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ぼくとお父さんと彼女といっしょ。
夢だったのか、息子が娘だったあの世界の出来事。 似たようなことをも体験したようだが、は完全に夢だと口にしている。 ただの夢であればいいなと思う。 多重世界なんてもの、今の生活には必要がないと修兵は思っているのだから。 もし、その世界があったとするならば。 娘を可愛がるもう一つの世界の自分は、それはそれで幸せだろう。 今の修兵が、息子のと二人で暮らしていることを不幸だなどとは思っていないから。 寧ろ、親子であり、兄弟みたいで、親友のような関係が楽しいから。 別世界よりも、今の世界で十分なのだ。 だけど…。 少しだけ寂しいなと思えることもあった。 【その12】 「ー。お前母親欲しいのか?」 「え…な、なんだよ、突然…」 朝食をとりながら、修兵が口にしたこと。 あまりに突然で箸からぽろりとご飯粒が落ちた。 「欲しいかって言われて、用意できるものとは思わないんだけど…ってか、今の修兵にそんな人いないだろ?」 朝から軽いダメージが来た。 の言う通りではある。 この人がお前の母さんになる人だ!などと胸を張って紹介できる人など修兵には居ない。 「居るなら紹介してほしいとは思うけど…別に今すぐに欲しいってことはないよ。 ってかさ、いずれは修兵だって結婚するんだと思うし…修兵若いし…なあ?」 子どもに朝から気を使わせてしまったことを恥じた。 できすぎた子だよなと苦笑も漏れる。 だから素直に詫びる。 「いや、別に確かに今すぐどうこうってわけじゃねぇし、俺もそんな予定はない。 ただ、お前に母親って必要かどうかってのを思ったんだ」 「俺にとって、母さんって言える人は一人だけだったから…」 は落としてしまったご飯粒を拾いながら言った。 修兵は小声でああとだけ応える。 を育ててくれた人。色々なことを教えてくれた人。 血の繋がりはその人ともなかったが、あの場所で暮らした日はにとってとても大事で忘れられないものだ。 だが、虚の襲撃でその人は他の家族とともに亡くなってしまった。 それは今でもの心に深く傷として残っている。 「あ!だ、だからって!別に母さんが欲しくないとか!修兵が選んだ人に文句つけるわけじゃないし!」 場の空気が変わったことには慌てる。 「あの、それで、俺、できれば、あの」 は常々思っていることを、ここで言ってしまえば楽になれるような気がした。 「いいって、さっきも言ったろ?そんな予定ねぇし。悪かった、お前に気ぃ使わせちまって」 わしわしとの頭を撫でる修兵。 「修兵、俺」 「ほら、飯食うぞ。早くしねぇと遅刻しちまうからな」 修兵は食うぞーとはりきったように箸を持ち食事を再開させた。 (…はあ…母さんになって欲しいと思う人はいるんだけどな…) 予定はないとはっきり言われてしまえば、余計な事は言えないだろうとは軽く息を吐いた。 ただ、なぜ急にそんなことを聞いてきたのだろうか? 思い当たるのは少し前に、浮竹を自宅に連れて帰ったときだ。 他の誰にも言わなかったことを浮竹だけに話した。 そのくらいだが、あれから時間は経っているし、今更?と思うのだが。 一体なんだと厳しく追及したいところだが、墓穴を掘って変な方向へ行かれても困るから。 この事は自分からは黙っておくことにした。 焦って事を損じたら嫌だし。 *** 「阿近さーん。多重世界ってのは本当にあるんすか?」 「は?なんだ急に」 珍しいことを聞いてくるなと阿近は面食らう。 修兵は阿近のところに顔を出していた。 別世界(一応夢ではないと考えて)の阿近から聞いた話、多重世界のことが気になり訊ねてみた。 「そういう世界があるってのを…まあ知り合いから聞いたもので」 「へぇ…あるかないかは俺は確認したことがないからな。ってか興味ねぇ」 あっさり打ち切られてしまう。 だけど修兵はかまわず話を続ける。 「今、俺が幸せでも、別世界の俺は幸せじゃなかったりするんすかね…」 「お前、頭打ったか?」 「ちょっと考えることがあっただけっすよ」 「その知り合いから聞いてか?面倒臭ぇな…」 確かに面倒臭いなと思いながらも、引っ掛かっているのだ、ずっと。 「別世界の俺じゃなくてもいいんすけど…過去の俺でも」 「益々意味がわからねぇな。別世界のお前が不幸ですって言ってきたわけじゃねぇんだろ? だったら、考えるだけ無駄だろう。お前が今幸せかどうかってのはそいつには関係ないだろうしな」 「関係、ないっすか?」 「さっきも言った。確認のしようがないからどうにもできないと」 だから考えるだけ無駄だと。 「どうしても知りたいなら、現世で有名な青い狸にでも頼め」 「は?青い狸?」 「あれは別世界だけでなく、過去や未来にも行く手段を持っているそうだぞ」 ほらと一冊の漫画を修兵に押し付けた阿近。 「漫画の話っすか?ってかなんで阿近さんこんなの持ってるんすか…」 「リンの奴が先日現世へ調査に行った時に買ってきたらしいんだ」 長年続いている人気のある漫画らしい。 修兵はぺらぺらとめくってみる。 「阿近さん、説明にネコ型ロボットって書いてあるんですけど…青い狸って」 「どっからどう見ても狸じゃねぇか。それのどこが猫だ」 「…まあ…別にいいっすけどね…って!こいつに頼むのも無理じゃないっすか!」 「最初から無理だと言ってんだろ。どうしても知りてぇってなら局長にでも頼んでみるか?」 修兵はウッと小さく唸る。 局長というのは技術開発局の局長であり、十二番隊隊長の涅マユリのことだ。 彼に物を頼むという事は無事ではいられない。 己の何かと引き換えにしなければならないような気にさせる。 悪く言えば、何か大事な物を失くすというような…。 「あー……もういいです」 それが賢明だろう。 *** なぜ、今でも別世界のことを気にしているかというと、それはのことだ。 今でこそ、修兵はと普通に会話ができ、たまに一緒に食事をするなんてこともあるのだが。 を引き取る前はそれこそ、接点はほとんどなく完全に怖がられているなと思っていた。 あっちの世界の自分もきっと、のことを好きだと思う。 だけど、が居ても、関係は変わっている様子もなかった。 (それとも、あっちの俺は別の奴でも好きなのか…) 今更だが、もしこの先、にあの頃と同じ態度を取られてしまったらならば。 きっと今以上にショックだろうなと思う。 がと仲良くならなければ、初めからそう思わないのだろうが。 (もしそうなら、女々しくへこんでいるんだろうな、俺は) 少々大袈裟に溜め息をついてしまった。 「副隊長?どうかされましたか?」 技術開発局から戻り、九番隊副官室で仕事中だった修兵。 その溜め息は同じ室内で仕事中だったに聞こえたようだ。 「…あ、いや別に」 「もしかして、君と何かあったんですか?」 「へ?」 仕事中の手を休め、が心配そうに訊ねてくる。 「なんで、?」 「副隊長の悩みって…なんとなく君絡みのような気がして…違ったんですか?」 体調でも優れないのですか?と聞かれる。 普通は体調を気遣うのが先だと思うだが、にも自分が第一だと思われているようだ。 「ま。体調は悪くない。だが別にのことで悩んでもいないな」 両方ともハズレだと修兵は笑った。 「ってかさ。俺ってそんなにのことばっかりか?」 「え、えーと…そう見えますし、私は他の子たちに比べてお父さんである副隊長のお姿見ていますから」 「お父さんの俺かぁ…」 そう普段から変わりはないと思うのだが。 考えてみれば、部下の中で檜佐木家に顔を出すのはくらいだ。 以前病気の自分を見舞って訪れた子たちもいたが、あの時はすぐに帰ってもらった。 の前ではとくだらないやりとりも多く見せたとも思う。 「お父さんの俺ってどんな?」 「え!?」 どんなと聞かれてもはすぐに答えられない。 それどころかなんだか恥かしくなって顔が赤くなる。 から見て、お父さんの顔をした修兵は、普段よりも優しく笑うのだ。 きっとその顔はにしか向けられないだろうと思うくらいで、その顔を見られるのはごく僅かな人だろう。 恋次やイヅルたちの前でもそうなのだろうが、彼らが違いに気づいているとは思えない。 彼らは元々修兵との付き合いが長いから。 「?」 「あー!私、伊勢副隊長にお届けするものがあったんです!失礼します!!」 書類らしきものを抱え込んでは副官室を飛び出していった。 「……なんだ?」 そんなに変な質問でもしたのか?と首を傾げながらも、あれはやっぱり夢だったと思って少々安心した。 *** 「しゅーへー」 相手の返事も待たずには九番隊副官室の扉を開けた。 今ではすっかり顔パスで隊舎に入ることができている。 「。なんだ、お前」 何か忘れ物でもしただろうか? だがそんな覚えはない。 勝手に副官室に入ってくる。 机で仕事をしていたに元気よく挨拶をして。 修兵の側にちょこりと立って。 「あんな、今日の夕飯何食いたい?」 「はあ?」 そんな事をわざわざ聞きにやってきたと言うのか。 「なんだ、急に」 「いいから、何食いたいんだよ」 「そう言われても、別になんでもいいぞ」 「何でもじゃダメだ。何か一品でもいいから言えよ」 言うまで帰らないようで、小さい体で仁王立ちをしている。 修兵は後頭部を掻きながらさてどうしたものかと考える。 考え込みながらふと目をやるとと目が合う。 「。お前、何食いたい?」 「わ、私ですか?」 「おう。夕飯に何食いたい?」 急に話を振られるとは思わなかったが、なんとなくそれに答えてしまう。 「え、えーと…つくね団子でしょうか」 つくねはいいなぁと思う。 色々バリエーションもあるし。 「というわけで、つくね団子だ」 修兵がそれでいいと言うもに却下される。 「それは姉ちゃんの食いたいものであって、修兵の食いたいものじゃない」 「いーや。俺はの意見を参考にしてつくね団子が食いたいと思った。だから夕飯はそれでいいな」 何を考えているのか、はダメだダメだと言いはる。 修兵も流石に困ってしまうも、適当に言えば言ったでまた駄々をこねられそうだ。 (っていうか…なんだ、いったい…) こんな駄々のこねられ方初めてだ。 困っている修兵を見て、がを手招きして呼んだ。 「なに、姉ちゃん」 は素直にのそばによる。 修兵には聞こえないようにそっと耳打ちをする。 「あのね、君。多分、お父さんは君の作ったものならばなんでもいいんだと思うわよ?」 珍しく副隊長ではなく「お父さん」という単語を口にした。 「………」 「君の作ったご飯、どれも美味しいんだもん」 「…でもさ…」 は少しだけ目線を下げる。 「なんか今日の修兵変なんだ。だからさ…」 いつもならば気にもしないのだが、朝方の発言に先日自分が修兵に隠し事をしたのが引っ掛かった。 別に食べ物で釣るわけではないが、なんとなく今日の夕飯は修兵の食べたいものでそろえようかなと思ったのだ。 「んー…ちょっといつもと違うかなって思ったけど。そう気にするほどでもないと思うわよ?」 「本当?」 「うん。忙しすぎて疲れちゃっているんじゃないかな?」 「そっか、大変だもんな」 「だから美味しいもの作って待っていたら?」 「うん。ありがとう姉ちゃん」 不安げな表情は消えて子どもらしい笑みをに見せた。 だが、ずっと二人で内緒話をしているものだから、修兵は気になってしまう。 「なに、二人でこそこそしてんだ?」 「修兵には内緒だ」 内緒にするものでもないが、は恥かしいのかもしれない。 修兵にしてみると、相変わらずにだけは何でも話すのだなと感じてしまう。 「今日の夕飯、つくね団子に決定ー!じゃあ、俺帰る」 来た時も突然だったが、帰るときも突然な。 呆れる修兵にはくすくす笑った。 「。なんだ、いったい…」 「単純に君がお父さんを大好きでしょうがないって話です」 「え…」 「子どもに心配かけちゃダメですよ、副隊長」 「あ…そっか、悪ぃ」 修兵はバツが悪そうに後頭部を掻く。 今朝の出来事をは気にしていたのかと知って。 「。つくね団子食いたいんだろ?今晩ウチで食ってけ」 「え!い、いえ。あれはその」 「多分もそのつもりで大量に作りそうだからな。遠慮はなしだ」 きっとを連れて帰った方がも喜びそうだから。 『だったら、考えるだけ無駄だろう。お前が今幸せかどうかってのはそいつには関係ないだろうしな』 阿近の言葉が思い出される。 確かに考えるだけ無駄だったようだ。 あっちの世界とは違って、今の修兵はとも上手くやれている。 息子に心配かけるダメ親父かもしれないが、少なくとも息子はそんな親父の心配をしてくれているようだから。 息子は見ていないようで、しっかりパパを見ているようです。
08/08/02UP
12/07/15再UP
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