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片言隻句
今の私は無力だ。 いつもそう思っていた。 でも、周りは優しいから『そんなことないよ』って言ってくれる。 その言葉は嬉しさと同時に悔しさを実感させた。 そして、私は本当の役立たずだと実感した。 【1】 呂布は最強の武を持つ男と言われていた。 しかし、武のみではこの乱世は勝ち残れなかったようだ。 その最強の男の命運は尽きようとしていた。 曹操軍との長き戦いにより、味方の裏切り・投降などで呂布は捕縛された。 鎖で縛られ、曹操と対峙するも彼の目は死んではいなかった。 何か言葉を残すかと思えば何も言わずに、処刑された。 彼の部下だった陳宮も高順も…。 彼と一緒にいた貂蝉は行方知れずだった。 そして張遼は曹操に降った。 呂布たちは城門に見せしめのためにしばらく吊るされていた。 人々は目を逸らし通り過ぎていく。 ただ一人だけ、それを見ていた者がいた。 まだ10代の少女が、じっとそれを見つめていた。 冬の冷たい風が吹く中で。 「……呂布…」 少女の名は。 元々はこの世界の人間ではない、遠き世界からやってきた少女。 戦場で呂布に拾われ、ずっとそばにいた。 呂布だけでなく、高順や陳宮にも可愛がられた。 そこにはいない貂蝉や張遼にも。 ただ、戦の流れが曹操軍に向き始めると、呂布が一人の女官に命じてを城の外へ逃がした。 嫌がっただが、結局こうして一人生き延びた。 「高順…陳宮さん…嘘だぁ…嘘だって…」 口元が震えて、涙が溢れてきた。 泣いてはいけない。 ここで泣けば不振がられて、曹操軍に捕まってしまうか。 いや、別に小娘一人捕まえはしないだろう。 は別に呂布軍にとって重要な人物ではなかったから。 じゃあ気にすることもないじゃないか。 大声で泣いてしまおうか。 「……うぐっ…っ……」 できるわけないじゃないか。 これからどうしよう。 逃げる時に少しばかりの金を渡された。 しばらくは十分もつ。 今までとは違う生活になるだろうが、こうなってしまった以上自分で何とかしなくてはならない。 「でも、ちょっとだけ…少しだけ泣かせてよ」 は城門を抜けて、その場を後にする。 少し離れた所に川が流れ橋が架かっている。 「っ…なんで、なんでよ…」 手すりに手をかけては泣き出した。 誰も見てないし、一人だから。 不器用だけど、を人一倍可愛がってくれたのは呂布。 娘のように可愛がってくれたのは陳宮。 いい大人なのにのわがままに付き合ってくれたのは高順。 三人とも好きだった。 彼らはどう思っていたか知らないが、にしてみれば貂蝉と張遼を含めて家族って感じがした。 貂蝉や張遼は無事だろうか? 今のには二人の安否は知らない。 沢山沢山泣いて、すっきりするどころか頭が痛くなってくる。 「どうせなら、どうせなら私も一緒に…」 なんて言葉にするもきっと呂布は怒るだろうなと自嘲する。 ドン 「ごめんよ」 橋の上で人とぶつかった。 は簡単に足がもつれてその場に座り込んでしまう。 自分でなんとかしようとか思っていたのに、何だがどうでも良くなった。 降り積もった雪が体温で溶けて衣服を濡らしてしまうが、そのまま座り込んだままだった。 *** この戦いで夏侯惇は左目を負傷した。 でも、そのまま戦い続けた。 従兄弟が、自分の仕える男のこれからを思えば、こんな事ぐらい容易いと思って。 戦は曹操軍が勝利した。 自分の左目の負傷を知った従兄弟に無理やり休養させられた。 なので呂布の処刑には立ち会えなかった。 それどころか、しばらく与えられた部屋からも出してもらえなかった。 これはもう一人の従兄弟のせいだ。 流石に寝ているだけの生活に飽きた夏侯惇は部屋を出る。 もうなんでもないからと、煩く喚く従兄弟を置いて一人で歩き出す。 城門に処刑された呂布らが吊るされていると聞いたので、奴の姿を見ておこうと城門へ行った。 流石にじろじろ見るものではない。 道行く人には目の毒だと夏侯惇は思った。 「お前は最期に何を思ったのだ…呂布よ…」 当然だが返事などあるはずもない。 何をしているのだろうかと苦笑してしまう。 これからだ、これからまた大変になる。 従兄弟のために立ちはだかる者は自分が斬ると決意する。 どん 「あ、ごめんなすって」 一人の男が自分にぶつかってきた、だが。 「あ、いてててて。なにするんだよ」 夏侯惇は男の腕をねじりあげる。 「俺の懐を狙うとは馬鹿が…返してもらおうか」 男の手からぽとりと財布が落ちた。 自分の物と女性物のが。 夏侯惇は二つとも拾う。 「お前のじゃなさそうだが?」 「お、俺のだよ。俺の嫁さんのだよ」 「本当か?」 夏侯惇は掴んでいた手にさらに力を込める。 「痛い、痛い!すんません、俺のじゃないです。あっちの方で呆けてた女の物です」 「馬鹿が…」 あっさりと白状した男の腕を放す。 男は腕をさすりながら一目散に逃げていく。 女性物の財布はあの男が持つには似合わない上等なものだった。 「呆けていた女だと言ったか…」 気分が悪くて休んでいた女性でも狙ったのだろうか? どっちにしても汚い野郎だと夏侯惇は吐き捨てる。 とりあえず、その女性の下へ行ってみよう。 これがなければ困るだろうし。 夏侯惇は男が言った『あっち』の方へ足を進める。 あっちは城門を抜けた外だ。 だとしたら、旅の者だろうか? 辺りを見回して人の姿を探す。 いた。 一人だけ。 城の近くを流れる川の橋の上に、女性と言っても少女が一人座り込んでいた。 この寒い中動きもせずに。 「おい」 夏侯惇は近づき声をかける。 だが、少女は反応しない。 「どうした?具合でも悪いのか?」 夏侯惇が肩に手を置いた時、少女が自分を見た。 ぼろぼろ涙を流している。 「財布。お前のだろう?…だからもう泣く事ないぞ」 夏侯惇は少女が財布をなくして泣いているものだと思った。 「お金なんて…」 「なんだ?」 「っ…ひとりに…」 「おい、なんだ?」 少女は泣き続けている。 夏侯惇は訳もなく泣き続けている少女をこのままにして良いものかと悩む。 だいたい、女性の扱い自体苦手なのだ。 頭を掻き辺りを見回す。 幸いにも人の姿はない。 一応自分が泣かしたとは思われないだろう。 (…って俺が気にしてどうするんだ。俺は何もしてないぞ) 「家はどこだ?お前一人で親はどうした」 「……いない」 先の戦で巻き込まれたのだろうか? だとすると、仕方ない事とはいえ少し胸が痛む。 「………」 少女はゆっくりと立ち上がり歩き出す。 「お、おい!」 誰のいない家に帰るのだろうか? だが、数歩歩いた所で少女の足はもつれ再び地に腰を浸けてしまった。 「大丈夫か?」 夏侯惇は仕方なく少女の腕を掴んで立たせようとする。 「…あたま…いたい」 「おい」 泣きすぎたせいだろう。 それに今は12月だ、冷たい風が吹く中ずっといれば風邪をひいても可笑しくない。 「…り……ふ…」 「なんだ?」 少女は何か呟いたようだが、夏侯惇の耳には入らなかった。 そしてそのまま少女は目を閉じてしまう。 これではどうしようもない。 このままだと、少女は熱を出してしまう。 夏侯惇は少女を抱き上げ城へ戻る事にした。 *** 「惇兄、子どもを拾ったって本当か?」 従兄弟の夏侯淵がニヤニヤしながら問いかけてきた。 なんかいちいち答えるのが面倒なので、一言ですます。 「あぁ」 「なんでだよ、養子にでもするのか?」 「別にそうではない。寒空の中置いていくほど俺は薄情じゃないぞ」 「薄情だなんていってねぇって。で?そいつどうしてるんだ?」 「寝ておるわ」 夏侯惇は従兄弟を置いて歩きだす。 少女の様子を見に行く途中だったのだ。 「様子はどうだ?」 医者へ訊ねる。 「風邪のようです。薬を飲んで安静にしていれば大丈夫でしょう」 「そうか、すまんな」 「いえ。では私はこれで」 医者と入れ替わりで部屋に入る夏侯惇。 連れ帰った少女は熱をだしてしまった。 だが、そんなに酷くないようで医者の問いにちゃんと答えている。 意識がはっきりしているようだ。 「…調子はどうだ?」 「…だるい」 「風邪だ。仕方あるまい。ゆっくり寝てろ」 夏侯惇は椅子に腰掛ける。 少女は天井を見つめている。 「お前、名は?」 「…」 「か…親はいないと言ったな。他には?」 「別に」 「答えになってないが…お前を心配して探している者がいるのではないか?」 「いないよ」 「…そうか」 やはり、少女のの家族はこの戦で亡くなってしまったのだろうか。 「ま、今はゆっくり休め」 「ありがと…」 はそう言うと目を閉じた。 ゆっくり休ませてあげよう、それが今のには一番の薬のようだから。 それからしばらくすると、は完全に回復したようだ。 物もちゃんと食べるし、健康そのものだ。 ただ、あまり自分のことを話そうとしない。 夏侯惇が知っている情報は。 名がで家族はいない。 それだけだ。 (あまりこの辺じゃ聞かない名だな…) 「。お前は家族がいないと言ったな。で、これからどうする?」 「わかんない…でも、どこかで働いていくってのが普通だよね」 「まぁ、そうだな」 だよね。って言われてもは自分のことではないように話す。 なんとなくこのままにしておけない気がするのだが。 「…ならば俺の元で働くか?」 「え?」 「働くと言うか、雑用だが…少し人手が足りんのだ。住む場所などは俺が保障する。どうだ?」 「……うん…」 「そうか。なら、案内するからついてこい」 今の夏侯惇たちは呂布軍が使用してた城で生活をしている。 とりあえず、仮に自分が使っている執務室にでも連れて行って、などと考える。 廊下に出たとき、の顔が強張った。 「あ……う、そ」 「ん?どうした」 「こ、ここ…下ヒ城…」 「あぁ。そうだ。よくわかったな」 城の中だと言うのに。 はここに来た事があると言う事か。 「なんで?…あんた、誰?」 「は?俺は名乗ってなかった?夏侯元譲と」 は肩を震わせながら俯いてしまう。 「あんた…曹操の手下なの?」 「手下って言うか、まぁそうだな。それがなんだ?」 「さっきの話…なかったことにして」 「は?」 は顔をあげて夏侯惇を睨み付ける。 その目には沢山の涙を浮かべて。 「な!。なんだ!?」 「さっきの話なかったことにして!!」 は夏侯惇に背を向けて走っていく。 「!待て!」 何が何だがわからない夏侯惇はを追いかける。 体力の差だろう、夏侯惇はすぐにの腕を掴む事ができた。 「待たんか、。なんだ、どうした?」 「煩い!離せ!」 ほんの数分前までは穏やかだったのに、今のは自分を拒んでいる。 そう憎しみを込めて。 「曹操軍なんかに世話になるものか!お前たちなんか嫌いだ!」 「…お前…」 の家族は呂布軍にいたのか? だとすればこの激しい憎悪の意味に説明がつく。 「すまん。、お前の家族は」 「いいから離せ!離してよ!!」 バタバタ暴れるを落ち着かせたいが、簡単にいきそうにない。 夏侯惇は両手での手首を掴む。 初めて会った時に泣いていた。 その時に流した涙はとても静かだった。 でも今は本当に子どもみたいに喚いている。 大粒の涙を流して、夏侯惇を拒絶しながら。 あまりの騒ぎに城の者が集まってくる。 たまたま通りかかった二人の武将が足を止める。 「何か騒がしいようですが?」 「そうだなぁ、何してんだか…あ!惇兄」 「!?」 夏侯淵が人並みを押しのけて進み出てくる。 同じようにやってきた人物もその騒ぎの中心を見て驚く。 「……か?」 聞きなれた声がの耳に入った。 息を呑み声のした方を見ると、の良く知った人物が立っていた。 「…っ…張遼!」 その人物は呂布の配下武将で自分を可愛がってくれた、兄のように慕っていた張遼だった。 は一瞬からだの力を抜いた、同時に夏侯惇も掴んでいた手首を離す。 「張遼!」 手首が自由となった時に、は張遼に駆け寄り抱きついた。 張遼もを抱きとめる。 「、なぜここに」 「…生きてた。張遼生きてたんだ…良かった」 「すまない、」 二人の再会を夏侯惇は黙って見ていた。 これからはどうするのだろうか? 一つだけわかっているのは、にとって自分は敵だと言うことだ。 惇の長めの話は初めてでした。でもって、書くきっかけはアンケからだったそうな。
04/01/04
12/08/26再UP
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