片言隻句




ドリーム小説
やっと言えた。





【5】





長い戦だった。
けれど、曹操軍が袁家を破り勝利した。
まだ、残党軍はいるようなので完全とは言えないが。

張遼も怪我一つなく無事に帰還した。

は喜んだ。

以外の多くのものも家族の帰りを喜んでいた。

「お帰り!兄上!」



バッと張遼に抱きついた
人前なので張遼としては少し恥ずかしかったが、こうして出迎えてくれただけでも嬉しかった。

「無事で良かった」

「あぁ、沢山心配をかけてしまったな。のほうはどうであった?」

は張遼にちゃんと顔を見せ笑った。

「私は特になにもないよ。毎日普通に暮らしてた。杏沙がいてくれたから寂しくなかったし」

「そうか、それを聞いて安心した」

「しばらくはどこもいかないよね?」

「あぁ」

「じゃあさ、今度ね、杏沙を夕餉に招待したいのだけどいいかな?」

「杏沙殿を?別に構わないが」

「何度も杏沙のうちでご馳走になったからね、お礼したいじゃん」

「そうか、そうだな」

自分が出陣する前より、元気があるように見えるのは気のせいか?
だが、そうならば嬉しいじゃないか。
これも杏沙のお陰だろうと思う。

「やった、杏沙喜ぶだろうなぁ…あ、お兄様」

「?」

「もう帰るの?」

「あぁ…

「ん?なに?」

「さっきからなんだ?兄上とかお兄様とか…」

「どれが似合うか色々試しているの。中々慣れなくてさぁ」

張遼に対する呼び方か。
曹操に聞かれた時に咄嗟にを妹ですと言ってしまってから、大半のものはそれを信じているらしい。
張遼自身深く考えていなかったが、はどう呼ぼうか考えているらしい。

先日までは兄とお兄ちゃんだった気がする。

「別に無理はせんでもいいぞ?」

「いやいや、中々楽しいよ。ね?張遼はどれがいい?
お兄ちゃん、お兄様、お兄ちゃま、兄チャマ、兄君、アニキ、兄君様、兄上様、あにぃ、にぃや…」

「いい、普通でいい」

指を折りながら一個ずつ言っていくに張遼は止めさせる。

「なに、普通って?こう呼ばれると妹萌えするんじゃないの?」

「なんだ、それは」

「むーやっぱ普通に兄上かな。妥当だよね……私自身お兄様って呼ぶ柄じゃないし」

…」

「よし、兄上に決定!」

「そうか、別にそれなら私もかまわんが」

「後であにぃとかにぃやが良いって言っても駄目だよ?」

「そんな事言わないぞ、別に」

やっぱり、帰ってきたって感じがした。
とは最初からくだらないと思えることを言い合ってたから。
それが日常だったのだと。



遠目からだが、張遼のもとで楽しげにしているを見た夏侯惇。
初めの頃は屋敷からも出ることがなく塞ぎきっていた
少しずつだが元に戻って、変わってきているらしい。
それは今、見ていてもわかった。
だから、とても喜ばしい。

理由があったとは言え、初めてで会った時のような無気力さや怒りで溢れているようなよりも今、張遼と楽しげに笑んでいる姿の方がよっぽどいい。

「どしたぁ?惇兄」

隣にいた夏侯淵が声をかけた。

「ん?いや、なんでもない。行くぞ淵」

「おぅ」

夏侯淵を連れ立って歩き出す。

今はそれでいい。
自分では何も役に立たないのだから、彼女が笑っているなら良しとしよう。



***



張遼たちが帰還して数日が経つ。
杏沙と過ごしていた楽しい時間に張遼との以前のような時間も加わった為毎日が楽しかった。

、今夜杏沙殿を招くといった夕餉のことだが」

「ん?な〜に?」

張遼がのもとへ行くと、はなにやら一生懸命に何かを作っていた。

「……また菓子か?」

「なによぉ“また”ってのは!この前作った奴美味しかったって言ったじゃん」

「あれはな…杏沙殿が一緒だったし」

「かぁームカツクね、今だって、楊さんに見てもらってるもん」

ちょっと席を外しているが、この家の厨房を預かる料理人の楊さんに今は教えてもらっているらしい。
張遼に背を向けたまま何を作っているのやら?

「まぁ、いいが。今夜のことだが」

「だから、なに?」

は早く用件を聞いてこっちに集中したいらしい。

「杏沙殿以外にも呼びたい方がいるのだがいいか?」

「杏沙以外に?別にいいよ、張遼が呼びたい人でしょ?あ!なにもしかして女の人とか?」

くるりと振り返り、にたぁっと笑うに張遼はペシッと額を叩いた。

「痛いなぁ、もう」

「いいんだな。呼ぶからな」

「だから誰」

「秘密だ」

「はぁ?」

「それだけ確認したくてな。もういいぞ、作業を続けても」

「もう〜」

口を尖らせながら非難の目を張遼に向けるが、彼は行ってしまったので仕方なく作業を再開させる。




「と言うわけですので、ぜひとも今夜来ていただきたいのですが」

「………おい」

「はい?」

一方的に相手に今夜ウチへ来いと言った張遼。
相手は口を挟む余裕もなく聞いていただけだった。

「前に言いましたよね?我が家にぜひとも来てくだされと」

「言われたが、何で今夜なのだ」

「今夜杏沙殿が来るので」

「俺には関係ないだろうが」

「いいじゃないですが、大勢の方が楽しいですし」

「だが…本当にはいいと言ったのか?俺なんかが行くと迷惑がかかると」

は駄目など一言も言ってませんよ」

張遼はしれっと答える。
実際、には相手=夏侯惇のことは言っていないのだが。
夏侯惇はまだ悩んでいるようだが、張遼は今のならば大丈夫だと思ったからだ。

「特に用事もないのでしょう?でしたらたまには良いではありませんか」

「だが…」

「どっちにしても夏侯惇の分まで用意しているので来ていただかないと困るのですよねぇ」

「張遼…」

「はい?」

「なんか性格悪くなったな」

「そうですか?私はこんな感じですよ?」

気のあう人間にはと言うことか?
だとすると、自分は張遼から見て良き友人の部類に入るのだろうか。
のことばかり心配しているようだったが、張遼自身もこの国に慣れてきたと言うことか。

「わかった。行く」

「そうですか!も喜ぶと思いますよ」

「そうかぁ?」

それに関してはちょっと自信がない。
だからすぐ帰ればいいかと思った。



***



陽もくれた頃に杏沙がやって来た。

「いらっしゃいー杏沙〜」

「お招きありがとう。

客間に案内する

「はい、ここが杏沙の席ね」

「どうも…あら、誰か他にもいっらしゃるの?」

卓に用意された食器類が一つ多いことに気づく杏沙。

「うん、兄上がね、呼びたい人がいるからって」

「そうなの」

杏沙の耳元にこそっと呟く

「どうする?綺麗な女の人だったら」

「え…別に私が何か言える立場じゃないでしょう。こそどうなのよ?未来の義姉候補だったら」

「私?別にどうもしないよ」

「暢気なものね」

「そうかなぁ」

とまぁ、二人がどんな人が来るのかを想像しながら騒いでいると張遼が入ってきた。
張遼の姿を見て杏沙は席を立ち頭を下げる。

「お招きありがとうございます。文遠様」

「杏沙殿。こちらこそたいしたもてなしはできぬがゆっくりしていってくだされ」

「はい」

少し頬が赤い杏沙には笑っている。
それに気づいた杏沙はを軽く睨む。

「兄上。兄上のお客様は?」

「あぁ、もうすぐ来ると思うが…どこかによってくるとか言っていたな」

「ふーん」

「文遠様」

「ん?」

「お客様がいらっしゃいました」

「おぉ、いらしたか」

張遼は楽しそうに笑い客人を出迎えに行った。

「わ、誰だろうね、杏沙」

「そうね。あの様子からすると文遠様のお気に入りの方のようね」

「益々どんな女性なのか気になりますかな?杏沙さん」

「気になりません!もう」

二人は勝手に客人が女性だと思っているようだ。
だが張遼が連れて来た人物を見ては声を出して驚いた。

「か、か、夏侯惇!」

「じゃ、邪魔をする」

の驚きっぷりに夏侯惇も驚く。
自分が来ることを知っているはずじゃなかったのか?

「杏沙殿。こちらは夏侯元譲殿です。私が大変お世話になっている方です」

杏沙は客人が男性ってことでホッとした様子で笑んで、夏侯惇に頭を下げる。

「初めまして、元譲様。杏沙と申します。お噂はかねがね聞いております」

なにせ、この国のお偉い方だし、それに先日のの話に出た人だ。

「あぁ。こちらこそ。先日頂いた菓子とても美味かった」

「恐縮です」

やさしく笑う杏沙の隣で固まっている
それを見て可笑しくてしょうがない張遼。

「おい、張遼」

「はい?」

「お前、俺が来ると伝えたのではないのか?あの様子じゃ知らなかったみたいじゃないか」

「はて?」

「……お前な」

「さぁ、お座りになってくださいな。杏沙殿も」

「はい。では……

「う、うん」

(張遼の客って夏侯惇だったの?えーなんでー???)

(やはり俺が来ては不味いようだったな…)

互いに落ち着かない様子のまま夕餉の時間は始まった。



この食べ物はどうだとか、好みはこんなんだとか…。杏沙から普段はとこんなことをしているのですよ〜とか他愛のない話なのだが、聞いてるだけでも夏侯惇は楽しかった。
元々お喋りな人ではないので主に聞き手に周ることが多い。

「元譲様とはどこでお知り合いになったのですか?」

「どこって…」

杏沙が突然聞いてきた。

「元譲様がこのお屋敷に来られるのは初めてだと先ほど仰ってたでしょう?」

「あぁ……」

自分がこれに答えてよいものか夏侯惇は迷う。
杏沙にしてみればが気にしているらしい人物との出会いに興味があるだけなのだが。
変に何かを期待してるようだ。

夏侯惇はの方をチラッと見るが、は俯いている。
やはりこのことは答えにくいのだろう。
答えずにしようかと思った時に口に出したのは張遼だった。

「下ヒで夏侯惇殿がを拾ってくれたのですよ」

「拾った?」

「お、おい、張遼」

「私は元々は呂布殿に仕えていた降将でして、戦の際にとはぐれてしまったのですが、
戦が終わった時に夏侯惇殿が迷子になっていたを見つけて保護してくれたのですよ」

「まぁ」

「ま、迷子って…兄上…」

「戦で家族と離れ離れになるのは悲しいことですが、よくあることです。でも私たちは運が良かった」

「そうですよね。元譲様のおかけで兄妹が再会できたのですもの、素敵ですわね」

「「………」」

間違ってはいないが、なんか違う。
そんなに素敵な出会いでも再会でもなかったのだが…。

「素敵だったら良かったのですが、は夏侯惇殿の下で暴れに暴れまくってしょうがなかったのですよ」

「あ、兄上!」

「年頃の娘らしく大人しくしててくれれば良いものを」

「元気があって良いではありませんか」

「ありすぎなのですよ。こんな家事もろくにできない妹を誰が嫁に貰ってくれるのか今から心配で」

言いたい放題の張遼。
笑ってはいけないのだが、夏侯惇は口元を手で隠しなんとか笑いを堪えている。
これはわざとやっているなと夏侯惇には気づいていた。

「嫁になんか行かないもん、別に」

「それは困るな、。小姑が居座られたのではウチに嫁が来なくなる」

「気にしなきゃいいじゃん」

「私は良くてもなぁ」

「でも文遠様、逆に沢山の殿方が求婚にいらっしゃるかも知れませんわよ?」

「そんな物好きいますかね…いたとしてもちゃんとした者でないとあげれませんな」

「そうですわよね。しっかりした方でなくては心配ですものね…じゃあ、元譲様が貰ってくださいな」

「ぶっ!」

急に話を振られて飲んでいた酒が気管に入った。

「ば、馬鹿なことを急に申すな」

口元を慌てて拭う。

「そうですか?良いと思ったのですが、ねぇ、文遠様」

「夏侯惇殿ですか…そうですね、貴公ならばこのじゃじゃ馬を手なずけてくれるやもしれませんし」

「おい、張遼!」

「兄上、いい加減に」

は調子に乗りっぱなしの張遼と杏沙を軽く睨むが二人にはまったく聞いちゃいない。

「もしかして、がお嫌だと?私の妹のどこか気に入らないのですかな?」

「誰もそんなことは言っておらん。そこらで止めておけ。も困るだろうが」

まったくとブツブツ言いながら夏侯惇は杯に残っていた酒をぐいっと飲み干した。

「俺はもう帰る。明日早いからな」

「まだいいじゃないですか」

「いや、本当に早いんだ。お前もそうじゃないのか?張遼」

「……そうでしたね。すっかり忘れていましたよ、あまりの楽しさに」

「人をからかっているのがか?」

「さぁ」

席を立つ夏侯惇。
張遼も見送るために席を立つ。

「あ」

出る際に夏侯惇は懐から白い包みをだした。
それをに向かって抛った。

「な、なに?」

「先日の菓子の礼だ。たいしたものではないがな…美味かったぞ」

思わず受け取ってしまったは困ってしまう。
そんな礼を貰うようなものじゃないし、元々貰った金平糖のお礼をこっちがしたのだから。

夏侯惇はそれ以上は何も言わずに行ってしまう。
いつかと同じように。
でも、今日はそれは駄目だ。
も席を立って後を追う。

張遼はそれを見てその場に留まった。

「あら、いいのですか?文遠様」

「私がいては邪魔になるでしょうしね」

「では先ほどのお話本気なのですか?」

「いや、別に本気とかではなくて、にはちゃんと夏侯惇殿と話してほしいのですよ」

「よくはわかりませんが、相当暴れたのですね、は」

「はははっ、暴れましたね。でももう大丈夫でしょう」

そう言った張遼の顔はまさにの兄といったような表情をしていた。



「夏侯惇!」

「ん?どうした」

屋敷を出たところで呼び止められた。

「あの、もらえないよ、これ」

「…気にするな。捨てるなり誰かにやるなり好きにすればいい」

「そうじゃなくて」

夏侯惇は欲しくないからいらないと思ったらしいのががはそういう意味ではない。

「お菓子のお礼って言ったでしょ?あれは前に金平糖もらったからその礼のつもりで」

「………」

「なんかずるい…夏侯惇」

「では、今日の夕餉の礼だ。それなら貰ってくれるか?」

「え…」

「受け取ってもらわないと、返されても俺も困る。他にやる相手もおらんしな」

は一瞬呆けてしまう。がすぐさま笑った。

「しょうがない、貰ってあげる」

「そうか」

「あの、あのね、夏侯惇」

「なんだ?」

「………今までありがとう」

「?」

「さっきの話じゃないけど、私が張遼と再会できたのは夏侯惇のお陰だし。熱出したのを介抱してくれたし、色々気にかけたくれたし…突っぱねて中々素直にお礼も言えなくて」

「いや、別に…」

「だから、ありがとう!私、もう大丈夫だから……またウチに遊びに来てよね」

これで自分は許されたのだろうか?
直接的に彼女の大事なものを奪ったわけではないが、傷ついた原因を作ってしまったのは事実だ。
だからずっとが自分を恨んでもしょうがないと思った。
自分を恨んでそれが糧となって生き続けるならば、それでもいいと思った。

今のを見ていると、恨みなんてものはないように見える。
憎しみはなくても悲しみは残っているかもしれない。
でもそれは表に出さずにいるのだろう。

それでもが笑っているからいいのかもしれない……。

「なによぉ、黙って。お菓子は買ったものを用意しておくから平気よ」

「い、いや、そういう意味じゃない。それに美味かったぞ、本当に。今日の料理の中にも入っていただろう?お前の作ったものが」

「え、わかったの?」

「あぁ、見た目が多少悪かったがな」

「……悪かったわね」

「だから美味かったぞ」

「ならいいや」

そう言ってくれるならば満足しておこうと。
は口の端をあげて笑んだ。

「お前、本当に張遼に似てきたな…」

「それは喜んでいいことなの?」

「兄妹ならばいいことではないのか?」

「そうだね…では兄妹共々よろしくお願いします」

「こちらこそな…じゃあ、またな」

「うん。気をつけてね」

夏侯惇は再び歩き出した。
その後姿を見ては軽く息を吐いた。
緊張したとかではなく、やっと言えたと、満足そうに。



ちゃんと言えたよ、ありがとうって…。








遼さん、惇より目立つw
04/10/01
12/08/26再UP