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片言隻句
【10】 翌朝、張遼と共に城に向かった。 2度目の訪問となるが、前と同じように緊張はしてしまう。 なにせ曹操の跡継ぎの嫁さんに会うのだから。 高貴な人なのだろうなと思う。 本当に自分なんかが話し相手になどなるのだろうか? 鳳花の家はこの国のお偉いさんらしいので、よっぽど彼女のほうが相応しいとかも思ったのだが。 「すまないな、」 「あ、夏侯惇。おはよ」 大きい柱が何本も立っている廊下で夏侯惇が姿を現した。 「張遼、すまないな。しばらくを借りるぞ」 「はい、話は聞いていますよ。しかし、本当にでいいのですか?」 「…?別にかまわんと思うが」 夏侯惇は首を傾げる。 「失礼がなきゃいいのですがね」 張遼は少し心配のようでをチラリと見る。 「大丈夫だよ、別に暴れるわけじゃないし」 「暴れられたら困るのだが?」 「兄上〜」 「なんでそんなに心配なのだ?お前は…」 別に甄姫のもとだと言っても、話をするだけし、彼女のほうが年上だ。 手荒な真似などするはずはないと、むしろ甄姫のほうがを気に入ると夏侯惇は思っている。 張遼は今度は視線を夏侯惇へと移動しぼそりと呟く。 「貴公が普段もに会いたいから近場に呼んだわけじゃないでしょうね…」 「な!何を言っておる!」 「?」 夏侯惇の耳には入ったようだが、には聞こえなかったようだ。 「ち、違うに決まっておろう!」 「違うのですか?それはそれでなんかムカつきますね…」 「お、お前、俺にどうしろと言うのだ…」 肯定しても否定しても張遼には気に入らないようだ。 「と、とりあえず、行くぞ。」 「うん」 「お前も来るか?」 「……いえ、私は遠慮しておきましょう。無礼がないようにな、」 「うん。じゃあね、兄上」 歩き出す夏侯惇についていく。 張遼に手を振るので張遼も振りかえした。 「ね、甄姫様ってどんな人?」 夏侯惇の隣に並ぶ。 「どんなと言われてもな…子桓が嫁にすると言ったとき孟徳が悔しがったくらいの面だ」 「…めちゃ美人ってことか」 はチラリと夏侯惇の顔を覗きこんだ。 「なんだ?」 「夏侯惇も甄姫様をお嫁さんにしたいくらいだって思った?」 「なんだ、突然。くだらん事を聞くな」 夏侯惇は一瞬眉を顰めるが、すぐさま表情を戻しの頭を軽く小突いた。 「痛いな〜」 本当は痛みなど感じないのそう口に出してしまう。 しかし、の顔は笑っている。 「まったく、お前たち兄妹は俺をからかって楽しいのか?」 「からかってなんかいないよ〜って夏侯惇は兄上にからかわれるの?」 「たまにな」 「さっきのもそうなの?あれ、なんて言われたの?」 お前のことだとは夏侯惇は言えない。 「大したことではない、気にするな。ほら、着いたぞ」 賑やかだった城内から一転して静かな佇まいへと到着する。 ここらは曹操の私邸に繋がっているようだ。 「甄姫殿は居られるか?夏侯惇が参ったと伝えてくれ」 「はい」 女官の一人にそう伝える。 しばらくして女官に案内される。 「夏侯惇はさ、曹操様の寝室とか自由に出入りできるんでしょ?」 「一応な。だが、ここはそうはいかんだろ」 「まぁね」 「お待ちしておりました、将軍」 通された部屋に涼しげな眼をした女性が待っていた。 この人が甄姫だろう。 「はじめまして、甄姫と申します」 甄姫はに向かって丁寧にお辞儀をする。 も慌てて頭を下げる。 「こ、こちらこそ、はじめまして。と申します」 「ふふふ。可愛らしい方ですね、将軍」 「ん?…あ、あぁ」 答えにくいことを俺に聞くなと夏侯惇の顔は言っている。 女性に対して褒め言葉など軽々しく言えないようだ。 「…では、俺は行くぞ。、後でまた来るからな」 「うん」 夏侯惇が行ってしまうことに、妙に寂しさを感じてしまう。 彼の後姿をしばらく見つめてしまった。 「殿」 「は、はい!」 「うふふ、そう硬くならならくても。さぁ、お茶でも用意いたしましょうね」 甄姫は女官に用意させ、を窓際近くの席へと案内する。 「あの、甄姫様」 「甄姫と呼んでくださいな」 「そ、そんな呼び捨てだなんて」 「でも」 「私のほうこそ、呼び捨てにして結構ですから」 「そう?じゃあと。にも好きに呼んでほしいのですけど」 「う、うー…甄姫姉さんとか?」 「ま、それ良いですわね」 甄姫は気に言ったようで手を合わせて喜んでいる。 「私、あなたに一度お会いしたいと思ってましたのよ。張コウ殿から色々お聞きしてましたから」 「い、色々って…」 しかも張コウからって。 彼は一体何を話しているのだ。しかし、前に張遼が言っていたように張コウと甄姫は仲が良いらしい。 「張遼殿、ご自慢の妹だとか」 「じ、自慢かどうかはわからないけど」 「私、先日の宴でのこと、見てましたのよ。遠目からでしたけど、あなたをお守りになる姿に感動いたしましたの」 「あ、あの時は〜」 自分もすごいことをしたものだと今更ながらに思った。 しかも、別に自分があんなことをしなくても事件は解決しそうだったから。 「兄妹仲よろしいのでしょう?」 「悪くはないと思います。でもからかわれてばかりで」 「可愛くてしょうがないのでしょう。これではが嫁ぐ日など来たら大変でしょうね」 「あは、それ前にも言われて、ちょっと大変でした」 夏侯惇が甄姫の話し相手にと言って彼女に会う直前までは、話しづらいかもしれないとどこか不安だった。 だが、会ってみて簡単に打ち解けれた。 旦那との仲についてはが口出すことじゃないし、に話してもどうにもならないからもしれない。 それは甄姫がどう考えているのはわからないが。 せめて自分といる時だけは彼女が楽しんでくれればいいと思った。 ただ、なんとなく貂蝉と過ごしていた時間を思い出した。 『もうったら、奉先様を困らせて』 『え、困らせてないよ〜誤解だよ、それは』 『そう?あまり政務の邪魔をしてはダメよ?』 『してません〜貂蝉の方が構って欲しいくせに』 『そ、そんなことありませんわ!』 『本当に?』 『………』 『素直じゃないな〜貂蝉は』 『す、少しだけ……』 『やっぱりね。我慢は良くないぞ、貂蝉』 『もう!の意地悪!』 『あはははっ、行こう、貂蝉。呂布のところに』 『え、でも。今は』 『大丈夫だって、もうすぐ休憩するとか言い出してるよ』 そして、貂蝉の手を引いて二人で呂布のところへ行った。 今でこそ、杏沙や鳳花と言った友だちもできたが、あの頃は友と呼べるのは貂蝉だけだった。 年齢がほとんど変わらなかった貂蝉はにとって友であり、姉のようでまた妹と思えたりした人だった。 呂布に城から逃がされて以来、貂蝉の行方はわからない。 処刑された呂布と違って、彼女の姿がどこにもなかった…。 張遼も探したらしいが、結局見つからなかった。 「?」 「あ、ごめんなさい」 貂蝉のことを思い出したら、少し目頭が熱くなった。 最近本当に涙腺が緩んで困る。 「友だちのこと思い出して」 「友だち?」 「戦で別れちゃって…行方知れずで」 「そう……悲しいですわね。それは」 はこくりと頷いた。 「甄姫姉さんと今、話していたみたいに。よく一緒にいたから…生きていて欲しいなって」 もし、貂蝉も呂布の処刑をどこかで見ていたならば、生きる気力をなくしてしまったかもしれない。 自分ですら、雪降る中、死に急いでしまったくらいだ。 あそこで夏侯惇に拾われていなきゃ本当に死んでいただろう…。 「きっとどこかで暮らしていますわよ。そう思ってあげなくては。ね?」 「…うん」 甄姫はの頭を優しく撫でた。 これではどちらが励ましにきたのかわからない。 「甄姫様。夏侯将軍がいらっしゃいました」 「そう。お通ししてちょうだい」 女官が夏侯惇を連れてきた。 「ん?どうした、?」 夏侯惇はを見るなり、彼女の様子の違いに気づいたようだ。 「なんでもないよ。ちょっとね、えっへへ」 笑って誤魔化す。 甄姫は微苦笑している。 「?」 「将軍。の迎えに来たのですか?」 「まぁ、様子見だ」 「心配などありませんわよ。私たちもう仲良しですから、ね?」 「うん、甄姫姉さん」 二人で顔をあわせてにっこり笑んだ。 夏侯惇はその様子に満足したようだ。 「そうか。邪魔をしたようだ」 「そんなことありませんわよ。、明日もぜひいらしてくださいな」 「いいの?」 「勿論。が来るのを楽しみにしていますわ」 「うん、じゃあ明日も行く」 甄姫はこの後予定があるようだったので今回はここまでだった。 明日は昼餉を一緒にとまで約束した。 甄姫に別れを告げて朝と同じように、夏侯惇と並んで廊下を歩く。 「甄姫姉さん、いい人だね」 「そうか」 「姉さんと一緒にいたら、昔のこと思い出しちゃった」 「昔?」 「うん、下ヒにいた頃。私の一番の友だちのこと」 それで様子が違ったのかと夏侯惇は納得した。 「どこでどうしているのか、心配だなって…でもさ、薄情だよね、私」 「何故だ?」 「今の今まで思い出さなくて、自分のことばっかりで。こんな私見たらきっと嫌われちゃうよ」 「仕方ないだろう。今までが大変だったのだから。あまり自分を責めるな」 夏侯惇はの頭を優しく撫でる。 さっき甄姫にそうしてくれたが、夏侯惇の手のときのほうが安心できた。 「うん」 夏侯惇といると安心できたり、嫌われたくないと思ったり、別れる時に寂しさを感じたり。 これは杏沙たちの言うとおりの気持ちなのだろうか? 少しずつだが、確実にその気持ちに嘘がつけなくなっている。 「どうした?」 「な、なんでもないよ」 「また一人で溜め込むなよ?お前はなんでも一人で解決しようとするらしいからな」 「そんなことはないと思うけど?」 「そうか。だが、なにかあったらいつでも俺に言え。できる限りのことはしてやる。 いや、お前の場合、張遼のほうが頼りやすいだろうな。アレもお前のことに関しては人が変わる」 「んな事ないって。でもありがとう」 最初に出会った時から、の面倒を見てくれた。気を使ってくれた。心配してくれた。 呂布や張遼に対する家族のような気持ちとは違う別の想いが彼に感じる。 認めるしかないんだな。 私は夏侯惇が好きなんだ…。 だが、向こうは自分のことをどう想っているのだろう? 思えば、夏侯惇のことはあまり知らなかった。 ようやく自覚したようで、長いねw
05/02/22
12/08/26再UP
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