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ぼくとお父さんと彼女といっしょ。
雨の日はあまり好きじゃない。 ひとりでいることが多いから。 休みの日ならともかく、普段修兵は仕事でいないし。 雨の日はうちへ来るお客さんはいないから。 雨ってだけで出歩くのが億劫なのだろうな。 実際、俺も雨の日に出歩くのは嫌だ。 面倒臭いって色々思うから。 けど、そんなに寂しがりだったかな?俺って…。 【その15】 尸魂界でも雨は普通に降るものだ。 昨夜からその雨は降り続いている。 「あー…洗濯物が乾かないから嫌だよなぁ…」 男の二人暮しではあるのでそう一般家庭に比べれば洗濯物は多くないだろうが。 それでもぱーっと太陽の下で気持ちよく干したいのだ。 「部屋干しって好きじゃないし」 居間の隣一部屋を占拠している洗濯物を見て、は溜め息をついてしまう。 「お前…それは子供の発想じゃねぇぞ」 「そうか?」 朝飯時にする親子の会話ではないなと修兵は苦笑する。 でも家事をすべて息子に任せてしまっているので、そういう風にさせてしまったのは自分だろう。 救いなのは、が家事を嫌がる気配を見せないこと。 見せないどころか自分から進んでやることだ。 「雨が酷いようなら買物に行くのも嫌だろ?今日は冷蔵庫にあるものでいいぞ」 残り物でもいいと修兵は言う。 雨の中外に出て、事故にでも巻き込まれてしまわないかと、修兵はそっちの心配をしてしまう。 現世と違って、自動車なるものは瀞霊廷内を走っていることはないが。 親馬鹿であるから? 修兵は普通以上に心配をしてしまうのだろう。 「なんなら出前でも取ればいいだろ?」 「出前するほどでもないよ。それにお店の人が雨の中大変だよ」 「あっちは商売なんだから、そんなの気にしなくてもいいだろうに」 「いいの。出前は」 優しいってことなのだろうか? らしいなと言えばそうなのかもしれない。 「じゃあ。いってくる」 「いってらっしゃい」 「おう」 ニッと笑い、修兵はの頭をわしわしと撫でる。 毎日のこのやり取り、なんとかならないだろうかとは思うも。 修兵の大きな手は嫌いじゃないので、文句を言いつつも受け入れてしまうのだろう。 修兵を見送った後、頭に残る感覚に思うことがある。 自分も修兵みたいに大きくなれるだろうか?と。 夢か幻か、よくわからないが、修兵の子ども時代を垣間見たとき。 あの子は自分とさほど背は変わらなかった。 それを思えば、当然自分だって大人になれば大きくなるよな?と期待してしまう。 だけど、大人でも背の低い人はいる。 成長が止まってしまわないように、今日から牛乳なり煮干なり、カルシウムを多く摂ろうか。 「そんなこと、冬獅郎が聞いたら…なんか文句を言いそうだな」 友人も友人で背丈については悩んでいるようだから。 *** 雨だからだろうか?夕食は身体を温めるようなものがいいなと思った。 冬場ってわけでもないから、鍋は遠慮したい。 いや、鍋にすると沢山材料を買い込んでしまうから。 雨の中、大荷物で移動をするのは勘弁だ。 何がいいかな?と居間で料理本をひとりで読んでいると、いつもは気にならないことを気にし始めた。 「………」 夜の静けさとは違うもの。 無音ではないのに、どこかひとり取り残されたように感じる。 寂しさが湧く。 夜の静けさは好きではない。 あれは過去の記憶を呼び覚ますから。 それに比べれば雨の静けさは怖くもないし、嫌いとまでは行かないのに。 それでも寂しいって思ってしまう。 料理本を捲る手が止まり、庭へと目を移す。 「………」 特に変わらない風景なのに。 雨が降っているというだけで、殺風景に感じる。 いつもならば、玄関から入らず庭先からやちるがやってくる。 『、遊ぼう!』 ぴょこっと縁側から顔を出して。 そんなやちるを見て、ちゃんと玄関から来いよ。などと言っても、やちるは気にもしない。 それどころか、居間で何か菓子でも食べているを見れば。 『あー!あたしも食べる!』 と勝手に入ってくる始末。 でも、今日はそんな姿もない。 「出前にしようかな、夕飯…」 普段が働き者なだけに、雨の所為で動きたくなくなる。 傘を差して外に出ても、泥撥ねで着物が汚れるのが嫌だ。 あぁ、それを考えればやちるがここへ来ないのも妙に納得した。 男の子である自分ですら嫌になるのが、お洒落を気にする女の子たちはもっと嫌であろう。 「前から、雨の日ってこんなだったっけ?」 ここ最近そんな風に感じてしまっているような気がする。 なぜ? 瀞霊廷内だろうが、流魂街だろうが、雨はどこにでも降るものだ。 雨期だって存在するのに。 「………」 ぼんやりと縁側に移動する。 誰も居ない庭。 屋根から滴り落ちる雫。 水溜りが出来て、波紋を広げている。 振り返れば自分以外誰も居ない部屋。 誰も居ない…。 あぁ、そうか。 流魂街で、家族と暮らしていた時は、寂しさなんて感じることもなかった。 晴れの日だろが、雨の日だろうが、いつも賑やかで。 大好きな先生がいて、父親みたいな人がいて、年の変わらない兄弟のような友達が大勢いて。 外に出れずとも、家の中で楽しく過ごしたんだ。 『、!』 『こら、お前ら!ちったぁ静かに遊べねぇのか?』 耳に残るあの人たちの声。 でも、あの人たちはもういない。 自分の所為で…。 「……っ……」 ツキンと胸に小さな痛みを感じた。 消えない痛み。 忘れることなどできない痛み。 それでも、今を過ごせるのは自分に手を差し伸べてくれた、あの大きな手があったからだ。 「買物…行こう」 ひとりで居るのが急に怖くなった。 財布を持ち出し、は傘を差して外に出た。 *** いつもの公園そばを通っても、そこにも誰も居ない。 友達も家で大人しくしているのだろう。 ベンチにも浮竹がいる様子もない。 身体の弱い彼には、この雨はあまり好ましくないのかもしれない。 外に出ても、そんなに人の姿は無い。 どこに居ても同じだ。 けど、商店街へ入れば買い物客と各店のおかげで多少は賑やかだ。 「おう。君、今日は何にするんだい?」 八百屋の主人がを見かけて声をかける。 知っている人からの声には思わず頬が緩む。 「まだ決めていないんだ。何にしたらいいと思う?なんかあったかいものにしたいんだ」 「そうだなぁ」 筍やナスが沢山仕入れたぞ。などと主人は腕組ながら教えてくれる。 じゃあその筍とナスを買おうかなと考える。 ついでに椎茸と人参、葉ねぎも買って、筍の炊き込みご飯にしようかと。 ナスは焼きナス。 掏ったしょうがと醤油でつけて食べたい。 あ、蓮根も安い。 蓮根は挟み上げでもいいが、金平にして甘辛くしてもいいだろう。 そこにあとは味噌汁をつけて…。 味噌汁は鰯のツミレ汁にすれば身体も温まるだろう。 あとで魚屋によって、鰯を買って…。 ん?肉がない。 肉がなくて、野菜ばかりだと修兵は嫌がるだろうか? いやいや、炊き込みご飯に鶏肉を入れればないこともない。 あぁ、魚屋のあとは肉屋にも行かなくては。 炊き込みご飯には油揚げもあった方がいいかもしれない。 とすると、豆腐屋にも行くべきか? こんなに沢山の店によるのならば、スーパーで買物をすれば良かった。 (でも、スーパーじゃ、こんな会話もないし) 商店街での買物は頻繁じゃないが、顔を見せれば声をかけてくれる人たちが居る。 だから好きなんだ。 雨の中、自然と商店街へと向かったのもその所為だろう。 「決まったかい?」 「うん!筍、ナス、椎茸、人参、葉ねぎと蓮根ちょうだい!」 「あいよ!毎度あり!」 予定通り、八百屋の次は魚屋。魚屋の次は肉屋で豆腐屋へと向かう。 雨なのに。 傘で片手は使えないのに、沢山の買物をしてしまった。 要領が悪すぎる。 けど…うん。さっきまでの寂しさはどっかに消えたような気がした。 行く先々で声をかけてくれるお店の人たち。 長時間ではなくても、ほんの少しの時間に、二言三言でも話すと、寂しさがふっと和らぐ。 「あはは…ちょっと買いすぎたかな…」 これを修兵が見れば呆れるかもしれない。 雨の中、そんなに買い込む必要がどこにあると。 まぁいい。 今日の夕食が楽しみだ。 じゃああとは家に買えるだけだ。 炊き込みご飯の支度もあるから、いつもより早い時間に夕食の準備をしなくてはならないだろう。 修兵が濡れて帰ってきてもいいように風呂も沸かして。 コツンコツン。 耳にそんな音が届いた。 思わずキョロキョロと辺りを見回す。 「あ!姉ちゃん!!」 すぐそばの茶店からが手を振っていた。 コツンと聴こえた音は、が窓を軽く叩いた音のようだ。 が気付くと、はおいでと手招きをする。 色んな人に会って話はして嬉しかったが、に会えたのが今、一番嬉しいと思った。 だからは躊躇することなく茶店に入った。 「姉ちゃん!」 「こんにちは、君。雨の中の買物ご苦労様、大変だったでしょう?」 一緒に何か食べようとは誘ってくれた。 は遠慮なくの向いに腰掛けた。 「別に、たいしたことないよ」 「本当?」 よたよた歩いていたようにには見えた。 だから小さく笑ってしまう。 「あー……えーと。少し大変かな?買い込んじゃったから」 「でしょう?」 疲れただろうから、ここはがご馳走してくれるそうだ。 そういえば、お昼を食べずに出てきてしまった。 我ながらよほど余裕がなかったと見える。 ただ茶屋なので、デザート類ばかりであったが、店の人が特別に握り飯を用意してくれた。 それを食べるをが微笑ましく思いながら見ている。 食べながら先ほどの買物中の話をして。 「…あ、姉ちゃん。今日休み…じゃないよね?」 休みなのかな?と思ったが死覇装姿だから勤務中であるのがわかる。 「うん。ちょっとお使いで外に出たの。けどこの雨でしょ?少し止むのを待っていたの」 そうしたら傘を差しながらよたよた歩く少年を見つけた。 「ふーん。仕事サボってんだ」 「サボリじゃないわよー。今はお昼休憩だもの」 「修兵にチクッちゃうぞ」 ニシシと笑う。 「お願い!それだけは勘弁して」 両手を合わせて頼み込む。 「えへへ。どうしようかなー」 「餡蜜も奢るから〜」 「クリーム餡蜜で手を打つよ」 「はいはい」 仕方ないなぁとは苦笑する。 こんなやり取り、他愛のないことだけど。 本当に楽しい。 *** 夜になっても雨は止まなかった。 洗濯物が今日も乾かないと愚痴ってしまう。 「ただいまー」 「お帰り、修兵!」 普段はしないのに、今日は珍しく玄関まで迎えに出た。 「あ。やっぱり濡れてる。ほら、タオル」 「お。サンキュー。用意周到、偉いぞ息子よ」 濡れた箇所を拭きながら修兵はの頭をわしわし撫でる。 「なんだよー」 悪態をつきながらも、ホッと安堵している自分が居た。 「先に風呂入っちゃえよ。沸かしてあるし」 「そりゃありがてぇな」 雨の所為で冷えた身体には身に沁みることだろう。 修兵が入浴中の間に、夕飯の仕度を終わらせる。 ちゃぶ台に今日作ったものを並べる。 焼きナス、蓮根の金平、鰯のツミレ汁、筍の炊き込みご飯。 それと、緑モノがないなと思って冷蔵庫を覗けばほうれん草が残っていたので、それで胡麻和えを作った。 「お。なんだよ、もっと手を抜いても良かったんだぞ」 風呂上りの修兵が、ちゃぶ台に並んだそれらを見て言った。 「いいじゃんか、別に」 「あの雨の中買物に行ったのか?危ねぇな」 「ちょっと買い込んだけど、俺は楽しかったし」 「は?楽しい?」 「いいから、食おうぜ」 腰を下ろし、二人は手を合わせる。 「「いただきます」」 もっと力を抜けよ、楽にしろよと修兵は口にするものの。 美味しい食事に頬を緩ませてしまう。 矛盾しているなぁと思いつつも、こうして用意してくれていることに喜んでしまうのだ。 雨の降る中、ひとりで帰宅していると。 いつもより薄暗い道筋でなんだか寂しいなと修兵は感じていた。 夜というのもあるだろう。 けど、家につくと、灯りの点る我が家に胸を撫で下ろしていた。 誰かが待つ家と言うのはいいものだなと、改めて感じて。 「買物中にな、姉ちゃんに…あ」 「なんだ?がどうしたって?」 「……なんでもない」 いつもの流れで話そうと思ったが、から修兵に内緒にしてくれと言われたことを思い出した。 「なんでもない?はぁ?」 「うん、なんでもない。今日も雨で洗濯物が乾かなくて困るよなー」 別にの内緒にしてくれは冗談のつもりだろう。 だけども、は律儀にそれを守った。 「明日は晴れるといいなぁ」 「なぁ。がなんだよ」 「別にー」 教えろ!とが食べようとしていた焼きナスを奪う修兵。 「あー!何すんだよ、修兵!」 「お前が素直に教えないからだ」 「大人げないぞ!大人の癖に!!」 「うるせー。良いから教えろ」 がなんだ?と修兵にしてみれば気になるものなのだ。 それからしばらく「教えろ」「嫌だ」のくだらないやり取りを続ける二人だった。 「おー。晴れた、晴れたー!」 朝起きて、雨戸を開けると眩しいくらいの光が差し込んだ。 雨は止み、太陽が顔を出している。 暑くなりそうだな?って思うくらいの強い日差し。 洗濯物はよく乾くだろう。 「修兵!朝だぞ、起きろー!」 今日は誰か来るだろうか? それよりも、自分が誰かに会いに行くのも良いだろう。 一日の始まりが楽しく感じるだった。 雨の日に息子が感じたちょっとした寂しさ。
09/04/26UP
12/07/16再UP
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