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だけど、それでも、きみをおもう。
【2】 趙雲が目覚めてから数日。 毎日、彼の世話をと蓮でしていた。 蘭玉はたまにだが、彼女は彼女で仕事があるらしい。 その三人以外の人間を趙雲はまだ見ていない。 いるのかどうかすら不明だ。 「あの、殿」 「なんですか、子龍さん」 先ほど医者が来て趙雲を診察してくれた。 打撲により身体中に痛みがあり、背中もいくらか斬られていた。 だが、熱を出すまでに至った一番の傷は腹を斬られたことだった。 よくもまぁ、これで生きていたなと言う怪我だった。 「ここにはあなたと、蘭玉殿に蓮と三人で住んでいるのですか?」 「違いますよ。ちゃんとご主人がいますよ、この屋敷には」 「では、その方にお会いしたいのですか…世話になりっぱなしですし」 診察・治療を終えた趙雲にが彼のそばで蜜柑の皮をむいていた。 「別に気にする必要ないですよ?」 「そういう訳にもいきません」 「………」 「殿?がっ!」 「あ、ごめん」 はむいた蜜柑の一房を趙雲の口に放り込んだ。 「美味しい?」 「はい。甘くて美味しいです」 「じゃあ、沢山食べてくださいな。まだまだ沢山あるからね」 「は、はぁ」 も一つ口へ放る。 「まったく…モノで釣る気なのかね、おっさんめ…こんなに食えるかっての」 は蜜柑を食べながら愚痴る。 趙雲はそれが誰に対してなのかわからないので黙っている。 「それで、殿。この屋敷の主人に」 「…帰ってこないよ、当分」 「え」 「忙しくて帰ってこないの、その主人は。だから会いたいと言われても無理。ごめんね」 「そ、そうですか」 はそれっきり黙ってしまったので趙雲も蜜柑を黙って食べた。 段々と思い出してきた。 長坂でのことを。 阿斗を劉備の元へと、曹操軍の大勢の兵士をなぎ倒しながら進んだ。 沢山返り血を浴び、自らも槍の切っ先などにより傷が増えていた。 ただ、阿斗だけは!と思ったので振り返ることもなくただ前だけを見ていた。 息が荒く、なんども馬から落ちそうになる。 手綱を持つ手、槍を握る手が段々と痺れてくる。 倒しても倒して敵兵は次から次へと湧いて出てくる。 進んでも進んでも、味方に近づけないでいる。 「くそっ!」 この光景に不気味な雰囲気を感じる。 自分が劉備軍の兵士だとしても、ここまで必要に追われる意味がわからない。 阿斗を抱え込んでいるとは普通はわからないし。 なんとしても趙雲を逃さないように壁を厚くしているようにも見えた。 「子龍さん?」 が自分の顔を覗きこんでいた。 間近で見られてなんか恥ずかしくなる。 趙雲が少しぼーっとしていたりするたびに、は顔を覗かせる。 今までそんな事をしてくる女性などいなかったので照れもあるし、緊張もしてしまう。 「どしたの?」 「あ、いえ。なんでもありません」 「寝てばかりで厭きてるんでしょ?でもお医者さまの許しがないとね〜」 「そういうわけでは」 「子龍さんは普段何をしているの?」 「普段?」 「なんつーか、仕事のない、お休みの日とか」 「特にこれといっては…鍛錬をしたり、仲間と酒を交わしたり。あまり騒ぐことはしませんが」 「ふーん」 他には劉備や孔明の護衛として一緒に行動することが多かった。 だから休みという感じはあまりない。 「子龍さん下戸って感じするけど」 「そんなに強くはないですけど、嗜む程度ですよ。いつもは介抱する側ですし」 「あっはは、そう、そんな感じするよ。似合っている人の世話をするほうがいい。みたいな」 「ここの主人は酒を飲まれる方ですか?」 「うん、飲むよ。静か〜に飲む人だよ」 「そうですか、帰ってきたらぜひとも一緒に飲みたいですね」 「……そ、だね……できるといいね」 「殿?」 はこの屋敷の場所や、主人のことになると、少し表情が暗くなる。 本当はもっと深く追求したいことが山のようにあるのだが何故だが、それができない。 に強く言うことができないから。 趙雲は話題を変える事にした。 「最初は静かな場所だと思ったのですが、外の通りから賑やかな人の声が聞こえますね」 「え?あぁ、うん、周りには他にもお屋敷あるし、子龍さんが聞いた声は近所の子どもたちじゃないの?蓮の友だちとかいるし、よく遊びに来るんだ」 「そうですか。蘭玉殿と蓮のご両親は?」 「ずっと昔に戦で亡くしたって」 「そうですか…それでここのご主人が?」 「ま、そんなものかな?奉公先探してた蘭玉と私が偶然出会ってね、頼んだの。 他はどうなのかは知らないけど、ここんちは待遇いいし、どちらかと言えば家族みたいな感じかな」 「ー」 蓮が窓の外から声をかけた。 「なに?蓮」 「子龍さんにこれ」 どこかで摘んできたのだろう花を一輪窓辺に置く。 「お見舞い」 は窓辺に近づき花を手に取る。 「そっか。子龍さん。蓮からのお見舞いだって」 振り返って趙雲に花を見せる。 趙雲もそれを見て笑みを零し、蓮に礼を言う。 「ありがとう、蓮」 蓮はえへへと笑いまた駆け出していった。 も花を生けると言って部屋を出た。 ちょうどいいものがこの部屋にはなかったから。 独りになった趙雲は身体を横に倒す。 少しずつだが身体が治ってきているのは自分でもわかった。 と同時に記憶が戻っていく。 冷静に考えられるようになったからだ。 とうとう馬が止まってしまった。 多くの兵士に囲まれて身動きができなくなった。 だが、兵士は趙雲に攻撃は仕掛けてはこない。 だまって槍を突き出したままだ。 「動かないかなら、こちらから行くぞ!」 趙雲は手綱を持つ手に力を入れる。 攻撃をしてこないならば一点集中しての突破を試みる。 数からすればまともに戦うのは無理だとわかっているから。 攻撃を仕掛ける振りをして油断した隙に突破だ。 「行くぞ」 趙雲の気迫に後ずさりする兵士たち。 このまま行けると趙雲は思ったが甘かった。 「…我が名は徐公明。お相手していただこう」 「くっ」 徐晃の登場に、これは逃げ切れるか不安になる。 今まで相手にしていた兵士たちとは違うのだ。 徐晃とは面識がないが、曹操の部下だ。実力はあるだろうと想像はつく。 阿斗を庇いながらこの男とまともに戦う自信がない。 最悪の場合、相打ち覚悟で進むしかないのかもしれない。 自分の身を犠牲にしても阿斗だけは劉備にと思い… ふと徐晃が口を開く。 「趙雲殿」 「?」 「何も言わずに投降してくださらぬか」 「なっ!」 「そのままでは貴公は戦えまい。拙者とて赤子まで傷つける気はない」 つまり趙雲には勝機はないと徐晃には言いたいのだろう。 だが、そんなことは聞けないことだ。 「お心遣いありがたいが、投降する気などない」 「……では、参る!」 あの直後だった。 徐晃が言うとおり、まともに刃を合わせるのが精一杯で阿斗を庇いながらの戦いでは趙雲は不利だった。 いつも通りのことができず、徐晃からの一撃を受けて落馬し気を失ってしまった。 そして目覚めた時、趙雲はこの寝台の上にいた。 「…私はどうやってここに来た?誰が助けてくれた?」 の言うここの屋敷の主人だろうか? 阿斗の姿などどこにも見当たらない。 やはり無駄だとわかっていてもにちゃんと聞くべきだろう。 「子龍さん。お花生けてきたよ〜」 が戻ってきた。竹の筒に花を生け窓辺に置く。 「ありがとうございます。殿」 「蓮もすっかり子龍さんに懐いちゃったね」 最初は無口で表情が硬かったが、今では自分が呼ばずともちょこちょこ顔を出してくれる。 「子龍さん、子ども好き?」 「えぇ、好きですよ」 「なら、良かった」 「…あの、殿」 「はい?」 「私がここへと運ばれた時、赤子は一緒ではありませんでしたか?」 「赤ちゃん?…子龍さんの子ども?」 「い、いえ!とんでもない。私の子ではありませんよ」 守ってくれと託された子です。と趙雲は悲しげに視線を落とした。 糜夫人のことを思い出してしまった。 「一緒ではなかったのですか?」 「え?あ…うん。子龍さんがここに来た時は赤ちゃんなんていなかったよ」 「そうですか…」 徐晃にやられてしまった後、歩けもせぬ赤子が独りで動けるはずがない。 抱いた赤子が劉備の子だと徐晃が知り、連れて行ってしまったのか? それとも… 嫌な考えが浮かぶ。 だが、徐晃が阿斗を傷つける気はないと言ったから大丈夫だとは思うが。 なんとなくそこは信用できると思った。 「聞いてみるよ」 「?」 「子龍さんを運んでくれた人のこと知ってるから、赤ちゃんが一緒じゃなかったか聞いてみる」 は任せて。と自信ありげにいう。 趙雲も今情報を得るために頼れるのはのみなので素直に頷いた。 だが、からの返事はいい返事ではなった。 赤子のことなど知らないと言われたそうだ。 「ごめんね」 「いえ。あなたの所為ではありませんから」 「赤ちゃん、無事だといいね」 「……はい」 数日後。 「お腹の傷、ちゃんと塞がったみたいだね」 医者の診察、治療を終えた趙雲にと蓮が顔を出していた。 「子龍さん、まだいたい?」 蓮が寝台に腰掛けて趙雲に問う。 「前ほど痛くはないよ。これならすぐにでも動けそうだよ」 「よかった。あのね、治ったら外に遊びにいこうよ」 「あぁ」 趙雲は蓮の頭を撫でる。 「良かったね、蓮」 も順調に回復していく趙雲を見て安堵する。 「あのね、子龍さん」 が趙雲に話しかけた時に人の足音が響いた。 「あ…」 は音に気づいて扉の方へ目を向ける。 足音の人物は扉の前から声をかけてきた。 「。いるのか?少し話がある。こちらへ来い」 「う、うん」 は返事をして部屋を出て行く。 扉を開けた際に声の主の姿を見られると趙雲は思ったのだが、よく見えなかった。 扉の向こうで話す声はするが内容は聴こえない。 「蓮。あの方がここの主人か?」 「うん」 声は低めで、口調からは自分と同じように武将のような気がする。 「主人の名は知っているか?」 蓮に訊ねる。 「うん。げんじょーさま」 「ゲンジョウ?」 知っていると言えば知っている。 だが、彼は…と趙雲は思う。 考えている時に扉が開きが外で話していた人物が入ってきた。 その人物を見て趙雲は驚く。 「あ、あなたは」 「思ったより回復が早いな」 彼の後ろにはが立っている。 「やはり驚くか。趙雲」 「か、夏侯惇殿…」 曹操の右腕とも言われる隻眼の武将、夏侯惇が自分の目の前にいる。 だとすると、ここは? 「お前が考えているとおり、ここは許昌だ」 「なっ」 「色々言いたいこと、聞きたいことはあるだろうが、先に身体を治せ。あとでいくらでも話してやる」 「………」 「。後は任せる。俺はまた城に戻らねばならん」 夏侯惇はの肩に片手をポンと置き趙雲に背を向けてしまう。 「惇兄。まだ忙しい?今夜も帰ってこないの?」 「いや。夕方には戻ってくる」 「わかった」 夏侯惇は趙雲には何も言わずに部屋を出て行く。 「子龍さん」 「許昌だと……ここが……なぜだ」 趙雲は被単を力いっぱい握り締めた。 普通に考えればそうでしょうなぁ。
05/01/25
12/11/04再UP
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