だけど、それでも、きみをおもう。




ドリーム小説
【3】





まだ趙雲の前に姿を現すのは早かったのではないかと、夏侯惇は思った。
傷も癒えてない状態で現状を知らされればまた悪化してしまうかもと。
この場合身体的にではなく、精神的にだ。

だが、彼を欲しがる煩い従兄弟が早く会わせろとせがむ。

に後を任せたのはいいが、この先どうなるのだろうか不安ばかりが残る。

「夏侯惇殿」

「張遼か…どうした?」

城に戻ってきて、執務を再開させるもいまいち乗り気がしない。
そんな彼の元に張遼が訊ねてきた。

「趙雲殿の様子、見に行かれたと聞いたものでして」

「あぁ」

「どうでした?」

たちがよく世話してくれているようだ。だが、俺の姿を見て当然と言うか驚いておったわ」

「それはそうでしょうな」

張遼はくすりと笑う。
その当然と言うのは、夏侯惇のような強面の男がいたら驚いたでしょうねと軽い皮肉を込めている。
夏侯惇は気にすることなく話を続ける。

「孟徳にも困ったものだ。奴は絶対になびかないとわかっていて欲しがるのだからな」

「関羽殿にも去られてしまいましたからね」

「まったく、手に入りにくいものばかり欲しがる。その命令を受ける俺たちの身にもなってみろというのだ」

「その言葉からすると、一番欲しがっている天下までも手に入らないように聞こえてしまいますよ?」

「天下は別だ。俺たちがいる」

自身あり気ですねと張遼は笑う。
だが否定はない。自分たちがここにいるのは曹操に天下を取らすためだ。

「しかし、あなたもよく彼を引き取りましたね。拾い癖でもあるのですか?」

「なんだ、拾い癖とは」

殿に、蘭玉殿に蓮。そして趙雲殿」

張遼はわざわざ指を折って説明する。
夏侯惇は眉を顰める。

「今にあなたの屋敷は人で溢れてしまいそうですね」

「馬鹿を言うな。は別として、蘭玉たちには家事などをしてもらっている。俺は使用人など置いておらんからな」

を拾った経緯はちょっと特殊だから。

「それにな、張遼。俺はこのままずっとアイツを置いておくつもりはないぞ」

「アイツ?殿ですか?蘭玉殿ですか?誰の事を言っているのですか?」

わかって聞いてないか?こいつはと夏侯惇は右の眉をぴくりと動かす。

「趙雲だ」

「あぁ、女性は手元に置いておきたいですものね。野郎なんか置くよりは」

「お前な。意味が違う。さっきも言ったがアイツは孟徳に仕える事なんかない。
あれは劉備の元にいるから輝いているのではないか?だから俺は傷が癒えたらさっさとここから出す」

「殿は承知しないでしょう」

「知るか、そんなの。逃げたとでも言えばいいだろう」

「その劉備の元に戻られては我が軍にとってこれから先、面倒になるのではないのですか?」

「逃げ切れればの話だろう。お前なり徐晃らが追撃でもすればどうなるかは知らん」

「…自分は追う気がないのですね」

「俺が逃がしたと知れば、孟徳は奴の追撃を俺に任すはずがないだろう。わざと逃がすとでも思うだろうしな」

「それはそうですが…」

「下手をすれば奴に孟徳の咽喉ぼとを斬られるかもしれんってことだ」

この話はあくまでここだけだと、夏侯惇は張遼に言った。
張遼もそれに頷く。
ただ、趙雲の気が変わればそんな事もないだろうとは思うが…それは本人しかわからないことだ。



***



「あ、あの子龍さん」

「………」

自分のいる場所が敵国の武将の屋敷だと知って以来、趙雲の態度が固いものになっていた。
しょうがないとはも思っている。
でも今は怪我を治すことに専念して欲しい。

「ご飯食べないと、薬も飲めないよ?」

この所、ろくに食事もしてくれない。
は溜め息を吐く。

「毒なんて入ってないから大丈夫だよ」

「………」

「惇兄も言ってたでしょ?今は怪我を治せって。だから」

「阿斗様はどこですか」

少し強めの口調でに問う趙雲。

「阿斗様?…前に言ってた赤ちゃんのこと?どこって言われても、私じゃわからないよ」

前にもそう伝えたはずだ。

「私と一緒に連れてこられたのかどうか、知りたい」

「だから…後で惇兄に聞いてみるから」

「………」

趙雲の目は今まで見せてくれていたものと打って変って冷たいものになっている。
普通ならば怯んでしまう所だが、は真正面から受け止め反論する。

「何よ、その目!惇兄は嘘言わないよ!敵国にいるからって何も全部を不信に思わなくてもいいじゃない」

趙雲の気持ちもわからなくはないが、ここは比較的安全な場所だ。
曹操が趙雲を欲しがっているから誰にも手出しできないようになっている。
それに許昌と言う都自体そんなに危険ではない。

「惇兄は子龍さんのこと守ってくれてるようなもんなんだよ!」

「守ってくれなど頼んではいない」

「だってその傷じゃ死んでも可笑しくないじゃん」

「この傷は魏の武将から受けたものだ」

「……でも。蘭玉だって蓮だって、私だってこの国の人間だよ」

「………」

敵国のものならば民でも憎いというのか?
敵国の人間などには助けて欲しくなかったか?

「子龍さんから見れば、惇兄は敵で関わりたくもないかもしれないけど、私にとっては家族だもん。惇兄がいなかったら、私はとっくに死んでた…惇兄は子龍さんのこと悪いようにはしないはずだよ」

「それを信用しろと。あなたにとっては信用できる大事な人でも私には違う」

「………」

「今の状態は…生き恥をさらしているようなものだ」

「なんでっ」

「私を使って何を企む」

「惇兄のこと悪く言わないで!」

趙雲に向かってそう叫んだ所でぷっつりと何かが切れた。
は大粒の涙をボロボロ零していた。

「惇兄はそんな人じゃないもん…もうヤダ…」

は扉を勢いよくあけて部屋から出て行ってしまった。
それに驚いた蓮が部屋を覗きこむ。

「子龍さん?どうしたの?」

「あ…いや」

を泣かせてしまったことを後悔した。
今まで色々世話をしてくれたのは事実。
それに蓮がそうだったように、敵国の人間の世話など怖いと思っただろうに、は何も不満など顔には出さず色々気を使ってくれた方だ。

も蘭玉も蓮も魏の人間。
悪い人じゃないとはわかっている。
でもここが魏・敵国だと知って以来全てが敵のように思えてしまう。
なぜ、自分は生かされてここにいるのだ?
何をさせようとしているのか?

国を、劉備を裏切るような真似などしたくないのだ。

「子龍さん、ごはん食べないの?冷めちゃうよ?」

「……あぁ、いただくよ」





庭でうずくまっているを見つけた夏侯惇。
珍しく早く執務が終わったので帰宅したのだ。

「なんだ?何をしている

「惇兄……なんでもない」

声をかけられて肩がびくりと動いただが、夏侯惇に見られないように涙を拭い立ち上がった。

「なんでもないという割には酷い顔だな」

フッと笑みを零してしまう。
の前髪を上げる。

「泣いていたようだな。どうした?」

「………」

は夏侯惇の胸にコツンと額をつける。

「あの人嫌い…」

「あの人?」

「惇兄のこと悪く言う」

「…趙雲か。仕方ないだろう」

の頭を優しく撫でる夏侯惇。
仕方ないことだと、を諭すも、にはそれが受け入れられないようだ。

「それでも当分の間は動かせないだろうから、お前に奴の世話をしてもらわねばならん」

「………」

「でないと蘭玉一人に負担がかかるぞ?」

「……ずるい、惇兄」

「何がだ?」

「そう言われたら嫌だって言えないよ、私」

「そうか、すまんな」

夏侯惇はを離す。

「だが頼りにしているぞ、

「うん」



***



「子龍さーん、おはよーごはんだよ〜」

朝、蓮が食事を乗せた盆を持って部屋に入ってきた。
その後ろにはがいる。

「あ、あぁ。おはよう…」

は水を入れた桶などを持っている。

「顔、洗ってください」

「……はい」

昨日のことを思うと趙雲はバツが悪く感じる。
泣かすつもりなどはなかったのだが。

「どうしたの?。顔怖いよ」

「こ、怖い?やだ、ンなことないよ」

蓮に言われては笑顔を作る。

「子龍さんとケンカした?昨日部屋から飛び出していったでしょ?その後でゲンジョー様に泣きついていたものね」

「蓮!」

「夏侯惇殿、帰っているのですか?」

「……いるよ」

蓮にあれこれ言われてしまいの顔は少し赤い。

「惇兄のこと悪く言う子龍さんは嫌い。でも惇兄が面倒見ろって言うから世話するけど」

殿」

「今度、惇兄のこと悪く言ったら傷口に辛子塗るからね!」

「「………」」

趙雲も蓮も黙ってしまった。
だがすぐに蓮から非難の声が上がり趙雲は噴出した。

、ひどーい。子龍さん怪我しているのに」

「あは、あはははっ」

「子龍さん、気をつけてよ。はやると言ったらやる人だよ」

「何よ、それ…アンタも酷いこと言うのね、蓮」

「だって僕は子龍さん好きだもん」

「私だって別に……惇兄のことを悪く言われるのが嫌なの」

「子龍さん、そんなこと言わないよね?」

「え…あ、あぁ」

蓮は大きく首を傾け『ねー』と趙雲に賛同する。
昨日のことを見てないからだとは思うが、蓮に言ってもしょうがないだろう。

「と、とにかくそういう事です!じゃ、着替えてごはんにしましょう」

「はい」

は趙雲が着替えをしている間、廊下で待っていた。
その時に、夏侯惇に趙雲が気にしている赤子のことを訊ねたことを思い出した。

「赤子?」

「うん。子龍さん、長坂で懐に赤ん坊抱えていたって。その子がどうなったか気になるって」

「………」

「惇兄、知らない?ほら、子龍さんをここに運んできた時はいなかったでしょ?運んでくれた人にも聞いたけど、知らないって言ってたし」

夏侯惇は顎に手をやり少し考える。

「俺も知らんな、それは…徐晃にでも聞けば知っているかもな」

「そっか、徐晃さんか」

「俺が聞いておこう。その赤子、奴の子どもなのか?」

「同じこと考えたね、惇兄」

「ん?」

「別に。子龍さんの子どもじゃないって。託されたとか言ってた」

「そうか」

誰の子かはも知らない。
名前は聞いたが、聞いたからって親の名前まで知っているわけじゃないし。
今は徐晃からの返答を待つしかない…。
趙雲の着替えが終わったのだろう、蓮に呼ばれた。

、いいよ」

「うん」







阿斗に関しちゃそんなに重要じゃない件w
05/02/12
12/11/04再UP