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だけど、それでも、きみをおもう。
それは突然だった。 【11】 「思ったより早いな…」 劉備と孫権が同盟を結び、曹操軍との戦の準備をしていると言う知らせが舞い込んだ。 それに伴い、こちらも曹操が腰を上げようとしていた。 「いかがなさいますか?」 「今夜だ」 「そうですか」 夏侯惇と張遼。 二人は戦について話し合っているわけではない。 夏侯惇が屋敷に置いている趙雲についてだ。 戦が本格的に始まる前に趙雲を逃がそうと言うのだ。 これは最初から思っていたことだ。 そろそろだなとは思っていたが、その時機が意外にも早まった。 「止めるなら、今だぞ、張遼…孟徳に言うのも…」 「ご冗談を」 張遼はくすりと笑む。 その笑みは仲間たちをからかう時と同じだ。 「あなたの方から私を巻き込んでおいて、今更それはないでしょう?」 「張遼」 「協力しますよ。私も趙雲殿は劉備の下のほうが…とは思いますしね」 本音を言えば、彼がこのままここに残ってくれても張遼は少しも構わない。 寧ろ中々楽しいのでは?そう思う。 だが、同じ武人。 彼が仕えるべき主は一人だけだ。 同じように去った友がそうだったように。 「たっぷり御礼はしてもらいますよ」 「それはそれで怖いな」 「失礼な」 夏侯惇は咽喉の奥で笑う。 自分たちがしようとしていることは、主への裏切りだ。 それでも、趙雲はこの国には必要ない。 「もう一つ」 「なんだ?」 「殿には?」 「…あいつには伝えるべきだろうが…」 黙っておく。 夏侯惇が出した答えはそれ。 が趙雲に特別な思いを抱いているのは見てわかる。 趙雲が絡むと珍しく感情的になっているから。 これで最後になるならば、ちゃんと伝えてあげるべきだろう。 でも、なんとなく言えない。 「夏侯惇殿?」 「まぁいい。好きにさせるさ」 ただ、自分からは言わない。 だから自分で気づけ。 「それにしても、可笑しなものですね」 「何がだ?」 「関羽殿がここを去られた時は、ご自身の手で討とうとして追いかけまでしたのに」 今回は逃がす側だ。 「そうだな。自分でも思う」 夏侯惇は苦笑交じりに息を吐いた。 屋敷に戻った夏侯惇は趙雲に伝える。 「今夜だ。行けるな?」 「え?……は、はい…」 突然で何が?と聞き返そうとしたのだが、夏侯惇の目を見れば何を言うのかわかったので頷く。 「孟徳に気づかれるのも時間の問題だ」 「はい」 「こちらで準備しておく」 「あの…夏侯惇殿」 なんだ?と声には出さずに趙雲を見る夏侯惇。 「本当に、良いのですか?あなたが」 「さぁな」 夏侯惇はそれだけ言うと部屋を出て行った。 本当に急だった。 でも、薄々感じてはいた。 そろそろだなと。 そう思うと、悔やまれることが二つあった。 一つは蓮と一緒に姉の好きな黄色い花を取りに行こうと約束したこと。 もう一つはにまだここを去らないと約束したこと。 最初から叶えられる約束ではなかったが、こうも早くに破る羽目になるとは… 二人とも自分に良くしてくれたから。 敵国で温かく迎えてくれた人たちだから。 「すみません…でも、私は…」 帰らなくてはならない場所がある。 大事な御子を連れて帰らねばならない。 自分が心の底から仕えるべき人はただ一人。 どんなに心地よいと思った場所でも、ここは自分のいるべき場所ではない。 「ねー子龍さん。明日魚釣りに行こう」 「え、明日?」 夕餉の時間となり、蓮が趙雲にねだった。 怪我をして寝ていた頃は食事を部屋まで運んでもらっていたが、今では一緒に食べていた。 夏侯惇の姿はない。だから4人で食べていた。 趙雲と蘭玉はお喋りではないから、と蓮が楽しそうに話すのに相槌を打つ程度だった。 「ダメ?」 「いや…明日にならないとわからないだろ?もしかしたら雨で行けないかもしれないし」 「ふらないよー雨なんて」 「そ、そうだな…」 明日なんて約束はできない趙雲は困り果てる。 嘘でもうんと言うべきだろうか? どうぜ自分はもういなくなるのだから… だが、それを蘭玉が割ってはいった。 「ダメよ、蓮。子龍様を困らせては。子龍様も忙しいのよ」 「はぁい」 魚釣りはダメだと蘭玉に言われて蓮は渋々返事をする。 「すみません、子龍様。蓮がわがままを申して」 「いえ、そのようには思っていませんから」 「いつも蓮の面倒を見てもらって申し訳ないと思っていたのですが」 「私も蓮といるのは楽しいですから」 趙雲がそう言って蓮に笑みを向けるので、蓮も僕もと元気よく返事をした。 ただ、は。 「子龍さん…」 誰にも聞こえないくらい声で呟いた。 ほとんどの人々が寝静まったであろう時間。 趙雲は寝台に腰掛けていた。 行動を起こすなら今だろう。 趙雲の動きを察したかのように扉が開き、蘭玉が顔を出した。 「子龍様。出立の準備を…お急ぎください」 「蘭玉殿」 蘭玉はニコリと笑む。 そして手に持っていたものを趙雲に渡した。 それは趙雲が長坂で身につけていたものだ。 「元譲様から聞いております。準備ができましたら厩へとお越しください」 「は、はい。ありがとうございます…あ!阿斗様を」 「私がお連れします。お急ぎください。元譲様もお待ちです」 蘭玉はスッと部屋から消えた。 趙雲は渡されたものを見て懐かしく思った。 今までずっと着ていたものなのに。 戦でボロボロになったはずの鎧が綺麗に直されている。 いや、新しくなっている部分もある。 一つ一つを確認しながら身につけていく。 最後に髪を一つに纏め、額に鉢金をキュッとしめた。 これでもうお別れだ。 最後にたちに一筆残そうかと思った。 夏侯惇には本当に良くしてもらったし。 でも夏侯惇宛に残すと、それが他の誰かに見つかった場合、余計に彼の立場を悪くしそうだ。 結局止めてしまった。 どんな言葉で礼を述べても、急に去った自分をよく思わないだろう。 幼い蓮などは特に。 でも夏侯惇や蘭玉が言えばわかってくれるかもしれない。 は… には伝えたい言葉はそれ以上に沢山あった。 でも押さえた。 言ってはいけないと思ったから。 蓮と違って彼女は自分が去ることをわかっていた。 だったら、わかってくれるだろう。 趙雲は軽く深呼吸をしてから部屋を出た。 静かに言われた厩に向かう。 趙雲が厩に向かうと夏侯惇がいた。 蘭玉も阿斗を抱いて待っていた。 「馬はこれを使え」 「ありがとうございます」 「阿斗ちゃんを落とさないようにいたしますから」 長坂で阿斗を抱いて駆けた時と同じように。 布でしっかりと固定する。 懐で何も知らずに眠っている阿斗に優しく蘭玉は笑いかけた。 「阿斗ちゃん。元気でね」 趙雲は早々に騎乗する。 そして竜胆と少しばかりの金を夏侯惇から受け取る。 竜胆といい、鎧といい、夏侯惇には本当に良くしてもらった。 「まっすぐ南に向かえ。夏口に劉備はいるようだが、新野まで行けば、とりあえずは大丈夫だろう」 「はい」 それでも追っ手が来るかもしれないから、のんびりはしてはいられないだろう。 「本当にありがとうございました。あの、蘭玉殿…蓮にすまないと伝えてください」 「…きっとわかってくれます、あの子も」 だといいな。 大人の都合で沢山傷ついてしまった子。 自分にも懐いてくれた。 そんな子をもしかしたら泣かせてしまうかもしれない。 大人を嫌いにならないで欲しい。 「早く行け」 「はい。夏侯惇殿、殿には」 「わかっておる」 趙雲は手綱を強く握る。 そして馬を走らせようとした時、呼び止められた。 「待って!」 「」 蘭玉が驚いて声を出す。 は三人に駆け寄る。 少し泣きそうな顔をしているのが、騎乗からもわかった。 「ずるい、惇兄…私だって、最後くらいお別れしたいよ…」 「殿…あの」 は趙雲に白い包みを差し出す。 「お水とおにぎり。これぐらいは持っていても平気でしょ?」 趙雲はそれを受け取ろうとする。 そこへまた別の者が駆けて来た。 「なんだ?」 夏侯惇に何かを耳打ちし告げる。 どうやら彼は夏侯惇の部下らしい。 「そうか…どうやら孟徳も気づいたようだな…逃げてもいないのに追っ手を出したようだ」 「え…は、はい」 何が何でも趙雲を手元に置いておきたいようだ。 次の戦で彼を使おうとしていたのは夏侯惇も知っている。 劉備に物理的だけじゃなく、精神的にも痛手を負わそうと思ったいたようだ。 「子龍さん!私を乗せて!」 「え!?殿、あの」 は趙雲の後ろになんとか乗ろうとする。 急に何をと戸惑うが、夏侯惇がに手を貸し乗せてしまう。 「夏侯惇殿!」 「いいんだな、」 「私が一緒ならば少しはなんとかなるよ」 「そうか。ならば行け。お前の好きなようにしろ」 「惇兄…」 夏侯惇は思いっきり馬の尻を叩く。 馬は嘶き走り出す。 馬の蹄の音が遠ざかり、辺りは静かになる。 「よろしいのですか?元譲様…」 「あぁ」 二人は黙ったまま彼らが去った方をじっと見ているのだった。 突っ走れ、どこまでも!w
06/02/19
12/11/04再UP
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