片言隻句




ドリーム小説
少しずつでいいから、歩いていこう。





【4】





北の袁家との戦が始まった。
張遼は曹操に命じられて出陣することになった。
彼は曹操からかなり信頼されているようで、多くの騎馬隊を任せられるようになっていた。

「しばらく留守にするが、大丈夫か?

「大丈夫だよ、別に。一人じゃないし」

ここには使用人たちもいるし。
最近では隣の屋敷に住む、少女と友だちになった。
なので前よりは楽しく過ごしている。
張遼もソレは知っていたのだが、多少は不安は残る。

「私のことはいいから、張遼のほうこそ無理しないでね」

「あぁ」

次の戦は張遼にとって久しぶりの大きなものになるだろう。
だから無理はして欲しくない。
今の自分には張遼しか家族、頼れるものはいないのだから…





張遼が出陣して数週間。
元々お喋りな人ではないが、彼がいないだけで、少し屋敷の中が寂しい。

「ここは、こうやって……そうそう。、上手ね」

「そうかな?なんか変だよ、まだ」

「でも初めてにしては上手よ?」

「じゃあ、満足しておくよ」

「まぁ、ったら」

張遼が長い時間留守でが寂しいだろうからと、隣の屋敷に住む少女・杏沙がよく遊びに来てくれた。
今も、なんとかって言う菓子作りを二人でしていた。
今は最後の仕上げにかかっている。

「お兄様がいないと、も寂しいでしょう?」

(お兄様……なれないなぁ、それ)

張遼が曹操に自分のことを『妹』だなんて言ったから、他の人にもそう伝わっている。
違うとも言うのも面倒なので一応頷いているは、中々なれないものである。

?」

「あ、うん。そうだね…いつも一緒だったからね」

下ヒではいつも顔を見ていたし。

「でも、こうして杏沙が遊びに来てくれるし平気だよ」

「嬉しいことをいってくれるわね。じゃあ、今夜はウチへいらっしゃいよ。夕餉をごちそうするわ」

「え、本当?」

「本当よ。その代わり、今度お兄様が帰ってきた時にこちらの夕餉に招待してね」

「あ、そっちが本音?」

「うふふ〜どうかしら〜?」

どうやら杏沙は張遼に憧れているらしい。
だからと言って、それだけのためにと仲良くなったわけではないと思うが。

は?」

「なに?」

は今、好きな人いる?」

「好きな人?……いないと思うけど」

「なに、そう曖昧な答えは」

「いや、あまり考えたことなくて」

「そうなの?でも気になる方ぐらいいるでしょう?」

「気になる人?………あ」

なんか急に夏侯惇が浮かんだ。
慌てて首を振る

「その様子じゃいたみたいね」

「いない、いない。ちょっと知り合いが浮かんだだけ」

「そう?でもの場合お兄様が認めた方じゃないと無理そうね」

「え、そうかな?そんな事ないと思うけど」

「あるわよ。だって、お兄様は軍の中でも急上昇の成長株!将来を期待された方じゃない。
その方の妹であるにはきっと、名のある方じゃないと駄目でしょうに」

いや、この場合よりも、張遼の嫁になる人間がそれらしき身分の人になると思うのだが。
実際、自分は居候で妹じゃないし。

「杏沙〜そんなに力説しなくてもいいから。自分の方を考えなよ」

「私?」

「あの兄の嫁になるほうが大変だと思うよ、私は」

「嫌だわ、ったら。お兄様の嫁だなんて〜」

「いたい、いたい、杏沙さん?」

照れての肩をバシバシ叩く杏沙。
お嬢様でも力は強いらしい。

そこへ使用人がを呼びにきた。

「徐晃様がお見えですよ」

「え?徐晃さん?」

杏沙を連れて、玄関先まで行ってみると、やはりピシッとした身なりの徐晃が立っていた。

「徐晃さん、どうしました?」

「あぁ、殿。おや、ご友人ですか?」

杏沙に気づき、徐晃は軽く会釈する。
杏沙も深々と頭を下げる。

「杏沙と申します」

「拙者、徐公明と申す」

「で、どうかしました?」

一通りの自己紹介が終わったようなのでは徐晃に問う。

「あ、拙者も出陣することになりまして、殿に挨拶をと」

「えー徐晃さんも?」

「はぁ、かなりの規模の戦になりそうで。それで、張遼殿に何か伝言でもあれば拙者がお伝えしようかと」

徐晃のその気持ちが嬉しかった。
たまに戦の報告をしてくれていたのが徐晃だったし。
でも、その徐晃も行ってしまうかと思うと寂しい。

「杏沙と毎日楽しくやってますって伝えてください。私の心配はしなくていいですから、自分のことを考えてくださいって」

「わかりました。そうお伝えします」

「徐晃さん、もう行くの?」

「えぇ。この後すぐに」

「………杏沙、あのお菓子、何日もつかな?」

先ほど一緒に作ったお菓子だ。
聞かれた杏沙は少し考える。

「そうね、生じゃないから5日はもつと思うわよ?ちゃんと保存すればね」

「そっか、じゃあちょっと待ってて徐晃さん」

「はい」

は厨房の方に急いで走っていく。
杏沙も手伝おうと後を追う。が。

「公明様、中に入ってお待ちください。少々お時間がかかると思いますよ」

「いや、ここで十分でござるよ」

「そうですか?では、少々お待ちくださいませ」

杏沙は徐晃に頭を下げて今度こそ、厨房へと向かった。





「はい、徐晃さん。これ兄に渡してください。それと、こっちは徐晃さんに」

から包みを受け取った徐晃。

「拙者にもいただけるか、ありがとうございまいます」

「いや、たいした物じゃないけど」

は笑う。

「見た目がいいほうが杏沙が作った方だから、でも味は私のも美味しいよ」

「楽しみでござるな」

「先ほどは5日ほどと言いましたが、なるべく早くに召し上がってくださいね」

「わかりました」

杏沙に言われて徐晃は頷く。

「それとさ、徐晃さん……これ、さ……夏侯惇にも渡して欲しいんだけど」

が少し恥ずかしそうに、もう一つ徐晃に渡す。

「夏侯惇殿ですか?いいですよ」

「こ、金平糖のお礼だって言えばわかるから」

「わかりました。確かにお預りいたしました。では、拙者はこれで」

「はい。お願いします」

外に出て徐晃を見送る。

「徐晃さんも気をつけてね」

と手を振ると、徐晃も振り替えしてくれた。
徐晃の姿が見えなくなると、杏沙がの顔を覗いて笑った。

の気になる人は夏侯惇様なのね」

「え!ち、違うよ」

「そう?だって、公明様には普通に渡していたのに、夏侯惇様にって時は少し様子が違ったし」

「いや、変わらんって」

「素直じゃないわね、〜」

「もう、本当にただのお礼だもん」

二人して門前でキャーキャー騒いでいた。
やっぱり友だちってのはいいものだと思った。
こっちに来てから、友達と呼べる人はほとんどいなかったから。
徐晃などが訊ねてきてはくれるが、それはやっぱり張遼の仲間、友人であって少し歳の離れた自分ではどうしても一歩引いてしまう。

「早くお戻りになられるといいわね」

「うん。早く帰ってきて欲しいよ」

「夏侯惇様に?」

「うん……って!違う!張遼だよ!兄貴!」

カーッと頬を紅くして否定するに杏沙は笑った。

「うふふふ。の意地っ張り〜」

「杏沙〜」





本当にただのお礼なのだ。
先日、街で夏侯惇がに金平糖をくれた。

張遼が夏侯惇がのことを気にしていてくれてるって教えてくれたし
素直に会うことのできない自分だけど、ちゃんとお礼をしたくって。

張遼とほぼ一緒に夏侯惇も出陣したのを徐晃から聞いた。
彼は本当に前線で戦っているらしい。

だから、徐晃に張遼の分だけでなく夏侯惇の分も渡した。

「食べてくれると…いいな」

戦から無事に戻った時には、今度は言葉で『ありがとう』って言いたい。
たった五文字の言葉を言うだけで、こんなにも時間がかかるとは…。

情けないし、恥ずかしい。

呂布たちを失った悲しみはまだ残っている。
怒りは……わからない。

戦だからしょうがないかのかと思う気持ちに、それでも許せないと思う部分も残っている。

でも、許昌での生活で友だちもできてのんびり暮らしている自分にはそれをどうこう言う資格がない気がした。

今はもう別の生活に浸ってしまっているから。

今は北の大きな勢力袁家と戦っていると聞いた。
それが済んで戦がこれ以上起きなければ、曹操だろうか別の誰かだろうが天下でもなんでも取ればいい。

無責任な言い方かもしれないがそう思った。




早く戦が終わって張遼たちが戻ってくればいいのに。




***



「こちらが張遼殿の分で、こちらが夏侯惇殿の分でござるよ」

徐晃の部隊が合流した。
大軍相手の戦なだけに中々簡単には行かないようだ。

「なんですかな?」

「俺に?」

徐晃から包みを受け取った張遼に夏侯惇は二人して首を傾げる。

殿からでござるよ。あと、張遼殿には伝言でござる。
杏沙と毎日楽しくやってます。私の心配はしなくていいですから、自分のことを考えてくださいと申してました」

「そうですか、が…」

「元気そうで良かったじゃないか」

「そうですね。杏沙殿と言う良き友人もできましたので」

張遼は受け取った包みを見ながら笑った。
徐晃たちの前で、は自分の妹として振舞ってくれている。
実際、可愛い妹分だとは思っていたので違和感はないが、たまに人前で『お兄ちゃん』だ『兄』だと言われると少しだけだが、くすぐったく感じる。

「あ、あのな、徐晃」

「なんでござるか?」

「張遼はわかるとして、俺にまでと言うのは何故だ?」

受取はしたが、夏侯惇は手の中にある包みの存在に違和を感じてしまっている。
自分がこうしたものを“から”もらう理由がないと思っているのだ。

「?」

徐晃は夏侯惇の問いに一瞬考えるがすぐさま笑って答えた。

「金平糖のお礼と申していましたよ」

「金平糖?…あれか?」

以前、街でにあった時、一方的に渡した菓子だ。

「受け取ってやってくださいよ、夏侯惇殿。は少しずつですが元に戻った、いや変わってきてますから」

張遼に言われて夏侯惇はフッと笑みを浮かべた。

「中身はなんでしょうね」

「杏沙殿と作った菓子でござるよ。拙者は途中で頂きましたが中々美味かったでござるよ」

張遼が菓子と聞いて一瞬眉を顰めた。

「ん?どうした?」

「いや…杏沙殿はともかく。はあまりそう言うのが得意ではなくて…以前もが作ったと言うものを食べたのですが、ちょっと味が……」

徐晃は平気のようだが、張遼は不安を浮かべる。
下ヒにいた頃、貂蝉の指導でが菓子を作った。
簡単なもので年頃の娘ならば誰だって作れるというもの。

だが、できたものは味がとてつもなく個性的なもので、張遼はもう2度と食いたくないと思ったほどだった。
呂布が我慢して食っていたなぁとふと思い出す。

「徐晃は平気そうじゃないか」

「拙者、なんともありませんが?あ、杏沙殿が作ったもののほうが見た目は良いと言ってましたが味は美味しいと。実際、美味かったでござるよ」

「………」

「食ってやれ、張遼。変わってきているのだろう?は」

「だ、誰も食べないとは言ってないじゃないですか…食べますよ。夏侯惇殿もちゃんと食べてくだされよ」

「あぁ、食う」

外で立ったままだが、二人して包みを開けた。
確かに中には見た目の綺麗な菓子と、ちょっと崩れたような菓子が並んでいた。
言うまでもなく、崩れた方がだろうな。

のほうを手にとって、パクリと食う二人。

「………」

「………」

「美味いでござろう?」

「「美味い」」

見た目はそこそこだが、味は本当に美味かった。
きっと何度も練習したんだろうなって思う。

続けて杏沙の作った方も食べたが、張遼は微苦笑した。

「杏沙殿の方が上品な味がするのは何故でしょうな」

のは個性的だ。ま、食えないことはないがな」

「日々進歩しているようです」

「なら次が楽しみじゃないか?」

「そうですね」

もう心配することもないのかな?
新しい土地に段々なれて、友だちもできて、こうして菓子作りなどする余裕もできてきて。
杏沙と仲良くやっている姿が目に浮かぶ。

「夏侯惇殿」

「あ?」

「今度、我が家にも来てください。の作った菓子でもてなしますから」

「いや、それは…」

「次が楽しみだと言ったではありませんか。もきっと喜ぶと思いますよ」

「……あぁ考えておく」

自分が行っても平気だろうか?
でも、気にしていた少女だから、彼女が元気な姿を見るのは自分にとっても心にくすぶってる不安が消えるかもしれない。



早く戦を終えてあの子の待つ許昌へ帰りたいものだ。








これから、これから。
12/08/26再UP