|
落花流水
「。話を聴け。いい加減顔を見せろ」 「子桓の顔なんか見たくない」 曹丕がの肩に手を置こうとしたが、はそれを弾く。 「なんだと?」 「いいから帰って!」 強く言い放つものの、本当は怖い。 曹丕が言うように、ただの我が侭なのだろう。 許昌からギョウへ移り住むのはほぼ決定事項。 曹操の右腕とされる夏侯惇がそれを断るはずもない。 いつでもどこでもそばに居て、曹操の命を全うするのが夏侯惇だ。 いや、命じられればどこにでも行くだろう。 それを、父と共に行くのを初めて拒んでいる。 しかも、幼い理由で。 曹丕が甄姫を娶ったのならば、その仲睦まじい姿など近くで見たくもない。 曹操の跡継ぎとして立派に努めるだろう。 その姿はきっと幼馴染としては誇らしい姿になるだろう。 自慢になるだろう。 でも、嫌なのだ。 その側にいるのが辛いんだ。 だったら、友だちがいる慣れ親しんだ場所で一人でもいいから残りたいのだ。 幼い行動だとわかっている。 わかっているけど、長く曹丕を想い続けていた自分なりの抵抗なんだ。 こんな自分を曹丕は呆れるだろう。 そして夏侯惇にもどうしようもない奴だと愚痴るだろう。 「」 曹丕の声音に胸の辺りがキュッと痛む。 「なぜ顔を見せない」 「………」 もういいから、早く帰ってくれ。 「私の顔を見たくないという理由はなんだ?私が何をした?」 「………」 「小父上はお前の様子が変だと心配されている。私の所為ならば小父上には私が謝る」 「なんでよ…」 曹丕の所為なのかもしれない。 大きな原因は。本をただせばと言うならば。 だけど、自分が顔を向けないのはただの意地だ。 曹丕自身は、の気持ちなどを汲む必要はない話ではないか。 自身の婚姻の話しとなれば。 「……お願いだから……帰ってよ……」 強く言えなかった。 もう放っておいて欲しくて。 これ以上、惨めな思いはしたくないんだ。 【4】 「断る」 曹丕の一言に肩がびくりと揺れた。 呆れて、嫌になってとっとと帰ってくれるものだと思って、いや願っていたのに。 曹丕は一蹴する。 そして、一歩彼が近づいたのがわかった。 「お前のその態度が気に入らない」 「気に入らないなら帰ってよ」 「私にだけ、と言うのがさらに気に食わぬ」 「………」 また一歩曹丕が近づく。 「言いたいことがあるのならば、はっきり言え」 「い、言ったところで…別に」 「言わねばわからぬ」 だからって言ってどうするのだ? あれか? 振り返って笑顔で「結婚おめでとう」などと言えばいいのか? 婚姻を内緒にしていたのを拗ねているだけだなどと理由でも作ればいいのか? ここで、曹丕に長年の想いを告げたところで何も報われないのならば。 言えることなどないじゃないか。 幼馴染として、彼の婚姻を祝福するしかないだろうに。 もっともっと、嫌な自分で悪ぶればよかった。 けど、そんな事もできないから。 いい子ぶるしかできないんだ。 「苛々する」 「っ!」 突き刺さる曹丕の言葉に目を瞑ってしまう。 「なぜ私だけだ」 「………」 「私にだけ顔を見せぬ」 「………」 「張遼には嬉しそうに笑顔を振りまく癖に。子建の贈り物は袖を通し、私の贈り物はどうでもいいわけか」 今、何を言っているのだ?曹丕は。 張遼と曹植の名前が出たが。 今、この二人の事は関係ないはずなのだが。 「数ヶ月ぶりだと言うのに、一向に私に顔を見せぬのが腹立たしい」 曹丕だけを無視した形をとったことに、彼は苛立っているのか? 確かに、そうしてしまったのだが。 その理由は、甄姫と言う存在がその傍らに居たから。 そんな姿を見るのが嫌で。 「着たよ、ちゃんと…」 「」 「子桓が戦から戻ってきた日に、私ちゃんと子桓のくれた着物着たもの。 靴も、簪も、子桓が仕立てて、見立ててくれたものを着て、一番に子桓に見せようと思って行ったもの」 「だが、お前は」 「行けるわけないでしょ!?あんなの見たら!!」 曹丕が苛立つ理由が、なんだかとても腹立たしく感じた。 曹丕に文句を言われる筋合いなどないと。 自分が何を好んで、何を着ようが勝手だろう? 「あんなのとはなんだ」 「………」 「」 言えと背中に圧がかかる。 「」 は拳をキュッと握る。 少しだけ息を吸い込み、口を開く。 「綺麗な、お嫁さん、引き連れて、いるのを…見たら、子桓に会えるわけないでしょ」 「………」 言ってしまった。 頭のいい曹丕ならば、きっと意味が通じてしまう。 「ずっと子桓が好きでした」なんて淡い告白劇などもできずに。 バカみたいに白状する形になった。 (本当、バカみたい) 悔しい。 ただの負け犬の戯言にしか聞こえない。自分で口にしておいて…。 「………」 「髪だって、ばっさり切って。なんか私の知らない子桓がいるし…」 この際だ。 全部吐いて、すっきり楽になってしまえばいいんだ。 全部吐けば、曹丕だって納得するだろうから。 そうすれば許昌へ残る言い訳にだってなるはずだ。 「城下でだって、有名だよ。子桓は綺麗なお嫁さんをもらったって。 曹家はこれで安泰だってさ。よかったね…早くギョウで新しい生活始めればいいじゃん…」 友だちは皆そう言っていた。 夏侯惇も曹丕を見て驚くと言って楽しそうだった。 もいつか夢で見た。 曹丕に綺麗な奥方が居て、その腕に可愛い子どもが居て。 あぁ、正夢になってしまったんだと思って。 「だから、わかったでしょ・…私のこと、放っておいて…」 早く戻って甄姫を慰めてやればいいじゃないか。 可愛げのない、大人げない態度をとった幼馴染に呆れたように。 「本当…早く帰ってよ…」 胸が痛い。 ジリジリするし、チクチクする。 このままだと、泣くぞ。 場違いだとわかっていても、自分は曹丕に妹としか見られていなかったんだと改めて思えば。 沢山涙が出るに決まっている。 せめてその姿を曹丕に見せないようにしたい。 かっこつけたわけでもなく、ただの意地で…。 「なんの話だ」 「………?」 曹丕の反応が変だ。 苛々する。腹立たしいと口にしていたが。 その言葉からもその苛立ちを感じる。 「言っている意味がわからぬ」 「わからないって、だって!」 思わずは振り返ってしまう。 曹丕の顔など見たくもないと思ったのに。 「だってなんだ?」 曹丕の眉間に深く皺が刻まれている。 拱手し、を睨みつけている。 「私の嫁だと?なんの話だ?」 「………え?」 面白くなさそうな曹丕。 「なんだ、父が勝手に決めたのか?それとも連れ込んだのか?」 「あ、れ?だって、子桓」 「だから、なんだ?私に嫁など居らぬぞ」 「え?……だって、さっきも甄姫様と…」 「甄?」 が城に行った日。曹丕の後ろを着いて歩いていた甄姫。 曹丕の世話をしているらしい話も聴いた。 城下でも話題になるほどで、曹丕が彼女を見初めたことで、曹操が豪く悔しがったという話もある。 「子桓が、戦で甄姫様を見初めたって」 「いや?」 「え……あの」 「何を勝手なことを抜かしているのだ…甄は違うぞ」 「え……えー?」 本人が言うのだから、そうなのだろう。 この状況で、後から、嘘でした。なんて言うはずもない。 曹丕が冗談を言うこともほとんどないのだから。 「で、でも、実際、甄姫様、子桓と一緒に」 「まぁ…副官のような役目だな。あれは戦でも中々の活躍をした。だから、副官として欲しいと思っただけだ。有能な者を手に入れて何が悪い」 「…………う」 は身を縮ませる。 恥かしい。 穴があったら入りたいとはこの事を言うんだ。 「け、けど…」 「私は一言も甄を娶るなど言っておらぬが?」 「………」 「それどころか、甄は好いている男が別にいるぞ?」 「えっ!?」 またまた衝撃発言だ。 お互いにそういった感情がないと言うのか? 「まぁ、それはいいが。私から避けていたのは、そういう理由か?」 「……うん」 「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが」 曹丕が一歩前に出る。 「っ!!」 もしかして、殴られる? 怖くなり目を瞑ってしまう。 だが。 「?」 ふわりと香袋の匂いがした。 「勘違いも甚だしい……だが、安心した」 曹丕に優しく抱きしめられていた。 「し、子桓?」 「ようやく馬鹿の顔が見れた」 「ば、馬鹿って何よ」 「大馬鹿であろう?小父上に聞けばすぐにわかると言うものを…それ以前に、私に聞けば簡単だったろうに」 聞けるはずがないだろう。 「こ、怖くて聞けなかったんだもん」 「安心しろ。今の所のそのような話はない」 「あ、安心って、言っても…」 「だから早く見せろ」 「?」 「私が贈ったもの一式、ちゃんと着て見せろ。結構楽しみにしていたんだ」 曹丕がの耳元で囁く。 「お前に会えるのを、楽しみにしていたのだ。この私が」 涙が出た。 さっきとは違う涙。 嬉しい涙が。 の頬をそっと伝った。 って言うオチw甄姫さまは嫁ではなく、副官としてだそうだ。
まぁ、一度も嫁とは言わせていませんがね。
10/05/16
13/02/17再UP
|