だけど、それでも、きみをおもう。




ドリーム小説
【7】





「あ、あの夏侯惇殿。少しお聞きした事があるのですが…」

「ん?なんだ」

珍しい。
今、趙雲は夏侯惇の私室にいた。
夏侯惇の屋敷で暮らしてはいるものの、趙雲が屋敷内を歩き回る事は多くない。
自分の立場を思ってのことだろう。
だから、趙雲が夏侯惇の所へ訪れるのは珍しいと思ってしまう。

時刻はすでに闇が覆っている頃。
訪れるにしては遅すぎると言ってもいい。
もしかすると自分の寝首でも取りにきたのか?
と夏侯惇は薄く笑う。

趙雲の性格上それはないと思うが。

「俺に何を聞きたい?」

立ったままの趙雲を適当に座れと促す。
趙雲はそばにあった椅子に腰を下ろす。

「あなたにお聞きするのは間違っているかと思うのですが…他にお聞きできる方もおりませんので…」

「あぁ、赤子の事か?もう少し待って欲しいのだが」

「い、いえ!阿斗様の事も確かにありますが…今聞きたいのは…その…」

趙雲があの赤子以外に気にするといえば一つしかないだろう。
だから夏侯惇が口にした。

「劉備の事か?」

「………はい」

まるで叱られて咎められたかのような顔をする趙雲。

「あの後…自分のことばかり考えていましたが、殿が、劉備殿がどうなったのか知りたいのです」

今の自分は捕虜だ。
暮らしは一般と言うと可笑しいが捕虜にしては上等なものだ。
だから急に恥ずかしくなった。
ここで療養とは言え暢気に暮らしている自分に。
その間劉備たち、仲間はどうしたのだろうか?

「劉備か…夏口へと逃げ延びたらしい。そこで足場を固めているらしいな」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ。嘘は言わぬ。もう一つ、孫呉と手を組むらしいな」

「………」

「また戦になりそうだ」

「…そう、ですか…」

無事であると知っても嬉しさは増さない。
今の自分にはすぐにそこへ駆けつけられないから。

「このままで行けば、お前は劉備に刃を向けることになるな」

「そ、それは」

「孟徳がお前を欲しがっているからな」

「………」

自分が何故生かされているのかと言うの理由。

「そろそろ散歩ばかりじゃ厭きるだろう、明日にでも持ってみるか?」

「は?」

「お前の得物だ。ちゃんと保管してある」

確かに傷の具合もいい。
普通に歩けるし、身体を十分に動かしても良いとは思っている。

「それで鈍った身体を位置から鍛えなおすのだな、いずれの日のために」

「……いずれの日のため」

それは劉備に刃を向ける日と言うことか。
だったら、阿斗が連れてこられた日にでも無理やり屋敷から逃げ出してしまおうか。
…できるわけない。
今の自分には無理だ。

「焦るな。時機を待て」

「は?夏侯惇殿?」

「この先、俺はお前が孟徳の障害になるとわかっていてもだ。
お前を劉備のもとへ帰すつもりだ。だから今は焦って馬鹿な真似はするなよ」

「そ、それではあなたが」

「ふ。俺の事など別に気にする事もない」

「…なぜですか…」

「さぁてな。もう寝ろ。この話はここだけのことだ。誰にも言うなよ」

「………はい」

趙雲は部屋を出る。
何故に夏侯惇はそこまで?という気持ちがある。
信じて良いのだろうか?
本当に帰れるのだろうか?


『子龍さん!惇兄は敵だけど、敵じゃないから』


『前にも言った。惇兄、嘘は言わないし、子龍さんを守っている』


フッと先日が自分に言った言葉が湧き出た。
あの時の自分はと余計な揉め事など起こしたくなかったから、否定しないで済ませた。
だが、今、その言葉に少しだけ納得ができた。

「…信じます。あなたの大切な方の言葉を…」



***



翌朝、趙雲は夏侯惇から長坂で振るっていた得物、竜胆を渡された。
刃は錆びることなく磨かれている。
丁寧に保管され、たまに手入れをしてくれていたのだろう。
だから心の底から夏侯惇に礼を言った。

「気にするな。そのような事」

素っ気無い一言。
だが、がこっそり教えてくれた。

「惇兄、照れているんだよ。だから子龍さんも軽く流しちゃってよ」

「はぁ」

なんとくそう言う態度しか取れないと言うのはわかる気もするが。
趙雲は改めて竜胆を握る。
やはりコレが一番しっくりくる。

殿。危ないですから離れていてくださいね。蓮もだ」

「はーい」

夏侯惇はさっさと出かけてしまった。
なのでと蓮が趙雲の稽古を見ている。

とりあえず何も考えずに振るってみよう。
鈍った身体とは言え、竜胆を持つこの手は忘れてはいない。

流れるような動作にも蓮も見惚れてしまう。
二人ともこう言ったものを目の前で見る事などないから。
夏侯惇は絶対二人に剣を振るう姿を見せない。
訪れる武将たちもそうだ。
だから、特に蓮は趙雲の動きに目を輝かせている。

「すごい。すごいね、子龍さん。ね?!」

ギュッと拳を握り上下に振っている蓮。

「え?あ…そうだね。すごいね…」

も最初は純粋に格好良いって思った。
けれど、真剣な表情の趙雲を見た時、切なさが横切った。

(子龍さん…もうすぐいなくなっちゃうんだ…)

怪我が治ると言うことは彼とは離れるという事。
折角仲良くなったのにと思うが、しょうがない。
趙雲は曹操に仕える武将ではなく劉備に仕える人なのだから。

多分、夏侯惇にあの答えを貰わなければ気づく事もなかった。

『今のアイツは雨宿りしている旅人だな』

旅人はいずれここを離れる。

(子龍さんと別れるの…嫌かも…)

新たに加わった家族って気がしていたから。
この気持ちは一方的なのかもしれない。
けど、今のにはそう思えていたから。

は見ていられなくてその場を離れる。
厨房へ行くと蘭玉が買い物に行くと言うので、代わりに引き受けた。

「…はっ。はぁ…久しぶりの割には上出来か…」

「子龍さんすごーい!かっこいいよ」

「あ、あはは。ありがとう蓮」

蓮が駆け寄ってくる。
趙雲に手拭を渡してくれたのでソレを受け取り軽く身体などを拭う。
軽く汗を流し気持ちよかった。

「あ、でも身体だいじょうぶ?」

「ん?あぁ平気だ」

蓮が竜胆に触ってみたいと言うが、こればかりは駄目だと断る。

「えー少しぐらいいいでしょ?」

「駄目だ。蓮には重すぎる。怪我でもしたら大変だ」

軽く膨れる蓮の頭を優しく撫でる趙雲。
ふと、一緒にいたはずのの姿がないことに気づく。

「蓮。殿は?」

「ん?知らない。さっきまでいたけど」

「そうか…あまり女性に見せるものでもなかったな…」

蓮は単に格好良いと外見のみでしか言わなかったが、にはこれが何を意味しているのかわかっているのだろう。
今、相手はいないが、本来は人を倒すのに使うものだ。
いとも簡単に人の命を奪うもの。
はソレを見てあまり良い気分をしなかったのだろうと趙雲は思った。

「おぅ、いたか」

「夏侯惇殿?」

いつの間に戻っていたのだろうか、夏侯惇がいた。
後ろに一人の女性を連れている。

「遅くなったな。お前の言っていた赤子を連れてきた」

「え…阿斗様?…」

後ろにいた女性が抱いているのがそうだと言う。

「すまんな。すぐにお前に会わせられなくて」

なんでも阿斗は徐晃が保護した後一応ちゃんとした者に世話をさせていたようだが、心細さなどからか体調をずっとくずしていたらしい。
女性から阿斗を渡される。
久しぶりに見た大事な方の子。

「阿斗様…」

別れてしまった時に比べると少しふっくらしているように見える。
良かった。
悪いようにはされていなかったのだ。

女性は夏侯惇に一礼して出て行く。
阿斗をこのまま趙雲のもとに居てもよいと言うことか。

「子龍さん!僕もみたい!」

「あぁ」

赤子が見たいと蓮が足元で飛び跳ねるので趙雲はしゃがみ蓮にも阿斗を会わせる。

「わ、ちいさいね〜」

幸せそうな面をしおって…
夏侯惇は微苦笑する。
だが、本題に入らねばと趙雲に問う。

「ところでな。その赤子連れてきたのは良いが、お前世話できるのか?」

「………はい?」

「言っておくが俺は子どもの世話などしたことないぞ。食事の事など当然わからぬ」

「あ、えと…わ、私も詳しい事はわかりません」

今までは普通に甘夫人、糜夫人が阿斗の世話をしていた。
趙雲は長坂での出来事以前はあまり接点がなかったのだ。

「どうするのだ?」

「それは…」

「私でよければ面倒みますよ?」

昼餉の準備が出来たと呼びに来た蘭玉が言い出した。

「蘭玉殿」

「あぁ、お前がいたな」

「はい。蓮が生まれた頃も私が一番面倒見ましたし」

そんなに昔の話でもないし、今と変わりませんよと蘭玉が笑う。

「では、お願いします。蘭玉殿。私も出来る限りお手伝いいたしますので」

趙雲が蘭玉に頭を下げる。
蘭玉はたいしたことではないと手を軽く振る。

「では、お昼にいたしましょう。元譲様はどうなされますか?」

「俺か?俺は悪いが城に戻らねばならぬ。すまんな」

「いえ。あまりご無理をなさらないでくださいね」

「あぁ」

「あ、お城の戻られる途中、を見かけましたら声をかけてあげてください」

?そう言えばおらぬと思ったが」

「買い物に行ってくれているのですが、まだ戻ってこないので」

「わかった」

どうせどこかで寄り道でもしているのだろうと夏侯惇は蘭玉に言う。

「…殿」

ここ最近ずっと側にいてくれていたので、ほんの少し彼女がいないだけでなんだか物足りなさを感じる。


でも、それは何故?








お互い意識していますな。
05/08/29
12/11/04再UP