落花流水




ドリーム小説
曹操は着々と地盤を固めていき、大陸統一の為の最大の壁となる袁家攻略に乗り出した。
河北一帯は袁紹が支配し最大勢力として勢いがあった。
曹操に勝ち目はないようにも思われているが、勝つ為に着実に策を巡らせていた。

「子桓も行くんだ」

「あぁ。父に呼ばれた」

容易く袁家を打ち破れるとは思っていないようで、長期戦を覚悟してのことだった。
実際、戦を始めてからすでに2年は経っている。
そんな中で曹丕は曹操に援軍として呼ばれた。

「早く終わるといいけど…」

「小父上が心配か?」

「そりゃあ心配だよ……けど、父様なら大丈夫だと思うよ」

曹丕は出立前にに会いに行った。
夏侯惇は半年近く官渡に行ったままだ。
曹丕は夏侯惇に言付けがあるならばと思って、の所に行ったのだ。

「無事で居るならいいよ。私はこれと言って何も変らないし」

「そうか」

「あーあー。子桓も行っちゃうんだ。つまんないなぁ」

の親しくしている武将達のほとんど出兵してしまっている。
曹操は政のこともあるので、定期的に帰ってくるが、配下の彼らはそうも行かなかった。

「遊びに行くわけではないのだがな」

「そうだけどさ」

行ってしまえばきっとすぐには帰ってこないだろうし、つまらないとは言いつつも心配になる。
心配される筋合いはないと言い切られそうだが、今回の戦いは長引くだけでなく。
結構な被害も出ていると聞く。
そう簡単なものではないのだろう。

「母上達に顔を出すといい。昔は小父上がおらず夜泣きをしていたからな、お前は」

「ち、小さい時の話だもん!今は夜泣きなんてしません!」

長期の戦になると、夏侯惇は曹丕の母、卞夫人にを預けた。
最初は大人しくしているも、日が経つごとに夏侯惇不在に寂しくなり泣いてしまうことがあった。
その度に曹丕がいつも寝付くまで物語を話してくれたものだ。

「あ。そうだ。子桓が戻る頃には、この前仕立てた着物ができるからね」

「そろそろじゃないのか?」

「まぁね。でも子桓や父様に見せられるのは少し先でしょ?」

「そうだな」

先日誕生日を迎えた
大勢の人達から祝いの贈り物を貰った。
着物は曹丕の弟、曹植からも貰ったが、曹丕も用意してくれた。
それに合わせた靴や、装飾品も。
豪勢だなと思うも珍しく曹丕から言ってくれたことだからと遠慮はしなかったのだ。

「それ着て、帰って来た子桓を出迎えてあげるから。びっくりするわよ、きっと」

「お前を見てか?それはないだろう」

鼻で笑ったような曹丕。
は一言多いと頬を膨らませる。

「ではな。そろそろ行くとしよう」

まだやるべきことがあるからと、曹丕は席を立つ。
曹丕を見送る

「子桓。無理しちゃダメだよ?」

「わかった」

の頭に軽く手を乗せる曹丕。

「ほぼ詰めに入っていると聞く。そう長くはならぬだろう…。小父上もすぐに帰られる。それまで大人しく待っていろ」

「もう…子ども扱いして…」

「仕方あるまい。ずっとお前の面倒を見ていたからな」

曹丕はそう言って屋敷を出た。
は子ども扱い。と言うより妹扱いのままかと少しだけ寂しくなる。
妹ではなく、それ以上の存在になるにはどうしたらいいのだろうか?
自分もそうであるが、曹丕の元にだって縁談の一つや二つ届いても可笑しくない。
先日夏侯惇が自分縁談話を握りつぶしたらしいことを、曹操に愚痴られた。
そんな事をした父に驚きつつもあるも、正直すぐに嫁ぎ先を決める気はないし。
できるならばと思う相手がいるので、父には感謝したいところだ。



***



それから更に数ヶ月が経ち、夏侯惇から文が届いた。
官渡での戦いは曹魏が勝ち、袁家は後退していったと。
その掃討戦の指揮を曹丕が任されたそうだ。
夏侯惇らは先に戻るが、曹丕は少し後の帰還になるとのことだった。

「そっか…子桓はまだ帰らないんだ」

寂しいなと言う気持ちはあるが、無事で安堵した。
それは当然夏侯惇も元気だというのを知ってだ。

曹丕が出立前に話した、着物の話。
しっかり自分の寸法に合わせた。
試着してみて鏡に映る自分を見て口角が緩んだ。
早く曹丕に見せたいと思うのと、どんな反応をしてくれるのだろうかと。
曹魏の色とも言える青色の着物。白を織り交ぜ清楚で涼やかな感じがする。
でも、少しだけ今の自分には大人びているような。
装飾品をつけると更にそんな感じがする。
曹植も着物を贈ってくれたが、彼からの着物は淡い桃色の物。
柄もあり子どもっぽいような気もしたが、それはそれで可愛らしいものだ。
それに卞夫人がくれた簪を挿せば幼さが消えて少しだけ背伸びしたように見える。

「驚いてくれるかな?似合うって言ってくれるかな?」

見せた時の姿を想像すると今からわくわくしてしまう。
少しは違った目で見てくれないだろうかと。

「子桓に、一番に見せたいな…」

こんなに会えない日が続くと思わなかったから。
だから余計に、想いが募るのだろうか?
そばに居るときは、そんなに考えないで居るのに。
一人で何かしている時、ふとした時に、今彼はどうしているのだろうか?すごく考える。
相変わらず妹のようにしか見てもらえていないから、曹丕自身はあまり考えていないだろうなと苦笑して。

少しだけ。ほんの少しでいいから、戻ってきた曹丕との距離に何か変化があればいいなと願った。



***



「お帰りなさい!父様!」

およそ1年ぶりになる父との再会。
屋敷で出迎えるも、その姿を見て思わず抱きついてしまった。

「あぁ帰ったぞ。しかし、子どもじゃないんだ。少しは落ち着け」

それでも力強い腕でしっかりと抱きとめてくれた。

「なぁに?父様は嬉しくないんだ。私は父様が無事にお戻りになられて嬉しいのに」

帰って早々説教か?それは嫌だ。
を下ろした夏侯惇はその大きな手での頭を撫でた。

「誰もそうとは言っていないだろう。子離れができんと常々俺が言われるが、これは逆だな」

父離れができていないだろうと夏侯惇に呆れられた。
だけど、否定する気はない。
寧ろ肯定したい方だ。

「そうよ。父様が嫌だと言っても、私はまだまだお嫁に行かないからね」

「そいつは困った」

夏侯惇は頭を掻いた。
本当に困ったと思っているのだろうか?
曹操には縁談を握りつぶしたと聞いたのに。
でも、まだ今はいいんだ。親子で暮らす事に悪くないから。

「父様。子桓の方はどうなの?」

「ん?そうだな…心配する事はないと思うが」

戦の経験は夏侯惇に比べたら遙かに劣るが、曹操の後継者として着実に力はつけているそうだ。

「張遼達がついておるから、問題はないだろう」

張遼、徐晃、曹洪、楽進など名だたる武将が共にあると。
更に元々袁家に仕えていたという張コウと言う武将もかなりの戦力になっているそうだ。
ただ少々変わり者らしく、夏侯惇は彼とどう接していいのか戸惑う事もあったらしい。

「そう言えば、子桓がな…」

「ん?何?父様」

「…いや、やめておこう」

何か言いかけてやめてしまうなど、夏侯惇らしくない。
は気になり夏侯惇の袖を引っ張る。

「気になる。父様」

「いや、見たら驚くと思ってな。後の楽しみにとっておけ」

今しばらく待てと夏侯惇は笑ったきり話してくれなかった。

(子桓が何?…父様…)

驚くようなことが曹丕にあったと言うだろうか。
笑って済ませるようなことだ、曹丕自身に不幸があったとは考えられない。
気になって何度も訊ねようと思うも、夏侯惇はに甘いように見えて頑固な部分もある。
ダメだと一度言えば、それが覆される事はまずないのだから。



***



それからしばらくしてから、曹丕達が帰還した。
ちょうど曹操に拝謁していると聞いたので、は身支度を整えて城に向かった。
珍しい格好をしているな。と夏侯惇には驚かれたが。

「子桓はどこかな」

辺りを見回し、それらしき人を捜す。

「あぁ。その件については父の判断が必要だろう。それと…」

曹丕の声が聞こえた。
数ヶ月ぶりの声。
淡々と部下に命じている。あぁなんの変わりもない、いつもの彼の声だと自然と頬が緩んだ。

「し…」

子桓。といつもみたいに呼び止めようと思った。
だがその姿を見て声が出なかった。
腰まであった長い髪がなくなっている。
夏侯惇が言っていた、驚くことはこのことだろうか?
確かに驚くが、何故だろう、驚くことより、少し悲しかった。

「……うそ……」

しかもそれだけに止まらず、曹丕のすぐ後ろに綺麗な女性が控えていた。

「誰、あれ…」

自分よりも大人の女性。
涼やかな眼差し、立ち振る舞いなど、全てが綺麗に整っている。
何より、とても美しい姿で、彼女を見た人達は必ず立ち止まってしまう。
は柱に隠れてしまう。
心臓が酷くバクバク言っている。

「父様の言ってた…驚くことって…」

曹丕が連れていた女性のことか。
戦で敵側に好みの女性が居れば、勝ち戦の折に妻として見初める話もないわけではない。
中には部下に褒章として娘を嫁がせるなど。
曹丕が今連れている女性はまさにそういう意味なのか?

「………」

曹丕達が通り過ぎるのをじっと待つ。
両手で口元を覆った。
思ったよりあっさり、そして早くこんな時期が訪れたのかと。
誰も居なくなった回廊で、はずるずるとしゃがみこんでしまった。

「夢が、本当になっちゃうんだ…」

いつか見た夢。
曹丕のそばに綺麗な妻が居て、その腕に可愛らしい赤子が居た。
ただの夢だと思っていた、曹丕にも話して見て呆れられたものだったが。
その日はあっさりやってくるようだ。
曹丕が戻ってきて、少しでもいいから、その距離に変化があればいいなと願ったのに。
そんな変化願ってなかった。
縮まるどころか、離れていった。
そんなこと、願っていなかったのに…。

「おや、殿?どうかされましたか?」

張遼が通りかかった。
しゃがみこむの姿に気づき声をかけてくれた。

「遼、さま…」

顔をあげ、張遼を見る。
なんでもないと言いたいのに、言葉が上手く出ない。
それだけ衝撃を受けてしまったのだ。

殿?…これは顔色が悪い…」

体調を崩したと張遼は思ったらしい。

「失礼いたしますぞ」

張遼はを抱き上げた。
医官に見せようと張遼は歩き出すが、元々病気などではないので断った。
少し気分が悪くなっただけだと。
ならば、屋敷まで送ろうと言ってくれた。

「気分が悪くなり歩けなくなったのですか?声を出せば誰か気づくと言うもの…」

軒に乗せるまでしばし我慢してくれと。

「…ご、ごめんなさい」

「謝ることはありませぬ。いつも元気な姿のあなたを見ていたので驚きましたが」

張遼とも久々に会ったから、余計に心配をかけてしまったようだ。
張遼ならば、曹丕のあの現状を知っているだろう。
袁家掃討戦には曹丕に着いていたと聞く。
だが、怖くて聞けない。
誰の口から聞いても同じだろうとは思うが、曹丕の口から聞くよりはマシのはずだ。
これ以上衝撃を受けないように、さっさと楽になった方がいい。
だが。

「本当にどうなされた?震えておりますぞ」

「か、風邪、ひいてしまったのかも…あは…」

「腹でも出して寝ておりましたか?」

「遼様、酷いです。そんな子どもじゃないです…子どもじゃ…」

張遼から見れば自分が子どもに見えるのは仕方ない。
だけど、子どもに見られるというのが今は酷く応える。

殿?」

涙が出そうになって、必死に耐える。

「何を我慢なさっているのかわかりませぬが、無理に我慢なさる必要はありませぬよ」

「遼様…」

は顔を隠すように張遼の胸元で泣いた。







とうとう…と言う話。曹丕が短髪になったのはこの話から無双5仕様になったからです。
10/03/20