぇ美味ぇって食ったけどよ、一人だけ嫌いだつって食わなかった奴いるけどな」 こんな美味いものが嫌いだなんて勿体無いと甘寧は思ったくらいだ。 も残念ですねと頷く。 「その方は甘いものが苦手なのでしょうか?私も兄と食べましたが、兄は喜んでくれましたし」 「だよな〜」 甘寧は頭の後ろで腕を組んで歩いていたが、立ち止まる。 もそれを見て止まる。 「興覇?」 「俺、こっちに用事あんだ。ここでお別れだな」 「そうなのですか…あっという間ですね」 「おぅ……」 単純に会話をしていただけなのに。 お互い寂しさがこみ上げる。 「「あの(よ)」」 「な、なんだ?」 「なんですか?」 「「………」」 甘寧は頭を少し乱暴に掻いてから口を開く。 「またよ…どっかで会えるといいな…って思ってよ。俺、あんま知り合いいねーし」 「わ、私もです」 「そ、そうか?」 は小さく頷いてから一方を指差した。 「?」 「ここから、少し歩いた所に川があって、土手に綺麗な菜の花が咲いているのですよ。だから、今度一緒に見に行きませんか?」 甘寧はその方向を見る。 当然川も菜の花も見えはしないが。 「あぁ、いいぜ。見に行こうぜ」 「はい」 「ただ、俺休みとか決まってねーんだよなぁ」 「お暇なときで良いですよ。私、そこで待っていますから」 甘寧が空いた時間にでもそこへ来てくれればいい。 そう思った。 だが、甘寧は慌てる。 「それだと、アンタはずっと待ちっぱなしじゃねーか」 「私は時間に余裕があるのですよ」 「でもよ」 「ふふふ、お気になさらず」 甘寧は首を横に振った。 「そういや、アンタは結構強情だったな」 「興覇もそうでしたよね?」 「参った。今回ばかりはの厚意に甘えるとするか」 ダメだと言っても彼女は待っていそうな気がする。 「俺もなるべく早めに時間作るからよ、でも無理すんなよ、天気が悪い日は来なくていいからな」 最初は世話を焼くような人には見えなかったのだが、なんだか心配性な所が兄にそっくりな気がする。 何度も念を押す甘寧に、大丈夫と言って送り出した。 *** 思っていたより早く約束は果たされた。 甘寧は翌日には姿を現したのだ。 だか、かえってそれがには心配だった。 「本当に時間が空いたのですか?」 川原を並んで歩く。 近くには眩しいくらいの黄色が沢山あった。 「空いた」 「興覇の方こそ無理をなさったのではないのですか?」 「無理なんかしてねーよ。が思うほど俺は忙しくもねーし」 「本当ですか?」 「本当だ。心配性なのはどっちだよ」 甘寧は苦笑する。 は言われて少し顔を赤くする。 「もし、これが原因で興覇がクビにでもなったら…困るじゃないですか」 「そうか?その時はその時だろうし、でも、このくらいじゃクビにはならねーよ」 「だと良いのですが」 「平気、平気。お、すげーな。ほら、見ろよ」 甘寧はの手を引く。 「アンタの言ったとおりに綺麗だな、菜の花。今まで花になんか興味もなかったけど」 たまにはゆっくり見るのもいいものだと甘寧は言う。 自然と菜の花畑に足を踏み入れてしまう。 「菜の花って食っても美味いんだろ?」 「そうですね。なんの食材にも合いますね。あ、でも少し癖があるかも。苦手な方もいますよね」 「持って帰るか?今晩のおかずになるだろ」 「無理ですよ。花が開ききっているじゃないですか」 「あれ、食えなかった?」 はくすくすと小さく笑う。 「食材として出される場合は、花が咲く前ですよ」 「そうだっけか〜?」 「そうですよ。でも、少し持って帰ろうかな。綺麗に咲いているの、兄上にも見せてあげたいから」 「そりゃいいな。兄貴も喜ぶだろ」 は繋いでいない右手で菜の花に触れた。 会話が途切れるが嫌な感じはしない。 穏やかにゆっくりと流れる時間。 軽く繋がれていた手が、ふと強くなった。 は何事かと思い、甘寧を見上げる。 「今更、言うのもなんだけどよ……アンタ、俺みてぇなのと一緒にいてもいいのか?」 「え?仰る意味がわかりませんが?」 キョトンとしてしまう。 甘寧はに目を合わせず、少し乱暴に言い放つ。 「身なり見ればわかるだろ?怖くねぇのか?俺が」 袖の下から見える身体に刻まれたもの。 それを身体に刻んだことに後悔はない。 「怖くありません。興覇のことを怖いだなんて思ったの一度もありません」 見た目以上に優しい人だと思うから。 は優しく手を握り返す。 「可笑しなことを言いますね、興覇は」 「ば、馬鹿。俺は、その、なんだ……アンタが嫌な思いをしたらさ…謝ってすみそうにねーし」 「興覇と一緒にいて嫌な思いなどしたことはないです」 「周りが、何か言うかもしれねーだろ」 「言われたことないです」 「影で言っているかもしれねぇ」 「そのようなことを言う方たちとは、私の方から縁を切ります」 「そ、そうか」 何故か、急に周囲の目が気になった。 人に何を言われようが、影で叩かれようだ、今までは放っておいた。 言いたい奴には言わせておけ。 それが甘寧の考えだ。 でも、までもが悪く言われたら、と思うと我慢し切れなくて。 別に言われたわけではないが…。 「なんか、俺変だ」 「変ですね」 「色々」 甘寧の口から笑みが零れた。 「アンタみたいな女、嫌いじゃねぇな」 「え」 「最初は何考えているのかわかんねー女って思ったけどよ」 「それは少し酷くありません?」 「今もわかんねーことあるけどな…でも、嫌いじゃねぇ。寧ろ好きだ」 の頬が薄っすらと朱に染まる。 「あ、ありがとうございます。私も興覇のこと嫌いじゃないです。す…好きです」 一緒にいて楽しくて。 街を一人で歩いていると、自然とその後姿を捜してしまう。 最初から、出会った時から惹かれていたのだろう。 「そっか。ありがとな」 繋いでいた手が離れた。 「あ」 でも、すぐに甘寧の逞しい腕に包まれた。 「これからもよろしくな、」 「はい」 *** 「あれ、珍しいじゃん。菜の花なんて」 帰宅した凌統の目に入ったのは鮮やかな黄色。 沢山の菜の花が活けられていた。 「そうですか?今、沢山咲いていますよ」 「そうじゃなくて、いつもならもっと違う花を活けるだろ?」 「まぁ、そうかもしれませんね。でも兄上にも見せたくて」 「俺に?」 「はい。とても綺麗に咲いていたので」 「確かに見事だと思うよ」 は活けられた菜の花見て優しく笑う。 「なに?なんか嬉しそうだな」 「そう見えますか?」 「見える、どうした?」 「うふふ。春だからじゃないですか?」 「はあ?」 は夕餉にしましょうと言って、奥へ引っ込んだ。 かなり機嫌のいい妹を不思議に思うも。 今日は珍しく静かに過ごせたので良いかと思い、凌統もの後に続いた。 甘寧とくっついたが、この話はこの先が重要。だって兄がね…w
06/03/17
13/03/24再UP
|