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片言隻句
いつまでも このままではいけないのだろうな 【3】 張遼が夏侯惇にのことを話して数日が経つ。 別に夏侯惇がに何かをしなくてはいけないと言うわけではないが、なんとなく、引っかかる。 彼女が許昌へ来てからはほとんど顔をあわせることがなかった。 張遼が言っていたように、屋敷からほとんど出ることもなく過ごしているのだから。 (俺が気にしてもしょうがないか…) 考えていても仕方ない。 とりあえず、今は予定を進めなくては。 「おっ、惇兄どこかいくのか?」 「淵」 従兄弟の夏侯淵が寄ってくる。 「あぁ、少しな。孟徳にはそう伝えてくれ。そんなに長くはならん」 「おぅ。気をつけてな」 夏侯淵の横を通り抜けていく。 用件と言うのは大したことではないからすぐ済むだろう。 愛馬に跨り城を出て行く。 少しずつだが、許昌も安定してきた。 呂布を倒した事で次は北の袁家と戦う事になるだろう。 ここが戦場になるとは思わないが、避けたいものだ。 今まで戦っていて、あまり感じなかった。 家族、親兄弟を戦で失くした者のことを。 考えなかったわけではないが、いちいち気にしていられないだろう。 だが、のことが引っかかる。 の大切にしていた人たちを自分たちが奪った。 呂布は何を思っただろうか? の態度を見れば呂布もまた、を大切にしていただろうと思う。 あの最強と言われた男がだ。 その大切な子を残して、処刑された。 最後の最後まで…何を思った? 残念だが、自分にはわからない。 *** 「では、また来る」 すぐに済むだろうと思っていた用件は思っていたより手間取った。 今の所急ぎの仕事などはないから、多少は執務に差し支えはないだろうとは思う。 だが、なんとなく後で煩く言われたら嫌だとか思い、従兄弟好みの菓子を買って帰ることにした。 適当に店主に包んでもらう。 ふと目に付く見たことのない菓子。 飴のような粒。 赤や水色、白に黄色などある。 それに形が面白かった。 栗みたいにまわりから沢山トゲみたいなものが突き出ている。 「これはなんだ?」 「あぁ、金平糖と言う砂糖菓子ですよ」 「ほぅ」 子どもが好きそうなものだと思う。 「これも少しもらえるか?」 「はい。ありがとうございます」 金平糖なる砂糖菓子を買った。 自分で食べたいとは思ったわけではない。 なんとなく買ってしまった。 まぁ、従兄弟の子どもらにでもやれば喜ぶだろう。 店を出て再び馬を走らせる。 しばらく走るとある者が目に入った。 「あれは…」 だ。 が一人で歩いていた。 張遼はが屋敷から出ないと言っていた。 だが、は今、外にいる。 きょろきょろと辺りを見ては笑っている。 そうか、少しは変わったのかと思う。 「…と、俺に見られていたら嫌だろうな」 せっかくの楽しい気分も台無しになるだろうと思う。 迂回して気づかれないうちに去ろうとする。 「……あ」 「あ」 と思ったら、ばっちり目があった。 は逃げるわけでもなく、近寄ることもなく夏侯惇をジッと見つめ立っている。 夏侯惇の方がなんとなく気まずく感じてしまう。 早く立ち去ってくれと願う反面、立ち去られたら少し寂しいなと思う。 「……よ、よぅ」 「………」 (駄目だな、これは) 声をかけるも反応がないし。 いつまでもここにいても仕方ない。 夏侯惇は馬を走らせようとするが、さっき買ったアレを思い出す。 懐から紙に包まれた金平糖を出す。 馬上からだか、それをに向かって抛った。 「?」 抛られたそれをは受け取る。 「お前にやる」 夏侯惇はそう言って、今度こそ馬を走らせた。 (俺は何をしているのだか…) 「行っちゃった…」 すでに遠くへと行ってしまった夏侯惇を見ては呟いた。 毎日、屋敷の中で過ごしてばかりなのを張遼が心配するから、たまには外に出ようかと思った。 街を見て、帰ってきた張遼に『こうだったよ〜』って話せば彼は少しは安心してくれるかもしれない。 それに少し街を見たいとは思っていた。 天子様のいる都とやらを。 そう思って出かけた先で夏侯惇に会った。 向こうの方が先に自分を見つけたようで、目があった時に彼はとても困惑していた。 だが、自身もどうして良いかわからなかった。 あの人は大切な人たちを奪った敵だ。 でも、今は張遼の仲間であり、その張遼と再会するきっかけをくれた人だ。 もし、夏侯惇に助けられなかったら、張遼とは再会することは叶わなかった気がする。 熱を出してしまった自分を介抱して、職まで提供しようとしてくれた人。 でも、あの時、場所が下ヒ城で、相手が曹操の仲間だと知って逃げ出そうとした。 思いっきり罵声を浴びさせ暴れた。 それでも、夏侯惇はを力で押さえつけようとか、怒りもしなかった。 張遼はの世話をしてくれた夏侯惇に礼を言わねばと言ったが、拒否した自分。 呂布を。 大切な人たちを奪った奴らに礼なんか言うもんか! そう思っていた。 許昌で張遼と生活を始めてから、たまにだが、夏侯惇の話を聞いた。 『面白い方、と言うと失礼かもしれないが、曹操殿の片腕、軍の中でも最高位の方なのに 将軍とお呼びすると怒るのだ。俺はそんなに偉い人間ではないと言ってな』 新しい友ができたと言うような感じで話してくれる。 『堅苦しい言葉遣いも止めろという。本来は私よりも上の方なのにな』 どうも世話好きらしい。 放っておけない性質のようだと。 そんな話を張遼から聞かされると、頑なに拒絶していた自分はどうして良いのかわからなくなる。 会って謝り礼を言うべきか? 「……よ、よぅ」 「………」 と目が合い、ぎこちなさそうに馬上から声をかけてきた夏侯惇。 声をかけてくるとは思わなかった。 可愛げのない態度を取っていた自分のことなど忘れていただろうとか、どうでもいいだろうと思っていたいのに。 でも、自分は言葉を返すこともできなくて… 「お前にやる」 「?」 紙に丁寧に包まれた物を投げてよこした。 そしてそのまま夏侯惇は去ってしまった。 (根が悪い人じゃないよね…) 政治上のことはにはわかならない。 なぜ曹操軍と呂布軍が戦ったのかとか。 戦わない、平和な時にあの隻眼の将軍と出会ったら、もう少し自分は素直になっていただろうか? 呂布たちを失くした原因である敵の男。 大切な家族のような張遼の仲間。 結局、憎みきれていない自分がここにいる。 (はぁ……帰ろう) とは来た道を戻ることにする。 悩んでいても仕方ない。 夏侯惇と次に会う機会があるのかもわからないのだから。 だが…。 「………やば」 振り返って気づいた。 「ここ、どこだっけ?」 初めての街で、好き勝手に散策していたものだから、張遼の屋敷がどこだかわからなくなった。 そう、は道に迷ったのだ。 (え、えっと…確か、あの道から曲がってきたような…) 都と言うだけあって、華やかな通りだが、から見るとどれも似たような造りである。 (あ〜誰かに一緒に来てもらえばよかった〜」 使用人の一人が一緒に行きましょうか?って言ってくれたけど、大丈夫と言って出てきた。 全然大丈夫ではなかった… ここではの知り合いなど当然いない。 張遼はまだ城だろうし、さっき会った夏侯惇もとうに姿は見えない。 (な、仲良くしておけば良かったのかな?) そんな意味だけで仲良くなろうとは思わないが、流石に少し後悔した。 誰かに聞けばわかるだろうか? 張遼の屋敷はどこですか?って でも、一般の人が知っていたとしてもに教えてくれるだろうか? 張遼は一応曹操の部下であるのだから、小娘が武将様に何の用だ?と変に疑われてしまうだろうか? そんな馬鹿なと思えることが次々と頭をよぎる。 迷った時はそこを動くな!とは言う物だが。 それは誰かが探しているだろうという時で、実際が迷子だという事は誰も知らない。 でも使用人さんがの帰りが遅いと探しに来てくれるかも知れない。 (……どうしようか) あまり挙動不審な態度を取れば怪しまれるかもしれない。 だが、の態度を見て声をかけてきた者がいた。 「どうかなさったでござるか?」 (ござる〜?) 振り返るとピシッとした身なりでがっしりとした体格の男性がいる。 この人がに声をかけたらしい。 「…?…拙者の顔に何かついているのでござるか?」 (拙者にござる…) はまじまじと凝視してしまったらしい。 「何かお困りの様子だと思ったのでござるが」 「あ!すみません!えっと」 言っても平気だろうが? 口調からすると町人ではない気がする。 体格からするとどこかの用心棒?とか思う。 あ、でも案外武将だったりして…。 なんとなく真面目そうなので、普通に訊ねても平気かもしれない。 「道に迷ってしまって…屋敷に戻れなくなってしまって」 「それはご家族も心配なさるでしょうな。拙者でよければわかる範囲まで教えましょう」 「本当ですか!ありがとうございます」 「で、ご自宅はどの辺でござるか?」 「番地はわからないのですけど」 「それは困りましたな」 この人、張遼のこと知ってるかな? 知っていれば名前出しても大丈夫だよねとは男を見る。 「あの、張遼のことご存知ですか?」 「張遼殿…でござるか?知っていますが」 やった。 知っていたようだ。 「私、張遼の世話になっている者なのですけど」 「では、あなたは張遼殿の屋敷で暮らしているのでござるか?」 「そうです!」 「あ…もしやあなたが殿でござるか?」 「え、知ってるのですか?私の事を」 男は少女がだと知り笑った。 「張遼殿の妹君だとお聞きしてます」 (い、妹?そういう事になっているのか) 「では、拙者がご自宅までお送りするでござるよ。場所は勿論知っております」 「あ、ありがとうございます」 を屋敷まで送ってくれると言うこの男、曹操の部下で張遼の同僚でもある徐晃であった。 曹操の部下と知っても、なんとなくこの男には以前夏侯惇にぶつけたような思いは出てこなかった。 正直、薄れている。 もし、もしも今度夏侯惇に出会った時には徐晃に対してと同じような態度でいられるだろうか? 徐晃と話して楽しかった。 語尾に『〜ござる』をつけて話すのがなんか面白くて。 最近の時代劇でもそんな口調の人いないから。 楽しかったせいか、あっと言う間に屋敷に着いた。 「本当にありがとうございました」 「いえ、大した事ではござらぬよ。それでは殿」 「はい、徐晃さんもお気をつけて〜」 徐晃は笑顔でに手を振り去っていった。 「お帰りなさい、さん。少し遅いので心配したのですよ」 使用人の一人が出迎えてくれた。 は素直に謝る。 「ちょっと道に迷っちゃって。でも、もう大丈夫ですから」 「外は楽しかったですか?」 「はい。色々と」 笑顔で答えるを見て使用人もつられて笑顔になった。 夕餉の時、は外に出たことを張遼に話した。 一瞬驚いた顔をするが、目を細めて笑った張遼。 「そうか、楽しかったか」 「色々ね。それでね、帰ろうと思ったら道に迷った」 「はは、それはしょうがないな。初めての街だからな」 「でもね、徐晃さんが屋敷まで送ってくれた」 「徐晃殿が?…に徐晃殿を会わせたことはなかった気がするが…」 「私が困ってるのを見て声をかけてくれたんだ。で、張遼の名前出したら、知ってるって言うから」 「そうか。では徐晃殿に礼を言わねばな」 「そうだね。あ、私って張遼の妹ってことになってるんだ」 「あ…そう言えばそう殿に伝えたな」 「じゃあ、じゃあ、これから『お兄様』って言おうか、張遼のこと」 眉間にしわを寄せる張遼。 はケタケタと笑っている。 「それは気持ちが悪いな」 「酷い〜気持ち悪いってなによ」 「ははは、冗談だ」 少しずつだが、が変わってきた。 いや、元に戻ってきたと言うべきか? 張遼にはそれが嬉しかった。 が元に戻ることで、自分が呂布の下を去ったことが許された気がして。 「あ、それとね」 「なんだ?」 は卓の上に紙で包んだアレを出した。 「なにかな?」 「徐晃さんに会う前に…夏侯惇に会った」 夏侯惇殿に? 声には出さずに答えた。 自分がの止まった時間を動かしたいと話した時。 夏侯惇はすまなそうに自分では無理だと言った。 が夏侯惇と会う機会はほとんどなかったのだが、どこかでを気にしてくれていた。 「それで?」 「私何も言えなかった」 なんとなくその様子が張遼の目に浮かぶ。 「そうしたらね、これくれた。お前にやるって一言言って行っちゃった」 帰宅後、包みを開けたら金平糖が出てきた。 少し強面のあの武将が、これをどんな顔して買ったのかと思うと少し笑えた。 甘いもの好きなのかな? とかどうでもいい事が頭に浮かんだ。 一粒食べたら、当然だが甘かった。 と同時に、金平糖は自分みたいだって気がした。 甘いものなのに、トゲがついてる。 今の自分は夏侯惇から見たら、トゲがついてて扱いにくい子なのかな…と。 「悪い人じゃ…ないね、あの人」 「そうだな」 もし、 もし今度会えたら、金平糖のお礼くらいは言えるだろうか? 徐晃さん登場の巻。
04/05/22
12/08/26再UP
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