せかいでひとつのたからもの。




ドリーム小説
【2】





「うっせーな。女みてぇにグチグチ言ってんじゃねーよ」

「なんだと!誰のせいだと思ってんだ。アンタの方こそ少しは頭使ったらどうだい」

「あ?」

これが最近よく見る日常。
城のどこかで必ず一度は見られる光景。
凌統がある男と喧嘩をしているのだ。
何かあるごとに男に突っかかる凌統。
男も気が短い性格なのでそれに乗ってしまう。

「やろうってのか?」

「上等。俺としてはいつでもいいぜ」

「止めんか!二人とも」

それを止めに入る呂蒙の姿も日常の一部だ。

「いい加減にしろと何度言えばわかるんだ」

「だってよ、おっさん。コイツがよ」

「甘寧。お前にも原因はあるんだ、少しは自重しろ」

男・甘寧は呂蒙に叱られて少し大人しくなる。
ザマーミロと内心思っていると、呂蒙は凌統を見て同じ事を言う。

「凌統もだ。孫権様にも言われただろ」

凌統の気持ちはわからなくはない。
甘寧は凌統にとって特別だ。
普段冷静な彼もどうしても抑えきれないものがある。

なぜなら、甘寧は父の仇なのだから…。

「少し頭を冷やせ」

「わかりました…」

凌統は二人に背を向けて歩き出す。

「凌統。殿が心配している、無茶をするなよ」

呂蒙が歩き出した凌統に向かってそう言った。
凌統はと言われて驚いた顔を呂蒙に向けるが、すぐさま頷いて立ち去った。

「おっさん、って?」

「凌統の妹だ」

「へぇ〜妹がいるのか…気の強そうな女だろうな」

フッと脳裏に浮かんだのは仕える君主の妹姫だ。
あんな感じなのだろうなと。

「それより甘寧。お前も一々かまうんじゃない」

「なんだよ、俺が悪いのか?」

「凌統がお前に感情むき出して向かっていく理由ぐらいわかるだろう」

「そうだけどよ、仕方ねーだろ。んな事は…」

甘寧の顔が渋る。
孫呉に来る前の戦で甘寧は凌統の父を斬った。
それは戦の中でならば仕方のないことだ。
自分の役目を果たすためだ。

その後色々あって、孫権に仕えた方がこの先の自分には良いと思ったから帰順を申し入れた。
それを孫権が受け入れてくれたのだ。
今では孫呉の武将として突き進んでいるつもりだ。

「少し距離を置けと言っているんだ。すぐには片付かないものだろ?」

「………」

「気晴らしに街にでも行ってこい。俺が許す」

その代わり、何か美味いものでも買ってこいなんて呂蒙は言った。
それもいいと考えた甘寧は呂蒙の厚意に甘えることにした。



***



「うん。きっと兄上は喜んでくださるわ」

市場に来ていた
今日の夕餉のおかずにとあれこれ買った。
大抵は凌統の好物を中心に買ってしまう。
兄が稼いだお金で食べているのだから、食事は兄に喜んでもらいたいもの。
先ほども店で豌豆黄(えんどう豆の羊羹風)を買った。

「最近苛々していることが多いし、少しは落ち着いてもらいたいし」

自分で作ることもできるが、凌統はその店で作ったこの羊羹が好きなのだ。
機嫌が悪いまま帰宅しても、これを食べれば大丈夫ってところだろう。

「あと、なにか買うものはあったかしら?…」

買ったものと足りないものを思い出しながら歩く。

「…きゅうりは買ったし…ないわね…多分…」

そんな風に歩いていると注意を怠ってしまう。
角を曲がった時に反対側からやってきた人とぶつかりそうになる。

「うぉ!危ねぇ!」

「え」

気付いて一歩下がるがぶつかると思って目を瞑ってしまう

「大丈夫か、アンタ」

上から聞こえた声にハッと顔をあげる

「あ、お前…この間の」

「あ、あなたは…」

この前破落戸に絡まれた時に助けてくれた男性だ。
また会えたと思っては嬉しくなる。

「悪かったな、ぶつかりそうになって。大丈夫か?」

「は、はい。私は平気です。私の方こそ考え事をしていたのでちゃんと見ていなくてすみませんでした」

さらに先日の出来事に関して改めて礼をいい頭を下げた。

「先日は危ない所を助けていただきありがとうございました。
あのまま誰にも気付いてもらえなかったら、どうなっていたのだろうかと後から震えてしまいました」

「いいって。大したことじゃねーから」

男は頭を掻きながら笑う。

「何かお礼をしたいのですが」

「礼?礼なんていらねーよ」

「ですが」

は一歩も引かない。
男も同様だ。
そんなやり取りが数分も続き男が息を吐いた。

「アンタも中々強情だな」

見た目と違って。
綺麗な淑やかなお嬢様に見えるのに。

「こういうものはきちんと致しませんと」

「そういうもんかね…あ、じゃあさ。ここら辺のことを俺に教えてくれないか」

「教える?ですか」

「おぅ。俺は生まれも育ちもここじゃねーんだ」

聞けば最近になってこの街に住むようになったらしい。
だから、この前と会った時も散策の途中だったとのことだ。

「それでよ、世話になってるおっさんに土産を買って帰らなきゃなんねーんだ」

かと言って、あまり知らない場所だから何を買っていけばいいかわからないらしい。
は礼をすると言うには物足りないと思うが、男が困っているのならばと案内を引き受けた。

「今の時間は皆さん夕餉の支度のために来ているのですよ」

ここらでも大きい市場。
なんでも手に入るとまでは行かないが、なくては困る場所。
もここを利用している。

「そういや、アンタと会ったのもここらだったよな?」

「はい、あの時も夕餉の材料を買いに来ていたのですよ」

「あの時いたような奴らってのは多いのか?この街は」

は首を横に振る。

「いいえ。あのようなことは私も初めてです」

孫権の膝元であるこの街が必ずしも安全だとは言えないが、それなりに治安はいい方だ。
じゃなければ、心配性の兄が一人で出歩くのを許さないだろうなとは思い、更にその様子が想像できてしまい笑ってしまう。

「あ?どうした?」

「い、いえ。あの、お世話になっている方へのお土産はどうなさいますか?」

「あーどうっすかな〜」

「お酒を楽しまれる方ならば、つまみになるようなものが良いですよね」

男は腕を頭の後ろで組みながら歩いている。

「果物とかでいいや。この後持って帰るし」

仕事の合間に食べるような簡単なものがいい。

「そうですね…と言っても今の時期はお薦めできるようなものはないですよ?」

季節じゃないからと。

「お菓子はどうですか?私、先ほど自分でも買いましたが美味しいものを知っていますよ」

「菓子か…それもいいかもな。よっしゃ、その店教えてくれよ」

「はい」

ほんの些細なことなのに、とても楽しいと思える。
この男の性格なのだろうか?
兄以外の男性と一緒にいると言うと緊張してしまうものだが、この男は違う。
そう思えるのは、どことなく兄に似ている部分もあるからだとは思った。

「でよ、何がお薦めだって?」

店に着いて、商品棚に並べられた菓子を見て男が訊ねる。

「あ、えーと…豌豆黄が美味しいんですよ。私の兄の好物でもあるんです」

「へぇ…どれだ?見当たらなねぇぞ」

棚にはそれらしきものがない。
なので店主に尋ねると、今日の分はもう売り切れてしまったそうだ。

「売り切れ?なんだ、残念だな〜」

じゃあ他のにしようかと男は選び始める。
は折角と思ったのにダメになって少し落ち込む。

「お、これも美味そうじゃん…こっちもいいな〜なぁ、アンタならどれが良いと思う?」

「そ、そうですね…椰皇蘋葉角でしょうか」

「じゃあ、それにすっか。おっさん、これくれよ。あるだけ全部。で、二つに分けてくれな」

「全部そのお世話になった方に?甘いものお好きなのですね」

「いや、俺も食いたいし。皆で食えば美味いじゃん」

「あ、そうですね」

金を払って店を出ると、男が持っていた袋の一つをに渡す。

「え、これは?」

「アンタの分。結構歩かせちまったし、時間とらせちまったしな」

「別にお気になさらなくても。これでは私の方が」

助けてもらった礼の代わりとしてここらを案内していたのに。
逆に土産まで貰ってしまうとは…。

「気にすんなって」

ニッと笑む男の顔に少し恥ずかしくなる。

「あ、では少しお待ちくださいね」

「あ?」

は店の中に戻った。
しばらくして出てくると、甘寧に白い包みを渡す。

「豌豆黄。私が買ったのをお店に頼んで二つにわけました。良かったらこれも食べてください」

「おいおい、それはアンタの兄さんが」

「いえ、兄は椰皇蘋葉角も好物ですから」

男は頭を掻く。

「ありがとうな。貰って皆で食うよ」

「私も兄と一緒に食べますから」

短い時間ながらも楽しかった。
また会えて嬉しかった。

「あ、なぁ。アンタの名前聞いてねーな。教えてくれよ、それでまたどっか案内してくれねーか?」

「はい、勿論。私の方こそあなたのお名前を教えてもらいたいです」

今まで名も知らなかったけど、不思議と変な気はしない。

と申します。改めてよろしくお願いします」

か…(あ?どっかで聞いた名だな…まぁいいか)よろしくな」

男が自分の名前を告げようとした時。

「兄貴ー!どこですか!?」

「?」

男が数人走り回っている。

「あ。あいつらなんだよ…」

男が眉を顰める。
同時に向こうも気付き駆けて来る。

「いたー興覇の兄貴〜探しましたぜ」

「なんだよ、大声でうるせー奴らだな」

「そんなのはどうでもいいんですよ!早く来てくださいよ」

「お、おい。待て、こら!」

あれよあれよと、男は連れられて行った。
一人ポツンと取り残される
賑やかな市場の空気からも、隣から消えた男の空気からも…。

でも一つだけわかった。
仲間の一人が男の事を“コウハ”と呼んだ。
きっと字だろう。
でもわかっただけでも、男に自分の名前が伝わっただけでも嬉しかった。

「コウハ様か…また会えるといいな」

寂しさはあったが、少しは足取りが軽くなるだった。



***



「なんだよ…たいした用件じゃねーじゃねーか…」

ブツブツ文句を言いながら甘寧は呂蒙の執務室へと向かった。
急に呼び戻されたが、行ってみるとあっけなく用事は済んだ。
街で再会したにちゃんと挨拶もできないまま別れてしまったし。

「しょうがねーか…また会うだろ」

なんとなくそんな気がするから。

「おっさーん!美味いもん買ってきたぜー食べようぜ〜」

市場のある店で仕入れたお菓子。
がお薦めだと言った二品をこれから食べようじゃないかと呂蒙の執務室へ押しかける。

「げっ」

扉を開けると、そこにいたのは呂蒙の他に陸遜と凌統が。

「ご機嫌ですね、甘寧殿」

「おぅ。中々楽しかったからな」

甘寧の姿を見て嫌そうな声をあげた凌統を軽く流してそのまま中へ入る。
陸遜に店で買った二品を渡す。
その隙に凌統が逆に部屋から出ようとするので、思わず甘寧は腕を掴んで引き止める。

「な、なんだよ」

「お前も食ってけって。美味いって教えてもらったもんだし」

「お、俺はいい…アンタと一緒になんて」

陸遜が菓子皿に甘寧の土産を盛り、お茶を淹れた。

「あ〜豌豆黄と椰皇蘋葉角じゃないですか、僕好きですよ」

土産の品を見て陸遜が言う。
凌統の耳がぴくりと動く。

「ほぅ。美味そうだな」

呂蒙も仕事をしていた手を休めた。

「だろ?俺もそう思う。だからお前も食ってけ」

凌統をあまり構うなと呂蒙に言われたばかりの甘寧。
だが気にもせず、いや忘れていると言うのが正しいのか凌統を自分の領域に引っ張り込んでいる。

「遠慮しておく」

甘寧の手を振り解く凌統。

「俺はそれが嫌いなんでね。嫌いなものが二つもあっていい気分じゃないし、それじゃあ」

呂蒙に一礼する凌統。

「そ、そうか。先ほどの件は明日また話すとしよう」

静かに扉を閉めて出て行く凌統。
甘寧は少し面白くなさそうな顔をするが、目の前にある菓子のおかげでそれほど腹を立てずに済んだ。

「この菓子美味いな〜これ嫌いなのか、アイツ。勿体ねーな」

美味しいお菓子なのにと甘寧はパクリと豌豆黄を食べていた。



「なんだっての…くそっ」

帰宅した兄はまたも不機嫌だった。
毎度のこととは言え、も少し心配になる。

「兄上。先ほど買ってきましたの。お食べになりませんか?」

は豌豆黄と椰皇蘋葉角を凌統の前に出す。

「………」

出されたものを見て、先ほどの嫌いな男が脳裏をよぎる。

「どうかしましたか?」

「い、いや。なんでもない」

豌豆黄の一切れを凌統は口に放り込んだ。

「あぁ、美味いな。いつもの店のものなんだろ?」

「はい。兄上にと思って。いつもお疲れのようですし」

そう言えば呂蒙にが心配していると言われた。
いつも苛々した態度で帰宅すれば心配するのは目に見えていたのに。
自分の態度を改めなければと反省する。

は食べないのか?俺一人じゃ食いきれないって」

と菓子皿を指差す。
はニコリと笑む。

「はい、いただきます」

妹と二人のこんな時間が一番好きなのだろうな。








兄の態度は後ほど裏目に出るのが素敵にわかる(笑)
豌豆黄と椰皇蘋葉角。
豌豆黄(ワントウホワン)はえんどう豆の羊羹風。椰皇蘋葉角(イエホワンピンイエチィアオ)はココナツあん入りもちの
木の葉包み。どちらも私の好きな『沈夫人の料理人』2巻に出てくるお菓子です。
06/01/19
13/03/23再UP