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だけど、それでも、きみをおもう。
先のことを思えば、何も言わないほうが良いのだろうか? 先のことを思えば、しっかり気持ちを伝えるべきなのだろうか? どちらにしても、それを言う勇気が今はない。 【10】 いつから、そのように感じ始めたのだろうか? いつから、そのように思い始めたのだろうか? いつから、そのような気持ちに気付いたのだろうか? いつものように許昌の街を散歩していた趙雲。 今日は誰とも一緒には来ないでたった一人で。 のんびりと流れる川を見ていた。 華やかな都。 そんな感想が出た。 悪いとは思わないが、今までの自分があまり定住したことがなかったので違和感があった。 違和感と言うより不慣れだろうか? 自分たちにしてみれば、曹操と言うのは劉備にとって大きな壁となる存在。 簡単には打ち崩せない存在。 確固たる大軍。 優秀な配下。 それだけではない、彼には沢山のものが手中にある。 戦わなくてはならない相手。 でも、この街に住む人々の顔を見ると、なんとも言えない。 そして馴染んでしまっている自分にも… いずれはこの街から出るつもりだ。 その為の鍛錬は怠らない。 自分を逃がすと言った夏侯惇を信じるか否かは随分迷った。 彼の人柄などを思えば、信じられるが、彼は曹操の右腕だ。 趙子龍と言う存在が曹操にとって癌となるならば彼は容赦なく自分を討つだろう。 逃がすというのも、それがわかっていてきっかけを作ろうとしているのではないか? 嫌いではない人。 彼女が… が信じろと言った人。 「難しいな…」 阿斗とは無事に会えた。 怪我した身体も大分癒えた。 鈍っていた感覚、身体も段々元に戻ってきている。 後は、ここから去るのみ。 その時機を待つばかり… 「お主は一応捕虜ではないのか?」 「!?」 突然背後から声がした。 人の気配を何も感じなかった。 驚き後ろを振り返ると、曹操が立っている。 たった一人で? いや、少し離れた場所に徐晃がいる。 それでも護衛が一人と言うのはどういうつもりなのだろうか? 「曹操…殿…」 曹操は手を後ろに組み暢気に空を眺めている。 「元譲に何度もお主と会わせろと言っても、中々連れてこない…独り占めしおってずるいとは思わんか?」 「は?」 「あやつはも手元に置いておる癖になぁ」 「………」 「はわしのお気に入りでもあるのだ。元譲の許でなくわしの城に来れば良いのにのう。 どうだ?はとてもいい奴であろう?お主から見てもわかるだろう?」 「殿にはとても良くしていただいてます…蘭玉殿にも蓮にも…」 「そうであろう。ずっとここにいたいとは思わんか?」 「そ、それは」 笑みを浮かべながら趙雲に問いかける。 趙雲としては答えづらい。 ここに残るつもりなど最初からないのだから、そんなことは適当に言っておけば良いものを。 趙雲と言う男は性格的に嘘がつけないようだ。 「趙雲。わしはお主の武が欲しい」 急に目元が鋭くなる曹操。 「わしの下に来い」 「そ、曹操殿…私は…」 はっきり嫌だと断るべきなのだろう。 でもここで断ると逃げ場がなくなるような気もした。 今までは夏侯惇が後ろにいたからこそ、好き勝手にできた。 でも、曹操が強く言えば、夏侯惇は彼の言う事を聞かざるをえない。 ここから無事に去って、劉備の下へ帰る為には… 「私は」 「孟徳様、子龍さん虐めないでよね!」 「!わしは虐めてなどおらぬぞ!」 は買い物帰りなのだろう、沢山の荷物を持って仁王立ちしている。 の登場により少し焦る曹操。 よほど彼女がお気に入りなのだろう。 は曹操と趙雲の間に割ってはいる。 「子龍さん、待たせてごめんね。買い物終わったから荷物持ってくれるかな?」 「は、はい」 は趙雲に荷物を渡す。 「子龍さんに長い買い物付き合わせるわけにはいかないから、ここで待っててもらったのに…」 じとりと曹操を睨む。 曹操に向かってそんな事ができる人間がいたなど驚きだ。 「わ、わしはな、。少しばかり趙雲と話がしたくてのぅ」 「だからって政務ほったらかしで来ますか?」 「そ、それはだな〜」 「孟徳様。惇兄に冷たい視線をもらうのと、司馬懿に長い説教をもらうのと、遼さんに笑顔で嫌味言われるのと、どれがいい?あ、子桓に鼻で笑われるってこともあるかもね〜違うな、仁ちゃんに説教の方がいいかな〜」 淵ちゃんだけは優しいからダメだよねとは曹操に向かっていう。 曹操はどれも想像ができるようで苦虫を潰したような表情をしている。 「本当にそうなりそうだから戻るとするか…には勝てぬ」 趙雲の肩を軽く叩く曹操。 「良い返事を期待しておるぞ。では、またな」 そう言って曹操は踵を返し行ってしまう。 徐晃が去り際にたちに向かって頭を下げてくれた。 は徐晃に向かって手を振っている。 「あの、殿」 はくるりと反転し趙雲と向き合う。 「孟徳様はしつこいよ〜?気をつけてね」 趙雲は一瞬目を丸くするがすぐさま笑みを浮かべる。 「その時はまた、殿に助けていただきたいです」 「私に?借りは大きいよ?でもいいよ、助けてあげる」 そして二人で並んで歩き出す。 でも先ほどは偶然通りかかったから咄嗟に言い訳ができたが、今度はわからないよ。 などとは言う。 「でも、助かりました、本当に」 「いいえ。どういたしまして」 「まさかあのような場所で曹操殿にお会いするとは思いませんでした」 「あの人、結構フラフラしてるし。惇兄たちは結構困っているようだけど」 「そうですか…」 なんとなく目に浮かぶ様子。 それがいとも簡単に出来てしまうのは、本当に自分は馴染んでしまっているのだと苦笑してしまう。 (関羽殿はどんなお気持ちだったのでしょうか…) 彼も一時期身をおいていた国。 関羽がこの国を出るときも一人ではなかった。 劉備の奥方たちと一緒だった。 自分よりも逃げるという意味においては困難だったに違いない。 「子龍さん?」 「………」 「子龍さんの気持ちはもうここじゃなくて、関羽さんたちの方に向いているのかな?」 「あ、いえ…色々考えてはいますが」 「しょうがないよね。早く帰りたいって思う気持ちはわからなくもないし」 だけど、少しだけ寂しさが残る。 残ってしまうから、あの時、曹操の言葉によって趙雲が頷いてくれたらいいなって気持ちにはなった。 ほんの少しだけ。 「最初から…子龍さんが孟徳様の配下だったらどうなっていたかなぁ」 「殿…あの、それは」 「あ、ご、ごめん!その…な、何言ってるんだろうね、私」 そんな事を言ったところで“もしもの話”なのだからしょうがない。 は少し赤くなった頬を軽く叩いた。 「きっと」 趙雲は空を見上げる。 「曹操殿に早くに出会ったとしても、私はきっと曹操殿に仕えることはないと思いますよ…」 仕えるべき主を探して旅をするんだ。 劉備に出会う前みたいに。 「子龍さんが心底惚れちゃう人なんだね、劉備さんって人は」 「えぇ、とても素晴らしい方です…とあなたに言うのは変でしょうか?」 敵同士なのに。 でもはそんな事はないと首を振る。 「私は子龍さんを敵だなんて考えたことはないよ?」 「…前にも似たようなことを話しましたね」 「そうだね」 「殿のおかげです」 「何が?」 趙雲は立ち止まりへ顔を向ける。 「私がここで笑うことができるのは。優しい気持ちがもてることが」 「そ、そんなことないよー。そう思えるのは子龍さんの元々性格だよ」 「いえ、殿のおかげです。自分がいる場所が許昌だと知ったときのことを思えば」 世話をしてくれたに敵意を向けた。 傷つけるような言葉を放った。 そして泣かした。 今思えば、大人気ないとか反省すべきことはわかる。 「あなたに会えて良かったです」 それは本心だ。 「…子龍さん、私も…子龍さんに会えて良かった……あ、あれ…?」 急に目頭が熱くなった。 鼻の奥がツンとして、視界がぼやけてくる。 ポロッと涙が零れた。 「あ、殿!?」 泣き出したに趙雲は慌てる。 何か余計なことを言ったのだろうか? は早く泣き止めと涙を拭うも涙は止まらない。 「殿?」 「やだ…」 「え?」 「子龍さん…もう…いなくなるみたいで…なんか嫌」 決まっている別れ。 時間もあとわずからしい。 「殿、泣かないでください」 「ご、ごめん。でも…止まらなくて…」 趙雲は持っていた荷物を下ろす。 そしてを優しく抱きしめる。 「子龍さん?」 「まだ。まだあなたの側にいます。だから笑ってください」 「本当?まだいてくれる?」 「います。約束です」 またしてしまった。 守られるかどうかもわからない約束。 それでもこの少女を安心させたくて、これ以上泣かせたくなくて。 でも自分の本当の想いは言わない。 言えない。 言いたくない。 彼女が気にすることもないのだから。 それに、自分は彼女の大切だと言う人以上にはなれないのだから。 「…あのね、子龍さん」 一頻り泣いただったが、ようやく顔をあげてくれた。 趙雲はを解放し、荷物を持ち直して歩き出す。 その隣をが小走りで追いかけてきたのだが。 「なんですか?殿」 「………手、繋いでもいい?」 「手…ですか?」 左手で荷物を抱えていたから空いている右手を覆わず見てしまう。 「ダメ…かな?恥ずかしいとかあるよね」 「いえ、いいですよ。はい」 趙雲はニコッと笑んでに右手を差し出す。 その手を見て不安そうだったの顔は晴れる。 「ありがと!」 趙雲と手を繋いで歩いた。 まだ行かないと、趙雲は言ったがは不安だった。 何故、不安がるかはわからない。 少し前の自分は趙雲が去ってしまうことを覚悟していたのに。 でも、まだ行って欲しくない自分がいる。 いつまでもこうしていたいと願う自分が現れる。 「惇兄ともこうして歩いたことないんだよね…えへへ」 まだ、この手を離したくないんだ、自分は… 趙雲は何も言う気がないようですな。
06/01/25
12/11/04再UP
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