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片言隻句
【7】 あれこれ考えているうちに城で宴が行われる日になった。 は曹操の命を狙っている元呂布の配下の者たちとなるべく接したくなかったので 宴当日までほとんど屋敷から出ないよう過ごした。 「〜その色もいいけど、せっかくの宴なのだからもっと華やかな色のしたら?」 の仕度を杏沙が手伝ってくれた。 いつもは動きやすく活動的な格好をしているだったが、今日は違う。 袖と裾はいつもの倍長く、何枚もの薄手の着物を重ねて腰でキュッと帯で結んだ。 髪も結い上げている。 そして夏侯惇がくれた花簪を一本挿して。 今日の日のためにと張遼がいくつも用意してくれた中で、が選んだ色は薄い緑色が主体のものだった。 「だって、赤とか桃色って私に似合わないよ〜」 「そんなことないわよ。そっちの色のほうが元譲様から頂いた簪が映えるわよ?」 「そうかな?でももうこっちにしちゃったから着替えるの面倒〜」 「もう!ってば」 「あはは、ありがとうね、杏沙」 「いいのよ。その代わり帰ってきたらいっぱいお話聞かせてね」 「聞かせられるような話があればね」 自分はちょこっと出席だけのつもりだ。 できるならば曹操に会って速攻で帰りたい。 でも杏沙はにこりと笑って。 「元譲様との仲、進展するといいわね」 「そ、そんな仲じゃないってば!」 腕をバタバタ震わせ子どもみたいにムキになる。 「あらあら」 それはかえって怪しいと杏沙は笑った。 扉の向こうから張遼が声をかけてきた。 「。仕度はできたか?」 「文遠様。開けても構いませんよ」 杏沙に言われて張遼は扉を開ける。 「ほぅ。これは見違えたな」 「…う、嘘だぁ」 「ね?文遠様綺麗でしょう?」 「あぁ、よく似合っているな、」 普段言われなれていない言葉には恥ずかしくなって顔を下に向けてしまう。 「、ダメよ。しゃんとしないと。背筋はまっすぐ、胸を張って」 「う、うん」 杏沙に背中を軽く叩かれては背筋を伸ばす。 「では行こうか、。杏沙殿ありがとうございました」 「いいえ。私に手伝えることならばいつでも呼んでくださいませ」 張遼とは馬車へと乗り込み、杏沙たちに見送られて出立した。 「兄上〜やっぱ行きたくないよ」 「今更何を言うか。そんなに緊張するものでもないぞ?」 「だけどさぁ」 張遼は笑い飛ばしているが、には別の理由があるから行きたくないと思えるのだ。 だけど、張遼に言えずここまで来てしまった。 宴は室内で行われるのかと思えば、そうではなかった。 曹操自慢の庭園に場を設けそこでやると言う。 すでに多くの武将たちが集まっており、和やかに談笑している。 まだ曹操の姿はないようだ。 「張遼殿、そちらが噂の妹君か?」 「えぇ。恥ずかしながら」 噂の妹君ってなんだよ、って内心は思った。 自分はどんな風に思われているのだ。 ほとんどの人の顔は知らない。 なので張遼が話している間、ぽつーんと取り残された気がする。 周りを見ればほとんど男性ばかりで友達になれそうな女子どもはいない。 だが。 「殿でござるか?」 「ん?あー徐晃さーん」 ようやく見知った顔に出会えた。 思わず駆け出してしまう。 「危ないでござるよ、殿〜」 「だって、知らない人ばかりでなんかつまんなくて。良かった、徐晃さんに会えて」 「ははは、そうでござるか?見違えましたな、殿」 「え、やだなぁ、恥ずかしいよ徐晃さん」 「張遼殿と一緒に居られなかったら、拙者にはわからなかったかもしれんでござるよ」 「そんな事ないって」 はしばらく徐晃と話をした。 やっぱ知っている人間に会えるのは安心できる。 「!急にいなくなるから…あぁ徐晃殿と一緒か。ならばいいが」 急にいなくなったを張遼は心配して探しに来た。 「張遼殿。いいでござるな、可愛い妹と一緒で」 「可愛い…徐晃殿。そろそろボロがでそうで私は不安なのですよ」 「酷い、兄上!」 「っ!?」 ギュッと張遼の背をつねる。 「まったく……それより徐晃殿。殿はまだのようですね」 つねられた箇所を軽くさすりながら張遼は徐晃に問うた。 「そのようでござるな、夏侯惇殿の姿もないでごすし」 夏侯惇か… 今日、夏侯惇がくれた花簪をつけてみたのだが、彼はなんと言うだろうか? と言うより、今日この宴にいても会話なんてできないのではないか? 徐晃とは運良く会えたが、今この場には沢山の人間がいる。 沢山の人間? はハッとして辺りを見回した。 今、この場に…彼ら、または彼らの仲間はいるのだろうか? (考えすぎだよね…ここお城だし。警備の人も沢山いたし…) 敵討ちなんてそんなにうまくいくものだろうか? (でも歴史上、数多くの暗殺ってあるよなぁ…しかも案外簡単にやられちゃうし) 別に曹操を心配しているわけではないが、今更呂布の敵討ちってのもなんか違う気がするし。結局、今の生活を壊したくないのだ。 あれこれ考えているうちに曹操が来たようだ。 皆、それぞれ設けられた席に腰を落ち着ける。 は張遼の後について行くだけだった、案内された席の近くに徐晃もいたのでホッとした。 酒を飲み楽しそうな武将たち。 豪華な食事を前に綺麗な衣装を纏った女性たちによる踊りや歌。 華やかなこの場で、酷く自分の存在に違和を感じる。 (これが、呂布たちを倒した軍なんだ…) 心の奥から自分は楽しめない。 冷めた自分がいる。 「……あ、ちょっと失礼します」 は席を立つ。 「、すぐに戻ってくるのだぞ?殿に会わせねばならぬのだからな」 「うん」 女官の一人に声をかけて厠の場所を聞く。 用を足したのだが、すぐさまあの場に戻る気になれなかった。 (曹操に会うの、嫌だなぁ) 曹操の斜め後ろには大きい男たちがいた。 あれがきっと典韋に許チョと言う彼の護衛だろう。 夏侯惇も曹操のそばにいたし。 (なんか無礼なこと言って、兄上に迷惑かけそうだよ…) 気分が滅入ってくるがそろそろ戻らねばならない。 は庭園に戻るとする。 ドサ。 「ん?」 向こうで何か音がした。 重さのあるようなものが落ちた、倒れた感じの。 はその場所を除いてみると、兵士が一人倒れていた。 「あ、あの、大丈夫ですか?」 宴で騒ぎすぎて酔ったのだろうか?だとしたら誰かを呼んだほうがいいのかもしれない。 「誰か呼びましょうか?」 「………」 声をかけるも兵士からの反応はない。 「え…どうしたっての?」 これは急いで誰かを呼びに行こうとは反転する。 そこに。 「騒ぐな」 「!?」 数名の男たちに囲まれた。 みな、倒れた兵士と同じ格好をしている。 「……これはあなたでしたか」 「あ……」 呂布の配下だった、に敵討ちをと言ってきた男だ。 「奇遇と言うのは可笑しいですね」 「ほ、本当に曹操を討つの?」 「だからいるのですよ」 「そんな…」 「それより、落し物ですよ」 そう言って差し出されたのはあの時捨てた短剣だった。 「………」 「持ってくださいますよね?あなただって憎いはずだ」 「私は」 「あまりここで騒ぐわけには行かないので我々はこれで」 男たちは無理やりに短剣を持たせ、何事もなかったように去っていく。 「待ってよ」 男の腕を掴む。 「なにか?」 「兄上も……張遼も討つの?」 「………」 男は何も言わずにを振り切って行ってしまう。 「どうしよう…」 急いで張遼に言うべきだろうか? でも、今ここに彼らの仲間が何人いるのかわからないし、変に騒いで混乱にでもなったら その隙に行われてしまうかもしれない。 「、ここにいたのか?中々戻らないから心配したぞ」 「あ、兄上」 張遼がわざわざ探しにきてくれたようだ。 は持っていた短刀を張遼にばれないように隠す。 幸い袖が長く広がっているものなのでうまく隠せたようだ。 「殿がお前に会いたいとな。だからそろそろ行こうではないか」 「え……う、うん」 どうしようどうしよう〜と考えているうちに、曹操の前に到着してしまった。 張遼はの一歩後ろに控えている。 「そなが張遼の妹のか。話はよく聞くぞ」 「は、はい…お初にお目にかかります、と申します…」 さっきは曹操のそばに護衛の二人がいたのに、今は両隣に綺麗なお姉さんをはべらしている。 酒も入り上機嫌のようだ。 それを見たらなんか腹が立ってきた。 (なんかこの人の心配した私って何?) と言うのは置いといて、目の前で色々とご機嫌で喋っている男は今、この国では必要とされている。 曹操がいなくては多くの人間に影響が出るのだろうなとは思った。 現に自分はこの国の民であるわけだし。 「はあまり張遼とは似てないな」 曹操がそう漏らす。 「あ…それは」 「殿」 実の兄妹だとは言ってはいない。 隠すこともないのだが、あれは張遼が咄嗟に言った言葉なのだし。 「でも私の兄です」 「」 「そうか、そうか」 「張遼はそなたにとって良き兄か?」 「はい、私には勿体無いくらいくらいの兄です」 「わしにとってもそなたの兄は良き部下じゃ」 と満足げに言う曹操に初めて好感が持てた。 「………」 「どうした?」 「あ、あの」 敵討ち、暗殺なんてやはりダメだと思った。 張遼を必要してくれる人がいて、国のためにしてくれる人がいる。 曹操の噂は杏沙や鳳花からもよく聞く。 悪い噂も良い噂も。 でも、ここの民は嫌がるようなことはなく、あっけらかんと話す。 戦上での曹操の姿は知らないが、少なくとも民からは敵意は感じない気がする。 やはりこの国には必要な人なのだろう。 それに今の見た目だけの男ではないとも思うし。 多くの歴史家たちからも評価される人だ。 はスッと袖からあの短剣を出した。 短剣は鞘に納まっているが曹操の目が細く鋭くなった。 「私、あなたを殺すように言われました」 「!」 「ほぅ」 一瞬にして静まる場。 「でも最初から殺すつもりなんてないです。と言うより私なんかができるようなことじゃないです」 はそう言って短剣を曹操の前に放った。 「ここに来る前は呂布の元にいました。だから、正直、戦で呂布や大切な人たちをあなたに奪われて憎いとか悲しいとか嫌な気持ちでいっぱいで恨んだりもしました。 でも兄上と暮らすようになって、多くの人に出会って友だちもできて…中には、こんな私の事を心配してくれる人もいて」 は曹操から少し離れた場所にいた夏侯惇をチラッと見る。 夏侯惇は黙って拱手している。 「いつまでも憎しみに囚われて悲しんでばかりいられないって。 私、今ではここが、この国好きですから」 ニコッと笑った。 「ふ、ふははははっはははは」 曹操が大声で笑ったかと思ったら、夏侯惇から号令がかかった。 「狼藉者を捕らえろ!」 「………」 一斉に槍だ、剣を構える兵士たちが現れる。 は自分が国の丞相暗殺未遂を起こしたことで捕まるのかと思い目を瞑る。 (ごめんね、杏沙。土産話なんてできそうにないや) 「と、殿…」 張遼はの肩をグッと力を入れて掴む。 「ごめんね、兄上…」 「」 泣いているのだろうか、俯いている。 近づいてくる兵士たちに張遼はどうすべきか悩む。 普通ならばを引き渡すべきだ。 だが…。 「謝るのは私のほうだ、」 張遼は一人の兵士から槍を奪い、他の兵士も倒してしまう。 「兄上!」 それは一番嫌な展開だった。 こんな感じだ。
04/11/11
12/08/26再UP
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