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片言隻句
【12】 「俺には無理だ、すまん」 のことを頼みたいと言った張遼に夏侯惇はそう断りを入れた。 張遼には何故?と疑問しか浮かばない。 もし、この事をが知れば悲しむのは目に見えていたので、あえて黙ってはいる。 ただ、今までのこの男の態度を見てれば、少なくともに好意を持っていてくれていると見えたのだが。 だったら、思わせぶりな態度はが傷つくだけだ、止めて欲しい。 「断られたら、断られたで面白くないのですがね…」 思わず、夕餉の時にポツリと呟いてしまった、張遼。 「なに?兄上」 「あ、いや。なんでもない」 「ふーん。あ、あのさ、兄上」 「ん?」 「杏沙がね、また皆で食事会したいねって。私もそう思う」 「……そうか」 それは別にかまわないが、なんとなく夏侯惇からの返事を聞いて思うと素直に頷けない。 では今度の休みの日にでもと提案したいのだが、癪に障る。 一人が夏侯惇と食事したことで喜びを増すだけで、向こうはなんとも思っていないのだから。 「兄上?」 「またお暇な時にでもお誘いしよう」 「うん」 今すぐと言う答えは出さないで。 *** 数日後の甄姫の部屋にて。 「ふっ、そうか。お前は小父上に好意を寄せているのか」 「な!なんで曹丕様が知って、じゃなくて、話を聞いているんですか!?」 「私がいても可笑しくはないだろう。ここは妻の部屋だぞ?」 「だからって〜」 甄姫と楽しくお茶をしていたのだが、いつの間にか彼女の旦那である曹丕が混じっていて。 が夏侯惇に惚れているなどと言い出した。 「甄姫姉さん〜!?」 「私は別にそのような事話してませんわよ?と言うより、今初めて知ったのですけど」 が夏侯惇が好きだって。 「うっ…曹丕様、誰に聞いたのですか?」 「さぁな」 曹丕は話の出所を話そうとしない。 それどころか、小父上にはもっと大人の女性の方がいいとか、お前じゃ餓鬼すぎるとかアレコレ言われてしまう。 「酷いです!た、確かに私はまだガキですよ」 「そんな事ないですわよ、は十分に素敵な女性ですわ」 甄姫が慰めてくれるが、それを曹丕はわざとらしく鼻で笑う。 「ひーどーいー曹丕様の性格悪いですよ!」 曹丕にしてみれば、の反応が面白くてつい遊んでしまうらしい。 そこへ女官から夏侯惇が来たと告げられる。 「では、お通ししてくださいな」 「はい」 「小父上が何用だ?」 女官は夏侯惇に告げに戻り、曹丕は何だと首を傾げる。 は先ほどまでの話のネタが来てしまうので少し恥ずかしくてしょうがない。 曹丕が余計なことを言わねばいいのだがと。 「に用があるのではないですか?」 「ほぅ」 「わ、私じゃなくて曹丕様かもしれませんよ?」 「どちらにしろ、小父上がいらっしゃればわかることだ」 そして少しして夏侯惇が来た。 用は曹丕にあったらしい。 「もいたのか」 「あ、うん、うん…いたよ」 いちゃ悪いのかと少し凹む。 曹丕に何やら難しい話をし始める夏侯惇。 は邪魔しないように黙っているのだが、少しつまらない。 甄姫はそんなを見てくすりと笑みを浮かべる。 「では、あとで確認しておきます」 「あぁ、面倒かけてすまないな」 「いえ。小父上もどうですか?ご一緒に茶など」 「そうですわ、将軍もぜひ」 曹丕と甄姫は夏侯惇に茶を勧める。 夏侯惇はまだ執務中だからと断りを入れてくる。 「そのようなことを。少しぐらい大丈夫でしょう。今頃は父も休憩中ですよ」 「お前な…」 恐らくそうだとは夏侯惇も思いつい苦笑いしてしまう。 「それに、小父上が行ってしまうと、が寂しがりますから」 「?」 「な!何を言うんですか!曹丕様!」 顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。 「なんだ、池の鯉みたいだな、お前」 「そ、そ、曹丕様!」 「先ほども小父上の話をしていた所なのですよ」 「俺の?またくだらぬ事を噂でもしていたのだろう?しょうがない奴らだ」 夏侯惇は自分の顎をなぞる。 は頼むからこれ以上は余計なことを言うなと曹丕に目で訴える。 「小父上は色々な女性から想いをよせられているようですが、そろそろ身を固める気にはなりませぬか?」 その言葉に夏侯惇は難色を示す。 「お前、自分が娶ったからと俺に話を振るか?」 「損はないと思いますが?」 「あのなぁ」 「あぁ、でしたらちょうど良いのがここに。など、いかがですか?小父上とは仲も宜しいのでしょう?」 「そ、曹丕様!あ、あの!?」 ニヤニヤと笑う曹丕には誰か止めてくれと甄姫に助けを求めるが、甄姫は無理だと首を振る。 夏侯惇の方は顔色変えずにはいるが。 「まったく…」 夏侯惇は息を吐き、曹丕の額を軽く叩いた。 「っ!小父上」 「どいつもこいつもくだらぬ事ばかり言いおって」 うんざりした様子の夏侯惇にの目が大きく見開く。 「そのような話はも困るだろうに」 「え?あ…その…」 「俺はそのような気はまったくないぞ。くだらぬ…ではな」 夏侯惇は用事は済んだとばかりに去ってしまう。 「………」 残された三人は黙ってしまう。 ただ、それぞれ黙ってしまう理由は違うのだが。 は曹丕を睨む。 いつもならば悪態つく曹丕もこの時ばかりは素直に謝った。 「曹丕様の馬鹿…」 「……すまぬ」 「夏侯惇にくだらないって言われちゃったじゃないですか」 「小父上の考えていることがわからぬな…聞いた話と全然違う」 「誰から聞いたのですか?そのような事を…」 甄姫は夫に非難の目を向ける。 「………さぁな」 甄姫の部屋を出て、一人で帰路に着く。 夏侯惇に『くだらない』と言われたのがショックらしい。 「危ない!」 「え?わ、わ!」 目の前には積み上げられた木箱が沢山あり、はそれに突っ込みそうになるが寸でて腕を引っ張られたのでぶつかることはなかった。 「何を呆けておる、阿呆が」 「え?あ…夏侯惇…ありがとう」 「いや、いい。怪我をせずに済んだからな」 夏侯惇が助けてくれたようだ。 「どうした?」 「ううん、別に」 夏侯惇はの腕から手を離す。 先ほどのことを考えると的には顔を会わせずらいのだが。 「あ、あのさ、夏侯惇」 「なんだ?」 「……さっきの曹丕様の話」 「あぁ、あれがどうした?お前が気にすることでもないだろう。忘れておけ」 「そ、そうじゃなくて」 どう言えばいいのか迷ってしまう。 いや、別に言わなくても、訊ねなくてもいいものだが、には我慢ができないらしい。 「わ、私は別に嫌じゃないんだ、さっきの話…困ることないし…だから、いや…あのね」 「………」 もじもじと指を絡めて俯いてしまっている。 夏侯惇はの頭に軽く手を乗せる。 「そうか」 伝わったのか!とは顔をあげる。 だが。 「だが悪いが、俺にはその気はない。にはもっと相応しい奴がいるだろう」 夏侯惇は手を離しに背を向ける。 「……私に相応しい奴って?」 「俺以外の奴だろうな」 「……何、それ……」 チクリと胸に痛みが走る。 夏侯惇の隣には自分はいられないのだと知る。 ギュッと拳を握る。 唇が震えるが、グッと堪える。 「私が、子どもだから?」 「そういう意味ではない」 「私が嫌いなんだ」 「嫌ってもおらん」 じゃあ、何故だ? 何故拒む? 「俺にはを幸せになどできぬよ…」 「なんでっ!」 夏侯惇の服をギュッと掴むが、小声で『すまぬ』とだけ言い歩き出してしまう。 掴んだものも力なく離れては立ち尽くしてしまう。 「なんで……」 カツ、カツと廊下に響き渡る夏侯惇の足音。 「私は、夏侯惇が好きなのに……」 はかすれる声を振り絞るかのように呟いた。 意味もなく悔しくて悔しくて。 悔しくて泣きたくなくて、必死で歯を食いしばって泣くのを堪えるが 涙が零れる。 「うっ……くっ……うぅ……」 震える背中がだと気づいたのは張遼。 一つの用件が片付き自分の執務室に戻る途中だった。 「!?どうした?」 慌てて駆け寄り、の顔を覗きこむ。 「あに、うえ…」 「何があった?」 だが、は答えず、張遼に抱きついて泣きだしてしまう。 「…」 なんとなく、理由は想像がつく。 が泣く理由なんて、今の所一つしかないと思うし。 ただ、意外にもに早く知れてしまったのかと思うとそれが残念でしょうがなかった。 拒絶の理由。ヒント、戦。でした。
05/04/15
12/08/26再UP
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