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片言隻句
【13】 なんでダメなのか? だって、夏侯惇は曹操様の右腕で皆からも尊敬されて慕われているのに。 悪い噂だって聞かないよ? 私にだって初めて会った時から良くしてくれたし 金平糖とか花簪とかくれたし、着物だって褒めてくれたし。 そりゃあ、最初の頃の私の態度は可愛げのないもので敵視しちゃったこともあるよ。 あるけどさ……。 そんなの忘れらさせてくれるくらい、ここでの今の生活は楽しいのに。 優しいじゃん。 いつも気にかけてくれていたみたいなのに。 でも。 私以外の誰かならば、夏侯惇は幸せにできるんだ…。 振られちゃった。 「おはよう、兄上」 朝も早くにが笑顔で起きてきたので張遼は驚いた。 昨日は泣きじゃくっていたのに。 「お、おはよう、…」 「なに?どうしたの?」 それはこっちの台詞だ。 昨日の今日であんなにも態度が違うのだから。 「いや……元気だなと思ってな」 「うん。元気だよ」 「……そうか」 聞いてみたいことはあるのだが、が話もしないのならばしょうがないと思って張遼は諦める。 ぶり返しては悪いとも思ったし。 には自分で思うところがあるだろうから。 「今日はどうするのだ?甄姫様のところへ行くのか?」 「うーん、特に約束もしていないしね。杏沙の予定にもよるかな」 「そうか」 そう言って張遼は出仕していった。 張遼の思っていること、聞きたいだろうなってことはにもわかっている。 でも、言えない。 なんとなくだが。 「張遼の妹としてか、もう見てもらえないのだろうね…」 と言うより、すでにそうとしか見てもらえないのだろう。 「あーヤメヤメ。湿っぽいのは嫌いだ」 独りでいるとアレコレ考えてしまって嫌だ。 誰かと遊んでいた方が思い出さなくていいだろう。 甄姫のところには正直、行き辛い。 「杏沙に鳳花いるかな…」 そう思うも、あの二人と一緒にいれば必然的に夏侯惇の話になりそうだ。 「はぁ…」 とりあえず、独りだけど、町をぶらつくことにした。 「やっぱ、誰か誘えば良かったかも…」 通りには沢山の人がいて賑やかだが自身は連れもないのでつまらない。 は仕方なく、杏沙か鳳花の家に向かおうとする。 だが、人の波の合間に、見覚えのある顔が見えた。 「貂蝉?」 下ヒ城での戦い以降、行方がわからなかった舞姫。 は思わず、貂蝉かもしれない人物を追って走り出した。 「確か、こっちだと思ったけど……」 辺りを見回すが、それらしき人物は見当たらない。 「………貂蝉」 もし生きているならば会いたい。 だって、こっちでできた初めての友だちだ。 張遼が曹操に降ったことを生きているならば耳に入るだろう。 会いに来てくれないか? 「そんな都合のいいこと起きるわけないじゃん…」 俯いてしまう。 貂蝉がの所在を知ったとしても、場所が場所だから会いに来ないかもしれない。 あんなに嫌っていた曹操の下でのんびり過ごしているのだから。 貂蝉にとって呂布は大切な人だ。 その人が討たれた原因の元に来るはずないだろう。 「あ……だから?私も同じ?」 ふと思った。 夏侯惇が自分を遠ざける理由は。 が呂布を家族のように思っていたから。 幸せだった大切なものを奪ったのがあの戦で、夏侯惇もそれに加担していたから? 「だから、夏侯惇は私の事…」 それを気にして夏侯惇は自分では無理だと言うのだろうか? 恐らくそうだろうと考える。 でも、は以前と違って曹操軍に対して恨みなどない。 負の感情より夏侯惇に対する想いのほうが強い。 「………そんなこと……」 自分が呂布の元にいた事実は覆せない。 最初に許すものかと喚いたりもした。 「違う出会いだったら…そんな結果にはならなかったのか…」 最近の自分の涙腺は緩んでいる。 じわりと涙が浮かび目の前がぼやけてくる。 こんな街中で泣いちゃいけないと少し乱暴に涙を拭った。 「帰ろうかな」 ゴシゴシと目元を擦りながら、歩き始めた。 しかし、その時の目の前に急いでいるのかスピードをだした馬車が迫っていた。 「あ」 *** 昨日のことを夏侯惇は気にしていた。 の気持ちには薄々気づいていた。 自分だって馬鹿じゃない、好かれているかそうでないかぐらいわかる。 それに、夏侯惇自身いつもを気にかけていたから。 城に来るようになると自然との姿を探すようになっていた。 ほぼ無意識に。 の変化には自分も嬉しかった。 出会ったばかりの頃は泣くか怒るかの表情しか見せなかったのだが それが段々と変わっていき友だちもできたようだし。 自分にも話しかけてくれるようになったし。 だが、向けられた想いには正直戸惑った。 自分にはそのような資格はないと感じてしまったから。 朝、張遼に会ったが彼は何も言っていなかった。 なのでこちらからは何も言えなかった。 「惇兄。どこか行くのか?」 「あぁ、少し所用でな。孟徳に何か言われたらそう伝えてくれ。そんなに遅くはならん」 「わかった」 夏侯淵にそう告げて、夏侯惇は城を出た。 確か前にもこんな会話したななどと思った。 城下を歩いていると、いつもと変わらぬ賑やかさに思わず目を細めて笑んでしまう。 まだまだ曹操の天下にはならないのだが、着実に進んでいると思う。 それに民の表情も暗くはないし。 天気も良いし、これが仕事ではなく休みで単なる散歩ならば良かったのだが。 早く済ませて昼の休憩にでも入ってやろうかと考えていると、大通りで物凄い音がした。 気になり足を運んでみると、そこにはすでに人が集まっている。 「あー!なんてことしてくれたんだい!」 「それはこっちだってそうだ!」 荷を積んだ馬車が店に突っ込んだらしい。 荷は崩れているし、店も滅茶苦茶だった。 「だいたい、アンタがぼーっとしていたからだろう!」 「ご、ごめんなさい…」 野次馬たちに囲まれてよく見えないのだが、怪我人などはいないのだろうか? ここは自分が出て場を治めるべきか? 一応国の将軍だし。 面倒だと正直思ったのだが、ここままにしておく方が面倒になりそうだ。 それにその場に足を入れてしまったわけだし。 「でもよぉ、馬車の兄ちゃんがもう少しゆっくり走らせていれば被害も出ずに済んだんじゃねーの?」 「あ?こっちが悪いのかい!?被害者だっての。馬車の前に飛び出してきたこの嬢ちゃんが悪いだろうが」 馬車の持ち主は仕事で急いでいるのだと、それが駄目になりそうで困るとか興奮した様子だ。 店側は、商売にならないと怒っている。 原因ともなったらしい少女はその場に座り込んでしまっている。 「何があった」 夏侯惇は間を割って顔を出す。 一般人には国の偉い人なんてわからないだろうが、夏侯惇は曹操の右腕。 しかも隻眼の所為か風貌が知られていたので、彼の登場にざわめきが出る。 「事故ですよ。そのお嬢さんが馬車に轢かれそうなりまして、避けようとした馬車が店に突っ込んでしまって」 「そうか」 「どうしてくれるんだよ!仕事も駄目になりそうだっての」 「だから、アンタがもっと安全に」 「少し黙っていろ。それで被害は物だけか?怪我人はいないのか?」 そっちの方が重要だろう。 「多分…あ、ですが、お嬢さんが転んでしまったようですよ」 「ん。お前、大丈夫か?」 事故に遭いそうになって恐怖で震えているのか、この現状をどうすればいいのかわからずなのか少女は俯いたまま震えている。 夏侯惇が顔を覗きこむと、その少女はだった。 「!」 「……あ……夏侯惇…」 「怪我はないか?」 は反応しない。 仕方なく、他のことから片付けることにする。 「とりあえず、崩れた荷などをなんとかしよう。こちらに人をよこす」 テキパキと場を治めていく夏侯惇。 「店主。店の修繕費は俺が出そう」 「本当でございますか?」 「その荷も俺が買い取る。それでいいか?」 夏侯惇が全てを引き受けると聞きさっきまで興奮気味だった店主も馬車の男性も態度をコロッと変える。 「こっちは、ありがてぇ話ですよ。いいんですかい?」 「あぁ。こいつは俺の知り合いだ」 「では遠慮なく…」 しばらくすると、夏侯惇が頼んだ兵士たちがやってきた。 彼らに頼み、荷物やら片づけやらをしてもらう。 「。立てるか?」 「…なんで」 「ん?」 「夏侯惇がそこまでするのよ…」 「偶然居合わせたわけだし、お前がいたわけだし」 夏侯惇はいつまでも座らせてはおけないとを立たせるが、足に力を入れた時にの顔が歪んだ。 「どうした?」 「な、なんでもない…ありがと、もういいから」 は夏侯惇から逃げるように離れる。 「おい、無理するな」 「いいの」 裾が土埃がついて汚れてしまっている。 よく見ると、着物に赤いものが滲んでいる。 「。足を見せてみろ」 「いい」 「馬鹿が。無理するな」 「あ!」 夏侯惇は近くの台にを座らせ、裾をめくる。 馬車を避けた時に転んだと言っていたが、それでか膝を擦りむき血を流してしまっている。 それに、足首の辺りも少し可笑しい。 夏侯惇が足首に触れるとは小さな悲鳴をあげる。 「。捻ったのか?…何故、隠す」 「………」 夏侯惇は呆れて溜め息を吐く。 は唇を尖らせ、黙っている。 店の者に頼みの足を簡単にだが治療してもらった。 ちゃんと調べた所、足だけでなく、あちこち擦りむいていた。 「その足じゃ歩けまい。送っていってやる。背に乗れ」 夏侯惇に負ぶされと。 だが、は顔を背けてしまう。 「いい。自分で帰る」 「我慢するな」 「我慢なんかしてない」 「お前な…」 「私の事なんか放っておけばいいじゃん」 「そうもいくまい」 「優しくしないでよ、私の事なんか放っておいてよ…昨日振られた相手に優しくされたら惨めだよ…」 「な、何を言っておる…」 公衆の面前での発言。 作業していた兵士たちも店の者も集まっていた人も一斉に夏侯惇へと目を向ける。 「夏侯惇が考えてること私もわかったから…だから放っておいてよ」 「俺の考えていることだと?」 夏侯惇は眉を顰める。 「昨日言ったこと。私が呂布の許にいたからでしょ」 「それは」 「だから俺以外って言った。私はもうそんなの気にしてないのに」 そうだ。 自分ではの相手には相応しくないと思った。 彼女が家族だと思った存在を討ったのだ。 幸せを奪った。 理由がなんにせよ、恨まれて当然の存在だ。 でも、は許しくれた。 許してくれたが、夏侯惇の中ではそれを受け入れられなかった。 を見守りたいが、隣にいるのは自分では駄目だと思った。 「だが、俺は…」 夏侯惇の態度には唇を強く噛む。 「……帰る」 は捻った足を庇いながら歩き出す。 数歩歩いた所で夏侯惇に肩を捉まれる。 「待て。無理をするなと」 「いいの。店の修理費も夏侯惇が出す必要ないからね。私じゃ稼ぎないから、兄上に頼むことになるけど、こっちがだすから」 「」 「夏侯惇はもう何もしないで。私の事もいいから」 「ほっとけるかそんな顔をしおって、阿呆」 「煩い!」 は気持ちの整理がつかなくて、泣いてしまっている。 普段ならば夏侯惇に頼り優しくされたら嬉しいが、昨日の事の所為で虚しくなる。 「痛いのだろう。無理するな」 「痛いよ、あちこち。足も痛いし、胸も痛いし、いっぱい痛いけどいいの!」 擦りむいた膝に腕。 捻ってしまった足首。 それと、どうしようもできない気持ちに胸がチクチク痛む。 泣いたりもして、頭も痛い。 「最初はあんなんだったけど……私は夏侯惇が好きだもん……」 野次馬がいるのに、不思議と周りの煩さなど耳には入っていないようでははっきりと言う。 「…花簪くれたのも、宴での出来事も、少しだけど城で会えた時も嬉しかったもん」 最初は呂布たちを討った、自分の大切なものを奪った曹操軍が憎くて。 でも、憎しみと悲しみばかりじゃいられないって。 段々と気持ちに変化が出て。 その事は曹操の前でもはっきり言った。 だから、夏侯惇にだって気にしないで欲しかったのに。 は再び歩き出す。 だが、夏侯惇に捉まれたままの肩に力が入る。 「悪かった。俺もお前が好きだ。だから行くな」 「……?」 の目が大きく開く。 「放っておけん。俺を頼れ」 「〜っ……そ、それって一人で帰らせないために言ってるの?」 夏侯惇は軽く溜め息をつく。 「馬鹿が。そんなわけないだろう」 そしてを抱き上げる。 「うわっ」 「俺の正直な想いだ」 夏侯惇はそのまま歩き出す。 「まったく、俺も考えすぎていたようだな」 「あ、あの夏侯惇…」 「なんだ?」 「は、恥ずかしいのですが」 「なら顔を隠しておけ」 夏侯惇は何を今更と思いながら微苦笑する。 だがは嬉しさと恥ずかしさとかが色々入り混じってしまっている。 夏侯惇の肩口に顔を埋めながらも顔は笑っているだった。 しばらくの間、許昌の都では隻眼の猛将軍が公衆の面前で告白しただのと話が持ちきりなのだった。 公衆の面前で告白劇w
05/04/21
12/08/26再UP
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