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だけど、それでも、きみをおもう。
【12】 月明かりだけが頼りだった。 同時に、自分たちの姿を晒してしまう事になる。 だが、走り続ける。 捕まってはいけない。 自分は帰らねばならないのだ。 「見えました!今なら追いつけます」 曹操が放った追っ手。 許昌からまだそんなに離れていないのだろう。 すぐに追いつかれてしまう。 静かだった。 先ほどまでは、耳に入るのは自分が駆る馬の蹄の音だけだったのに。 今では集団で近づいているのだろう、地響きまで感じる。 「殿…」 手綱を握りながら、自分にしっかりと掴まっている少女が気になった。 最後の最後まで彼女には面倒を掛けっぱなしだ。 どこかで彼女を下ろさねばと思いつつも、その機会が中々訪れない。 「いたぞー」 背後で声が上がった。 これまでかと思い、手綱を緩めた。 あっさりと諦めたわけではない。 逃げ切るつもりだ。 だが、はここまでだ。 彼女はこれ以上自分と一緒にいても困るだろう。 「子龍さん!止まっちゃダメ!走って」 「し、しかし!」 「いいから!」 に言われて再び速度を速める。 追っ手たちが弓を構えた。 少し馬を脅かせば止まるだろうと。 「待て」 それをその部隊の部隊長である男が止めた。 しかも追うのを止めてしまう。 上官の行動に部下たちは困惑する。 「何故ですか、張遼様」 「趙雲殿の後ろに殿がいた。もし矢が彼女に当たったらどうする?」 彼女は夏侯惇が保護している。いや、もうそんな言葉では表せない。 夏侯惇の家族とも言える子だ。 しかも彼だけでなく曹操も可愛がっている。 いくら趙雲を止めようと矢を放っても、それがに当たっては後が怖い。 が落馬し、そのまま趙雲が逃げれば大失態だ。 「将軍…」 「殿を人質にとられては手出しはできぬな。お前たち、引き返して殿に報告しろ」 一部を残して、部下を引き返させた。 「残りは私と一緒に追うぞ。急げ」 「は、はっ!」 残りと言っても張遼を含めて3人。 張遼が選んだ者は彼が一番信頼している部下だ。 「さて、殿は帰る気があるのでしょうかね」 曹操は趙雲が逃亡をするということを予想していた。 しかも夏侯惇は逃がそうとしているなどと言うことはわかっていた。 最初から、彼は曹操に趙雲を引き合わせようとはしなかったし。 捕虜だというのに、怪我が酷いという理由で引き取った。 普通ならば処罰を与えなくてはならないが、自分が再び捕縛してしまえばいいと思った。 命令するなら簡単だが、少々遊んでみたくなった。 趙雲が逃げ切れたら彼の勝ちと。 追っ手には張遼を差し向けた。彼の騎馬隊はもっとも優秀だから。 その中でも精鋭中の者を選ばせて。 そして、動きがあるというので追わせた。 張遼もそれに従った。 ただ。 誤算なのは、張遼も夏侯惇に手を貸していたと言うこと。 張遼は最初から趙雲を捕縛するつもりはなかった。 主への裏切りだとわかっているが… が一緒にいたのには驚いた。 夏侯惇はの好きにさせると言ったのだが、それはこう言う意味だったのか? 「とりあえず、向かいますか」 張遼は再び馬を走らせた。 *** いつの間にか追っての気配がなくなった。 趙雲は手綱を引いて馬を止める。 「子龍さん?」 「降りてください、殿」 「休憩ですか?」 「………」 趙雲は少し俯く。 手綱をギュッと握る。 「真夜中…こんな場所でと言うのは酷いと思っていますが…今ならまだ、引き返せる場所ですから…だから」 ここでお別れだと言うこと。 はコツンと趙雲の背中に頭をつける。 「本当、酷い。女の子を一人で置き去りですか?」 「え、あ、そ、それは…」 「野犬とか、賊とか…襲われるの嫌ですけど」 「殿。ですが、この先は…これ以上許昌から離れると」 「離れるとなんですか?」 わかってて趙雲に言わせる。 嫌な子だ、自分は。 「戻れなくなりますよ…きっと」 「それでも良いと言ったら?」 趙雲の腰に回していた腕にもっと力を入れる。 「惇兄は好きにしろって言いましたし」 「言いましたけど、それは…今だけです。夏侯惇殿はあなたの帰りを待っています、心配しています」 「うん。心配かけちゃってるね…」 大きな趙雲の背中。 ずっと掴まっていたから温かい。 今、彼から手を離す気はない。 「殿」 趙雲は自分の身体からを引き離そうと彼女の腕を掴む。 「だったら、戻るべきです。あなたは」 何不自由なく、優しい家族に囲まれた生活。 それを捨てるべきではない。 「やだ」 「殿。わかっていたではありませんか…私は最初からあなたの前から去る者だと」 「そうだよ」 「約束を…7守らなかったのは申し訳ないと思いますが」 「うん。急だったからしょうがないよね」 「ならば、もう、ここでお別れです」 趙雲は強引にを引き離し馬から降りる。 「殿、さぁ」 に手を差し伸べる。 本当に、ここに彼女を置いていくと言うのは忍びない。 酷いことだと思う。 でも、自分の想いを彼女の伝えるつもりはないから。 だから、ここでしっかりと断ち切りたいのだ。 「私とあなたは、敵同士です」 ここで別れれば、二度と会うこともないのだ。 は趙雲の手を取ることに躊躇するが、彼はその手を掴み無理矢理降ろした。 降りた拍子に少し身体がよろけた。 急に態度が変わる趙雲に寂しさが募る。 敵同士と言う言葉にチクリと痛みが走る。 趙雲はもう何も言わせない勢いでに背を向ける。 騎乗して、ここから離れるつもりだろう。 「子龍さん」 「………」 「子龍さんってば!私、嫌だからね!子龍さんとこのまま別れるの、嫌だから!」 ピクリと肩が動く趙雲。 は趙雲の背に抱きつく。 「何故、こんなことをなさるのですか?」 「…こんなことって?」 「一緒に来てしまったこと」 「私が一緒なら多分、追っ手さんは無茶しないだろうなって」 「私一人ならば逃げ切れた」 「うん。かもしれない。でも」 「でも?」 「私は子龍さんが大切だと思ったから。大切な人だから」 二人ともじっと動かない。 「あなたが思う大切な人は夏侯惇殿だ」 「うん。惇兄も。でも今は子龍さんが一番だから」 「だからと言って、危険な真似など…」 は趙雲の背に顔を埋める。 「誰かが言ってた。“人は大切なものがあるから。それが本当に大切だから迷ったり間違ったりする”って」 そこに誰かを思う気持ちがあると、その人のためにと思うと。 後になって後悔するかもしれないが、今は大切なもののためにと。 「私のしたことって間違っているのかもしれない。すごく子龍さんに迷惑かけたし。子龍さんだけじゃなくて皆にも。でも、だからこそ…私でもできることで協力したくて…でも本音は、ずっと一緒にいたくて…」 自分で言っていることがわからなくなる。 趙雲を無事に逃がしてくて。 まだ別れたくなくて。 なんか可笑しい。 自分の言っていること、やっていること。 あぁ…でも。はっきりわかった。 「私は、子龍さんが好きなんだ」 だから、馬鹿をするんだ。 この人のためとか言いながら、自分のために。 「子龍さん、好きです」 「…殿…」 「だから、やったことなんですよ、うん」 もしかしたら、最初から好きだったのかもしれない。 傷ついた趙雲を世話しながら。 いつの間にか。 だから、大切な家族である夏侯惇を悪く言われた時、ショックだった。 相手が趙雲だったから。 一緒に過ごすようになって、ちょっとした気持ちの温度差があって。 捕虜だとか、いずれ去る人だとわかった時に嫌だとか、寂しいとか思ったのは。 その時すでに趙雲のことが好きだったからなんだ。 「だから、好きです。子龍さんが」 「殿…」 「好き」 「あ、あの」 「大好きです」 「………」 「一緒にいたいです、ずっと…」 今の自分の顔はとてつもなく真っ赤なのだろうなって趙雲は思った。 恥ずかしい。 でも嬉しい。 思わず口元を右手で覆ってしまう。 「なぜ…はっきり言うのですか」 「え、だって言わないと伝わらないよ?」 「……せっかく、私も……自分の想いを殺していたのに…これでは」 自分も我がままを言いたくなる。 「私も間違ったことをしてしまう気がします」 「子龍さんの間違いって?」 趙雲は身体を反転させ、と向き合う。 「あなたをこのまま連れて行ってしまうことです」 「連れて行ってください!」 パァっと笑顔になる。 少し照れている趙雲だが、まだ少し不安の色も出ている。 「殿、本当に…それでいいのですか?」 「子龍さんが迷惑じゃなければ。私の気持ちはもう決まっています」 「迷惑だなんて思いませんよ…寧ろ…きっと苦労を沢山かけてしまう」 「子龍さんとならば私は平気です」 趙雲はの手を取る。 「では、私と一緒に来ますか?…いえ、来てくださいますか?」 「はい」 「きっと、あなたの大切な方々と私は戦うことになりますよ?」 「それでも…子龍さんと一緒がいい」 「殿、嬉しいです…本当に…」 趙雲はを抱きしめる。 そして告げる、自分の想いを。 「私もあなたが好きです」 キュッとの背に手を回す。 も返事をしようと思ったのだが、その前に趙雲の懐から赤子の声が漏れる。 「だー」 「あ、阿斗様!申し訳ありません!」 バッと離れる趙雲。 そうだった、阿斗を胸に抱いていたのをすっかり忘れていた。 「だ、大丈夫?阿斗ちゃん…ごめんね」 よく泣き出さなかったと思った。 キツクを抱きしめたとは言わないが、苦しかったはずなのに。 阿斗を放っておいて、自分たちは何をしていたのだと思うと、自然と笑みが零れる。 まだまだ、道のりは遠い。 もう少し距離を稼いでおかねばと思い、趙雲は出立しようとする。 そこへ、張遼が一人で姿を現した。 「遼さん!」 「張遼殿…」 「あぁ、ご安心なされよ、追っ手などいませんよ、私が殆ど返しましたから」 「え」 少しだけ距離を縮める張遼。 「殿、決めたのですか?」 の顔を見て、彼女の口から答えを聞く前に再び張遼が問う。 「夏侯惇殿に伝えることがあるなら言ってください」 「…惇兄に…ありがとうって。いっぱいいっぱい…世話になったのに、何も返せなくて」 「えぇ、伝えますよ」 張遼は二人に背を向けて去っていく。 趙雲には何も言うことがないようだ。 次に会うのはきっと戦場だから。 「私たちも行きましょう、殿」 「…はい」 趙雲が先に騎乗し、に手を貸す。 は趙雲の後ろに乗りしっかりと彼に掴まる。 「ありがとうか……俺は別になにもしていないがな……」 翌朝になって、張遼が夏侯惇の屋敷に訪れた。 逃げ切ってしまった趙雲には曹操は残念がっていたが、さほど執着していないように見えたそうだ。 も一緒だったと言うことには苦虫を潰したような顔をしていたが。 張遼からの言葉を聞いた夏侯惇は庭を眺めていた。 とりあえず、逃亡補助罪とでも言うのか、しばらくの謹慎を言われた。 「元譲様」 蘭玉が茶を持ってきた。 「あぁ、すまない……急に静かになったな。蓮はどうした?」 「…拗ねています」 「そうか。悪いことをしたな…」 「だから、今度蓮と遊んでやってください」 夏侯惇は目を丸くする。 懐いてくれはしたが、あまり遊んでやった記憶がないから。 「……そ、そうだな……」 「元譲様。はひょっこり姿を現すかもしれませんよ?」 「どうだかな」 「それまでは、私どももまだいますから、お側に仕えさせえてください」 「…いつまででもいい。好きなだけいればいい」 そっぽ向いたままだが、優しげな声音で夏侯惇は言った。 蘭玉は優しく微笑んだ。 「見えました。多分、あそこです」 小高い丘で一旦止まる。 そこから見えたのは劉備軍の陣。 何日馬を走らせただろう。 疲れてはいるが、気分は悪くない。 自分のいるべき場所に戻れるのだから。 「緊張、しますか?殿」 「うん。少し。関羽さんとかは知ってるけどさ。子龍さんは嬉しいでしょ?」 「いえ、嬉しさよりも緊張が上ですよ」 「なんで?」 「私が死んだことになっていたらと思うと…色々追求されるでしょうし」 「まぁ、しょうがないね。でも私がいるよ?ちゃんと劉備さんに私も話すし」 「はい。では安心です」 趙雲は手綱を強く握り再び馬を走らせる。 「殿と一緒ならば大丈夫です」 「うん。子龍さんと一緒だから私も大丈夫」 さぁ、行こう。 あなたの場所に、これから私の場所ともなるべきところへ。 迷い、間違い、色々あるだろうけど。 だけど、それでも、きみをおもう…。 彼女が”誰かが言ったこと”人は大切なものがあるから。それが本当に大切だから迷ったり間違ったりする。
ってのはなつきちゃんです。なつきちゃんって?舞HIMEのなつきちゃんです(笑)
なんかこの言葉好きなんですよね。
06/02/19
12/11/04再UP
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